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17-4


 落ちくぼんだ目は、明らかに、寝不足。


「…………アクスル、まだそんなに悩んでいるのか?」


 王太子は、いささか呆れを滲ませる。ことが起こる前、《神託の花嫁》として彼女選ばれる前は、彼の仕事ぶりは即断即決。その決断は本当に早く、どちらかというとのんきな性質の王太子などは、惚れ惚れとしていたくらいだった。

 それなのに、エルフリーデのこととなると、彼は滑稽なほどに優柔不断。

 ただ、混沌とした悩みを抱えて苦悩し続ける姿は、らしくはないと思うものの、ある種の人間らしさを感じもする。

 案外、悪くはないのかもしれない、と、王太子。人間、愛のために心から悩むことも、人生のうちには必要だろう。特に、アクスルのような、無味乾燥な日々を理想としていたような男には。


(……ああ、でもそうでもないのか。わたしに隠れて“推し活”などをしていたくらいだからな)


 彼は彼なりに、味わい深い日々をすごしていたのかもしれない。それを、自分にまで隠していたことは、なんだか少し癪だが。


「……まあいい。とにかく今日は、しっかり二人で話し合うといい」


 王太子がため息交じりにそう言うと、この呼び出しが、実はエルフリーデの頼んだことだと知らないアクスルは怪訝な顔をした。

 どういうことですか? と、琥珀の瞳に問われた王太子は、しかしそれには素知らぬ顔。


「いいから客間で待っていろ」

(?)


 と、ここで、王太子の執務室に、慌ただしく誰かが駆け込んでくる。


「殿下!」

「ん?」


 その者は、すぐに王太子のそばに駆けより、ひどく慌てたようすで言った。


「大変です! 《神託の花嫁》様が……第三騎士団に拘束されました!」

「な……何⁉」


 王太子が唖然としてアクスルを見る。と、そこにいた男は、呼び止める間もなく王太子の執務室を飛び出していった。



 王都、城下。王城と城壁を隔てた下の区画に広がる高級住宅街の下門。城下町との境近くにある第三騎士団の団営の前に、大勢の男たちが集まっている。

 団営の門前に居並ぶのは、第四騎士団の面々である。

 その先頭に立つ男、グリゴアは真っ赤な顔で怒号を上げた。


「お前ら……ふざけんなよ! さっさとうちのエルを返しやがれ!」

「グリゴア・バルヒェット……! 何を考えているんだ貴様は! ここは第三騎士団だぞ! お前も妹と共に牢屋にぶちこまれたいか⁉」

「おう、やれるならやってみろ! ろくな調査もせずに即牢獄とか、何考えてんだお前らは!」


 憤怒するグリゴアの両脇には、三兄と四兄の姿もある。

 第三騎士団と第四騎士団。両方の騎士兵士が集まり、場は大いに混乱していた。

 見ての通り、二つの団はあまり仲がよろしくない。

 普段から、貴族たちの住まいが集まる区画を担当する第三騎士団の騎士たちは、城下町を担当する第四騎士団を下に見ている節がある。もちろん全員が全員そうではないのかもしれないが、その風土が影響し、二つの団はこうしてたびたび衝突する。

 第三騎士団は、グリゴアたちには態度が尊大なくせに、貴人たちの前に出ると、とたん腰が低くなる。どうやら彼らは貴族たちに様々な便宜を図っているようで、それが、賄賂などの見返りの上になりたっているということは誰にだってわかること。

 そんな彼らの体質を知っているからこそ、清廉なマリウスが管理する第四騎士団と、彼らは相いれない。

 グリゴアたちは、早く妹を返せと、今にも第三騎士団の団営に押し入っていきそうである。

 兄らからすれば、エルフリーデは、兄妹の中で一番父に似て真面目でまっとうな娘である。そんな妹が、侯爵の愛人を故意に傷つけようとしたなんて話は、到底信じられるものではない。彼らは妹を取り返そうするが、しかしもちろん第三騎士団の面々も黙ってはいない。


「貴様ら、こんなことをして許されると思うなよ⁉ かわいい妹がどうなってもいいのか⁉ お前たちが騒げば騒ぐだけ不利になるぞ!」

「なぁにが不利だ! どうせまた貴族に金でも握らされて俺らを陥れようとしてるんだろうろうが! 騙されねぇぞ! エルを出せ!」

「き、貴様っ……!」


 第四騎士団団営前は、一触即発の騒ぎであった。



「わ、わたしはきっとあの娘に恨まれていたんですわ!」


 騎士団の医務室に運び込まれた婦人は、さめざめと泣きながら訴えた。


「前に邸に押し入って来たとき、わたしがそれを注意したのがひどく気に入らなかったようで……あの時だって、わたしのことを『下賤な女』と……」


 寝台の上で泣き崩れるカトリーナを、側仕えの娘がかばうように続ける。


「あの方は、奥様を『しょせん身分も与えられていない愛人』だって罵ったんです! いくら貴族の家のお嬢様でも、あんまりです! 今日だって、いきなり訪ねてきて、いずれは自分が侯爵家の女主人になるのだから、さっさと出ていけと……それを断ったら、ヒステリックにわめきはじめて、いきなりカトリーナ様を階段の上から突き落としたんです!」


 さらに別室では、別の使用人が取り調べに証言する。


「ええそうなんです。あのお嬢様はいきなり押しかけてきて、お邸を物色しようとしました。それをカトリーナ様が止めようとすると、今度は大騒ぎしてあの方を階段から突き飛ばしたんですよ!」


 さらに別室で、同じく取り調べられた者たちの証言もだいたい同じようなもの。

 第三騎士団の面々は、これは決まりだなと思った。

 もちろんこれから詳しい取り調べや裁判なども行われるが、この事件のいきさつの裏側を彼らが疑うことはなかった。

 なぜならば、騎士団長がカトリーナの人品を保証し、間違いないと断言したからである。


「……ほう、それでわたしが彼女に危害を加えたと、結論付けられたと?」


 話を聞いたエルフリーデは、冷え冷えとした取調室の中で淡々と言う。


「一方の言い分だけを信じるとは、ずいぶん杜撰な調査だな」

「すべての証人が、お前がやったと言っている」


 取調官の言葉を、エルフリーデは真顔で切る。


「すべての証人? すべてのカトリーナ殿の身内、の、間違いでは?」

「……」


 しかし取調官は答えない。あえて彼女の言葉を聞こえないふりをしているのは明らかだった。


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