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17-3


「なっ、何をするの⁉」

「な……きゃ……っ!」

「⁉ カトリーナ様⁉ っアンナさん!」


 視線を後ろに戻した瞬間、カトリーナが横向きに階段を落ちていった。

 エルフリーデは咄嗟に手を伸ばしたが──カトリーナをつかんだと思った瞬間それは強く振り払われる。


「⁉」


 己の手を振り払い、落ちていく婦人に唖然としている間に、カトリーナは階段を落ちていき、その拍子に自分より下にいたアンナを巻き込む。

 カトリーナの靴を探そうと下を見ていたアンナは、身構えることもできず婦人に押し出されるようによろめいた。

 ──その瞬間、エルフリーデは見た。

 カトリーナが、アンナの身体にガッシリとしがみつくのを。

 彼女たちはそのまま共に階下へ落下。

 踊り場に横たわった二人は、カトリーナがアンナを下敷きにする形でぐったりして動かない。


「っお二人とも!」


 エルフリーデは青ざめてすぐに踊り場へ駆け降りる。

 倒れている二人のそばに膝を突いてようすを見ると、アンナの頭には血が。 


「アン──!」

「きゃああああ! 誰か来て! 奥様が突き落とされたわ!」

「!」


 二人をのぞきこんでいたエルフリーデは、その悲鳴に驚いて顔を上げた。

 するといつの間にか、階段には大勢の者たちが集まってきていた。

 階上からも、階下からも。どこから現れたのだと驚くほどに、わらわらと現れた侯爵邸の使用人たちを見て、エルフリーデは目を瞠る。

 その顔触れには見覚えがあった。

 彼らは、先日彼女がここに来た時に、彼女と兄を、カトリーナと共に威圧していた者たちである。

 今回は、なぜか皆手に武器を持っている。


(……これは……)


 ハッとしたエルフリーデの視線が、床の上で横たわっているカトリーナの顔を見る。

 すると、しっかり目を閉じた婦人の唇の端が、わずかに持ちあがるのが分かった。その瞬間、エルフリーデは確信する。


(……、……謀られたのか……)


 察したエルフリーデは愕然として、アンナの傍らでこぶしを痛いほどに握り締めた。

 どんな理由があってこんなことを仕掛けてきたのかは知らないが、アンナがそれに巻き込まれたことには強い憤りが湧く。

 しかし、まずはその巻き込まれた彼女を救援しなければならなかった。

 自分を気遣ってここまで付き添ってくれた彼女。アンナに何かあっては、エルフリーデも後悔しても後悔しきれない。

 周りの者たちが自分に悪意があることは分かっていたが、それでも彼女は医師を呼んでほしいと請おうとした。が「医師を──」と彼女が言った瞬間、彼女は近くにいた男に痛烈な平手打ちを喰らう。


「っ!」


 アンナの血を見て焦っていたこともあって、避ける間もなくまともに受けてしまった。


「だまれ悪党め! 静かにしろ! すぐに取り締まりの兵が来るからな!」


 騒ぐならもう一発お見舞いしてやると拳を振り上げた男。だがエルフリーデは、瞳をあらんかぎりに見開いてその男を怒鳴りつける。


「っそんなことはどうだっていい!」

「⁉」


 頬の痛みなど、なんとも思わなかった。彼女は地の底から響くような声で唸るように言った。


「殴りたいならいくらでも殴るがいい……! だが、彼女は第四騎士団の大切な職員だ。怪我をさせて放置したとあらば、我々は、絶対にお前たちを許さん……‼」


 見開かれた双眸からは強い怒りが放たれている。

 優しい色のはずが、天色の瞳はまるで冷気を帯びた白刃のようで、その肩からは炎が昇り立っているようだった。

 今にも襲い掛かってきそうな気迫は猛虎さながらで……武器を持って威嚇する大勢の者に囲まれていてもなお、彼女はこの場の何者にも勝っていた。


 この気迫に男たちは尻込む。

 ……もし、ここで彼女が、後ろで血を流した女をかばうそぶりをみせていなければ、きっと彼らはこの場から逃げ出していただろう。

 その枷がなければ、手に負えない存在であることは誰の目にも明らかだった。


 この男たちの動揺と怯えを横目に、エルフリーデはアンナの上で厚かましくも気絶したフリを続けているカトリーナを押しのける。彼女は腹が立つほどに無傷であった。

 怒りを抑え、ぐったりしたアンナの容態を看て、血の出た場所を手持ちのハンカチで圧迫し、ここで彼女はハッとする。


「アクスル卿……アクスル卿は⁉」


 エルフリーデはここに、彼の危機を聞いて駆けつけた。

 あの人の危篤という話は本当なのか。彼女は自分に怯えながらも睨んでくる男たちに問う。すると彼らは引きつった笑いを浮かべながら言うのだ。


「残念だが、あの方は今、邸にはいないぞ!」

「助けてもらおうなんて思っても無駄だ!」


 言って彼らはヒステリックに笑い、その耳障りな声は周囲の人垣にも伝染していった。皆、異様な優越感に浸り、エルフリーデを嘲笑っている。


「……」


 そんな中、エルフリーデは擦り切れるような息を漏らした。

 ……ということは、彼はきっと無事なのだ。

 アクスルが倒れたというのは、彼女を呼び出すための口実だったのだろう。


「卑怯者め……」


 エルフリーデは、そこでわざとらしく横たわったままの女を睨む。

 そして、押し殺した声で言った。


「……よく覚えておけ。もしアンナさんに何かあったら、貴様に未来はないぞ……」


 耳のそばで言ってやると。ずっと気絶したフリを決め込んでいた女の肩が、強く固くなったのが分かった。

 と、そこへ、邸の外から兵士たちがなだれ込んできた。

 まわりがエルフリーデを責め立てて騒ぎ立てるなか、彼女はわずかにホッとする。

 自分を連行していこうとする者たちは、どうやら本物の第三騎士団である。

 これならば、怪我をしたアンナが放置されることはないだろう。

 しかし両腕を屈強な男たちにつかまれて、床から引き揚げられたエルフリーデは、ふと一抹の不安に襲われた。

 おそらく自分はこのまま、高級住宅街を管轄とする第三騎士団に囚われる。


(もし……それが長引いたら……? アクスル卿は……?)


 彼が受けた呪いは、進行性のもの。彼女が牢に拘束されている間に、もしそれが本当に心臓に達してしまったら。その不安が頭に浮かんだ瞬間、ゾッとした。


(まさか……それが狙いなのか⁉)


 驚いて後ろを振り向くと、使用人に助け起こされたカトリーナが、彼女の視線に気がつく。と、女は、小首を傾げくすりと頬を持ち上げた。

 その勝ち誇った顔に、エルフリーデは愕然とする。



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