17ー1 波乱の報せ
翌朝、エルフリーデはいつもより早めに目が覚めた。
薄暗い中で、まずは子犬の世話をして。いつもなら、そのまま軽く身支度をして訓練場に出ていくのだが……。
今日は、ソワソワして、とてもそんな気持ちになれない。
彼女が向かったのは、女性職員たちの宿舎のある一室。朝食を食べ終えたシュバルツが、嬉しそうに彼女のあとをついてきた。
エルフリーデは現在騎士団で暮らしているが、さすがに寝起きは男性ばかりの場所でするわけにはいかない。
彼女が寝床としているのは、父や兄がいる団舎ではなく、女性職員たちの宿舎棟のなか。
けれども、彼女の部屋にはあれがないのだ。
……鏡台というやつが。
仕方がなかった。
彼女はこの歳まで、化粧というものとは無縁で来た。身だしなみは、清潔さ、動きやすさが一番重視され、それには鏡は小さなもので事足りた。
しかし、アンナたちによれば……、
『エル様みたいなお化粧初心者には、ぜっっったい! 大きな鏡のほうがいいの!』
『そうだよエル嬢ちゃん! そっちのほうが、断然バランスが見やすいから! いつでも私らのところの鏡使っていいから! ね⁉』……とのこと。
ゆえに本日、彼女は朝から職員たちの休憩室に置いてある鏡台の前にやってきたというわけ。
これは昨晩アンナたちが、彼女たちの自室のものを、エルフリーデのために運び出してくれた。
日の昇る側に、大きな窓のあるこの部屋ならば、早朝でも早くから室内が明るくなり、支度もしやすい。本当にありがたい配慮だった。
「では……いざ……」
慣れない鏡台の上に、まだまだ使い始めたばかりの化粧品類を並べたエルフリーデは、緊張しながらそのうちの一つを手に取る。
今日こそは、アクスルに少しでも優しい雰囲気になった自分を見てもらいたい。
(あの方の安らぎになれるような、優しい顔立ちに……)
その出来栄えを見た彼の反応如何では、彼女は彼に別の“神託の花嫁”を探すよう勧めなければならない。
それを考えると、やはり気持ちが騒めいた。
ここは彼女としても頑張りどころ。彼に特別な気持ちがあると自覚してしまったからには、やはり、できるなら自分が彼の助けになりたかった。
そうしてなんとか精一杯の化粧と身支度をして。やっと満足が行く仕上がりになったころには、時間は二時間ほどが経ってしまっていた。
王太子との約束は昼前頃。なんとか間に合ってよかったとエルフリーデ。
王城へは馬車で向かい、王城に出勤している次兄と合流して付き添ってもらう予定である。
そうこうしているうちに迎えの馬車がやってきて、兄にもらった外出着を身に着けたエルフリーデは、馬車に乗ろうとその扉に手をかけた。
──と、そこへ、静かに誰かが近よってくる気配。
「……エルフリーデ・バルヒェット様ですか?」
「あなたは……?」
近づいてきたのは、町民風の女性。見たことのない顔だった。
彼女はエルフリーデの問いには答えずに、キョトンとしたその手に何かをねじ込むように渡し、そのまま足早に去って行く。
「え……あの⁉」
呼び止めようとしたが、女性は人ごみに消えていってしまった。
驚きつつ握らされたものを見下ろすと、そこには小さく折りたたまれた一片の紙。
怪訝に思いながらそれを開き、そこに書かれた文字を読んだエルフリーデの顔色が、さっと変わる。
『アクスル卿、侯爵邸にて呪いが心臓に達し、危篤』
愕然とした娘は、しばし真っ青な顔のままその場に立ち尽くしてしまった。




