16-4
「王太子殿下、わたしはどうすべきでしょう。あの小鹿のようないたいけなお方の気持ちが落ち着くのを静かにお待ちするべきか……それとも、彼の呪いを解くべく、いっそ白黒つけるべきか」
「小鹿……? 誰?」ポカンとする王太子に、エルフリーデはやはりきっぱり「ですからアクスル卿です」と答える。
その主張には、アントンらの思考は迷宮に迷い込む。
「………………はっ、そうか……エルフリーデ嬢は槍の達人で、身体も屈強だからな? 彼女に比べたら、それは武道をたしなんでいない者は皆小鹿か!」
「あ、ああ……な、なるほど……!」
「? アクスル卿以外を小鹿のようだとは思ったことはございませんが?」
無理やり納得しようとしたアントンたちに、エルフリーデははっきり言って、また彼らの沈黙を誘う。
「「……」」
「? あの方がわたくしではだめだと言うのなら、早急に別のご令嬢を探したほうがいいと思うのです」
呪いなんて危険なものを、いつまでも彼にまとわせていてはいけない。
古来より、呪いにかかって不幸になった者の話は多々ある。
エルフリーデは、今では心底怖い。呪いでも、病魔でも、そのほかの災難でも。彼が、先日倒れたときのように再び苦しんでしまうのが。
先日見た、アクスルの肌に浮かぶ呪い。茨に絡みつかれたような痛々しい痣を思い出しては、気持ちが冷たくなる。
あの手がもし、彼女たちの予想を裏切り、今にも彼の心臓を握ってしまったら? そう考えると、とても落ち着いてはいられなかった。
だからこそ、いつまでも彼に逃げられて、対話もままならぬままではいけないと思った。もし別の花嫁ならば、アクスルが受け入れられるというのなら、交代すべきなのではないか。そんなふうに思った。
しかし、その申し出に、王太子は戸惑った顔をする。
「いや……しかし君が《神託の花嫁》だ。呪いは君の手で後退したのだろう?」
「……でも、それも他の女性ではできぬと決まったわけではありません。もしかしたら、わたしと同じ条件の娘なら、皆が出来ることなのかもしれません」
王太子たちは神託に従い女神の季節に生まれ、天の色の瞳と、黒髪をもつ娘を探していたはず。そういった容姿の娘は、探せば他にもいるだろう。
「条件を揃えた女神の加護の強い娘なら、同じことができるというのならば。そのなかからアクスル卿がお気に召す花嫁を探すべきでは? わたしのように、あの方に逃げられてしまうような者ではなく……」
そう口にすると、ふいに胸が痛んだが、彼の命には代えられない。
少し視線を落とした彼女に、アントンが心配そうに言う。
「しかし……君は、あやつが好きなのだろう……?」
「……それは……そう、ですが……」
そりゃあエルフリーデだって、自分が彼の伴侶となって助けになれたらどんなにいいかと思う。しかし、彼女はもう二度も彼に逃げられた女である。
エルフリーデは、ぐっと気持ちを呑み込む。
「命の危険があるというのに、いつまでもアクスル卿と追いかけっこをしているわけにもいきません」
ですから、と彼女はアントンを見る。
「アクスル卿の気持ちを確かめたいのです。殿下、どうかお力をお借しください」
その真摯なまなざしには、王太子はとてもできぬとは言えなかった。
王太子はエルフリーデに約束してくれた。
明日、休暇中のアクスルを王城に呼んで、そこに彼女も同席させてくれると。
約束をとりつけたエルフリーデはホッとする。これでやっと、彼と対話ができるはず。
そこで自分の気持ちを打ち明けるのだ。そして、彼に決断してもらう。
自分と結婚するのか、他の娘を探すのか。
もちろんそれで彼が他の花嫁を探すと決めても、エルフリーデは最後まで手助けをするつもりである。花嫁とならずとも、彼女が痣に触れた時、呪いは怯むように後退した。時間稼ぎはできるはず。
「……なんだか、緊張するな……」
王城を出たエルフリーデは空を見上げた。厚い雲に覆われた曇天が、なんだかいつもより重く感じた。
エルフリーデは、天に祈る。
「……アクスル卿の呪いが、早くとけますように」




