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「え……それで……わたしのところに来たのかい……?」
ちょっとぽっちゃり王太子は、びっくりして目を丸くする。と、彼の前に座ることを許可された娘エルフリーデは、はいと頷く。いつも通り背筋をしっかり伸ばした姿は、王太子の前でも変わらない。
「殿下は、アクスル卿の一番の理解者だとお聞きしております。殿下になら、アクスル卿のお気持ちがお分かりなのではないかと」
静かに答える娘は、本日は騎士団の制服。凛々しい表情で自分の返事を待つ彼女に、王太子は難しい顔をした。
「確かに、わたしがあの者とは一番長い付き合いだが……」
それゆえ、王太子にはわかる。ここでうっかり彼の偏愛に満ちた事情をエルフリーデに話してしまえば、彼はアクスルにあとからものすごく恨まれる。
復讐心に燃えるとき、あの男がどれだけ恐ろしいか知っているアントンは言葉に窮す。
(これは困ったな……彼女の力になってやりたいが……)
アントンは、なんと返したものかと悩む。ただ、彼は同時にとても感動してもいた。
エルフリーデはこの高貴な存在を前にしても、兄たちにするのと同じように、自分の気持ちを偽らなかった。つまり……彼女はきっぱりはっきり言ったのである。
「アクスル卿に恋をしました」と。
その臆面もなく、恥ずかしげもない堂々たる告白には、アントンも、まわりにいた者たちもびっくりした。
彼女と自分の補佐官を縁組したアントンではあったが、そんな奇特な娘がいるとは思っていなかったのである。
いや、もちろんアントンは、例の、アクスルに執着する令嬢リシェルを知っている。
ただし、アクスルはあの娘を好きではない。
あの娘は、アクスルの親類だが、驚くほど行動が幼稚。
アクスルを幼い頃から慕っているのはいいが、まるですでに自分が彼の恋人であるかのように振舞い、彼に女が近づこうものなら鬼のような顔で突進してくる。そうしてしばしば補佐官室にも押しかけてきて、アクスルのただの同僚や同僚の恋人にまで因縁をつけていた。
つまり、先日のエルフリーデにやったようなことを、誰彼構わずやっていて、アクスルには煙たがられているのである。
しかし、彼女はアクスルの父の姪。親類という手前、彼がおおっぴらには彼女を避けられないことをいいことに、リシェルはなぜか、自分がアクスルの妻になると確信している。
以前補佐官室で騒ぎを起こしたせいで、リシェルはここには出禁になっていたのだが……。この度アクスルが呪いを受けたことで、彼女は再び押しかけてくるようになった。
リシェルは、自分こそが《神託の花嫁》だと言い張り、王太子のところに何度も抗議にやってきた。
『なぜわたしではないのですか⁉』
『どう考えても《神託の花嫁》はわたしです!』
しかし王太子の見立てによれば、彼女の瞳の色は空色ではなく濃紺。申し訳ないが、君は神託の花嫁ではなさそうだ、と、彼がやんわり告げると、彼女は烈火の如く怒り、顔を真っ赤にして謁見室から出ていった。
あれは到底引き下がるまい……と思っていたら。どうやら彼女はその足でアクスルの母のところへ押しかけたようだった。
アントンがダメなら、実の母親から篭絡しようということなのだろうか。
しかしアクスルの母は、彼女をあっさり追い返したようである。
アクスルの母は、息子が王太子の下でクヴァント家の権威を保っていればそれで満足なのである。息子が誰と結婚しようと、それが王家から与えられた結婚ならば満足で、彼がどんな娘と結ばれようとが興味がないのであろう。
そしてちなみにだが。
このリシェルに関する一連のことは、現在休暇中のアクスルには完全に伏せられている。
王太子の感触では、リシェルは、アクスルを心配していて《神託の花嫁》になりたいのではない。
彼女が執着しているのが、アクスルの身分なのか、そこから得られる何かなのかは分からないが……。
もし彼女が本当にアクスルを愛しているのなら、もうすこし彼に対する配慮があると思うのである。
彼女はいつも、自分の嫉妬や主張を押し付けるだけ。アクスルがそのせいでこうむる迷惑など、頭にもないようだった。
そんな、ただただ騒ぎ立てるだけの娘のことを、王太子は、今のアクスルには伝えたくなかった。
呪い……というより、《神託の花嫁》エルフリーデのことで、現在非常に悩みつくしているらしい友に、これ以上の苦悩は与えたくはないのである。
あの男は、リシェルが王城に押しかけ、何度も王太子を煩わせたのだと知ったら、きっと容赦なく従妹を排除しようとするだろう。
それでは侯爵家の中に不和を生むことになりかねない。アントンは、呪いを抱えるアクスルに、これ以上の負担をかけたくはなかった。
こういった諸々もあって、アクスルの呪いを早く解いてやりたいと願う王太子だったのだが……。
まさか、自分が選んだ娘が、彼を受け入れるだけでなく、好きだとまで言ってくれるとは、思ってもみなかった。
アクスルは、王城ではいつも気難しそうな顔で、非常にこだわりの強い男。
もちろんそれは、筆頭補佐官たる者としての責任感もあってのことだろうが……。
あんなに難のありそうな男を好いてくれる娘がいてくれるなんて(※ひどい)。アントンはとても胸が熱くなった。他ではどう言われていても、彼にとっては大切な友である。
……──が。
王太子はやはり、アクスルのことが怖かった。
真っすぐな目で『彼の気持ちが知りたい』と訴えるエルフリーデを見て、彼はそわそわしながら困り果てる。
「弱った……弱ったな……エルフリーデ嬢、それは、それはおそらく、バラしたらわたしがあやつに叱られるやつだ……」
だが、友の花嫁予定者は、怪訝そうに首をかしげる。
「? 叱られる……? あんなに憶病なアクスル卿に、殿下が、で、ございますか?」
「……誰のことを言っているんだい? エルフリーデ嬢……」
大いなる解釈違い、ここにあり。




