15-4
「好き……?」
今度はエルフリーデが驚く番だった。
その感情については、あまり深く考えたことはなかった。でも、胸に手を当てて自問してみる。と、確かに、それらしい気持ちがあるような気がした。
ただし、それはこれまでまったく恋愛に興味を持ってこなかった彼女には、言語化の難しい感情であった。うーんとエルフリーデは首をひねる。
「……わたしは恋愛ごとには疎いのでうまくは申せませんが……アクスル卿のことを考えると、気持ちがふわふわします。一生に一度出会えるかという名工の槍に出会えたような喜びと……好敵手に出会えたような高揚があって、でも、気持ちはやわらかくて、幸せで……とにかく小鹿のようなあの方をずっと愛でていたくなる。……これは、好きと言うことでしょうか?」
キョトンと首を傾けて、そんなことをたずねられては。
オリスは思わず苦笑。うつむき、笑いを堪える。悲しいはずなのに、なぜかあっぱれという気持ちで、答えられる言葉は他になかった。
「こんなことを言うのは非常に悔しいですが……どうやら」
「おや……そうでしたか……」
さも愉快そうに答えられて、エルフリーデも照れくさそうに笑う。その晴れやかな顔を見つめつつ、オリスはため息を吐いて言う。
「なるほどね……でも、侯爵家が問題の多い家であることは変わりません。わたしはわたしで、手に入れたいもののために戦います」
そう言って見つめられたエルフリーデは、彼のしたたかさを感じて苦笑い。
「ようは、アクスル・クヴァント殿の呪いが解けさえすれば、この政略結婚は意味を持たなくなる」
「まあ、確かにそうです」
「ならば、わたしはあの者があなたを拒んでいるうちに、方法を探します。あなたに好かれる自信もありますからね」
エルフリーデは東屋でひとり息をつく。
思いもよらぬときに、思いもよらぬ人の気持ちに触れた。そして、自分の気持ちにも。
オリス・ハルトマンは、つい先ほど、治療を終えたランセル師の家の中へ。
去り際に、彼が自分を見る目を見て、彼女にも、確かに彼が自分のことを憎からず思っているのだということは理解できた。でも申し訳ないことに、頭に浮かぶのは、彼のことではなかった。
なんだか感慨深いのである。オリスの気持ちは、きっと今までの自分では、気がつくこともできないものだった。それが理解できたのは、きっと……同じような気持ちが彼女の中にも芽生えたゆえなのだろう。
「…………ふう」
なんだかまた少し顔が“ほこほこ”してきて、頭が熱くてたまらない。これは参ったとエルフリーデ。
(いかん……このままではゆだってしまいそうだ……)
エルフリーデは浮足立つ自分を感じ、少し頭を冷やさなければと思った。
ちょうどいいことに、ここは師の道場。兄弟弟子たちがいるところへ行って、子供たちと稽古でもしようと椅子から腰を浮かせた。
そのときだった。
「っ⁉」
突然、何者かに後ろから抱きしめられて、エルフリーデは身を固くする。
肩から首の前にまわされた、固く交差した誰かの腕。
とっさに曲者かと思い身が反応する、が……。香りに覚えがあった。
エルフリーデは呆然。
「……、……アクスル卿?」
驚いて顔を少し横に向けると、銀の毛先と整った鼻筋が見えた。
「どうしてここに……」と、言いかけてはたと気がつく。問いかけても、彼は今、口を封じられている。
(いや、それより……この状況は……⁉ 彼は、わたしに怯えて逃げ回っていたはずだが……い、いったいどうして……?)
アクスルは、彼女の肩に顔をうずめるようにして彼女を抱きしめている。堪らぬ想いを訴えてくるような姿を改めて認識すると、エルフリーデは、これまでにない感情の波に襲われる。
顔に熱が集まり、身はひどくこわばっている。訓練を重ね、自在にあやつれるようになっていたはずの四肢が、今は怖気たように動かない。心臓の音が耳まで届き、全身が緊急事態を報せてくるが……エルフリーデは、それどころではない。
なぜか、アクスルの横顔から目が離せない。その端正な横顔を見ると、動悸はもはや身を揺らすほどになっていた。
「あ、の……アクスル卿……? あなたはわたしを怖がっておいでだったのでは……」
動揺しながらも、彼がまた逃げてしまわないようおそるおそる訊ねると、彼の頭が力強く横に振られる。
驚いた。
思いがけない反応に、目を丸くする彼女を、アクスルはしっかりと抱きしめている。
エルフリーデは、その感触に、胸にいっぱい花が咲いたような気持ちになった。




