15-3
オリスとふたり、槍の名工の話題で盛り上がっていた頃。そういえば……と、青年が言った。
「先週の当家の舞踏会には、おいでになられませんでしたね」
「先週の、舞踏会……?」
オリスの言葉に、エルフリーデは一瞬なんのことか分からなかった。しかし、そういえば、少し前に彼の母である公爵夫人から、公爵の生誕の舞踏会の招待状が届いていたなと思い出す。
オリスは、照れ笑いを浮かべて打ち明けた。
「実は……あの招待状は、わたしが母に頼んで送ってもらったのです。あなたはきっとお出でにならないだろうと、母には言われていたのですが……」
「おや、そうでしたか……」
ちょっと驚いたエルフリーデを見つめながら、オリスは続ける。
「とても残念でした。ぜひお会いしたかったんです」
「いや……申し訳ありません。正直なところ、そういった集まりは苦手でして……それで今回は贈り物だけにさせていただきました。それに、わたしは着飾ることもしませんからドレスも持っていません。ダンスもたしなみませんから、きっとわたしがお邪魔しては、皆様の興をそぐことになったかと」
正直に説明すると、オリスは残念そうに「そうでしたか……」と頷いて。では、と、続ける。
「次はごく個人的な茶会でしたらおいでいただけますか? 茶会ならダンスは不要ですし、ドレスなど着なくても、あなたが来てさえくだされば大丈夫です」
にこやかに訊ねられ、エルフリーデはキョトンとする。
なんだか、オリスの目がやけに熱心であることに気がついた。
「それは……」
口ごもっていると、青年は、二人の間にある卓上のティーカップに視線を落とし、静かに言った。
「本当に……残念でした。あの日もしおいでくださったら……ぜひ聞いていただきたい話があったのです」
「……」
なんとなく、彼が言わんとすることが分かる気がして、エルフリーデは気まずい。
それは、前々から、彼の母から何度も打診があった話と無関係ではあるまい。
すなわち、『うちの息子の妻になってくれないか?』というあれである。
エルフリーデはためらいながら、頭を下げた。
「……その、申し訳ない」
望んでもらったのは大変ありがたいが、彼女はすでに王太子にアクスルとの結婚を受けると承知してしまっている。きっと、オリスもそのことは知っているのだろう。
青年は、謝意を口にした彼女の顔をしばし黙って見つめていたが。ふいに真剣なまなざしで言った。
「率直に申し上げます。バルヒェット嬢。あなたはわたしと結婚したほうがいい」
「おや」
ストレート過ぎる言葉に、エルフリーデはとてもびっくりした。
前置きがあってもなお、それはあまりに率直。思わず瞳を瞬いてしげしげと彼を見つめてしまった。そんな彼女に、オリスは続ける。
「侯爵家は内情が非常に厄介です。あの家に嫁いで幸せになれる女性はいないと思います」
「……」
エルフリーデは、一瞬なんと返せばいいかわからなかった。
確かに、あの家は、少々事情が込み入っている。オリスは少し目を伏せて、つぶやくように言う。
「……わたしは嫌です。あんな家にあなたが嫁いでしまうのは。武道大会のとき、あなたはとてもいきいきと美しかった。あの家に嫁げば、あなたはその輝きを失うことにもなりかねません。それでも……もしあなたとアクスル・クヴァントが相思相愛というのなら諦めもつきますが、聞いた話によれば、彼は、あなたとの結婚を拒絶している」
やるせなさそうに吐き出した彼が視線を上げた時、その瞳は憤っていた。
オリスは絶対に嫌だった。
彼女を拒むような男に、彼女を嫁がせるなんて。
王太子の命令は、臣下家には覆すことが難しいものだが、できることなら阻止したい。
青年の切々とした言葉を聞いて。しばし彼をじっと見ていたエルフリーデは、数秒沈黙したあとに、頷く。
「そう、かもしれませんね」
しかしその顔は、意外にもすぐに破顔。でも、と、空色の瞳が柔らかくオリスを見る。
「それはどこの家に嫁いでも同じでは? どんなに幸福そうな場所であろうとも幸せになれる保証などどこにもありません。それは自分次第で、人は変わっていくのが常です」
望む望まないは別として、誰しもの人生に変化はつきもの。
新しい環境に移ることになれば、それなりに手放すものもあり、獲得していくものもあるだろう。そこで幸福を感じるかどうかは、己の受け止め方次第だとエルフリーデは微笑んでオリスを見る。
「心配してくださりありがとうございます。でも、変わらざるを得なくなっても、どうしても手元に残しておきたいものがあるのなら、わたしはそのために戦うだけですよ」
細くなった空色の瞳はとても静かだった。静かに、決意をのぞかせる。
「わたしは、アクスル卿と結婚します」
言った瞬間、オリスがとても悲しそうな眼をしたけれど、エルフリーデは続ける。
「確かにこれは、王太子殿下のご下命による結婚ですし、あの家にはいろいろあるでしょう。でも、」
ここで言葉を切って、エルフリーデは脳裏にアクスルを思い浮かべる。
「あの方、結構かわいらしいんです」
そうくすぐったそうに笑う表情に、オリスが小さな驚きをにじませた。
「……あの者が……お好きなのですか?」




