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しばし、しげしげと弟子の顔を見ていたランセルが、ところで、と切り出した。その顔には、何やら小さな呆れが。
「エルフリーデよ……。お前、そろそろ道場に置いたままの荷を持って帰りなさい」
「あ、そうでした……」
ランセルに、忘れているだろうと言われ。アクスルのことを思い出しニヨニヨしていたエルフリーデが、はたと我に返る。
師は、渋い顔で腕組みし、ため息。
「お前が来ぬ間に、また《黒女神崇拝会》とかいう者たちから貢物が届いたぞ。道場が狭くなって叶わん。早くなんとかしてくれ」
「おや……また……? 申し訳ありません」
すぐに運び出します、とエルフリーデは頬を掻く。
実は、もう何年も前から、彼女には、不思議な後援者たちがいる。
その人々は、どうやらいろんなところで──武芸の大会や、城下での職務中などに彼女の応援をしてくれているらしい。
さらには、ときおりこうして道場や、騎士団営に贈り物が届くのだが……エルフリーデは、いまだに、彼、もしくは彼女たちの身元を知らない。
大会などでは、応援席に同じ顔を見かけることもあり、(彼らか?)と、思ったりもするものの……。
その人々は、いつも何故か厳重に人相を隠している。
目深にフードや帽子をかぶり、仮面や口元を布で覆っていたり……。その風体の怪しさが、エルフリーデにちょっと警戒させる要因でもあるのだが……。
とはいえ、彼女は謎の後援者たちに感謝を伝えたい。なんだかよくわからない支援ではあるが、応援してくれているのは確かなようなのである。
だが、彼らは、彼女が『もしや……』と近づこうとすると、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまう。もちろんそれが、悪漢などであればエルフリーデは追って行って捕まえることはできるのだが……彼らは犯罪者ではない。取り押さえて尋問するわけにもいかない。いつも、戸惑いつつその後ろ姿を唖然と見送るばかりである。
おまけに、道場に届く贈り物のほうも、《黒女神崇拝会》とは書いてあるが、いつも無記名。
それでも、荷物には毎回『お体に気を付けて』とか『ご健勝をお祈りいたします』などといったメッセージが添えてある。
ゆえに、エルフリーデは、おそらく、彼らはとても恥ずかしがり屋な人々なのだな……と、受け止めることにしている。
エルフリーデはしみじみ。
「まったく奇特な方々です。わたしのような一介の従騎士に注目してくださるなど……。ところで師匠、黒女神とはいったいなんのことなのでしょうね? 何やらとても物騒な感じがいたしますが、邪教などということではありませんよね?」と、首を傾ける弟子は、どうやらそれが自分のことだとは露ほども思っていないようす。
なんとなく、そういうことなのだろうな……と察しているランセルではあったが、ひとまずは沈黙。自分がそんな邪教の教祖みたいな扱いで、誰かに崇められているなんてことは少々気味が悪くもあるだろう。
ちなみにだが、そのちょっと気味の悪い後援会のほかにも、エルフリーデには《空色戦女神様を応援する会》なるものもある。どうやらこちらは彼女の瞳にちなんで会の名がつけられたらしい。
ただしこちらは、騎士団営の婦人たちによる集まりなので害はない。
だが、これらの二つの組織は、ときどき張り合ってはたびたび諍いを起こしている。差し入れ合戦もその一つで、これにはランセルが困っている。
なぜなのか、《黒女神》のほうは、団営ではなく道場に荷物を送ってくる。まあ、それはおそらく、《空色戦女神》のほうが、騎士団の団営を活動拠点にしていること。エルフリーデが、週二で師の面倒を見はじめたゆえの支援なのだろうが。どうにも、量が多い。
「……腐らないうちに持って帰りなさい……」
「ああ……今回は食料なのですか……。分かりました。とにかく今日は早めに仕事を切り上げて道場に参ります」
本当は、再びアクスルを見舞いに行きたかったが、脚の悪い師匠の家に、それをいつまでも放置できない。
(……アクスル卿のお見舞いは……また明日にするか)
なんだかとてもがっかりした。




