13-1 あとの祭り
「……なんと、そんなことが……?」
侯爵邸からの報せを受けて、王太子は驚きと喜びをあらわにした。
彼にとってそれは、まさに吉報。
「つまり……彼女は《神託の花嫁》で間違いがないということだな⁉」
王太子は心底ほっとした。これでアクスルはきっと助かるだろう。
喜ぶ主に、しかし報告書を読んだ従者は、でも……と、言葉をにごす。
「アクスル卿は……ちょっと……また大変なことになっているみたいですよ……」
「ん? 大変な……こと……?」
その言葉に王太子がキョトンと首をかしげた、ちょうどその頃。侯爵邸。
「………………」
その部屋では、寝台の上で呆然とした男が一人。
彼のまわりには、エルフリーデから届けられた見舞いの品が。
滋養に効くという食材や、バルヒェット家に伝わる薬。そして、エルフリーデからの手紙も。
それらを前にして……アクスルは、己の顔面を片手で覆ってうなだれている。
そのようすは、身のうちの爆発を辛うじてこらえているようでもあり……大いなる後悔の嵐に耐え忍んでいるようでもあった。
(………………わたしは──……いったい、何を…………?)
そう、つまり彼はいろいろ思い出してしまった。
彼の推しが、自分を見舞いに来てくれたときの諸々を。
……というか、熱にうかされ、もうろうとしていた意識がはっきりしてきて、自分の犯した過ちに気がついてしまった。ぐっと顔を歪めた男の中で、絶叫がこだまする。
(……っああああああ!)
アクスルは、ついに羞恥を吐き出した。声なき叫びが寝室に広がって。普段はしかめ面ばかりしている彼の、この取り乱しようには……彼に呼ばれてきた執事と看護人は寝台脇で震え上がった。
アクスルは、まさか、彼女がここにくることがあるなどとは思っていなかった。
すべては、夢だと思っていたのである。
(た……大変なことをしてしまった……大変なことをしでかしてしまった……っ!)
自分が彼女に行った、ひとつひとつのことを思い出し、そのたびに彼は絶望。
まず、彼女に自分の寝姿を見られたこと。
寝ぼけてしまらない自分の顔が、あろうことか彼女の瞳に映ったのかと思うと……卒倒しそうなほどに恥ずかしい。
おまけに、自分は彼女の手に触れたのだ。
(手に……手にっっっ⁉)
しかも記憶はぼんやりしているが……彼は自分から彼女に手を伸ばしたような気がする。
《黒女神崇拝会》の会員として、彼女を推す者としての高い自負を持っているはずの自分が、そんなことをするなんて。とてもではないが信じられなかった。
アクスルは、寝台の柱にすがって涙する。とつぜん嗚咽しはじめた男の情緒の不安定さが怖かった。案の定、執事も看護人もオロオロしているが。しかし……アクスルにそんなことにかまう余裕などあるはずがない。
アクスルは、絶望の淵で打ちひしがれている。気分は聖域を侵した冒涜者。
(なんという……無礼……なんという、失態……。エルフリーデ様……なぜこんなところへお出ましに⁉ まさか……まさか……わたしを案じてか⁉)
まさかもくそもないが……そりゃあ見舞いに来たのだから、当然彼を心配してのことだろう。
アクスルは、一転、感動の嵐にのまれる。
彼女が自分を気にしてくれたことが、死ぬほど嬉しい。
さらには、介護人や解呪士たちから、彼女の力で呪いが後退したと聞き感激した。彼の中で、エルフリーデの神格がぐんと上がった。
(……エルフリーデ様……! 感動です!)
(あの方が……あの方がわたしを……わたしだけを心配し、こんなところにまできて……しかも、呪いをお下しになるとは……さ、さすが、わたしの女神……)
しかも、熱のせいではっきりは覚えていないが、本日の彼女はいつもに増して美しかった気がする。
(お化粧をなさっていた……ような……)
横たわった自分を、上から覗き込むようにしていた顔を思い出すと、胸がしめつけられた。
甘美な感動に打ち震えつつも、どうしてそんな彼女の貴重な姿を、もっとちゃんと拝ませてもらわなかったのだろうと悔しい。そしてアクスルは、遅ればせながら、と、両手を組み合わせて天に感謝。
(尊い……)※執事と看護人、恐々。
エルフリーデのファンとして、その他大勢でしかなかった自分が、彼女に気にかけてもらえるなど奇跡のようだと思った。
彼女を想う気持ちの前では、彼は侯爵の嫡男でも、王太子の冷徹な補佐官でもない。
何者でもない、ただ彼女をあがめる一人の人間。ただそれだけなのである。
そんな自分が、彼女に自宅まできてもらえるなんて。
(なんという……幸せ……)
あんなに嫌いだった自分の自宅が、彼女が来てくれた、滞在してくれたという事実だけで、空気から何からすべて浄化され、壁も天井もキラキラと光り輝いているような気すらした。……嫌な思い出も何もかも。どうでもいい気すらするから不思議である。
──が。




