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その発言には、エルフリーデが微妙そう。
……それって、どこに突きだすんだろうか。絶対、騎士団だよな……まあ、高級住宅街はうち(第四騎士団)じゃなくて、第三騎士団の管轄だけど。……なんてことを呆れつつ。エルフリーデは飄々と応じる。
「──ちなみにですが。わたくし共は、こちらのお宅を訪問する許可を、当然、得ております」
「はぁ?」
そんなわけがないとカトリーナは鼻白む。アクスルが病に伏し、侯爵は現在ここから離れた領地にいる。
自分に話を通しもせずに、許可を得たなどよく言えるなと失笑。
「もしかして……執事に入らせろと言えば、それが許可だとでも? 呆れた。なんて無知。こんな娘が妻になるなんて、アクスルは本当にお気の毒ね」
くつくつと愉快そうに笑う婦人に、しかしエルフリーデは静かに口を開く。
どんなに嘲笑われようとも、冷静なまなざしは一貫して変わらなかった。
「このお邸に立ち入る許可を、お出しになれるお方は、どなたと、どなたですか?」
「はあ? そんなこともわからない……」の、と、言いかけて。ここでカトリーナはハッとする。まさかと見開かれた目が愕然とエルフリーデを見た。
凝視された彼女は、頷く。
「はい、さようです。わたくしどもは、ここにくる前に、侯爵夫人のお宅を訪ねました。許可をくださったのは、侯爵夫人です」
「な……馬鹿な! あの女の別邸は公表されていない、あんたたちが知るわけが……」
動揺するカトリーナに、エルフリーデは丁寧に説明する。そのようすは、町で騒ぎを起こしてごねている町民達をなだめている顔と、何ら変わらない。
「いいですか? 我々は、第四騎士団です。その職務は、城下の治安維持が主。我々は、誰よりも王都の状況に詳しいし、変化にも敏感です。どこにどなたがお住まいかは、公になってはいなくとも、我々は常に情報を得ています」
エルフリーデは、ここにくる直前、アクスルの母を訪ねた。
彼女の居場所の提供者は、父である。
第四騎士団の長たる父は、城下のほぼ全域の情報を把握している。それは、管轄外の、高級住宅街も含まれる。
城下の治安維持を担う彼らにとっては、どこにどんな家があり、どんな人物が住んでいるかということは絶対的に必要な情報。王都は広い。情報なくしては、とても治安を守れない。
ときにはその情報は、他の団や、国王らに要求されることもあって、常に正確さが求められていた。
ゆえにエルフリーデは、父に相談したのである。
『アクスル卿が病で、彼のもとを訪ねたいが、もしかすると彼は寝込んでいて、彼の家の者たちは訪問客を受け入れる判断ができないかもしれない』
『だから、もし彼の母君が王都にいるのなら、彼女に許可を得たいが、どうしたらいいだろうか』と。
もちろん父は協力してくれた。
そして彼女がなぜ、侯爵夫人が侯爵邸に住んでいないのかを知り得たのかといえば、そちらは王太子からの情報である。
アクスルとの縁談を承諾したとき、彼の両親が不仲であり、母親はもうずいぶん前から別居中で、そのために、アクスルが幼少期からとても苦労したのだという話を聞かされていたのである。
王太子はハンカチ片手にヨヨヨ……と、涙ながらに語った。
『……それでアクスルは、小さな頃から険悪な両親たちに挟まれ、寂しい思いをしすぎてあのような偏屈な男に……いや、まあ……それでなくても昔からあやつの性格はまあまあアレだったが……。い、いや、それは置いておいて……ええと……ゆえに、アクスルの妻となる者は、愛情深い者がいいなぁと思っているわけだが……君はどうだろうか……?』……などなど。
黙ってふんふんと話を聞くエルフリーデに。彼はチラチラ何事かを期待するようなまなざしを向けては、多々アクスルについての個人情報をたれながしていた。
もちろんエルフリーデには、それらを悪用する頭はないが。(でも、こんなふうにおしゃべりだから、殿下はアクスル卿に叱られるんだろうな……とは察した)
ともあれ、そのようなわけで、先んじて侯爵夫妻の事情を心得ていた彼女は、すでに城下の侯爵家別邸で、夫人からアクスルを見舞う許可を得ている。
夫人は、突然訪ねてきた彼女を迷惑がるかと思われたが……意外にもその態度は好意的。
というか、彼女はとても愉快そうであった。そこには何か……現在エルフリーデが対峙している女性に対しての、敵対感情のようなものが見え隠れしていた。
(この二人をぶつけてみると、なんだかおもしろそうだわ)というような、酔狂な感情が駄々洩れで。
が、まあ、そんな夫人のいい性格は置いておくとして。
エルフリーデが、すでに侯爵夫人の許可を得ていることを伝えると、さすがのカトリーナも分が悪くなったと感じたようだった。
沈黙し、ただひたすら自分を睨んでくるご婦人に、エルフリーデは当然ですと続ける。
「いくらわたしが無知でも、執事殿に『入れてください』と言っただけで、よそ様の邸宅に入るわけがありません。我々は、日夜そういった強盗や盗人を捕える側の人間です。いくら、アクスル卿が心配でも……」と、言って。ここで彼女は静かな瞳に、いくらか挑戦的なすごみをのせてカトリーナに突きつける。
「いくら、わたしがいずれこの邸の女主人となる身だとしても」
「……っ……!」
どうやら最後の一言が、大いに効いたようだった。
しかしそれは事実である。
彼女がいくら侯爵の寵愛を笠に着て威張ろうとも、アクスルが跡継ぎと定められている以上、将来の侯爵夫人は、彼の結婚相手たるエルフリーデである。
カトリーナは、しばし歯噛みしてなんとか言い返すすべを探しているようだった。が……どうやら何も思いつかなかったらしい。
彼女は悔しげにエルフリーデをキッと睨んでから、さっさと踵を返して歩き出していった。
憤慨しながら行ってしまう婦人の後ろを、彼女が引き連れてきた使用人たちが慌てたように追いかけていく。その背中を見つめながら、エルフリーデはぽつり。
「……少し……言い過ぎてしまっただろうか……?」
と、隣でふんっと激しい鼻息。長兄グリゴアである。
「もっと言ってやってもいいくらいだ。大勢手下を連れてきて、『お前たち』だの『小娘』だの。あれは、はなからお前を委縮させてやろうって腹だ。めんどくせぇ女だなぁ。お前、本当にあんなやつがいる家に嫁いで大丈夫なのか?」
しかしエルフリーデはケロリとしている。
「別に平気だ。わたしはあの女性に嫁ぐわけではないからな」
「何を悠長な……。おい、お前がやれっていうなら俺はやるぞ? あいつらに、ガツンと一発」
「いらん」
勇ましく拳を掲げる兄に、妹はきっぱり。と、兄は納得できないという顔で口をひん曲げる。そこには、先ほどカトリーナらを威嚇し、殺気すら感じさせた気迫は皆無。ただ心配そうな不満が顔中にあふれていた。その顔を横目に見て、エルフリーデは笑う。
「心配無用。挑まれるのなら、戦うのみ」
「いいのかねぇ……お前は正攻法しか使わねえだろう? でも、ああいうやつは、自分が勝つためには何でもやるんだぞ……」
「それもまた修行だ」
「お前って、本当に脳筋だよなぁ」
「……兄上……」
どの口が……? と、呆れて長兄を見ていると。ふいに兄の目がぱちくりと瞬かれ、彼は妹を見てハッとする。
「は! そんなことよりお前! 大病は……大病はどうした⁉」
「……おや?」
言われて気がついた。そういえば、先ほど異常な高熱を感じた顔も身体も、いつの間にかその熱を失っている。
「? 治った……ようだな」
「⁉ な、に……? こんな短時間で……大病を、完治させた、だと……?」
兄は唖然として妹を見ている。が、多分、違うなぁ……と、思いつつ。しかし、エルフリーデにも何故熱が下がったのかがわからない。とりあえず、自分を畏怖する目で見る兄のことは放っておいた。
侯爵邸を出ると、エルフリーデはその立派な邸を振り返る。
「…………」
なんだか思わぬ騒動もあったが、彼はどうしているか、苦しんでいないかと考えると、後ろ髪引かれる思いである。
(……あのような女性が邸を牛耳っているのなら……アクスル卿は、お困りなのでは……?)
カトリーナの尊大な態度を思い出すと、エルフリーデは、いっそう心配になってしまう。あの女性はなかなかに高慢で、随分女主人という立場に執着を見せていた。ならば、本物の女主人の息子アクスルに、果たして優しくなどしてくれるものだろうか。
エルフリーデは思わずため息。と、その拍子に、自身の手のひらが目に留まる。
先ほどそこに、自分の顔を見たアクスルが一文字一文字丁寧に書いてくれた言葉を思い出すと……暗い気持ちが一変し、つい、口元が緩んでしまう。
『おきれいです』
「……、……む⁉」
手のひらを見つめ、うっすらと微笑んでいたエルフリーデは、気がついてハッと兄を見る。
「兄上⁉ ま、また顔がほこほこしてきたぞ! なぜだ⁉」
「な……何ぃ⁉ やっぱり治ってねぇじゃねえか!」




