11-5
彼女は大勢の男たちに囲まれて育ってきたが、今までこんなに誰かを愛しいと思ったことがなかった。そんな自分には戸惑いすら感じる。
(……どうしたことだろうか……なんだかものすごく、こそばゆい? の、だが……)
アクスルの手を握っていると、身体が急にほこほこしてきた。
己の突然の変化が不可解で。ただ、手を握り返してくる感触にハッとする。
何はともあれ、今はアクスル卿だ、と、彼女は火照った頭を横に振る。
「アクスル卿、何か欲しいものはございますか?」
もう一度静かに訊ねると、ふと彼が自分をじっと見ている。
顔のパーツを、ひとつひとつ丁寧に見て、小さな驚きをにじませた彼の表情を見て。あ、と、エルフリーデは気がつく。
そういえば……彼が倒れたと聞いて、化粧をしたまま出てきたのであった。
最初の頃からすると、だいぶん改善されたとは思うが、ディレクには『化け物』と評され、アンナにも、『少し強そうに見える』と言われたのである。
エルフリーデはしまったと思った。
彼をおびえさえないためにも、もっと愛らしく優しげな化粧で会うつもりだったのに。慌ててやってきたせいで、とても不完全なものをさらしてしまった。これではまた、彼に恐れられてしまうのではと不安がよぎる。
「あ……おつらいところに、見苦しいものをお見せして申し訳ありません……」
エルフリーデは、慌ててアクスルの手から片手を放し、自分の目もとを覆った。
「あの、もっと訓練し、上達してまいります。今日はその、これでご容赦ください……」
すぐに帰りますからと言いながら、エルフリーデはなんだか情けない。
(部屋まで来たのは、やはり少し焦りすぎただろうか……)
しかし後悔してもはじまらない。これは潔く出直しだ、と、彼女は椅子を立つ、が。
まだアクスルに預けていたままの片手を、返してもらおうと引いた、その瞬間。アクスルが、彼女の手をぎゅっと握りしめる。
おやと思って、瞳を覆っていた指の隙間から彼を見ると、青年がよろよろと寝台の上に起き上っている。
「アクスル卿?」
大丈夫ですかと、慌てるが。彼は握ったままの彼女の手のひらを開かせて、そこに人差し指を落とした。
「え?」
エルフリーデがきょとんと見ていると、彼はその手のひらに、指を滑らせる。
何をしているのだろうと黙って見ていると、どうやらそれは、文字のようだった。
彼は丁寧に、一文字一文字、透明な文字を彼女の手のひらに書いていく。
彼の動作を目で追っていたエルフリーデは、彼が何を言いたいのかを理解し、言葉を失くす。
「………………」
「エル? 大丈夫か? アクスル卿はなんだって?」
エルフリーデの後ろに立っていた兄は、呆然と立ち尽くす妹を見て怪訝な顔。
その気配にハッとしたエルフリーデは、慌てて兄を振り返る。気がつけば、解呪士や看護人の男も、どうしたのだろうという顔で彼女を見ていた。
なんだかそれが、無性に恥ずかしくてエルフリーデはつい慌てる。
「い、いやなんでも……あ、兄上。アクスル卿はお疲れのはず。我々は、そろそろお暇しよう! アクスル卿、のちほど見舞いの品を届けさせます。お、お大事に!」
「? お、おい、エル? なんなんだよ、おい! ひ、ひっぱるな! 怪力め!」
エルフリーデは、アクスルやポカンとしている看護人らに頭を下げて、慌てて部屋を出ていった。
大きな兄を引きずるその顔は、耳まで赤い。
妹に引きずられながら廊下を進む長兄は、怪訝な顔で妹の背を見ていた。
いつもは冷静な妹が、今日は何やらようすがおかしい。
「おい、お前、いったいどうした?」
と、呼びかけられた妹が、ぴたりと足を止める。
「……兄上……」
「?」
振り返った顔は、非常に深刻な表情だった。
「兄上、なんだかとても身体がほこほこするんだが……アクスル卿からわたしも風邪でももらったのだろうか……?」
「何……?」
妹に身体が熱いと聞いて。慌ててその額に手を当てたグリゴアが、愕然とする。
「どうした⁉ めちゃくちゃ熱いぞ⁉」
「そうなんだ」
これはなんだろうか? と、真顔で首をかしげる妹に、長兄は明らかなる動揺。




