11-3
アクスルの身を覆っていたブランケットをゆっくりとめくった彼女は、思わず息を呑んだ。
眠る青年が着ているナイトウェアは、襟元が大きく開いている。
そこに露わになった異形の手は、想像よりもずっと不気味な姿だった。
赤く黒く、いびつに節くれだった手。その指先には鋭い爪がついていて、何かをつかみ取ろうとするかのように大きく指が広げられていて、それは、その先にある彼の心臓を今にもえぐり取ろうと狙っているかのようだった。
しかもその禍々しい爪の先は、すでに彼の鎖骨の下に達している。
そこから心臓までは、もういくらも距離がない。
驚いたエルフリーデは言葉をなくす。
(こんなに……恐ろしいものを抱えておいでだったのか……)
そんなものを肌に刻まれ、青白い顔で横たわっている青年を見ていると、気の毒で。ついため息がこぼれる。
自分はいったいどうしたらいいのだろう。《神託の花嫁》などと呼ばれても、彼女自身には、解呪士たちのように呪いを解く技術も知識もない。
そもそも神託はあいまいで、本当にそれが自分のことなのかもまだよくわからない。
……でもエルフリーデは、どうにか彼を救う一助になりたいと心の底から思った。
(……わたしに、いったい何ができる……?)
アクスルの寝顔を見つめながら、祈るような気持ちで己に問う。
(この忌々しいものを、今すぐ消してさしあげたい……)
ただ、その方法が分からない。
エルフリーデはどうしたらいいだろうと思い悩みながら、思わずといったふうにアクスルの首に指を近づけて言った。
神託を下したという女神に、どうか彼を救ってほしいと乞うような気持ちで、その痣に、触れた。
そのときだった。
彼女の指が痣に触れた一瞬、部屋の中の空気がぶるっと震えたような気がした。
「⁉」
その気配にハッと目を瞠ると、彼女が見ている前で、アクスルの首元の痣が大きく暴れた。
それは、彼の白い皮膚の上で、うごめき、うねり、逃げまどっていた。波打つように、のたうち回るように。まるで、痣がエルフリーデの指を嫌がって苦しんでいるようだった。
その光景を目の当たりにしたエルフリーデは、とっさに鋭く呼ぶ。
「解呪士殿!」
するとすぐに扉のほうから先ほどの老爺と、彼女の兄、そして執事と介護士が部屋に飛び込んできた。
「どうしたエル⁉」
「痣が……」
険しい顔で見てくれと示すと、アクスルをのぞきこんだ解呪士が、眉間にしわを寄せて驚いている。
「これは……いったい何をなさったのですか⁉」
きつく問われたエルフリーデは、正直に彼の首に指で触れたことを話した。すると、説明を聞いた解呪士は、難しい顔で何かを考えこんでいる。
エルフリーデが寝台から離れると、痣はピタリと静まり返っていた。
これはいったいどうしたことか。
「解呪士殿、アクスル卿は……」
不安になって訊ねると、アクスルの顔や身体を検めていた老爺は、振り返って大丈夫ですと言った。
「アクスル卿には被害はありません。ただ、呪いが……見て下さい」
示されて、皆の視線がアクスルの首もとに集まる──と。
エルフリーデが、瞳をパチパチと数回瞬いた。
「これは……」
アクスルの首の痣は、先ほど見た時と形状が変わっていた。
心臓へ向かって這いおりていこうとしていた異形の腕が、まるで驚いて手を縮めたように短くなっている。
先ほどは鎖骨の下に達していたものが、今は首の付け根にまで後退。
長兄以外の、その呪いのもとの形状を知っている者たちが、この変化に戸惑い沈黙している。と、解呪士が「なるほど……」と、息を吐きつつエルフリーデをしげしげと見た。
「どうやら……本当に、あなたが神託にあった花嫁で間違いなさそうですね……」
「え……?」
興味深そうに見つめられたエルフリーデは、兄と戸惑いのまなざしを見交している。




