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アクスルの不調を聞き、案じたエルフリーデが、侯爵邸にきたのはつい今しがたのこと。彼女の背後には、長兄グリゴアが野太い腕を組んで立っている。
侯爵家の使用人たちによると、彼は昨日、王城から帰宅した直後に高熱を出して寝込んだらしい。
医者によれば、発熱以外には症状もない。おそらく過労とのこと。ただ、同じく彼を診た解呪士は呪いも過労には関係しているだろうと言ったらしい。
以降、アクスルはずっと寝台に横になったままだという。時折目が覚めても熱に浮かされて、薬と水分以外はほとんど何も口にしていないと聞いて、エルフリーデは彼がとても気の毒になった。
おそらく世間とは大いに解釈違いが生まれていることとは思われるが……今や彼女の中で、彼はか弱き小鹿である。
(おかわいそうに……呪いに加えて過労など……)
そんないたいけ(?)な彼のようすがとても気になった彼女は、執事に一目だけでも見舞いたいと頼み込む。
もちろん自分たちは婚姻前で、彼のこともいまだ説得できていないことは承知していたが、どうしても、そのまま顔も見ずに帰ることはできなかった。
執事ははじめ、本人の許可もないままエルフリーデたちをアクスルの寝室に入れるのを渋ってはいたが、エルフリーデに、「卿が倒れた原因が呪いにもあるのなら《神託の花嫁》となる予定の自分には、何か呪いに働きかけるができるのでは?」と言われ、ためらいつつも了承。少しの間ならという条件で、彼女と兄はアクスルの部屋へ案内されることになった。
アクスルの居住区画は、侯爵邸のエントランスを上がって右の廊下を進んだ先。
私室の前室には、男性看護人と、もう一人、変わった服装の老爺が控えていた。
目深にかぶったローブの至るところには不思議な形の印が刻まれていて、その下から鷲のような目で自分をじっと見つめてくる。独特の威圧感を感じたエルフリーデは、きっと彼が解呪士なのだろうと察する。おそらく、王太子の手配でアクスルに付き添っているのだろう。
前室を抜けて広い居間をぬけると、そこがアクスルの寝室。
入口を入ると、すぐに奥の寝台に誰かが横たわっているのが見えた。
エルフリーデは、慎重な足取りで彼の寝台そばへ。上から静かにのぞきこむと、そこには苦しそうな顔が。
瞳はしっかり閉じられ、顔は赤い。眉間には苦痛を訴えるようなシワが刻まれ、そこに額から流れた汗が流れこんでいた。その雫が、目頭まで伝ってしまっているのを見て、エルフリーデは眉尻を下げる。
すぐに寝台のそばに用意してあった清潔な布で、その汗を丁寧にぬぐった。
出会ったばかりの相手だが、そうすることにためらいはなかった。人の多い団舎で暮らす彼女は、普段から具合が悪くなった団員達も同じように看病をする。
同じく、いつの間にかやってきた兄も、彼の様子を見て「汗をかいているな。着替えさせたほうがいい」と、すぐに部屋を出ていく。おそらく、看護人に着替えを用意させるつもりなのだろう。ズカズカと進む長兄に驚いたのか、執事もそのあとについていった。
(……ずいぶん苦しそうだ……)
うなされているアクスルは、エルフリーデに顔を拭かれても反応しない。
その赤い顔を見つめながら、彼女はため息。
「……こういう時、声がでなければ、なおつらいだろうな……」
苦しくてもすぐに誰かに伝えられないということは、それだけ助けを得るのが困難であるということ。
エルフリーデは、やはりはやく呪いを解いてさしあげなければと思いつつ、眠っているアクスルの首元に視線を落とす。
先日の顔合わせのときは、縦襟の内側に隠れて見えなかったが……彼の着ている白いナイトウェアの下、そこに覗く素肌には、輪のような痣がっくっきりと刻まれていた。
まるで、真っ赤に焼けた焼きゴテを、強く強く押し当てられたかのような色だった。初めて呪いを目の当たりにしたエルフリーデは、なんて痛々しい色だろうかと絶句。
肌に赤黒く刻まれた首輪のような痣からは、顎を挟んだ両側から血がしたたるような筋が下へ下へと伸びている。
その先は、今はアクスルの寝具の下で全貌が見えない。が……痣の先は異形の手のような形になっていると王太子からは聞いている。
(……その両手が……心臓に達したとき、彼は命を落とす……)
エルフリーデは険しい表情。
恐ろしいことだった。呪いが進行する速度は分からないが……ざっと目算したエルフリーデは不安に駆り立てられる。王太子が結婚を急がせようとするはずである。それはもう、いくらも時が残っていないように感じられた。
焦りを感じたエルフリーデは、ふいに確かめたい衝動に駆られる。その視線の先には、アクスルの身を覆っている寝具。
「……」
無礼だとは思ったが、どうしても知りたかった。
今現在、その異形が彼の命をどこまで追い詰めているのかを。
「……アクスル卿、ご無礼をお許しください。責任は必ずお取りします」
言って彼女の指先は、アクスルのブランケットにそっとかけられた。




