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10-2


 買い物をしたとき、可愛らしい店員は、懇切丁寧にその使い方を教えてくれた。

 けれども彼女がやすやすとしていた作業は、エルフリーデには信じられないくらいに難しかった。目のふちに線を引くとか……高度技術すぎる。


「……まいったな……力加減が悪いのか……?」


 エルフリーデは、派手派手しい顔のまま困り果てた。

 ちなみに、彼女は当初、私室で兄と一緒に化粧に取り組んでいたのだが……。

 長兄が、これまたエルフリーデを超える不器用さ。そんな二人では、にっちもさっちもいかず。兄はそのうち音を上げて、ピヨピヨぴゅーぴゅーと空々しい口笛を吹きながらどこかへいってしまった。

 ひとりで私室に残され困ってしまった彼女は、道具を抱えてアンナたちに助けを求めに走った。

 けれども、忙しいご婦人たちを、ずっとつき合わせるわけにもいかず。ゆえに、こうしてエルフリーデは、ふたたび団舎の作業場でひとり練習に励んでいるのだが……。

 化粧の繰り返しすぎで肌はヒリヒリしてきたし、ちっとも成果が上がらないせいか、なんだかとても疲れてきた。もう……何が正解かもよくわからない。


「……、……もしやわたしは……美的センスがない?」


 弱音は吐きたくないが、そう思ってしまうほどに、彼女の顔の出来上がりはさんざんである。

 つい押し黙り、鏡の中をじっと見ていると……そこへ、突然のゲラゲラ笑い。驚いて振り返ると、ディルクが腹を抱えて笑っていた。


「……」

「お、お前なんだその顔! ひっでぇ! バケモンかよ!」


 遠慮なしに指差してくる男を見て、エルフリーデは内心やはりひどいか……と、ため息。

 たしかにこの顔ではアクスル・クヴァントに会うのは無理だろう。こんな顔を見せてしまったら、よけい嫌われそうだ。そう思うと、なんだかとてもがっかりした。

 ディルクは落胆するエルフリーデの前に回りこんでくると、しげしげとその顔を見る。


「お前がこんなに出来ねぇやつとはねぇ……そんな手腕じゃ、俺が化粧したほうがよほど美形だぜ!」

「……」

「やっぱりだめだなぁ、男の真似事ばっかりしてる女は。化粧すらできねぇなんて、女失格じゃねぇの?」

「……ほう」


 その物言いには、温和な彼女もさすがにカチンときた。

 別に彼女は男の真似事をしているつもりはない。自分が自分らしくあろうとしたら、結果的に世間の女性らしいからは遠ざかってしまうだけである。


「……そんなにできていないか?」


 目を細めて問うと、やはり笑いが返ってくる。


「どう見てもな!」と、鏡を見ろと言うようにアゴで示す顔が憎たらしい。エルフリーデは、笑い続ける男に、にっこりと微笑んだ。


「──なるほど」


 その瞬間、彼女の雰囲気が変わったことに気付き、ディルクがぎくりと身構えた。

 彼を見るエルフリーデの目には殺気があった。

 口は大きく弧を描いているのに、空色の瞳はひたりと獲物を見るような色をしている。そのことに気がついて怖気づく男に、エルフリーデは黙って立ち上がり、歩みよる。

 笑顔でじりじりと距離を詰められた男は、困惑のまなざし。そのまま壁際まで下がり、ついに背中が壁まで追いつめられると、ウッという顔で彼女を睨みつけるが、その口もとは引きつっていて、動揺も露わだった。


「な……なんなんだ! 気味悪いなおま──」


 え、と、ディレクが怒鳴りかけた瞬間。エルフリーデの掌打が彼の耳の横の壁をガツッと突く。ディルクは、ひっと身をすくめ。壁と自分とで、同僚を囲い込んだエルフリーデは、まるで狡猾なキツネのような顔でその男の顔をのぞきこんだ。


「⁉」


 間近に迫ったエルフリーデの冷え冷えとした顔に、ディルクは泡を食う。と、彼女は瞳を見開いて言った。


「……つまり。お前は、わたしのこの顔のどこが悪いか分かっている。──そうだな?」

「……は……? そ、それは、まぁ……」


 高圧的に問われたディレクは、不安げに声を先細らせている。

 これまでは、彼がどんなに嫌味を言っても、彼女はさらりと受け流して相手にすることはなかった。だから安心して罵れていたわけだが、こうして向かってこられると、いったい何事かと恐ろしくなる。実力的に言えば、ディルクはエルフリーデの槍の腕にはかなわない。

 不敵な笑顔に押されるようにディルクが頷いたのを見ると、エルフリーデは再びニッコリ。


「おお、願ったりかなったりだ。では、ディルク、お前がわたしに化粧しろ」

「⁉ はぁ⁉」


 何言ってんだ⁉ と、瞳を激しく瞬かせる男に、エルフリーデは容赦ない。


「悪い点がわかっているなら、改善点もわかるはずだ。それにお前は、わたしよりできるんだろう? 腕前を見せてみろ、さあ」

「⁉」


 ギョッとする男の腕をつかみ、エルフリーデは問答無用で化粧筆を握らせた。困惑しきりの同僚に、彼女は、今度は真顔で言う。


「もしわたしよりひどかったら……許さんぞ」

「⁉」


 ディレクはこの事態に唖然とした。険悪な間柄の自分に己の化粧を託すなど。この女は、頭がどうかしているんじゃねぇか、と思うが……。

 エルフリーデのドスのきいた言葉と据わった目は、どう見ても本気。……というか、けして断れないような気迫がそこにはあった。

 途方に暮れたディルクは、手渡された化粧筆を呆然と見下ろすほかなかった。




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