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買い物をしたとき、可愛らしい店員は、懇切丁寧にその使い方を教えてくれた。
けれども彼女がやすやすとしていた作業は、エルフリーデには信じられないくらいに難しかった。目のふちに線を引くとか……高度技術すぎる。
「……まいったな……力加減が悪いのか……?」
エルフリーデは、派手派手しい顔のまま困り果てた。
ちなみに、彼女は当初、私室で兄と一緒に化粧に取り組んでいたのだが……。
長兄が、これまたエルフリーデを超える不器用さ。そんな二人では、にっちもさっちもいかず。兄はそのうち音を上げて、ピヨピヨぴゅーぴゅーと空々しい口笛を吹きながらどこかへいってしまった。
ひとりで私室に残され困ってしまった彼女は、道具を抱えてアンナたちに助けを求めに走った。
けれども、忙しいご婦人たちを、ずっとつき合わせるわけにもいかず。ゆえに、こうしてエルフリーデは、ふたたび団舎の作業場でひとり練習に励んでいるのだが……。
化粧の繰り返しすぎで肌はヒリヒリしてきたし、ちっとも成果が上がらないせいか、なんだかとても疲れてきた。もう……何が正解かもよくわからない。
「……、……もしやわたしは……美的センスがない?」
弱音は吐きたくないが、そう思ってしまうほどに、彼女の顔の出来上がりはさんざんである。
つい押し黙り、鏡の中をじっと見ていると……そこへ、突然のゲラゲラ笑い。驚いて振り返ると、ディルクが腹を抱えて笑っていた。
「……」
「お、お前なんだその顔! ひっでぇ! バケモンかよ!」
遠慮なしに指差してくる男を見て、エルフリーデは内心と、ため息。
たしかにこの顔ではアクスル・クヴァントに会うのは無理だろう。こんな顔を見せてしまったら、よけい嫌われそうだ。そう思うと、なんだかとてもがっかりした。
ディルクは落胆するエルフリーデの前に回りこんでくると、しげしげとその顔を見る。
「お前がこんなに出来ねぇやつとはねぇ……そんな手腕じゃ、俺が化粧したほうがよほど美形だぜ!」
「……」
「やっぱりだめだなぁ、男の真似事ばっかりしてる女は。化粧すらできねぇなんて、女失格じゃねぇの?」
「……ほう」
その物言いには、温和な彼女もさすがにカチンときた。
別に彼女は男の真似事をしているつもりはない。自分が自分らしくあろうとしたら、結果的に世間の女性らしいからは遠ざかってしまうだけである。
「……そんなにできていないか?」
目を細めて問うと、やはり笑いが返ってくる。
「どう見てもな!」と、鏡を見ろと言うようにアゴで示す顔が憎たらしい。エルフリーデは、笑い続ける男に、にっこりと微笑んだ。
「──なるほど」
その瞬間、彼女の雰囲気が変わったことに気付き、ディルクがぎくりと身構えた。
彼を見るエルフリーデの目には殺気があった。
口は大きく弧を描いているのに、空色の瞳はひたりと獲物を見るような色をしている。そのことに気がついて怖気づく男に、エルフリーデは黙って立ち上がり、歩みよる。
笑顔でじりじりと距離を詰められた男は、困惑のまなざし。そのまま壁際まで下がり、ついに背中が壁まで追いつめられると、ウッという顔で彼女を睨みつけるが、その口もとは引きつっていて、動揺も露わだった。
「な……なんなんだ! 気味悪いなおま──」
え、と、ディレクが怒鳴りかけた瞬間。エルフリーデの掌打が彼の耳の横の壁をガツッと突く。ディルクは、ひっと身をすくめ。壁と自分とで、同僚を囲い込んだエルフリーデは、まるで狡猾なキツネのような顔でその男の顔をのぞきこんだ。
「⁉」
間近に迫ったエルフリーデの冷え冷えとした顔に、ディルクは泡を食う。と、彼女は瞳を見開いて言った。
「……つまり。お前は、わたしのこの顔のどこが悪いか分かっている。──そうだな?」
「……は……? そ、それは、まぁ……」
高圧的に問われたディレクは、不安げに声を先細らせている。
これまでは、彼がどんなに嫌味を言っても、彼女はさらりと受け流して相手にすることはなかった。だから安心して罵れていたわけだが、こうして向かってこられると、いったい何事かと恐ろしくなる。実力的に言えば、ディルクはエルフリーデの槍の腕にはかなわない。
不敵な笑顔に押されるようにディルクが頷いたのを見ると、エルフリーデは再びニッコリ。
「おお、願ったりかなったりだ。では、ディルク、お前がわたしに化粧しろ」
「⁉ はぁ⁉」
何言ってんだ⁉ と、瞳を激しく瞬かせる男に、エルフリーデは容赦ない。
「悪い点がわかっているなら、改善点もわかるはずだ。それにお前は、わたしよりできるんだろう? 腕前を見せてみろ、さあ」
「⁉」
ギョッとする男の腕をつかみ、エルフリーデは問答無用で化粧筆を握らせた。困惑しきりの同僚に、彼女は、今度は真顔で言う。
「もしわたしよりひどかったら……許さんぞ」
「⁉」
ディレクはこの事態に唖然とした。険悪な間柄の自分に己の化粧を託すなど。この女は、頭がどうかしているんじゃねぇか、と思うが……。
エルフリーデのドスのきいた言葉と据わった目は、どう見ても本気。……というか、けして断れないような気迫がそこにはあった。
途方に暮れたディルクは、手渡された化粧筆を呆然と見下ろすほかなかった。




