10ー1 高難度技術の美女群
「……だめだ……」
エルフリーデは、目の前にある顔を見て途方に暮れた。
鏡の中に映る派手派手しい女の顔。まぶたのうえはくっきりピンク。唇はド派手な赤。両方の頬もどぎつく赤く、顔色はなんだか人間離れした白さ。これはこれでなかなか興味深い顔ではあるが……。
(たぶん……これは優しそうでも、可愛らしくもない、な……?)
己の顔をそう判断した娘は一人、絶句。
どうやら、どうしたらいいのか皆目分からないらしい。
分からな過ぎて、脳がショートしそうで……今にも頭から煙が出そうだった……。
そんな、己の顔を見つめたまま愕然としている彼女の手元、鏡の前の作業台には、これまではエルフリーデの世界には存在しなかった女性用の化粧品類が並べられている。
口紅、おしろい、頬紅、眉墨などなど。これらはさきほど彼女が長兄グリゴアにつきそわれ城下の化粧品店で購入したもの。
いや、本当ならば、アンナたちについてきてもらったほうがよかったのだろうが……。本日は天気が悪く、彼女たちは洗濯やアイロン作業に追われてとても忙しそうだった。それで、休日のエルフリーデと長兄とで買い物に行った。……のだが……。
はっきりいって、このコンビ、化粧品選びには一番ダメな二人だったかもしれない。
ガサツなグリゴアと女性の装いに無知なエルフリーデは、化粧品店では赤子も同然。
まず、きらびやかでメルヘンな店内に慄き、並んでいた品物の種類の多さに恐怖した。
カラフルでこまごまとした商品たちは、美しく整然と並べられていたが、バルヒェット家の兄妹には頬紅と口紅の違いすら分からず、どれも同じもののように見えたのである。
この二人、基礎化粧品とコスメの違いも分かっていない。
『……えーと……』
明らかに及び腰の兄は、真顔で固まったままの妹に怯えた顔で問うた。
『エル? お前、これ、選べる……のか……?』
『……、……、……なかなか、過酷だな……』
しかし驚くべきは、他の女性たち。
店内は大勢の店員や女性客たちでにぎわっていて、途方に暮れる兄妹をよそに客らは何も迷うことなく楽しそうに商品を選んでいた。
エルフリーデは、思わず彼女たちを畏敬の目で見た。
可愛らしい店内にたやすく馴染むことができる彼女たちに比べると、エルフリーデと大男の長兄は、その場ですさまじく浮きまくっていた。
おまけに皆、素晴らしく美しいのである。
エルフリーデは、生まれて初めて気おくれというものを感じた。
(わたしは……彼女たちの前に……ここに存在していいのか……?)
彼女たちの頭の上から爪の先まで手入れの行き届いた美を前にすると、自分のマメだらけの手のひらがとても弱々しく感じた。
いや、その手の傷の数々は、どれも彼女の努力の結晶であり、誇るべきものである。恥ずかしいとは思わない。
──が、その美の空間内部においては、エルフリーデは自分が最弱であることを悟った。
彼女はもう、その店内に立ち入っただけでも褒めてほしいくらいの心持ちだったが……そこで怖気て撤退するわけにはいかなかった。
いつまでも、アクスルに怖がられているのは嫌なのである。
ゆえにエルフリーデは兄に決意のまなざしを向けた。
『……兄よ、大丈夫だ。いついかなる時も、相手に敬意さえ持っていれば道は開かれるはず。相手が化粧品でも、麗しき美女群でも』
『お、お前勇者だな⁉』
その異世界を思い出し、エルフリーデはしみじみ。
「……世界は広い。まさかこんな身近に、あのような高度な世界があろうとは……」
化粧品店で目撃した店員たちの化粧の技は、彼女にとってはどれも神業。
まさか女性たちが美のために、まつげの角度まで操っていたとは、エルフリーデはまるで知らなかったのである。
その衝撃の事実を、感嘆と共に思い出した娘は、再び鏡の中の自分を見て……失意。
「……わたしの……この技術のなさよ……」
そこに映っている自分の顔は、あの店員たちとは雲泥の差。しかし、彼女はこれでも、もう十回は化粧をやり直しているのである。
それなのに。出来上がるのは、どぎつい、愛らしさのかけらもない己の顔。
(……、……なぜ???)
エルフリーデには皆目わからない。




