9-1 クヴァント家
王太子アントンは、困り果てて執務机の椅子に座っていた。
現在、彼のもとには補佐官室の者たちから、泣きの抗議が殺到している。
それはもちろん先日の縁談の日以来、使い物にならなくなりつつある男、アクスル・クヴァントに関するものである。
「殿下……クヴァント様をなんとかしてください! あれじゃあ仕事になりませんよ!」
「だ、だから、今あやつの婚姻を急いでいるだろう……?」
「それも大事かもしれませんが! まずは、呪いが解けるまで休ませるとか……!」
「し、しかし、あやつがいないと、わたしはどうにも不安で……また最初の頃のように、昏睡状態などに陥ったらと思うと、とても目を離す気には……」
「そうは言ってもですね、執務室のなかであんなに苦悩しつくされては、周りも気になってしかたがありません! 見てください!」
と、言って広げて見せられたのは、イライラとオロオロを繰り返し続ける男が、職務中に破壊したらしい物品のリスト。
お、おお……と王太子。
「こ……こんなに壊したか……ぁ……」※ひきつる
「呪いの件で苦しんでいらっしゃるのは本当にお気の毒ですが……あんな恐ろしい形相でペンを握りつぶしたり、物にぶつかったり、殴ったり……あんな爆弾が同じ部屋で仕事をしていては、皆集中できません! お願いですから、卿には休暇を与えてください!」
「う、うぅん……」
補佐官たちの訴えに王太子は目を泳がせる。
「しかしだな……あんな状態のアクスルを外に出すのも怖くないか……? あやつの実家は、内情が複雑であるし……それに、あやつとわたしは幼い頃からずっと共にいた。そばにいないと落ち着かない……」
王太子は、これまでずっとしっかり者のアクスルに頼り切ってきた。
彼の不在は正直不安。
頭を抱えて悩むアントンに、そばにやってきた従者が主に茶を出しながら助言する。
「……なら、誰か監視をつけて休ませましょう。例の解呪士殿はどうですか? これは、殿下がアクスル卿離れをするいい機会にもなります。殿下はちょっとアクスル卿に頼りすぎです。卿にも、未来の国王としてしっかりしてくださいと、いつも叱られているじゃありませんか」
「う……ま、まあ、たしかにな……」
「国王陛下や大臣たちには、アクスル卿は婚姻の準備のための休暇と言えばいいですよ。卿も落ち着かれれば、婚姻について考える余裕も生まれて、いつもの調子が戻ってくるかもしれませんよ。あんな不甲斐ない状態で王城をうろつかせていては、第二王子や第三王子に見つかって、何か弱みをさらすかも……」
王家の従者はまったく身もふたもない言い方であるが、その通りではあった。
王太子の腹違いの弟王子たちは、王太子やその配下アクスルたちの足元をすくおうと、つねに虎視眈々と狙っている。
だが、王太子はまだ決心がつかないよう。
「しかし……あやつが休むと言うかどうか……」
アクスルは、ひどい仕事人間である。
朝から晩まで王城にいて、日夜王太子のために働いている。
もちろん彼にも他の職員たちと同じように休日があるが、そのほとんどを彼は使わない。稀に、武術大会を見に行くとかなんとかいって休むこともあるが、それも年に数回。予定がなければ、実家の用事があってすら、ほとんど半休程度の休みしかとらず、そのほかはずっと王城……王太子のそばか補佐官室にいるような男であった。
だが、従者は呆れ顔。
「いや、もう明らか働きすぎですから! このさい、この機会に働き方改革させましょう! だって、ご結婚もひかえているんですよ? このままの働き方では、バルヒェット家のお嬢様にだってご迷惑がかかります!」
「そうですよ殿下! アクスル卿を休ませましょう!」
「………………」
数人掛かりでそう強く説得されては、少々気の弱いところのある王太子は、しぶしぶながら了承せざるを得なかった。
王太子に強制的な休みを与えられたアクスルは、ゲッソリした顔で王城の廊下を歩いていた。
普段は冷え冷えとした冷気を振りまきながら、他者の干渉などけして受け付けないというまなざしで、堂々王城を闊歩していた男である。
それが今や、絶望を背負ってさまよう幽鬼のような顔。よろめきながら、フラフラ歩いているとなれば……周囲が驚き、同情をよせても仕方のない話であった。
「アクスル卿は……呪いでだいぶ弱っておられるようだが……死の危険があるというのに、あのような状態で出勤なさっているとは……」
「いえ、なんでも王太子殿下が休みを与えたそうですよ」
「まあ、そうであろうな……しかし仕事の鬼であるあの方にとっては、それもつらかろうて。王太子殿下を守ってのことゆえしかたないが……」
「例の神託の縁談も、どうやら難航しているらしいと聞きました。以前のようにお仕事ができるようになるのは、いったいいつになるやら……」
どうやら誰もが彼の憔悴したようすを、いつもどおりに勤めを果たせず、責任感にさいなまれているのだと思っているらしい。……が。
実際には、現在彼の頭の中を占めているのは別のこと。呪いのことなど、微塵も頭にないのである。
アクスルは、今にも悶えて叫びたいところを、なんとか堪えて歩いている。




