8-2
次の日から、エルフリーデは、王太子の期待に応えるべく、アクスル・クヴァントに気に入られるべく、自分改善に取り組むことにした。
(まずは、アクスル卿に怖がられない見た目を手に入れないと……)
そのためにはやはり、優しく見えるようにすることだと思った。
彼女の顔は、生来顔立ちが整い過ぎて尖って見えるらしい。自身では、この顔も戦闘時に威圧に仕えると気に入っていたが……。
(……いや、大丈夫だ。幸いなことに、この世には素晴らしき技術がある……)
団舎の朝食の席で、彼女はきりりと改まった顔で、父に言った。
「父上、化粧品を手に入れたいのですが、どこに行けば手に入りますか」
毅然と大きな声での質問は食堂によく響いた。そこには大勢の団員がいて、皆、一様に手を止める。
と、このとき茶を飲んでいた父は、ブフッと鈍い音で茶を噴く。
「⁉ だ、団長⁉ 大丈夫ですか⁉」
父マリウスは何やら大げさにむせ、彼の右隣に座っていた副団長に背中をさすられている。
ゴホゴホ苦しそうな父の反応に、エルフリーデは怪訝。
「……父上、大丈夫ですか?」なぜそんなに驚くんだろうと思いながら訊ねると、父はまだ若干苦しそうにしつつ、大丈夫だ、大丈夫だから……と言い、彼女を見る。その目はまるく見開かれていた。
「げほ、な、何……? 化粧品……? ど、どうしたんだエルフリーデ……?」
父は、今まで一度として娘からそんなものが欲しいと聞いたことがなかった。
これまでは、欲しいかと訊ねても、『? 必要ありません』と、不思議そうに断られるばかり。
どうやら彼の娘は、幼い頃から兄らに必要ないものは、自分にも必要ないと思いこんでいる節があった。そんな彼女を父は密かに心配していて。……それが、この急な方向転換。父は少し動揺した。
と、家族の食卓から別の声が上がる。
「……エル。父上は城下の事情には誰よりも詳しいが、さすがにご婦人の使うものの買える場所に詳しいはずがないだろう?」
妻を亡くして久しいのに、と、横目で言ったのは、隣に座る端正な顔立ちの次兄ライノア。
まあ確かに、武骨な父が化粧品だのの売り場を知っていそうではない。明らかに、問う相手を間違えている。
「なんでそんなもんが欲しいんだよ?」
なんだかオロオロしている父に代わり、その隣から長兄グリゴアが、歯で肉を引きちぎりながら訊ねてくる。
もちろんエルフリーデは正直に答えた。
「アクスル卿に好かれる顔にするためだが?」
「ぁあ⁉」
とたん、長兄の片眉がグッと持ちあがる。
「なんだと⁉ あの野郎、お前の顔が気に入らねぇって言ったのか⁉」
ゆるせねぇ! と、言いながら兄は骨付き肉を皿に叩きつけ、その破片がとびちってエルフリーデのほうへ。しかし彼女はそれを慣れたようすでひょいっと除け、兄に迷惑そうに目を細める。
「怒るな。別にアクスル卿はそんなことはおっしゃっていない。わたしがそうしたいだけだ」
「……どういうことだ?」
父が不安そうに訊ねてくる。エルフリーデは、彼に身を向けて背筋を伸ばした。
「父上、これは女神と王太子殿下にたまわった大切なご縁です。わたしはアクスル卿に好かれたい。でも、どうやら、流血も厭わぬ暴力的で怖い女だと思われているようなのです。ゆえに、まずは見た目から優しい女性になりたいと考えております」
「お前は十分優しい娘だが……」
父は眉尻を下げて困った顔。そのわきで、暴力的で怖い女、と、聞いて、兄たちが黙り込む。
確かに、戦闘中の妹はとても怖かった。
(……普通の男なら怖がるかもしれないな……確かにエルに槍を持たせたら騎士団一怖ぇ)※長兄グリゴア
(アクスル卿は文官ですからね……もしかしたら、どこかの大会で、エルが対戦相手をボコボコにしているところでも見たのでは……?)※次兄ライノア
(まあ、あるよね。だってエルは武道系の大会は網羅しているから。好戦的すぎるんだよねぇ。な、シュバルツ~♡)※三兄マイルズ、膝の上には子犬
(まあ、エルは優しいけど、優しげに見えるかって言われると……せめて俺みたいにたれ目だったらよかったのにねぇ)※四兄レオン
顔を突き合わせてコソコソ小声で話をする兄たち。そんな彼らを見たエルフリーデは表情も動かさない。
どうせまた、自分の戦っている時は鬼みたいに怖いなんて話をしているのだなと分かっていた。
同じく食堂に居合わせた他の団員たちも、それぞれこちらの話に聞き耳を立てながら、隣の者と内緒話。
内容は聞こえなかったが、普段彼らにまじって訓練しているときは、『そんなに怖い顔をしてたら嫁の貰い手がなくなるぞ!』とか、『お前は将来絶対に恐妻になるな……』なんてことを散々言われていることもあって、今回もまあ、似たりよったりの内容だろう。
(……やはり、早急に対策が必要だ……)
彼らの意見は耳に痛い。しかし、彼女には、それが男性陣からの自分への評価なのだと、ひとまずは受け止める素直さがあった。
もちろんエルフリーデにだって、それなりの言い分はある。
戦いのときにへらへらするわけにはいかないではないか。刃を手にする以上、相手を傷つける覚悟と、自分が傷つく覚悟がいる。命のかかった真剣勝負。真摯に挑むことは武道の基本であろう。
けれども。アクスル・クヴァントも彼らと同じ男性。彼らの視点からの意見は無視できない。
婚姻に向けては、彼と絶対的に対話が必要で。そんなことすらしてもらえない自分が情けないが……。
(……前進、あるのみ。)
エルフリーデはさらに決意を固くする。
自分を見るといつも怖がっている彼を、なんとか落ち着かせる手立てが必要だった。
(ゆえに、まずは、見た目からなんとか……)
調理場のアンナは、努力すれば誰だってかわいくなれると断言していた。ならば自分にもできるはず。
彼女は、まずは、“怖い”の対極たる“かわいい”を目指してみようと決心した。




