7-5
(……うーん分からない……)
この状況は、人付き合いが得意というほどでもないエルフリーデには、いささか難しかった。
普段、彼女の周りにいる男衆は、あけすけで、よくも悪くも言いたいことは何でも口にする。
ゆえにエルフリーデは、人の態度の裏を読むということが正直苦手。
槍の対戦相手なら、次の一撃がどこからくるのかすぐにわかるのに、それが感情のやりとりとなるとからきしだ。
笑っているのに自分を嫌っているとか、そっけないのに好きとか。そういう態度とうらはらな気持ちがあると言われると困ってしまう。
その点、まったくアクスル・クヴァントという人は、分からないことだらけだった。
(この方に、どうやって好いてもらえばいいのやら……)
じっと見つめてみても、その琥珀色の瞳はちっとも彼女を見ない。なんとももどかしいことである。
しばし石像のように固まってしまった彼を眺めていたエルフリーデは、小さな落胆。待っていたら少しは何か反応が返ってくるかと思っていたが、その気配はない。どうやら今日は、ひとまず撤退しなければならないらしいと悟る。
先に謁見した王太子からは、『昼食後の休憩のあとの時間なら大丈夫!』と、嬉しそうなウィンク付きでお墨付きをもらったが……訪ねてきて、数刻。ここに来てから、もうずいぶん時間が経ってしまった。
外はすでに日が傾き、オレンジ色に染まっている。今日はもう、これ以上ここで粘っても、彼とは話せそうにない。
エルフリーデは本日の説得を諦め、身を正し、苦悩している男に告げる。
「お話したいと思ってきたのですが、わたしはそろそろ失礼いたします」
お邪魔してすみませんでしたと謝ると、強張っていたアクスル・クヴァントの顔が、どこかホッとしたような色をのぞかせる。
その表情が、なんだか少しひっかかってエルフリーデは、わずかに目を細めた。
帰ると言うと安堵されるなんて、ちょっと心外で。胸の底からじわり沸き立つものを感じたエルフリーデは、アクスルに一歩近づく。
二人の境の距離が縮まると、とたん彼がギクリと身体をゆらして身をのけぞらせる。
その顔を見つめながらエルフリーデは、なんだか……戦いに挑んでいるような気持ちになってきた。
彼の心を射止めるための、戦いに。
自然彼女の頬がゆっくり持ち上がる。その、どこか好戦的な笑みを見て、驚いたのはアクスルだ。
(⁉)
それまでは、終始落ち着いた色をしていた彼女の瞳が、急に狩る者の目をした。にっこり細められた瞳は逸らされることもなく彼を見ていて、それだけでもアクスルは心臓がとび跳ねてしまう。彼女の雰囲気が変わった理由が分からず、一瞬何事が起こったのか、なぜ彼女がそんな目をして自分を見つめているのかも分からず放心状態に。
そんな、自分を凝視したまま、すっかり凍り付いてしまった男に、エルフリーデは続ける。
「次は、もっとあなた様のお気に召すよう励んでまいります。……お逃げにならないでくださいね?」
(う……⁉)
薄く微笑みながら言われた含みのある『逃げないで』が……呆然としていたアクスルの心臓を痛烈に一刺し。かなり深くまでグッサリとやられてしまったらしい男は、思い切り心を持っていかれ、呆然。
それは、まさに今にも身を捧げてしまいたくなるような心地だった。
(──尊────っ……、……、……)
アクスルは、この衝撃に、つい、吸ったままの呼吸をそのまま忘れて立ち尽くした。ときめきと酸素不足で足がよろめき、床にくずれおちそうになる、が。
彼が頭を沸騰させてグラグラしているうちに、引き際が実に潔かった娘は、アクスルと周りの補佐官たちにさっさと別れの挨拶をすませて、その場から立ち去ったあとだった。※足速い
さて、こうして──。
縁談相手のアクスルに挑む決意を固めたエルフリーデが、補佐官室から颯爽と撤退していったあとも、アクスルに刺さった矢は数時間抜けなかった。
執務机にうなだれ、灰のように燃え尽きたような王太子の筆頭補佐官は、その日、このあと、本当に、まったくもって、ぜんっぜん! ……使い物にならなかった。
これは王太子や同僚たちにとっては、きわめて一大事である。




