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7-1 エルフリーデの狩り

 

 その人は、実に熱心に仕事をしていた。

 ……少なくとも、エルフリーデの目にはそう映った。


 王太子の補佐官たちの執務室を訪れてから、すでにもういくらかの時が過ぎた。

 それは彼女が受付で挨拶をして、来客用のテーブルに案内され、対応係の青年が出してくれた香しい茶がなくなり、青年がもう一度、申し訳なさそうに茶を淹れてくれるに十分な時間。

 今度はなんだかたくさんの茶菓子が添えられていた。

 その気遣いが、ありがたいやら、気まずいやら。

 しかしそれなのに、彼女の視線の先の御仁は彼女を見もしない。

 彼女が待つ応接用のテーブルは、彼の執務机の真正面にあるにも関わらずだ。

 その御仁は、係の青年が何度声をかけても一向に顔を上げすらしない。

 困り果てたようすの青年を見て、しまいにはエルフリーデのほうが申し訳なくなって、もう声掛けをしなくてもいいと申し出た。

 どうやら何かに一生懸命取り組んでいるらしいアクスル・クヴァント。エルフリーデも、邪魔するのはいささか気が引けた。

 それにいくらなんでもこの位置、この距離である。そのうちきっと気がついてくれるだろうと、気長に彼を待つことにしたのである。

 待つのには慣れている。

 騎士団の任務中は、茂みのなかに何時間も潜んで盗賊や魔物を待ち伏せしたりもする。

 今回は蚊の多い森のなかなどではなく、王城の快適な一室。エルフリーデからしてみれば、素晴らしすぎる待機場所であった。


「……」


 静かに来客用の長椅子に腰かけて、自分の将来の夫の仕事ぶりを観察しつつ、彼女はただひたすらアクスルが自分に気がついてくれるのを待っていた。


 ……しかし。

 待てど暮らせど、その時はなかなか訪れない。

 そんな彼女を見かねた他の補佐官たちも、何度かアクスル・クヴァントに声をかけてくれたが、やはり無駄だった。

 補佐官たちは申し訳なさそうに教えてくれる。


「いつもはこんなことはないんです……アクスル卿は、非常に警戒心が強いお方で……来客者に視線すらやらないなんて……」


 ひどく戸惑っているらしい彼らは、教えてくれる。実は彼女の前にも、この執務室には来客があった。

 ──例のリシェル嬢である。

 彼女が言った通り、彼女がアクスルの従妹というのは本当らしかった。

 けれどもここにきた彼女も、エルフリーデと同じくアクスルには気がつかれず、怒って帰ってしまったそうである。

 ……まあ、ただ彼女は、ものの数分待たされただけで、補佐官たちに当たり散らしながら帰っていったようだ。

 げっそりした補佐官たちに、あなたも同じように無駄骨になってしまうかも……と、気の毒そうに言われたエルフリーデは、苦笑して。かまわないと首をふった。


「お約束もなく来てしまったのはこちらです。お気遣いなく」


 気の長さにも自信があった。にぎやかな兄が四人もいれば何事も忍耐を試される。

 彼女の兄らは彼女をけして女扱いしないし、末っ子だからとチヤホヤしたりしない。


 ……とはいえだ。

 アクスルの机のド真ん前で待ち続けて一時間も過ぎると、さすがのエルフリーデも徐々に疑問を抱きはじめる。待つのは構わない。だが、ある疑惑が湧いた。


(……もしや、卿はわたしに気がついていて、あえて気がつかないふりをなさっているのだろうか……?)


 ずっと観察していたが、彼は一度も机から顔を上げすらしない。

 彼の握るペンは動きっぱなし。

 いったい何にそんなに熱心に取り組んでいるのだろうと疑問に思ったエルフリーデは、椅子を立ち、あえて控えめな足音を立てて彼のそばへ進みよってみた。

 彼がわざと自分を無視しているのなら、机を覗き込まれる前に途中で制止されるだろうという頭もあった。

 しかし……手を伸ばせば触れられる、という距離まで近づいてみてもアクスル・クヴァントは一向に反応を見せない。

 何事かに一心というようすの青年は、難しい表情のまま視線を机のうえに落とし続けている。

 その瞳がエルフリーデに向けられる気配はない。

 彼女は少し戸惑った。


(……もう、とっくにわたしの攻撃範囲内なのだが……)


 昨日は、自分から怯えた小鹿のように逃げていった人が、今日はこんなにも近くに来ても、自分に気がつかないときては、逆にとても心配になってしまう。


(これが狩りなら、アクスル卿はもうとっくにわたしに狩られているな……)


 王城の中とはいえ、この方は、こんなに無防備で大丈夫なのだろうか。

 不安になったエルフリーデは、一度顔を上げて、別の場所で仕事をしている補佐官たちに訊ねた。


「あの、ここに立っていて大丈夫でしょうか?」


 アクスルの机の上に散乱している紙にはあえて視線をやらないようにしていたが、もし何かの機密事項であれば困る。

 しかし、現在アクスルがどうにも使い物にならず、仕事に手を付けてもおらず。ただひたすらエルフリーデへの偏愛を紙に垂れ流していることを知っている補佐官らは、生温かぁい目で、「……大丈夫でぇす」と微笑んだ。


「もういっそ、見ちゃってあげてくださぁい」

「?」


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