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(……もしや、この方、わたしを怖がっておられる……?)
なぜ? と、考えて、はたと気づく。我が身の凄惨さに。
(……なるほど。)
これは納得である。そりゃあ、誰だって、返り血を浴びたまま縁談にくる女なんて怖いに決まっている。
これは困ったとエルフリーデ。
しょっぱなから縁談相手を怯えさせる事態になるとは。
──だが、今更どうしようもない。(※諦めいさぎよし)
そもそも、せめて前もって用意させてくれたらこんな不穏な格好で来ずにすんだのだ。
けれども戸惑う彼女を、『そんなことには構っていられない!』と、無理やり連れてきたのは王太子である。責任は、全面的に彼らのほうにある。
彼女は、まあいいかと、開き直りを感じた。
(……断られたときは、断られたときだな)
先出の通り、これは王太子の命令による完全なる政略結婚で。エルフリーデの受け止めは落ち着いたものだった。
ただ、目の前で怯えているらしい貴公子は、とても気になる。
冷酷な魔王と対峙するつもりでやってきたら……なんか相手はいたいけな小鹿だった、みたいな拍子抜けした気分。……というか……なんだか、こちらを見ようともせずに震える姿を見ていると、だんだん可哀想になってきた。
(そんなに怯えずとも、何もいたしませんよ……?)と、いう気持ちで慈愛の笑顔を浮かべてみるが……そもそも彼は彼女を見ていない。……これには困った。
エルフリーデは、どうしたらいいんだろうと頭を悩ませる。
(……町の子供たちのようにあやす……のは、さすがに無礼か……)
相手は大の大人である。
それに、こんな血塗れの女にあやされたいものはいない。無表情ながら、どうしたものかと彼女が困っている、と。
対面する二人を眺められるテーブルの一番上座で、己の補佐官の挙動に唖然としていた王太子アントンが、やっと口を開く。
「アクスル……? お前、どうした……? な、なんなんだその……」
と、言って、彼もやはり言葉を失くす。
アクスルとは長い付き合いの王太子も、己の補佐官がこんなに取り乱した姿は初めて見た。
と、王太子は、ハッと青い顔。
「ま、まさか呪いが……⁉ アクスル! また具合が悪くなったのか⁉」
言って慌てた王太子は、「す、すぐに医者を──」と続けながら、ややふくよかな身体を椅子から持ち上げかけた。その動転ぶりは、今にも足をもつれさせて転んでしまいそうなほど。
そんな貴人を、エルフリーデが止める。
「お待ちください殿下。わたくしがご様子を見ましょう。よく父の団営でも騎士たちの面倒を見ておりますゆえ」
「お……おお、そうか⁉ た、頼むぞエルフリーデ嬢!」
彼女の頼もしい申し出に、王太子のまるい顔がホッとする。
王太子は、ふんわりした雰囲気の、いかにも良家のお坊ちゃまという風貌。その、のどかな容姿と同様、中身もかなりのどかなのである。少し臆病なところのある彼には、エルフリーデの力強い言動が、とても頼もしく思えた。
彼の了承を得たエルフリーデは、すぐに苦しむ男のもとへ駆けよった。王太子が席に戻ったのを横目で確認し、内心で安堵。
彼女が王太子を止めたのは、もちろん言葉通り自分が具合の悪そうな男を介抱するためではある。
しかし、それ以上に、王太子をその男に近づけるのを警戒したのである。
その男、彼女が将来の夫として引き合わされた侯爵家の嫡男アクスル・クヴァントは、現在その身にある呪いを受けていた。
目の前で苦しむようすはただ事ではない。これがもし本当に、彼らが言う、呪いの影響ならば、それが王太子におよんではことである。
苦しんでいる男は、王太子をかばって呪われたらしい。
その献身を考えても、もう一度王太子が、その脅威にさらされることがあってはならない。
エルフリーデは臣下家の者として、アクスル・クヴァントのかたわらに駆けつけた。そして、苦しむ男の背にそっと手をそえ、語り掛けようとした。……その瞬間のことだった。
『ギャーッッッ⁉』
……と。声なき悲鳴が聞こえたような気がした。
「む」
その鋭い驚愕の気配に、エルフリーデは動きを止める。
すると、そんな彼女の前で、かろうじて椅子に座っているというふうだった男は、まるで化け物でも見たかのような形相で、脱兎のごとく彼女の前から逃げ出そうとした。
その逃亡を、鋭敏に察したエルフリーデは……つい。この日は直前まで、素早い魔物を相手に大立ち回りをしてきたばかり。まだその感覚が残ったままで。
彼女はとっさに逃げ行く貴公子の腕を素早くつかみ、ひきよせてから、よろめいた彼をもう片方の手でさっと受け止めた。すると──自然、エルフリーデは、彼を床のうえで抱きとめているような恰好に。




