6-1 尊死の心地
アクスル・クヴァントは、困り果てていた。
仕事に来ても、何も手につかない。
主、王太子が持ってきた非常に厄介な難題が、彼を悲痛に悩ませていた。
(……想像するだけで……つらい……)
アクスルは、絶望して執務机につっぷした。
昨日から、何もかもが手につかない。仕事どころか、食事もできないし、眠れもしなかった。
いつもなら、職務中の彼の頭の中は、王太子や政治のことで埋められて、他の何かが入り込むような余地はない。
王太子の補佐官という仕事は、こなすべき職務も多く、作業も複雑。しかしそれでも、冷静で理性的な彼の頭の中は、いつも整然とすっきりなんでも見通していられたものだった。
それが今や……彼の頭に浮かぶのは、敬愛してやまないエルフリーデ……と、その夫となった自分の姿。
(っっっ!)
その未来を考えるたび、全身に広がる気恥ずかしさと罪悪感。
脳裏に浮かんだ自分が、何よりも彼を混乱させていた。
彼が心から慕うエルフリーデ・バルヒェット。
その隣に自分が立っている姿は、想像するだけで罪深い気がしてめまいがした。
まるで、自分が天女の夫になろうかとしているかのような、恐れ多いことをしているような気がして、いたたまれなさと羞恥が同時に胸を食い荒らす。
アクスルは、またもや執務机の上でうなだれ、苦悩のあまり悶絶。その頭には、もはや呪いのことはおろか、王太子のことすら浮かばない。
顔面を覆う両手は震えている。心の中は、複雑な感情で満たされて、葛藤が身を引き裂きそうだった。これではとてもではないが正気ではいられない。
(許されない……わたしが……あの方の、夫⁉ そ、想像するだけでも罪深い……っ)
すっかり思いつめている彼の脳裏に思い出されるのは、昨日、自身が彼女に抱きかかえられてしまったときのこと。
思い出してはいけない、やめろと、ずっと自分に言い聞かせているのに……どうしても頭が言うことを聞かない。
そんなことをしてしまえば、尊死してしまうのではと思うほどにつらくなるのに……。彼の頭は、恋しさのあまりか何度も何度もあの奇跡のような瞬間を再生する。
いつもは遠目に見つめるだけの存在を、これまでにないくらい間近にした。
目の前に迫った彼女の顔の凛々しかったこと……。うぶ毛の一本一本すら神々しく輝いて見えるようだった……。
そんな彼女に抱き上げられて、触れ合った身の感触はまさに尊死のここち。
自分の身に彼女の手が触れていたと考えるだけでも、気が遠くなりそうなのに。アクスルは、あろうことか、彼女の胸に抱かれてしまったのである。
あの瞬間、彼は衝撃のあまり──死を意識した……。




