5-1
「エルフリーデ・バルヒェット! 出てきなさい!」
翌朝のこと。第四騎士団の団営に、高い女の声が響き渡った。
「? なんだ……?」
「?」
早朝訓練終わりに、庭で子犬と遊んでいたエルフリーデと三兄マイルズは、顔を見合わせる。
「今……呼ばれたのは、わたし、か……?」
「えー……なんだよお前、またなんか城下で厄介ごとの仲裁でも引き受けたのか?」
騎士団長の娘で、礼儀も正しいとあって、彼女のもとには普段からたびたびそう言った市民たちからの頼まれごとが舞い込む。
しかし現在はそういった記憶もなく、エルフリーデは不思議そうに立ち上がる。
とにかく子犬を他の団員に預けて、団営の門まで駆けていくと、何やら騒がしい。
誰かが、門の前で兵士相手に騒いでいた。
門番係に押しとどめられながらも、中に入れろと憤慨しているのは、見たこともない娘であった。
白いフリルがたくさんついた、美しい外出着に身を包んだ可憐で華奢な娘は、いかにもどこかの令嬢というふう。召使いを連れているところを見ても、間違いないだろう。
彼女はしきりに「エルフリーデ・バルヒェットを出せ!」と怒鳴り続け、兵士たちを困らせている。
それを見た兄が、うわぁとつぶやく。
「……なんだあれ。知り合いか?」
「いや……わたしの知り合いに、あんな可憐なお嬢さんがいると思うか?」
「可憐……? 騒々しいの間違いでは……?」
キンキン声で癇癪を起している姿は、どう見てもエルフリーデに敵意がある。しかも、こんな朝一番という時間に騎士団に押しかけてくるなど普通ではない。
しかしそんな彼女に詰め寄られて、同僚たちはどう見ても困り果てている。あれはほうっておけない。
「……とにかく話を聞いてくる」
エルフリーデが騒ぎのほうへ駆けていくと、令嬢が彼女に気がついた。
「! 空色の目に黒髪……あんたがエルフリーデね⁉」
「おや」
いきなり『あんた』呼ばわりされ、エルフリーデは瞬き。すると令嬢は、召使いたちに兵士を押しのけさせて、ずかずかと彼女の前へやってきた。
そして、まずは彼女の頭の先からつま先までをジロジロと見る。周りでは兄や兵士たちが、ムッとした顔をしていたが……エルフリーデはそれを視線でなだめる。
少々騒々しくはあるが、どう見ても令嬢はエルフリーデの敵ではなかった。(すぐに素手で制圧できそうという意味で)
静かに待っていると、令嬢はどうやら値踏みが終わったらしい。彼女は高慢にあごをあげ、ふんっと嘲笑うように鼻を鳴らす。
「これがわたしの代わりにアクスル様の《神託の花嫁》に選ばれた女なの? 信じられない! 手もボロボロ。化粧もしてない! 身なりも悪いし汗くさい! 女らしくもない! こんな女が……どうしてアクスル様の妻になれるっていうのよ⁉」
「…………」
令嬢は、怒りと嘲笑をませたような顔でエルフリーデを睨み上げる。エルフリーデは……首をかしげた。
それはまあ、手はマメだらけだし、女らしくもないのは重々承知。
しかし、身なりが悪い、汗くさいと言われても、彼女は今早朝鍛錬を終えたばかり。で、あれば汗は当然かくし、これは訓練着。寝起きに務める早朝訓練に、まさか化粧をして挑む者などいるのだろうか。
まあ……世間を探せばどこかにはそんな美意識の高い騎士兵士もいるかもしれないが。エルフリーデはやらない。どうせ汗と土埃でドロドロになるのである。
朝っぱらに団営に押しかけておきながら、開口一番にこれでは、温厚な彼女もさすがに少々納得がいかない。が、エルフリーデはひとまず、この理不尽なる客人に、訊ねるべきことを訊ねた。
「お察しの通り、わたくしめがエルフリーデ・バルヒェットでございますが……あなた様はいったいどちらのご令嬢ですか?」
と、娘は、はぁ? という顔。
「あんた、わたしの顔も知らないの⁉ 呆れた……! これだから社交界にも顔を出さない女は無知で困るわ!」
令嬢が言い捨てると、そばにいた女中が言う。
「こちらのお嬢様は、リシェル・ラングヤール嬢。ラウネンフルス伯爵のご息女です」
「おや」
思わぬ貴人に、エルフリーデは、それはそれはと頭を下げる。
「本日のご用向きはどのような……」
と、訊ねてみるも、それは令嬢にバッサリはねつけられる。
「しらじらしい! 分かっているでしょう!」
「いえちっとも」
「⁉」
あっけらかんと答えると、令嬢は一瞬唖然として、すぐ苛立ったように顔をしかめた。
「なんて察しの悪い女……! つべこべ言わず、あんたは今すぐ王太子殿下に、アクスル様の花嫁を辞退しますと言ってきて!」
「おやまあ、なぜ?」
「はぁ⁉ この瞳と髪を見たらわからない⁉ 本当なら、わたし、リシェル・ラングヤールこそが、《神託の花嫁》に選ばれるはずだったのよ!」




