4-2
アクスル・クヴァントは、エルフリーデ・バルヒェットを愛していた。
それは恋愛の好きではない、と、彼は頑なに信じている。そんなこと、おこがましすぎて考えるだけでも不敬で死に値する、と、思いつめるほどの偏愛。
それを彼は、“推し”と、定義する。
「………………え? だから……推し、とは……なんだ?」
ポカンとしてぎこちなく首をかたむける王太子に、アクスルは真顔で書く。
……あれだけ動揺していたはずの男が、急に表情を消して“無”という顔になったことが、王太子には怖くて仕方がなかった……。
アクスルは、断言。
『わたしにとって、彼女はこの世で最上のお方です』
男は、いたって真面目。真剣そのものという顔。その政務のときと変わらぬ気迫の……。いや、むしろ圧強めの告白に、王太子はアクスルを見つめたまま、明らかに反応に困っている。
「ほ……ほう……?」
王太子が、分かるような、分からないような……という顔でかろうじてうなずくと、アクスルは、またもや猛烈な勢いで文字を書きはじめる。……それらの紙は、すべて補佐官室の重要書類であったが、どうやらアクスルは少しも気がついていない。
『冗談じゃないです! あの素晴らしいお方をわたしの妻にする⁉ しかも私の呪いを解くために⁉ そんっな傲慢なことが! 許されるわけがないでしょう⁉』
『黒槍のエルフリーデ様と言えば、武人は知らぬ者がおらぬほど抜きんでた女傑で、お若いながら才能の塊。あの方が長槍を振るうお姿は、まさに戦女神。彼女のお相手は、軍神レベルの猛者でなければ許されません! きっと《黒女神崇拝会》の同志たちが反対運動を……いや、そもそもわたしとて許せない!』
息を切らしながら書きたてられた文を読んで、王太子は困惑しきり。なんだか予想外の文章ばかりで、ちっとも頭に入ってこない。
「……えっと……? く、《黒女神崇拝会》……?」
なんだその禍々しそうな組織は、という目で男を見ると、アクスルは、今度は冷静な筆運び。……この情緒の不安定さがとても怖い。
『ようは、エルフリーデ様推し友の会です』
「推し友……」
次々に渡される紙に書かれた、なにやら偏愛に満ちた文章。王太子は……もはや理解が及ばぬという顔。
が、それでも彼は頑張って配下に問うた。
「……つ、まり……ようするに……お前は彼女が好き、なんだな……?」
そうであるならよかった、この縁談は正しかったのだなと安堵……しかけた王太子に。
途端、再び鬼の形相となったアクスルは、ペンを走らせる。
もはや、ペンが折れてしまいそうな勢いに、王太子は涙目。彼の後ろにいた従者らもドン引いている。
『殿下……お分かりいただいていませんね……そんな生半可なものではないと申しておるのですよ……エルフリーデ様は、もはや私にとっては聖域も同然です』
「せ、聖域……」
王太子は、なんだかわけが分からなくなった。
そもそも身分も年齢も下である娘を、彼が『様』なんて敬称で呼んでいること自体が奇怪すぎた。
王太子も、従者も、遠巻きにしている補佐官たちも。この男が、幼い頃から仕えてきた王太子と国王一家以外を、心から敬っているのを見たことがない。
けれども王太子は、分からないなりに一生懸命友のために考えた。
(こやつは、エルフリーデ嬢を、とんでもなく、敬愛している……ということか……?)
しかし、それなのに婚姻は出来ないと拒む理由がよく分からない。
好きならば、それでいいではないかと言いたいが……。さきほどのようすからして、それを言えば、猛烈なる反論が飛んできそうな気しかしない。
王太子は非常に困り果てた。




