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そんな縁談であったから、エルフリーデは相手のこともよく知らなかった。
ただ、遠征先から戻るとき、一緒に馬車に放り込まれた四兄には、『どうやらひどく冷徹で頑固な男と聞いた』とか、『王太子殿下第一の面倒くさい性格の補佐官らしいぞ』とか噂話を聞かされた。
しかし正直なところ、エルフリーデはそんな話を聞いても、とくに恐れはしなかった。
面倒くさい男なら、騎士団にもたくさんいる。というか……自分の兄たちが一番面倒くさいのでは? と疑ってすらいた。……多分どこのご家庭でも、口うるさい兄が四人もいれば、たいてい末娘はそうなるだろう。(※エルフリーデ主観)
……けれどもだ。
相手を恐れはしないが……本日の縁談で、自分を全力で拒否した青年のことを思い出すと、エルフリーデの気持ちはとても複雑。
(……この縁談は、彼を救うためだと聞いたが……大丈夫なのか? あんなに嫌われていても神託通りに呪いはとけるのか? 夫婦として、はたして成立するのだろうか……)
神託では、花嫁は夫を『慈しみ、身を捧げよ』とあったと聞いた。それは、相手に嫌われていても、なりたつやつなのだろうか。
珍しく難しい顔で沈黙し、悩んでいるエルフリーデ。その顔を見て、彼女を嘲笑っていた男ディルクは嫌そうな顔をした。
どうやらエルフリーデが、自分の言葉をまったく聞いていないことに気がついたらしい。
この男はどうにも厄介な男で、皮肉屋で口が悪いくせに、相手にされないと腹を立てる。
血の気の多い男が多い騎士団で、鷹揚な性格でめったに怒らないエルフリーデは、彼のいい標的らしく。この男はこうしていつも彼女に絡んできた。
今回も、おそらく団営で評判のいい彼女の失敗が、嬉しくてたまらないのだろう。
「おい、聞いてんのか⁉」
もっと笑わせろよと、ディルクは、彼女が子犬を抱いている腕をわしづかむ。
と、そのときだった。
男がエルフリーデの腕を乱暴に引いた瞬間。その顔が、ウッと歪む。
いつの間にか、ディルクの首元に野太い腕が巻きついていた。見るからに腕力のありそうな、筋肉でぱんぱんの筋張った腕が、彼の喉をぐっと捕え、締め上げている。そして笑い声が、ふたり分。
「おいディルク。またエルフリーデに絡んでんのか?」
「お前も相変わらずだねぇ。そんなに好きか、うちのエルが」
「な……冗談じゃない!」
カッとなって腕を振り払った男の鋭い視線の先には、ふたりの男。ゲラゲラ笑う彼らを見て、おやとエルフリーデ。
「兄上」
あらわれた男たちは、どちらも彼女の実兄。
野太く毛深い腕の男が長兄のグリゴアで、黒髪を後ろで一つに結っている八重歯のあるキツネ顔が三兄のマイルズである。
どちらもこの団に所属する、屈強でガサツなる騎士だった。
「エル。お前もいちいちこいつにかまうな」
「そうだぞ。毎回こらしめてやる兄貴たちの苦労を考えろよ」
ふたりは笑いながらディルクを見ているが、その実彼らの目はとても威圧的。固そうな拳をぼきぼきと音を鳴らしながら、じりじりと距離を詰められた男は、ひきつった顔で後退っていく。
騎士団内ではなかなかの腕前のディルクも、剛腕でならした彼らにはかなわない。
しかし男はそれでも悪態を吐きながら逃げていった。
その後ろ姿を、兄らは鼻を鳴らして笑い、エルフリーデは呆れを滲ませる。
「兄上……やめてやれ。どうせ団舎で大した嫌がらせはできない。それに、あいつの実力ではわたしにはかなわない。手出しをしてきたら、いつものように受けて立つだけだ」
武力では叶わないから、ああやって口で攻撃してくるのである。それを分かっていて、手出しは無用と言って捨てる妹に。兄貴たちは苦笑い。
彼女はいつもそうだった。
団長の娘だから優遇されていると嫌みを言い、女のくせにと笑う者など意に介さない。
武の研鑽をつむことに一心で、そのほかのことにはあまり興味がないのである。そんな真っすぐさが、逆にああいった厄介者を引きよせている側面もあるのだが……本人はどこ吹く風。
そんな妹に、長兄は屈強な腕を巻き付ける。
「まったくかわいい妹よ!」
「かわいいかわいい」
「……なんなんだ二人とも……べたべたしないでくれ」
兄に後ろから抱きしめられ(※ヘッドロック)、頭にぐりぐりと頬を擦り付けられたエルフリーデは、心底迷惑そうである。




