Echo 08 『 常闇に沈む 』
まぶたを刺す光と、隣に感じる柔らかな体温。穏やかな吐息が首筋をくすぐる。
見慣れない空、柔らかい触感、静かな吐息。
そういえば俺は…灯里と寝たんだ。そう思っていると灯里が起き上がった。
「んぁ、おはようございます。朝のお世話は私がして差し上げますから…じっとしててください…」
寝ぼけ眼の灯里が、しなやかな肢体で俺の上に乗っかかり、胸の弾力を俺の肌に押し付けてくる。
「ま、まて灯里!そんなに近付いたら!ングッ…ウッ…」
「ダメですよ、んちゅ、身体を安静にしてないと…」
抵抗も虚しく、彼女の唇が俺の言葉を吸い込み、熱い舌が口内を這い回る。唾液が混じり合う生々しい音が、静かな部屋に響いた。
「はぁ…いつもみたいに私を可愛がってあげてください」
ダメだ、彼女は寝ぼけたままだ。そうしていると後ろから大きな声が聞こえた。
「姉さん、お愉しみなところ悪いけど、そろそろ時間よ」
光来が制して、その場は何とか収まった。
色んな意味で危なかった…
「雨が降る。そうしたらしばらく現実との接続が途絶えてしまうわよ」
それはいけない。どうしても俺は現実に戻って確認しなきゃいけないことがある。俺は身支度を済ませた。
「助けてくれてありがとう。名残惜しいけど、いかなきゃ」
「こちらこそありがとう。いつでも待ってるから」
灯里は俺のほっぺにキスをすると、胸を押し付けて抱きしめてきた。
「昨日の熱い夜は楽しかったわよ」
首筋に走るゾクゾクとした熱感に、俺の理性が再び焼き切れそうになる。
「姉さん、程々にしてよね。その…見てるこっちまでもが恥ずかしくなるし」
「あら、あなたも乱入してきたのに?」
「ね、姉さん!!!」
お、俺は覚えてないからな…俺の顔は火が出るほど熱くなった。そうジェスチャーして光来を見ると、彼女は何を思ったのかツカツカと近付き、スパーンッと音が響いた。
「このっスケベッ!!変態!!狼男!!」
頬に残るヒリヒリとした熱い痛みで現実だと思い知らされる。どうして俺は叩かれなきゃいけないんだ…
「あぁ見えて光来はあなたのことが好きで仕方ないんですよ。ずっと腰を振るのをやめなかったんですから…」
「ね、姉さん…それ以上は…」
そう言うと彼女は俺をキッと睨んで、今にも泣きそうな顔だった。
「これ以上言ったらどうなるかくらい…分かってるわよね?」
「はい…すみません…」
こんな美女二人に囲まれて過ごしただなんて、なんて俺は幸運だったのだろうか。俺はその場を後にし、光来とともに道を辿って戻っていった。
彼女はずっと不服そうな顔で先頭を歩いていた。
「いい?誰にでもしていいわけじゃないことをしっかり覚えていてよね」
「はぁ…それは一体どういう」
そう言うと彼女は呆れた調子で言った。
「あんたのその力、薬にもなれば毒にもなるのよ」
そんなこと聞いてないぞ。俺は焦った。
「あぁ大丈夫、私たち姉妹はそのことを心得てるから…あくまで研究よ研究」
そう言うと彼女は恥ずかしげに俯いた。
「あんたの力を狙う連中ってのは、死を遠ざけて生に繋ぎ止めておくためのものなのよ」
「俺の力に、そんなものが…」
「つまりSCPの力に汚染された人たちは、死に近づいて誰からも認識されなくなって、自我が崩壊すると醜くて歪なアノマリーになるわけ」
「そうした現象がどんどん積み重なって、人々の意識の中に共通の恐怖心などの感情が増幅されると『 時の振り子 』が吸収して溢れ出すと現実にも顕現する」
「終末の予言も人々の感情を吸収するために使われている。それが『 運命のオートマタ 』と私たちは呼んでいる」
「じゃあどうすれば防げるんだ?」
「あなたの力を搾取するか、あるいは体液を通じて交わることで軽減できるわ」
「俺がいなかった時はどうしてたんだ?」
「あなたに22人の継承者がいて、その人たちの血液や体液などで少しは生き永らえてきたわ。でもあなたから直接受け取るより効果は比較的薄かった」
「どうしようもないアノマリー災害で苦しんでいた私たちからすれば、命の恩人よ。感謝してるわ」
彼女は振り返り「でも」と念押しをしてきた。
「体内に過剰に溜め込み過ぎると、逆にアノマリー化が進んじゃうのよね。女性の身体は生理で外に排出できるから、バランスを保てるの」
「しかしそれだと男性は…」
「えぇ、基本的にアノマリー化が一気に進行したら、どうしようもなくなる。でもなぜかあんただけ特別」
彼女は振り返って俺の身体をじっと見つめ、身体を反転させながら歩き出す。
「きっとあなたの能力が大いに関係があると思う」
道の終点には、底の見えない、冷気が吹き上がる真っ黒な穴が開いていた。
「こ、この中に入れって言うのか?」
「そうよ、まぁあんたが嫌って言っても強制的に落とすだけだから」
うわぁ、どこぞの妹を思い出す…でもあの妹よりはかなりマシだけども。
「それじゃあ、彼女を救い出すために、がんばりなさいな」
底を覗くと、彼女が俺に手を伸ばしている姿が見えた。
「…いくしかないな」
「それでこそ私たちの夫よ」
俺は少し驚いて振り向くと、彼女はウィンクして見せた。
「しっかり見といてあげるから、頼んだわよダーリン」
そう言うと、彼女は俺をトンと押した。
落下する感覚。
鼓膜が気圧の変化で激しく鳴り、胃がせり上がるような浮遊感。
どんどん吸い込まれていき、漆黒の深淵へと意識が沈んでいった。




