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Echo 09 『 始原の稲妻 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 15 / 16



 降(ふ)り頻(しき)る雨が、肌(はだ)に刺(さ)さるような冷気(れいき)を帯(お)びてきた。


 雨粒(あまつぶ)は容赦(ようしゃ)なく衣服(いふく)を透(す)かし、皮膚(ひふ)の熱をじわじわと奪(うば)い去(さ)っていく。吐息(といき)は白く混(ま)じり、指先はかじかんで感覚を失(うしな)い始(はじ)めていた。


「はぁ、つまんないの」

 触手(しょくしゅ)からは辻ノ(つじの)綾華(あやか)の力が、まるで枯(か)れた井戸(いど)のように感じ取れない。


「でもぉ、メインディッシュ(主食)はこれからっ♪」

 彼女は彼の身体(からだ)を掴(つか)むと、粘(ねば)りつくような湿(しめ)り気(け)を持った触手(しょくしゅ)を、吸(す)い付(つ)くようにねっとりと絡(から)め上(あ)げた。


「それじゃあ、あなたの精気(せいき)をいただきま……」


 その瞬間(しゅんかん)、鋭(するど)い閃光(せんこう)が彼女の網膜(もうまく)を焼いた。触手(しょくしゅ)が力なくうなだれ、切(き)り口(くち)からはドロリとした熱(あつ)い血潮(ちしお)が、生々(なまなま)しい音(おと)を立(た)てて噴(ふ)き出(だ)す。


(この私が、後手(ごて)を取(と)るだなんて……!!!)

「くっぅ、誰っ!?」


「申(もう)し遅(おく)れました。私(わたくし)、十司(とつか) 素榛(すばる)と申(もう)します」

 空(そら)から舞(ま)い降(お)りるその姿は、天使(てんし)か、あるいは悪魔(あくま)か。片翼(かたよく)は漆黒(しっこく)、もう片方(かたほう)は純白(じゅんぱく)。


「面白(おもしろ)いことをやってくれるじゃない……!」

 不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべた彼女の周囲(しゅうい)で、触手(しょくしゅ)が大気(たいき)を震(ふる)わせ、地面(じめん)を何度(なんど)も叩(たた)きつける重低音(じゅうていおん)が腹(はら)に響(ひび)く。


「油断(ゆだん)してはなりませんよ」


「何ですってぇ?!」


 鋭利(えいり)な刃(やいば)が触手(しょくしゅ)を掠(かす)め、火花(ひばな)と共(とも)に破片(はへん)が勢(いきお)いよく宙(ちゅう)に舞(ま)った。


「誰っ?!」

 彼女は驚愕(きょうがく)に目を見開(みひら)いた。先ほどから伏兵(ふくへい)が二人もいたなど、計算外だったからだ。


「……!!! 躾(しつけ)のなってないメイドですわね!!!」

 触手(しょくしゅ)が地面(じめん)を抉(えぐ)り、怒涛(どとう)の衝撃波(しょうげきは)が肌(はだ)を叩(たた)く。飛散(ひさん)するコンクリートの破片(はへん)が頬(ほほ)を掠(かす)めるが、誰(だれ)も傷一つ負(お)っていない。


「……!!! どうして!??」


「大変(たいへん)申(もう)し上(あ)げにくいのですが、今あなたが攻撃したのは——」

 十司(とつか) 素榛(すばる)は、冷徹(れいてつ)な眼差(まなざ)しを向(む)けて言(い)い放(はな)った。


「残像(ざんぞう)です」


「ア、アハ、アハハハハハハハハハハ!!!!」

 狂(くる)ったような高笑(たかわら)いが、瓦礫(がれき)に反射(はんしゃ)し不協和音(ふきょうわおん)に響(ひび)く。


「なかなかいい前菜(ぜんさい)じゃない!! そいつを食(た)べるのは、あなたたちを喰(く)らってからにしてやるわ!!!」


 彼女が素榛(すばる)に向(む)かって突進(とっしん)しようとしたその時、空一面(そらいちめん)を埋(う)め尽(つ)くす銀(ぎん)の稲妻(いなづま)が、彼女を標的(ひょうてき)に飛来(ひらい)する。


「このクリスタル スカルによって、あなたに死をもたらしましょう」

「『 ディバイド(Divide) ゲルク(Dgelugsp) 』」

 熱を帯(お)びた血(ち)の雨が降(ふ)り注(そそ)ぎ、大地(だいち)は瞬(またた)く間(ま)に赤黒(あかぐろ)く染まっていく。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 絶叫(ぜっきょう)と共(とも)に、肉塊(にくかい)は跡形(あとかた)もなく消滅(しょうめつ)した。


「目標(もくひょう)、殲滅(せんめつ)を確認」


「姉(ねえ)さま、お疲(つか)れさまでした」


「ふぅ、一時(いちじ)はどうなるかと思いましたが……間(ま)に合(あ)いましたね」

 素榛(すばる)と華緋(はるひ)はそう言うと、俺と綾華(あやか)を背負(せお)い、一歩を踏(ふ)み出(だ)した。




 ミシッッッ




 その小さな、しかし乾(かわ)いた破壊音(はかいおん)が、静(しず)まり返(かえ)った戦場に響(ひび)いた。


「……っ!!! 危ないっっ!!!」

 素榛(すばる)は華緋(はるひ)を庇(かば)ったが、避(さ)けることはできなかった。鈍(にぶ)い衝撃(しょうげき)が腕(うで)を走り、雨に薄(うす)められた鮮血(せんけつ)が、足元にどす黒(ぐろ)い血溜(ちだ)まりを作っていく。


「……姉(ねえ)さま!! あぁ、私を庇(かば)ったばかりに……」


「気(き)を付(つ)けろ。まだ来(く)るぞ」


 飛(と)び散(ち)った肉片(にくへん)がうごめき、塊(かたまり)となって脈動(みゃくどう)を始める。その不気味(ぶきみ)な肉の波打(なみう)つ音が耳障(みみざわ)りに轟(とどろ)く。


「殲滅(せんめつ)失敗、作戦変更だ。目標:SCP-E739を無力化する」


 肉塊(にくかい)から無数の目玉が開き、粘(ねば)つく視線でこちらをギョッと睨(にら)みつける。そのおぞましさに心臓(しんぞう)を直接握(にぎ)りつぶされたような恐怖(きょうふ)が走り、膝(ひざ)がガクガクと震(ふる)え、大地(だいち)に縫(ぬ)い付(つ)けられたように華緋(はるひ)は足がすくむ。


「華緋(はるひ)、やつの弱点を調(しら)べろ!!」


「えぇ姉(ねえ)さま……『 ザ(The) ロード(Lord) アイズ(Eyes) !! 』」

「……彼女は『6つの心臓(しんぞう)』を宿(やど)している……ということは!」


「ちっ、あと4回倒さないと消滅(しょうめつ)しないのか。厄介(やっかい)な相手だな……」


「ミナ……コワス……コワシテヤル……!!!!」

 空気を震(ふる)わせる衝撃波(しょうげきは)。直後(ちょくご)、大地(だいち)が陥没(かんぼつ)し、巨大(きょだい)なクレーターが目の前で口(くち)を開(あ)けた。


「いくらこの時空(じくう)が転移(てんい)してるからといって、このままでは元の時空(じくう)に甚大(じんだい)な影響(えいきょう)が出るぞ…」

 見渡(みわた)す限(かぎ)りの残骸(ざんがい)。赤く染まった、鉄錆(てつさび)の匂(にお)いが充満(じゅうまん)する戦場。


 その戦闘の真(ま)っ只中(ただなか)、辻ノ(つじの) 綾華(あやか)が眼(め)を醒(さ)ました。


「起きましたか、綾華(あやか)」


「ぐっ……やつは本当に倒(たお)せるのか?」


「本領発揮(ほんりょうはっき)じゃないかもしれないが、協力(きょうりょく)してくれるか?」

 素榛(すばる)は綾華(あやか)の顔を窺(うかが)いながら問いかける。


「はっ、言われるまでもない」

 彼女は鉄骨(てっこつ)を刀(かたな)へと変え、凍(い)てつくような集中力で精神(せいしん)を研(と)ぎ澄(す)ませた。彼女が剣(けん)を一振(ひとふ)りすると、刀身(とうしん)から爆(は)ぜるような炎(ほのお)が噴(ふ)き出(だ)した。


「我(わ)が主(あるじ)に捧(ささ)ぐ、この一振(ひとふ)りが虚構(きょこう)を切(き)り裂(さ)く道標(みちしるべ)とならんことを」

「『 神(かみ)の名(な)と共(とも)に、勝利(しょうり)は我(われ)にあり 』!!!」

 刀(かたな)は鳳凰(ほうおう)の形へと変貌(へんぼう)し、暴威的(ぼういてき)な熱風(ねっぷう)が鼓膜(こまく)を震(ふる)わせ、肌(はだ)の表面をジリジリと焼き焦(こ)がす。


「尋常(じんじょう)に、参(まい)るっ!!」


 心臓(しんぞう)の鼓動(こどう)が一度、跳(は)ねた。


 直後、綾華(あやか)の姿が視界から消失(しょうしつ)する。踏(ふ)み込(こ)んだ足元のアスファルトが爆(は)ぜ、肉塊(にくかい)の巨躯(きょく)に一筋(ひとすじ)の紅(あか)い閃光(せんこう)が奔(はし)った。


「ギ、ガァアアア!!」

 肉塊(にくかい)から無数に生(は)えた目玉が、全方位から彼女を捉(とら)えようと蠢(うごめ)く。しかし、遅い。


 鳳凰(ほうおう)の翼(つばさ)を纏(まと)った彼女の軌跡(きせき)は、重力を無視(むし)した超高速(ちょうこうそく)の演舞(えんぶ)となって、異形(いぎょう)の肉を縦横無尽(じゅうおうむじん)に裁断(さいだん)していく。


「ハッ、フゥッ……!」

 短(みじか)く鋭(するど)い呼気(こき)。肺(はい)の奥(おく)が灼熱(しゃくねつ)の空気(くうき)に焼(や)かれ、視界(しかい)が酸素不足(さんそぶそく)で一瞬(いっしゅん)、明滅(めいめつ)する。だが、彼女の集中力(しゅうちゅうりょく)は極限(きょくげん)を超(こ)えていた。


 肉塊(にくかい)から放(はな)たれた赤黒(あかぐろ)い触手(しょくしゅ)が、死角(しかく)から彼女の心臓(しんぞう)を狙(ねら)って殺到(さっとう)する。


「……くっ!」

 背筋(せすじ)を駆(か)け抜(ぬ)ける、死の冷気(れいき)。


 彼女は空中(くうちゅう)で身体(からだ)を捻(ひね)り、紙一重(かみひとえ)でそれを回避(かいひ)した。頬(ほほ)をかすめた触手(しょくしゅ)の風圧(ふうあつ)で皮膚(ひふ)が裂(さ)け、熱(あつ)い血(ち)が滴(したた)る。滞空(たいくう)するわずか一秒に満(み)たない刹那(せつな)。彼女は残(のこ)る全精力(ぜんせいりょく)を、鳳凰(ほうおう)の輝(かがや)きへと凝縮(ぎょうしゅく)させた。


 静寂。


 周囲(しゅうい)の雨音(あまおと)さえも消(き)えたかのような、奇妙(きみょう)な無音(むおん)。指先(ゆびさき)から感覚が消(き)え、ただ「斬(き)る」という意志(いし)だけが神経(しんけい)を直走(ひたはし)る。


「これで、最後(さいご)っっ!!!!」


 絶叫(ぜっきょう)と共に、鳳凰(ほうおう)の咆哮(ほうこう)が戦場を呑(の)み込(こ)んだ。光の渦(うず)が異形(いぎょう)の核(かく)を真(ま)っ二(ぷた)つに両断(りょうだん)し、熱(ねっ)せられた血潮(ちしお)が沸騰(ふっとう)する音(おと)を立(た)てて周囲に撒(ま)き散(ち)らされる。


 彼女の刀(かたな)が肉塊(にくかい)を切(き)り裂(さ)いた時、それは断末魔(だんまつま)を上(あ)げる暇(ひま)もなく、泥(どろ)のように崩(くず)れ落(お)ちた。


 ドサリ、と重苦(おもくる)しい音(おと)が響(ひび)き、急激(きゅうげき)に熱(ねつ)を失(うしな)った大気(たいき)が雨に冷(ひ)やされる。


 彼女は残身(ざんしん)を崩(くず)さぬまま、肩(かた)で激(はげ)しく呼吸(こきゅう)を刻(きざ)んだ。指先が、限界(げんかい)を超(こ)えた負荷(ふか)でワナワナと痙攣(けいれん)し、握(にぎ)り締(し)めた柄(え)を離(はな)すことさえできない。


「……あ、……はぁ……」

 喉(のど)の奥(おく)からせり上がる、焼けるような血の匂(にお)い。命を削(けず)り、虚構(きょこう)を断(た)ち切(き)ったその一撃(いちげき)の代償(だいしょう)が、じわじわと彼女の身体(からだ)を蝕(むしば)んでいく。


 勝利の余韻(よいん)に浸(ひた)る間(ま)もなく、肺(はい)を突(つ)き刺(さ)すような苦痛(くつう)と、極度(きょくど)の緊張(きんちょう)から解放(かいほう)された脱力感(だつりょくかん)が、彼女を泥濘(ぬかり)の地へと引きずり込(こ)もうとしていた。


「うっ……」

 無理が祟(たた)り、綾華(あやか)が膝(ひざ)をつく。激(はげ)しい息遣(いきづ)いが雨音(あまおと)に混(ま)じる。


「まだ来るぞ、自己再生(じこさいせい)が終わらないうちに——」

 空気が一瞬(いっしゅん)で氷結(ひょうけつ)したかのように静(しず)まり返った。


 華緋(はるひ)が振(ふ)り返(かえ)った先(さき)には、肉の触手(しょくしゅ)に串刺(くしざ)しにされ、宙(ちゅう)に浮(う)く素榛(すばる)の姿(すがた)があった。


「あ……あ……姉(ねえ)さま……姉(ねえ)さま……」


「くそっ、どこに隠(かく)れていやがる」


 戦場を覆(おお)う血溜(ちだ)まりが、再び意思(いし)を持つ怪物(かいぶつ)へと変貌(へんぼう)していく。逃げ場のない、絶望の粘着質(ねんちゃくしつ)な感触(かんしょく)。


 ———


 ……どれくらい経(た)ったのだろうか。

 悲鳴(ひめい)が戦場に響(ひび)く。身体(からだ)が鉛(なまり)のように重(おも)い。


 目を開(あ)けるとそこには絶望が佇(たたず)んでいた。


「助けなければ……」


 俺は泥(どろ)を噛(か)むように身体(からだ)を持ち上げると、右手をその忌(い)まわしい血溜(ちだ)まりに突(つ)っ込んだ。


「何をしている!?」


 右手の神経(しんけい)を、何千本(なんぜんぼん)の針(はり)が突(つ)き刺(さ)すような激痛(げきつう)が走り抜(ぬ)ける。俺は歯を食(く)いしばり、雄(お)たけびを上(あ)げた。血が右腕(みぎうで)にまとわりつき、皮膚(ひふ)の毛穴から筋肉(きんにく)の奥深くまで浸透(しんとう)していく。


 右腕(みぎうで)に電撃(でんげき)が走り出す。

『 ロード(Lord) インバーテッド(Inverted) !!!!!』


 空気中の血潮(ちしお)が渦(うず)を巻(ま)き、俺の右腕(みぎうで)へと集束(しゅうそく)する。腕が捻(ね)じ曲(ま)がり、骨が軋(きし)む痛(いた)みに耐(た)え、全神経を指先に集中(しゅうちゅう)させた。


 血の主導権(しゅどうけん)が俺に移り、素榛(すばる)が拘束(こうそく)から解(と)き放(はな)たれる。


 眩暈(めまい)と共(とも)に、世界が鼓動(こどう)するのを感じる。

 喜びも束(つか)の間(ま)、彼の視線の先には、一人の少女が立っていた。


「うーん、ちょっと想定外(そうていがい)というかぁ…もうちょっとで勝てそうだったのになぁ」

 そこには少女の姿をしたSCP-E739が立っていた。


「あーでもでも、4 vs 1で互角(ごかく)に持ち込めたから、実質(じっしつ)私の勝ちって感じ?」

 俺は両手を合わせて笑(わら)っている彼女を睨(にら)みつけると、彼女は少し困(こま)ったような顔を見せた。


「えっとさぁ、今回は引き分けってことにしておかなーい? 残機(ざんき)も少なくなってきたことだしさ、ねぇ?」

 少女は頼みごとをするかのように懇願(こんがん)してくる。


「お前の考えはお見通(みとお)しだ。そうやって油断(ゆだん)した隙(すき)を突(つ)いてくるやつだってことをな」

 綾華(あやか)が彼女の要求(ようきゅう)に乗らないように、鋭(するど)い口調(くちょう)で言い放(はな)った。


「なーんか傷付(きずつ)いちゃったなぁ、一応これでも同じ女子高生(じょしこうせい)なんだよ?」

 彼女は俺を試(ため)すように、舐(な)めるような視線で上から下までじろじろと見た。


「へぇ……なかなかやるじゃん。」

「あんたになら特別に教えてもやってもいいかな…知りたくない?甘奈(あまな)の場所」


 心臓(しんぞう)が跳(は)ねた。なぜ甘奈(あまな)という名前を知っているんだ。薄(うす)れる記憶の中で甘奈(あまな)という言葉だけが、脳内(のうない)に反響(はんきょう)していた。

「彼女に何をした!!!」


「まぁそれはぁ、うちのところに来(く)れば教えてやってもいいけど?」


「よせ、由記(ゆうき)。あいつは適当な作り話をして喋(しゃべ)っているだけだぞ」


「へぇ、まぁ確かにあんたのいう通りだ・け・ど」

 少女は邪魔(じゃま)しないでと言わんばかりに、綾華(あやか)を睨(にら)みつける。


「あんたを救世主(きゅうせいしゅ)と呼(よ)んで待(ま)ちわびてる子たちが、こっちにもいるってことは、覚(おぼ)えておいた方(ほう)がいいかもね」


「…あんたの手には乗らないぞ」

 俺は彼女の要求(ようきゅう)を冷(つめ)たくあしらった。


「あら残念。それじゃあ彼女の血は保険(ほけん)として預(あずか)かっておくね~」

 彼女は素榛(すばる)を左手で指差(ゆびさ)ししながら、透明(とうめい)なカプセルに詰(つ)め込(こ)まれた血を右手で見せつける。


「姉(ねえ)さまの…姉(ねえ)さまの血を返(かえ)せ!!!」


「あらぁ怖(こわ)い。そんな顔してると余計(よけい)に老(ふ)けた顔になっちゃうわよ?」


「その必要はない」


 綾華(あやか)の制止(せいし)を振(ふ)り切(き)り、俺は彼女の前に出た。

「俺の右腕(みぎうで)を持っていくがいい」


 俺は赤く染まった右腕(みぎうで)を差(さ)し出した。


 女はきょとんとした後、腹(はら)を抱(かか)えて大笑(おおわら)いした。

「アハハハハ!!!!この男面白(おもしろ)い!!!自分が何言ってるのか分かってるの?」


「どうかこれで、俺たちを見逃(みのが)してくれないか?」


「何をバカげたことをっ…!!!」


「ふぅん、なかなか分かってるじゃない」

 彼女はそう言って両手を俺の手に置いた。


「俺は在原(ありわら) 由記(ゆうき)だ。由記(ゆうき)と呼(よ)んでくれ」


「私の名前は 吉原(よしはら) 甘娜(かんな)。由記(ゆうき)くんになら下の名前で呼(よ)ばれてもいいかもねっ」


「早く持っていったらどうだ?」


「ふふ、はいはい。じゃあ遠慮(えんりょ)なく~」

 彼女の手が、俺の腕(うで)を切り離そうと冷(つめ)たい触手(しょくしゅ)を絡(から)めてきた。その瞬間(とき)を、俺は待っていた。


 グラグラする頭の中で、俺は一部の記憶(きおく)を取り戻(もど)したのを見逃(みのが)さなかった。


「引っかかったな」


「なっ!!!?」


 俺は声を大(だい)にして言った。

 右腕(みぎうで)の電撃(でんげき)が、バチバチと空気を震(ふる)わせる。


『 ブラッド(Blood) インバーテッド(Inverted) !!!! 』


 血管(けっかん)を逆流(ぎゃくりゅう)するような衝撃(しょうげき)と共(とも)に、すべての血が本来(ほんらい)の所有者(しょゆうしゃ)の元(もと)へ引き戻(もど)されていく。


「うぅ、私は何を……」


「姉(ねえ)さま!!」


「力が、戻(もど)っていく……」


 三人は驚(おどろ)いたように、自身(じしん)の身体(からだ)を見つめていた。


 甘娜(かんな)の身体(からだ)が悔(くや)しさと怒(いか)りでワナワナと震(ふる)えだす。

「な、なにをしたって言うの...!?」


「記憶(きおく)を取(と)り戻(もど)したんだ。さぁ、どうする?」


 甘娜(かんな)が俺の腕(うで)を見ると、先ほどとは打(う)って変(か)わって顔が青(あお)ざめていた。

「こ、後悔(こうかい)しても知らないんだからね!!!!!」


 その時、目の前に幻想的(げんそうてき)な紫色(むらさきいろ)の蝶(ちょう)が舞(ま)った。

「甘娜(かんな)、そこまでだ。お前は賭(か)けに負(ま)けた。お前を連(つ)れて帰る」


「……ふ、ふん!!! 次があるって勘違(かんちが)いしないでよね!!!」


 彼女は蝶(ちょう)と共(とも)に、空間(くうかん)が歪(ゆが)むような異様(いよう)な静寂(せいじゃく)の中に消えていった。


「終わったのか…」

 俺はそう言うと、みんなから安堵(あんど)の声が聞こえた。


「あぁ〜! 一時はどうなるかと思いました……」

 華緋(はるひ)は元気を取り戻した素榛(すばる)を心配し、後ろからぎゅぅっと抱(だ)きついた。


「……私が力不足なばかりに。済まない」


「綾華(あやか)様は悪くありません」

 素榛(すばる)は綾華(あやか)が気落とすのを気遣(きづか)い、優《やさ》しく声をかける。


「はは……それはそうと……」

 俺は、目の前に並ぶ少女たちを見て、素朴(そぼく)な疑問(ぎもん)を口にした。


「どうして、こんなにいっぱい集(あつ)まったのかな……」


「それは私(わたくし)が説明しましてよ」

 後ろから、清涼(せいりょう)な風のように凛(りん)とした声が響(ひび)いた。


 毅然(きぜん)とした、清楚(せいそ)な雰囲気(ふんいき)をまとった少女。

「申(もう)し遅(おく)れました。私は八咫烏(やたがらす)財団(ざいだん)を束(たば)ねる、宝生院(ほうしょういん) 早七(さな)と申(もう)します」


 彼女の姿(すがた)を見た瞬間(しゅんかん)、胸(むね)の奥(おく)がチリりと熱(あつ)くなった。どこかで、ずっと昔(むかし)に会(あ)ったことがあるような、懐(なつ)かしくも切(せつ)ない直感(ちょっかん)が全身(ぜんしん)を駆(か)け巡(めぐ)る。


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