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Echo 07 『 虹の架け橋 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 13



 ここはどこだ……?これは夢なのだろうか。


 まるで意識の糸が一度千切(ちぎ)れ、別の世界の織機(しょっき)に掛(か)け直されたような感覚だ。


 俺は、どこまでも丁寧(ていねい)に作り込まれた庭園のような場所にいた。踏(ふ)みしめるレンガの小道は、硬(かた)く冷(つめ)たい質感(しつかん)を足裏(あしうら)に返してくるが、周囲に漂(ただよ)う湿(しめ)り気(け)を帯(お)びた花の芳香(ぼうこう)は、脳(のう)を直接痺(しび)れさせるほどに甘く濃(こ)い。


 その迷宮(めいきゅう)のような緑(みどり)の奥に、一人の少女が立っていた。

「あら、やっと来たのね異邦人(いほうじん)。私の姉が待ちくたびれてるわよ」


「君は……?」


「そんなこと気にしなくていいの。君は彼女を助けないといけないんだから」


 そうだ。俺はハッとした。喉(のど)の奥にこびりついた鉄錆(てつさび)の味と、綾華(あやか)が庇(かば)った時の衝撃(しょうげき)が、神経を焼くような痛(いた)みと共に蘇(よみがえ)る。

「綾華(あやか)はどこだ?!」


「そんなに慌(あわ)てないの。さっさとついて来なさい。話しながら行きましょ」

 彼女は俺の動揺(どうよう)を置(お)き去(ざ)りにして、軽(かろ)やかに、風を抱くように奥へ進んだ。


「なぁ、一体ここはどこなんだ」


「あぁ、まぁ私の意識の中って感じ? 固有結界(こゆうけっかい)と言ったところかしら」


「君は味方なのか?」


「あら、今の君は記憶喪失(きおくそうしつ)ってことになってるんだ」


「……以前の俺を知っているかのような口ぶりだな」


「そりゃそうよ。だってこれから会う姉さんは、あなたにとってお母さんみたいな存在なんだから」


「血の繋(つな)がりがあるって意味か?」


「比喩(ひゆ)よ比喩(ひゆ)。あんたの力が授(さず)けられたのは姉さんのおかげ。一つ良いことを教えてあげる」

 彼女は一旦立ち止まり、くるりとこちらに身体を向けた。彼女の瞳(ひとみ)が、至近距離(しきんきょり)で射抜(いぬ)くような光を放(はな)つ。


「あなたが昔この世界を統(す)べていた時は、姉さんは女神様なんて言われていたわ。」

「それだけ私の姉は凄(すご)い人なんだから、時間を無駄(むだ)に使わないでよね」


「よく分からないんだが、この世界はどうなっているんだ」


 彼女が背(せ)を向けて歩き出した。その小さな背中が、一瞬だけ夕闇(ゆうやみ)に溶(と)けるような、震(ふる)えるほどの寂寥感(せきばくかん)を湛(たた)えた気がした。


「……あんたの世界はアノマリーによって、現実の生と黄泉(よみ)の死が混(ま)ざり合った世界なのよ」

 真剣(しんけん)な面持(おもも)ち。彼女の言葉が、冷(つめ)たい水となって俺の背筋(せすじ)を伝(つた)い落ちる。


「人間が作り出した妄想(もうそう)が次々と湧(わ)き出て、そりゃ阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図(じごくえず)だったわ」

「そこで八咫烏(やたがらす)財団(ざいだん)やエリュシオン財閥(ざいばつ)と協力してこの世界を繋(つな)ぎ止めることに成功したの」

「でも次に訪(おとず)れたのは主導権(しゅどうけん)の争(あらそい)い。みんな、あんたを狙っているわ」


 眩暈(めまい)がした。自分の存在が、巨大な重力を持ったブラックホールに変わったような圧迫感(あっぱくかん)。

「俺の能力が、そんなに災害級(さいがいきゅう)だってことか?」


「使い道を間違(まちが)えればね。だからだからこそ、そんなあなたを世界は見逃(みのが)すはずがない」


「いったい何のために……」


 彼女は、蔦(つた)が絡(から)まり色とりどりの花とオリーブで飾(かざ)られたガーデニングドアの前で立ち止まった。

「世界は終末(ラグナロク)に向かっているの。SCP-K443……太陽がこの世を灼熱(しゃくねつ)の地獄(じごく)に変えてしまう。その『 運命のオートマタ(はぐるま) 』を書き換(か)えるには、『 時の振り子 』から主導権(しゅどうけん)を奪還(だっかん)する必要がある」


 一言一言が、石塊となって俺の胃の腑に溜まっていく。


「でも、あなたならきっと大丈夫。さぁ行きましょ」

 彼女が扉(とびら)を開(あ)けると、まばゆい光の奔流(ほんりゅう)が網膜(もうまく)を焼き、俺の身体を異次元(いじげん)へと吸(す)い寄(よ)せた。


「ここからは姉の世界よ。足元を見て震(ふる)えないでよね」

 そこは、虹色の橋が雲の海を貫(つらぬ)く、物理法則を無視した極彩色(ごくさいしき)の領域(りょういき)だった。虹の橋はガラスのように滑(なめ)らかで、足を踏(ふ)み出すたびに足裏(あしうら)から澄(す)んだ振動(しんどう)が伝(つた)わってくる。


「姉さんのところはもう少し先よ。」

 彼女は軽(かろ)やかに虹の橋を歩いて行った。


「そういえばなんだが」


「変な質問はしないでよね。全部姉に聞こえてるんだから」


「君たちをどう呼べばいい?」


 彼女は一拍(いっぱく)置いて答えた。

「私は岩倉(いわくら) 光来(みく)。姉さんは灯里(あかり)よ。呼び捨てでいいわ」


「……光来(みく)。この世界のことを、どう思っている?」


 俺は綾香(あやか)の言っていた残酷(ざんこく)な現実という言葉に引っかかっていた。確かに今まで見てきた風景はまるで夢のようだと思っていた。甘奈(あまな)も、まるで最初から俺のことを知っていたかのように。


 彼女は少しだけ考えて答えた。

「嘘(うそ)の虚構(きょこう)がずっと存在してる。でもだからこそ、見(み)え透(す)いた嘘(うそ)はすぐにばれる」


 光来(みく)の表情は、喜びと怒りが混(ま)ざり合い、熱と冷気が同時に顔を出すような、複雑な色を帯(お)びていた。

「つまらない人間が減ったという意味では過ごしやすいのかもね」


「じゃあなんで君たちは直接俺の前に姿を現さなかったんだ」


「SCPっていうアノマリー(異象)が出た当初はね、ずっと犠牲者(ぎせいしゃ)が出ていたの…あの辻ノ(つじの)姉妹も同じ」


「先輩(せんぱい)たちが?」


「そう、彼女たちはアノマリー(異象)に両親を目の前で56されたの」

 俺はその言葉に固唾(かたず)を飲んだ。


「この場所はとても安全なの。暴漢(ぼうかん)に襲(おそ)われる心配も無ければ、ならず者に侵入(しんにゅう)されることだってないし」

「彼女たちに能力が発現(はつげん)したのはそのあと。記憶力が良すぎてしまったから、きっとあの当時のこと…あなたも含めて覚えているんでしょうね」


 俺はそれを聞き、心臓(しんぞう)を氷(こおり)の指で撫(な)でられたような寒気(さむけ)を覚えた。

「い、いやだとしても俺はただの高校生だぞ」


「あなただけが若返(わかがえ)りしたとでも言うべきかしら…姉さんがあなたを助けたのよ。感謝してもしきれないくらいにね」

「あなたにもう一度生きる権利を与えてくれた、そのことをしっかり噛(か)みしめて、姉さんに失礼の無いようにね」

 彼女の笑(え)みはどこか慈(いつく)しむような顔で俺を見つめながらそう言った。


(命の恩人というわけか…)


 俺は空高く太陽の輝(かがや)くところにある雲の上に辿(たど)り着こうとしてた。


「さぁ、ここが姉さんのところよ。失礼の無いように頑張りなさいよ」

 光来(みく)は小さな雲を捕(つか)まえ、それに乗って下層(かそう)へと消えた。俺は肺(はい)の奥まで空気を吸(す)い込(こ)み、一人、最上層(さいじょうそう)へと足を踏み入れた。




 ———




 昼が夜に反転し、太陽の輝(かがや)きがランプの淡(あわ)い灯火(ともしび)へと変わる。どこか懐(なつ)かしい、虫の音と光が漂(ただよ)う静(しず)けさが心地(ここち)よい穏(おだ)やかな静寂(せいじゃく)が肌(はだ)を包(つつ)み込(こ)む。


「あら、お客様?」

 奥から聞こえるのは、銀の鈴(すず)を転がすような、鼓膜(こまく)を優(やさ)しく愛撫(あいぶ)する可憐(かれん)な声。


「こちらにいらしても構(かま)いませんわよ」


 辿(たど)り着いた先には、揺(ゆ)らめく光に彩(いろど)られたお茶会のような光景があった。


「あら、お久しぶりね。今は…由記(ゆうき)くんって呼べばいいかしら」

 椅子に座る彼女——灯里(あかり)の潤(うる)んだ唇(くちびる)と、吸(す)い込(こ)まれそうな深い瞳(ひとみ)が俺を射抜(いぬ)く。


「今の君からしたら、はじめましてかな。私が灯里(あかり)と言います。お会いできて嬉しいわ」

 彼女は再会できた親友を迎(むか)えるかのように笑(え)みが溢(あふ)れ、座るように促(うなが)した。


 差し出されたカップ。熱い陶器(とうき)の感触(かんしょく)が指に伝(つた)わり、フルーティな香(かお)りが鼻の奥まで華(はな)やかに広がる。

「この紅茶、とても好きなの」


「フルーティな味わいですね…」


 彼女の立ち振る舞いすべてが、熟(じゅく)した果実のような、芳醇(ほうじゅん)な大人の香気(こうき)を放(はな)っていた。

「…少しばかり昔話に付き合ってくれるかしら…あぁ外のことは心配しなくていいんですよ。ここは別の時間軸だから大した影響はありませんわよ」


 彼女は一拍(いっぱく)置いて懐(なつ)かしむような顔で話し始めた。


「…まだあの頃は、混乱と闘争の世界だった。私も含め、みなが散り散りになって物資の奪(うば)い合いで互(たが)いに傷(きず)つけ合い、心も風紀も乱れた世の中でした」

「そんな中、まるで運命が手繰(たぐ)り寄(よ)せたかのようにあなたに出会いました。あなたの言葉に耳を傾け、あなたのその姿に私は一生を捧(ささ)げようと誓(ちか)いました」

「私はあなたに力を授(さず)け、次々と困難を打(う)ち砕(くだ)き、いつしかあなたは民衆から『正義(Justice)の執行者(Served)』と称(たた)えられるようになりました」

「しかし権力者たちは黙(だま)っているはずもなく、あなたの力を根こそぎ奪(うば)おうとしたのです。名目上はアノマリー(異象)の超常能力で民衆(みんしゅう)を惑(まど)わしたテロリストとして」

「そこであなたは、その力が途絶(とだ)えてしまわないように、その力を扱(あつか)える人間22人へ継承(けいしょう)されました」

「あなたは、その奪(うば)われた力によって、記憶も身分も存在でさえも消され、深海(しんかい)の海底に沈められました」

「私はあなたの妻でもあり、母なる女神です。あなたに救われた恩返しとして、私はあなたを水底(みなそこ)の淵(ふち)からあなたを探し出しました」


 もし彼女の話が本当であれば、俺が記憶喪失(きおくそうしつ)なのも説明が出来る。


「しかしではなぜ、何もかも失った俺を狙(ねら)うやつらがいるんだ?」


「それは私が説明するより、見た方が早いでしょう」

 彼女はランプを手に取り、空中にふわりと持ち上げたかと思うとゆっくり上昇し、淡(あわ)い月の光から太陽に変わった。彼女が両手で雲をかき分けるように合図すると、ひとりでに雲は開(ひら)けた。


「あれを見て」彼女が指を指した方向を見てみるとそこには


 赤く染まるおぞましい数の目玉が飛び交(か)い、樹木のような形をした超弩級(ちょうどきゅう)衛星(えいせい)が空を横切るように佇(たたず)んでいた。あまりの異様(いよう)さに、内臓(ないぞう)がせり上がるような不気味(ぶきみ)な圧迫感(あっぱくかん)で呼吸が止まりそうになる。


「あの名前はSCP-K618、通称(つうしょう)『ユグドラシル』。あなたたちが『精霊(せいれい)』と呼んでいるデバイスはあの『ユグドラシル』によって管理、監視(かんし)されているのですよ」

「あなたはこの世界にとって『異分子(いぶんし)』なのです。私とあなたによって顕現(けんげん)した『奇跡(きせき)』は、彼らの監視(かんし)社会にとって不都合な存在として見られています」


「つまり俺たちはどこにいても狙われる身だというのか?」


「確かにそうとも言えます。この中は外からも検知(けんち)できないので基本的に大丈夫ですけれど」

 彼女はカーテンを閉めるように雲で空を隠し、太陽を手に取ってランプに取り付けた。


「そろそろ寝ましょう。あなたも身体を休めないと」


「えっと…それってつまり?」


「えぇ、私と一緒に寝るんですよ。それがどうかしたんですか?」


 こんな絶世(ぜっせい)の美女と寝るだなんて…恥ずかしすぎる。

 いやね?一応元夫?と言えばそりゃ当たり前なのかもしれないけどさ

 だとしても節操(せっそう)ってものがあってだな!!!


 そうこう焦(あせ)って戸惑(とまど)っていると、彼女は俺を不思議(ふしぎ)そうに見つめ、下に目線が映(うつ)ると驚(おどろ)きと興奮(こうふん)を隠していなかった。


「あら、あんなに戦闘でボロボロでしたのに、お元気ですこと」

「いいんですよ、ここは夢の中だと思って、私に身を委(ゆだ)ねて…」


 俺は定められた運命を呪うかのように、沈みゆく胸の中で灯里(あかり)に問いかけた。

「俺は思うんだ。こんなことに巻き込(こ)まれるくらいなら、どうしてあの時、俺を放っておいてくれなかったのかって」


 灯里(あかり)は困惑(こんわく)と悲しみの顔に満ちた表情で、しかしそれでも彼女は彼に伝えなければならなかった。

「状況(じょうきょう)は厳(きび)しいかもしれません。しかしあなたは私たちの希望でもあり、救い主なのですから」


 そう言うと彼女はこわばっている俺の身体(からだ)を両手で優しく包み、その豊満(ほうまん)で柔(やわ)らかな胸元に顔を抱(だ)き寄(よ)せた。

「あなたは決して一人なんかじゃありません。辛(つら)い時には私を思い出してください。どんな時でも私はあなたの味方ですから」


 石鹸(せっけん)のような柔(やわ)らかな匂(にお)いに包(つつ)まれて、シルクのような肌触(はだざわ)りの身体(からだ)に顔を埋(うず)めた。どこにもぶつけられなかった悲しみとともに、あの冷たい海底の記憶をかき消すように、何度も、何度でも身体(からだ)を重(かさ)ねた。


 彼女が操(あやつ)る雲は、まるで温かい風呂に沈んでいくような柔(やわ)らかさで、全身の毛穴が弛緩(しかん)していく。俺の意識は、彼女の甘い残(のこ)り香(が)と共に、深い眠りへと沈下(ちんか)した。

「どうかあなたの行く道が、明るい至福(しふく)に導(みちび)かれますように…」


挿絵(By みてみん)

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