Echo 29 『 祈り 』
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対応番号 : 50 / 51
『ゲマトレイヤー』の意識が集まる「玉座の間」が、中央の壮麗で巨大な装置に繋がれていた。そこには、6枚の巨大な翼が生え、十字架に磔にされ、お腹が大きく膨らんでいる甘奈の姿が ──。
「…!!!」
俺は、息苦しい宇宙服を乱暴に脱ぎ捨て、地肌に冷気が触れるのも構わず近付こうとしたその時。磔にされていた甘奈が、胸を激しく上下させ、喉が裂けるような悲鳴で苦しそうにあえいだ。
「あぁ…ぁああ!!!ああああああ!!!!!!」
彼女の体内から、ドロリとした黒い粘膜で覆われた、不気味な温もりを持つ卵がするりと床に落ちた。その卵は、玉座の間にいる俺の目の前でピタリと止まる。俺が入れるくらいの大きさの卵から、ピシリッと硬い殻がひび割れる嫌な音がした。
割れた隙間から、粘液に濡れた人間の手が覗く。
(誰なんだ?)
俺は手のひらにジリジリとした緊張感を集め、臨戦態勢で身を構えた。
殻を突き破って出てきたのは ── 自分と瓜二つの、そっくりな姿をした「《《何か》》」だった。黒い粘液を激しく振り払い、周囲の空気を圧迫するような白く輝く6枚の翼が露わになる。自分(?)が俺を見るなり、大気を激しく震わせ、鼓膜が使い物にならなくなるほどの化け物じみた雄叫びをあげた。
「カノジョニ……触ルナァァアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
その直後、視界から奴の姿が消える。目で追うことすら不可能な、神速の踏み込み。気づいた時には、冷酷な質量を持った指先が俺の首元をガシッと掴み、気道を容赦なく圧迫していた。呼吸が完全に停止する。そのまま、まるでゴミ屑でも放るように俺の身体は上空へと投げ飛ばされた。
「空ニ落チル感覚ヲ、味ワッタコトワアルカァァアアアアアッッッッッ!!?」
天地が逆転する視界のなか、言葉が終わるより早く、奴の鋭利な右手が容赦なく肉に突き刺さる。腹部の皮膚を裂き、内臓を強引に抉り回すような、正気を保てないほどの激痛が脳髄を突き抜けた。
「ぐはッッツツツツツ!!!?」
肺に残っていたわずかな空気が血反吐とともに弾け飛ぶ。勢いは死なず、俺の背中はそのまま遥か高所の天井へと激突した。バキバキと音を立てて強固な天井に蜘蛛の巣状のクレーターが生じ、その威力が骨の軋み、砕ける感触となって全身に伝わる。間髪入れず、奴は俺の頭部を鷲掴みにすると、今度は重力すら置き去りにする速度で、硬い地面に向かって投げ落とした。
視界が赤と黒に染まる。死の淵がすぐそこに見えた。
「『ブラッド インバーテッド』!!!」
だが、まだ死ねるか。俺は口からドクドクと滴り落ちる鉄臭い血を右手の指ですくい、狂気的な意思で詠唱を紡ぐ。強引に肉と皮膚が編み合わさり、傷口が塞がっていく生々しい熱と痛みが走る。
「『ホーリー インバーテッド』!!!」
そのまま間を置かず、彼女のゲイボルグを虚空から召喚する。上空から風を切り裂き、音速で襲い掛かってくる自分(?)に向けて、全精力を込めて投げつけた。すかさずそれを紙一重で躱した自分(?)は、着地と同時に、自らの右手を不気味な音を立てて鋭利な槍へと形態変化させた。肉体を武器に変える狂技で、奴はそれを凄まじい速度で投げ返してくる。避ける隙はなかった。鋭い尖端が、俺の右腕をズブズブと肉を削ぎながら貫通する。
「い…ぎッッッッ!!!!」
あまりの激痛に一瞬視界がチカチカと明滅する。だが、怯めば首が飛ぶ。痛みで狂いそうな意識を気力だけで繋ぎ止め、戻って来る槍を左手で力任せに受け止める。同時に詠唱を爆発させ、右腕の肉組織を急速に治癒。その直後、眼前にまで迫っていた自分(?)の振り下ろしに対し、両腕の筋肉を千切れる寸前まで爆発させて防ぎ止めた。
—— ガギィィィイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッッ!!!
金属と金属が噛み合い、火花が視界を埋め尽くす。
「オレガ…オマエノ…代ワリニナル…ダカラ…邪魔ヲスルナ…」
至近距離、奴の濁った眼球が俺を捉えていた。自分(?)が、生物のものとは思えない凄まじい自重をかけ、上から剣をギチギチと強く押し付けてくる。刃が数センチずつ、俺の肉へと迫る。押し潰されそうな重圧のなか、俺は槍の柄に全体重を乗せ、力任せにその刃を上方へと跳ねのけた。バックステップで辛うじて着地し、乱れる呼吸を無理やり整える。
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、と互いの荒い息遣いだけが空間に響く。だが、こんな泥仕合を続けても、背後では世界の崩壊を告げるタイムリミットが刻一刻と迫っている。俺はポケットに忍ばせていた、あの「黄金の羽」を震える指先で取り出した。
「使わせてもらうぞ、一榎ぁあ!!」
右手でガッツリとそれを掴む。手のひらに鋭い羽の感触が食い込み、肉を割り、血がにじみ出るくらいまで強く、強く握りしめた。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
自分(?)がそれを本能的に察知し、阻止しようと床のコンクリートを爆発させるような猛烈な踏み込みで、全力で距離を詰めてくる。殺意の塊が迫る。
その時 —— バリバリと鼓膜を鋭く打つ雷鳴と共に、俺の右腕へ強烈な雷撃が炸裂した。
「『 紅 蓮 よ 、 咲 き 誇 れ 』!!!」
—— ギィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンン!!!
顔の皮膚がジリジリと焼き焦げるほどの圧倒的な熱波。俺の右手には、まるで鳳凰の如く激しく燃え盛る神剣『レーヴァテイン』が握りしめられていた。
「こんなところで、終われる訳ねぇだろぉぉおおおおおおおおお!!!!!!」
迫る奴の腹部へ、泥泥のカウンターで思いっきり前蹴りを叩き込み、わずかにできた隙へレーヴァテインを強引に振りかざす。
—— ギィィイイインッッ!!!
—— キィイン!!!
—— ガキィイイインンンッッッッ!!!
一撃交わすたびに、腕が根元からちぎれ飛ぶかのような衝撃が何度も走る。一歩も引けぬ、極限の鍔迫り合い。ギチギチと剣同士が噛み合って火花を散らし、金属の擦れる超高温の熱がメラメラと皮膚へと伝わってくる。
「なぁ……お前だって分かってるだろ?」
—— ギィィィィンンンッッッッ!!!
—— ガキィイイインッッ!!!
血反吐を吐き散らしながら、俺は言葉をぶつける。
「甘奈が望んでる幸せってのは、こんなものじゃないってことを!!!」
—— ガキィイイイン!!!
—— ギィッィィィィィィイイイインンッッ!!!
「生きることから、逃げるんじゃねぇぇええええ!!!!!」
脳の血管が千切れるほどの咆哮。
その瞬間、わずかに、本当にわずかに自分(?)の呼吸が乱れ、剣の圧が揺らいだ。ミリ秒単位の隙。俺はそのすべてを逃さなかった。
「はぁあああああああああああ!!!!!!」
肺に残るすべての酸素を吐き出し、下から上へとレーヴァテインを全力で振り上げる。
—— ズウウウン、という、肉と太い骨を断つ鈍くも確かな手応え。
赤黒い紅の尾を引きながら、自分(?)の右腕が綺麗な放物線を描いて空中に舞い上がった。
「これでとどめだぁぁああああああああ!!!!!!」
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
断面から異様な速度で肉組織をのたうち回らせて腕を蘇生させ、その腕そのものをどす黒い剣へと変形させた。お互いのすべてを乗せた刃が、交錯する。
—— ブシャァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
激しい金属音が消え去り、世界から音が失われる。
ドクン、ドクン、ドクン……。
心臓の鼓動がやけに耳の奥でうるさい。
胸元が急激に冷えていく。そこから、生温かいドロドロとした液体が大量に滴り落ちていくのがハッキリと分かった。口の中には強烈な鉄の味が広がり、足元にはねっとりとした赤い海が瞬く間に広がっていく。
「…互角って…ことか……」
全身の筋肉から急速に力が抜け、俺と自分(?)は、どちらからともなく同時に膝から崩れ落ちた。右手に握るレーヴァテインからも生命の雫が滴り落ちる。
「甘奈、俺…うまくやれたかな?」
届かないことは分かっていた。
俺は感覚の消えかけた震える右手で、遥か遠い十字架の甘奈に向かって手を伸ばす。急激な体温の低下とともに、脳裏で、冷たくも温かい、これまでの走馬灯が恐ろしいほどの高速で駆け巡る。
「俺は…最後まで…生き抜いて…全力を出し続けて…俺は…世界を…創りかえる……」
伸ばした手の先から、世界がゆっくりと黒に染まっていく。糸が切れたように視界が真っ暗になり、俺の意識は深い闇へと途絶えた。




