Echo 30 『 レーヴァテイン 』
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対応番号 : 52 / 53 / 54
重苦しい静寂だけが玉座の間を包んでいた。
だが、カタカタと自分(?)に突き刺さったレーヴァテインが、不気味に蠢き出す。
——— ドゥゥッッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
床を揺らす衝撃と共に、周囲に広がった血を強引に吸い上げ、妖しく赤黒く光るレーヴァテイン。肉が焦げるような音を立てて俺の右腕と一体化し、傷口が急速に癒え、身体全体が眩い光で輝き出した。俺はゆっくりと立ち上がる。甘奈のところに歩んでいき、その右手で甘奈の肌に触れた。
冷たく、硬直し、それはまるで水分を失った彫刻そのものだった。十字架からその身体を降ろすと、腕の中に残るかすかな彼女の重みを抱えて、俺たちは外に出た。
——— 地球 西宮にて
「太陽の活発な影響により、巨大な太陽フレアが到着する見込みです。ただちに避難してください。繰り返します」
地上では、肌をジリジリと焼くような熱気のなか終末だと大騒ぎになり、逃げ惑う人々の汗と叫びでもみくちゃになっていた。
地下鉄に逃げようと押し合う人々。
生きる希望を失って、冷たい海に飛び込む人々。
家に閉じこもって、ガタガタと震えて縮こまっている人々。
車や飛行機で逃げようと、互いの皮膚を傷つけ合いながら争っている人々。
略奪によるガラスの砕ける音と、炎の熱気があちこちの商店街から立ち上る。
それは、天上で輝きを放つ『 黒い太陽 』が物語っていた。
「どうすればいいのかな……」
未夏は、皮膚に刺さるような冷たい風を浴びながら、空を見上げる早七に問いかける。
「私たちに出来るのは、祈ること。それだけよ」
早七は汗ばんだ両手を強く合わせ、静かに祈った。その姿を見た未夏も、同じように手を合わせて祈る。
部屋の中にいたみんなも、互いの体温を感じながら、手を合わせて祈っていた。
——— 新原神社にて
「お姉ちゃん…」
黒い太陽が放つ不気味な光を浴びて、由依は涙で視界をぼやけさせながら空を見上げる。
「きっと大丈夫よ、そう祈りましょう」
佑果と杏奈、由依は3人でお互いの冷たい手を握り合い、祈る。
——— 新原生徒会長 臨時拠点にて
「なぁんか、面白いことになってきたね?」
空を眺める加恋の近くで、甘娜が同じように空を見上げる。
「甘娜、こういう時は祈りが大事なのよ」
「はーいはい、わかってますよー」
俺と甘奈は、大気が激しく波打つ、太陽の最もよく見える場所まで来ていた。
魂の無い、冷え切った身体が腕の中にある。
それでも俺は、そのカサついた冷たい唇に、自分の唇を重ねた。
その瞬間、地球から宇宙へ向けて、黄金の温かい風が吹き抜けた。世界中の祈りが、電流のように身体の芯に届き、体中に温かい光がみなぎる。
"俺たち"が、やってみせる。
── 甘奈の視界がぼやける
── そこには、肌を包み込むような満天の星が広がっていた
── 目の前には、あの由記の体温があった
俺は甘奈がパチッと目を見開いたのを見て、胸の奥が熱くなるほどの喜びを感じた。
「甘奈!!!」
俺は、彼女の生きた体温を確かめるように強く抱きしめる。
「…ゆう…き…くん?」
「あぁ、そうだ。俺だ」
俺は右手でしっかり甘奈の柔らかい髪と頭を支え、深くキスをした。今度は苦くも、冷たくもない、温かい味だった。
「時間がない」
ただそれだけを告げ、甘奈の細い指先を強く握りしめた。
顔の皮が爆ぜそうな灼熱を放つ天空の塊を見据え、二つの影が同時に手を掲げる。
「……やるぞ」
甘奈は、ただ一度、深く頷いた。俺たちは互いに身体を強く抱き寄せ、かざした手のひらの中心に、大気を引き裂くほどのエネルギーを集める。
「「はぁあああああああ!!!!!!」」
今にも爆発しそうな太陽が、どろりと濁った火炎を撒き散らしながら、巨大な心臓のようにドクン、ドクンと空間の皮膜を歪めてのたうち回る。眼球の裏側が沸騰するような熱波が、網膜の神経を一本ずつ焼きちぎりながら、二人の視界を真っ赤な血の色で塗り潰していった。
二人の唇が、音もなく同時にその名を紡いだ。
「—— 『『Doom』『Ark』Inverted』」
叫びは霧散し、ただ世界の骨組みがきしむ音だけが世界を支配した。
けたたましい電子音が鼓膜の奥へ楔を打ち込んでくる。
「……っ」
バシ、と背中に走った強い衝撃で、肺から一気に空気が押し出された。
「こらぁ、また遅刻するよ!?未夏はとっくに行ったのよ!?」
エプロン姿の母親が、怒った顔で寝室のカーテンを乱暴に引き開ける。視界に飛び込んできたのは、ありふれた朝の光だった。
「あ、おはよう由記君。早く行こうよ」
俺のところに居候している実李が玄関で待っている。
「あぁ、ごめん。すぐ行くよ」
俺たちは玄関を飛び出すと、朝日に照らされたアスファルトの上で、由依が片足をペダルに乗せたままこちらの顔を睨みつけてきた。
「ほらぁおっそいよ、ちゃんと昨日寝てれば、寝坊しなかったじゃない」
「はは、由依は寝坊しなくなったんだな」
彼女はぷいと顔を背け、ハンドルのベルをチリンと一つ鳴らした。
「余計な一言が多いの……」
由依が俺の頬を少し痛いくらいにつねってくる。
自転車を持ってきた実李がその後ろで微笑ましく笑う。
「さっさと漕いでよ~、学校に遅刻しちゃう」
「おう、任せとけって」
「ねぇ、明日は私の番だからね!!」
俺と由依、実李の三人は、肌をなでる爽やかな風を突っ切り、鼻を満たす潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、青い空の下の通学路を駆け抜けていった。
「妹を、みんなを守ってくれて、ありがとうね」
俺たちは、もう二度と戻れない地球を遠くに眺めながら、お互いの肩の温もりを寄せ合っていた。
「俺はみんなの期待に応えられたのかな」
俺は乾いた喉から、かすれた声を漏らした。戦いが終わった静寂のなか、全身の緊張が解けたような脱力感と、どこか取り残されたような寂しさが、胸の奥をチクリと刺す。
「きっとそうよ。もしみんながあなたのことを忘れても、私は忘れない」
甘奈の声が、鼓膜を優しく撫でるように響いた。俺は甘奈がまるですべてを包み込むような、慈しむ目で俺を見つめているのに気づく。
「あなたが来たら、真っ先に私が一番先に迎えに行くね」
そう言うと甘奈は、ふわりと甘く切ない香りを残して、その小さな頭を俺の肩にコトンと預けてきた。彼女の髪が一本一本、俺の首筋に触れて微かに痒い。肩に伝わる、小さくて、だけど何よりも確かな彼女の体温の重みが、俺の心にじわりと沁み渡っていく。
「なぁ、なんでこんなヒーローでもない俺を好きになったんだ?」
「はじめはね、少し気難しい人だなぁって思ってたの、ちょっぴり」
甘奈は、照れくさそうに俺の服の裾を弄ぶ。
甘奈は立ち上がって、柔らかな光の中を少しだけ前に歩んだ。
「でもね、あなたのまっすぐな姿を見て、私は任せてみようと思ったの」
「だって、誰かの身に委ねられるって、これ以上幸せなことはないでしょ?それに」
甘奈は振り返り、その瞳に俺の姿を映す。
「私のヒーローは、あなただもの」
「あぁ、甘奈」
俺は、甘奈の髪を優しく撫で、その華奢な身体を抱き寄せた。
天の川に浮かぶ地球を越えた上で、唇を重ねる。
「ゆうき」
「「 愛してる 」」
紫色に光る蝶がふわりと宇宙を漂い、ゆっくりと静かに闇の中に消えていく。




