Echo 28 『 孤独の旅 』
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対応番号 : 48 / 49
「それじゃあ、彩八は浮かばれないわね」
鼓膜を震わせる、凛とした冷たい声が後方から響く。
「『エターナル ヘル』!!!」
耳の奥がキィンと不快に鳴り響くような、強力な波導がK1452から発せられる。その苛烈な精神侵食に耐え切れなくなったかのように、俺たちを縛っていた触手が、次々と弾けるように飛び引いていく。
「『エターナル ヘヴン』!!」
間髪入れず紡がれた彼女の詠唱と共に、全身の血管に一気に熱い血が巡るような温かい感覚が走り、奪われていた力の分だけ、みるみるうちに身体に漲ってくる。俺は激しく咳き込みながら、すかさず後ろを振り返った。あの悪魔のようなマスクを被り、ひんやりとした外骨格の硬質な金属で全身を包んだ章乃が、泰然とそこに立っていた。
「き、貴様…裏切ったなッッッッ…!!?」
K1452はカッと見開いて彼女を凝視し、その瞳のレンズに憎悪の血を走らせた。
「妹の最期のビデオメッセージを受け取ったの」
彼女は動じることなく、カツン、カツンと乾いた音を床に鳴らして歩みを進め、俺の肩にずっしりとした金属の硬い手を置いた。
「かつての主人であるこの人に就くことにしたの」
その重みが、これ以上ない信頼として伝わってくる。
K1452は怒りに狂い、顎のパーツを歪ませながら、金属音をガリガリと摩擦させて全身を震わせていた。
「血迷ったか……一人増えようが同じことだッッッッッ!!!」
K1452の禍々しい翼がワナワナと震えだし、周囲の空気がパチパチと紫電を弾かせ、強烈な電撃の嵐が吹き荒れ始める。
「それじゃあ、共闘しましょうか」
「あぁ助かる」
肌を刺すような逆風の中、俺たちは一瞬だけ視線を交わした。章乃の言葉を合図に、一同はK1452の殲滅作戦を開始した。
「今度こそ、仕留める!!」
弥来は手のひらの汗を剣の柄で拭い、覚悟を決めて光の剣を上に掲げる。ジリジリと金属の摩擦で火花の散る嫌な臭いと、金切り声のような音が空間を満たし、弥来を狙って無数の触手が鋭く突き出される。
「させるかぁ!!」
侑里がずっしりとした槍の重みを感じながら、電光石火の踏み込みでその触手を一網打尽に引き裂いた。槍は空を切って正確に彼女の手元へクルクルと戻る。
「『アブソリュート ゼロ』!!!」
引き絞られた章乃の詠唱と共に、絶対零度の冷気が爆発した。K1452の足元を瞬時に凍り付かせ、圧倒的な機動力が目に見えて鈍っていく。
「グガガガガガガガガガガガ!!!!小癪なぁっアッ!!!?」
その一瞬の隙、俺は乱れる呼吸を速やかに整え、渾身の詠唱を放つ。
「『カオス インバーテッド』!!!」
奴の機械駆動の制御が完全に崩壊し、内部から爆発的な激しい振動が床を通じてこちらにまで伝わってくる。
「今のうちだっ!!」
「分かってるよっ!!!」
乃豊が流れるように続いて詠唱すると、弥来の掲げる光の剣が一気に数倍へと膨張し、顔の皮膚が焦げるほどの圧倒的な熱量を放ち始めた。
「グギャギシィギリシィビギャデュラララララララララララ!!!!!」
追い詰められた怪物は、歯軋りするような不快な金属音を立て、狂ったようにその翼から無数の鋭利な鉄羽を嵐の如く射出された。全方位への死の雨が襲い掛かってくる。
「『ダブルインパクト』!!!」
だが、章乃が放った凄絶な衝撃波が、大気をビリビリと震わせて鉄羽を迎え撃つ。迫る刃は空間でピたりと静止し、次の瞬間、ガラガラと乾いた音を立てて地面に崩れ落ちた。
完全に無防備となった敵の眼前、侑里が美しい軌跡で六芒星を空に描き、全身全霊の力を込めてその槍を投げ放った。
「『ゲイ ボルグ』!!!!!!」
紅い閃光となった槍は、肉と装甲を凄まじい勢いで抉る鈍い音を立て、K1452の胸中央にある核を見事に穿ち抜いた。装甲が弾け飛び、脈打つ心臓部が完全に剥き出しになる。
「今よっ!!」
侑里が喉を引き裂くような、懸命の掛け声を響かせる。
「『エクス、カリバァアアーーーーーーーーーーーーーーー』!!!!!!!」
弥来が叫び、光の剣を一閃。視界のすべてを真っ白に染め上げる巨大な光の柱が一点に集中し、荒れ狂う熱波と共に、K1452の怪物を完全に飲み込み、消滅させていった。
「アァ"…!!! ァァア"ア"ア"ア"!!ア"ア"ア""ア"ア"!!!ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!」
断末魔が空間に反響し、やがて光の収束とともに、跡形もなくK1452が消え去った。激しい耳鳴りの向こうから、奇跡のような沈黙が世界を包む。
「か、勝ったぞ……やったぞ!!!」
一瞬遅れて、せきを切ったような大歓声が起きる。弥来は汗と涙で濡れた身体のまま乃豊に強く抱きつき、侑里は張り詰めていた緊張の糸が切れたように、膝の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「よくやりましたね」
カツン、と足音を響かせ、章乃が俺の前に歩み寄ってきた。そして、ゴツゴツとした金属の外骨格に包まれた拳を、そっと突き出してくる。俺もまた、残った力を振り絞って自分の拳をぶつけ、硬く確かな衝撃を交わし合わせた。
「あんたのおかげだ。助かったよ」
乱れた息のまま告げると、章乃はいやいやと小さく首を振った。
「私だけじゃあ、立ち向かえなかったよ。無謀だったかもしれないけれど、立ち向かったあなたたちがいたおかげ」
マスクの奥にある章乃の瞳と、俺の瞳。互いの目の中に残る熱い戦いの光を見つめ合い、俺たちはかつての、そしてこれからの確かな絆を確かめ合うように、深く微笑んだ。
ドゥゥウウウウウウウィィィイイン!!!!
ドゥゥウウウウウウウィィィイイン!!!!
耳つんざくアラーム音が鼓膜を激しく突き刺してきた。
「乗員はただちに避難してください。繰り返します。乗員はただちに避難してください。繰り返します……」
侑里はハッとした顔で、床を強く蹴って慌てて俺のところに走ってきた。
「急いで!!上部の衛星区が分離されようとしている!!」
「早く急行しよう!!」
俺たちは侑里の先導で、立ち入り禁止区を飛び越え、奥の通路の先にある扉をこじ開けた。
上を見上げると、既に分離されてしまった先端部が、真空の虚空へ向かって静かに月へ進んでいた。
「間に合わなかったのか……」
「いや、まだ手はある」
章乃が傍にあった、冷たい光沢を放つポッドを指さす。
「これ脱出用じゃないの!?」
侑里は焦りで上気した声を投げかけるが、章乃は素早く作業に入った。
「少し調整すれば、十分あれに届くはずだ」
章乃は、火花を散らす導線を弾きながら手際よく配線を調整する。
「でもこれって、一人用よ!!」
侑里の心配そうな声を聞いたが、俺の心は始めから決まっていた。
「俺が行く」
「無茶よ!!あんた一人でどうにかなると思ってんの!?」
侑里は俺の胸ぐらをつかむように声を荒げるが、俺の心臓は静かに脈打っていた。
「大丈夫、みんなのおかげでここまで来れたんだ。あとは俺に任せておけ」
自分の頭の中でも、かなり無茶だとは分かっていた。
それでも、やらなくちゃいけない時がある。
「俺以外は、みんな家族の元に戻ってくれ」
「妹が、あんたのことが好きだって……ちゃんと伝えてって言われたから」
弥来は嗚咽しながら、ボタボタと涙を床にこぼす。
「心配すんなよ。元通りに戻したら、きっとまた会えるさ」
「ほんと?」
「あぁ、きっとそうさ」
喉の奥が苦くなるような気休めの言葉だってのは分かってて、胸が痛む。でも、今の俺にはこの言葉しか、みんなに遺せなかった。
「準備は出来たわよ、いい?」
狭いポッドに滑り込むと、俺はガラス越しにみんなの不安そうな顔を見た。
「あんたが死んだら、容赦しないんだからね!!」
侑里は爪が食い込むほど拳を握り、泣きそうな顔を堪えて俺に叱責した。
「それは…勘弁してほしいかな……」
「私の加護が続くように、祈ってるから」
乃豊はポッドの冷たいガラス越しに、祈るように両手を合わせる。
「あぁ、きっと大丈夫だ」
俺はみんなに向かって、汗ばんだ親指を立ててサムズアップした。
「それじゃあ切り離すわよ、ご武運を」
ドシュウッという激しい排気音と共にポッドが射出される。
あの『ユグドラシル』が、窓の向こうでどんどん遠くなっていく。
「あんな約束しちゃったけど、やるしかないよな」
俺は腹を決め宇宙服を点検する。月に向かっている衛星区の内部にガツンと激突し、侵入したのを確認した。ポッドのハッチを押し開け、人工的な乾燥した空気が満ちる荘厳な通路を進み、装飾であしらわれた重厚な扉をこじ開ける。




