Echo 27 『 宇宙へ 』
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対応番号 : 44 / 45 / 46 / 47
「とうとう行くのね?」
早七は、きつく結んだ唇を微かに震わせ、俺を心配そうな顔で見つめる。
「あぁ、終末を止めに行かなくちゃいけない」
「…それが出来ないと、分かっていたとしても?」
早七は俺の浴衣の袖を、指先が白くなるほどの力で握りしめ、念を押した。彼女の肌から伝わる、凍えるような拒絶の震えは痛いほど分かっていた。
「俺は決めたんだ。世界を取り戻してみせるって」
「そうですか…覚悟が決まったのなら、姉として応援するしかないですね」
早七は握っていた手の力をふっと抜き、自分の胸元で祈るように手を合わせた。
「しかし一人で行くのは危険です。勇気のある仲間を同伴させましょう」
「…ありがとう。恩に着るよ」
そう言うと早七は微笑みを浮かべ、『精霊』デバイスを操作して仲間に連絡した。
「あんの蛇女をやっつけられるなら、今度こそコテンパンにしないとな!!」
弥来は拳をガチガチと突き合わせ、全身の血を沸騰させるような闘争心をたぎらせていた。
「私も、力になれると思う」
乃豊も少し冷たくなった自分の指先を強く握りしめ、協力を申し出てくれた。
「あたしのこと忘れてたかと思ったわよ」
松岡 侑里も、少し不満そうに口を尖らせたが、ツンと鼻を鳴らしながらも参戦することに快く同意してくれた。
「茉佑はどうするんだ?」
「そうね、まずは『バベルの塔』から『ユグドラシル』に行かないといけないのだけど」
そう言うと彼女は、乾いた喉を落ち着かせるように一呼吸おいて話す。
「私の能力はあなたたちを『ユグドラシル』に連れて行くこと。それにリソースを割かれてしまうから、私までは無理だけど」
「そうか……」
闘志が宿っている瞳が、俺に向かって視線が集まる。
「終末まで短い時間かもしれない。それでも俺のわがままに付き合ってくれて感謝している。無茶ぶりだとは分かってる。けど限りなく0%であっても、俺は賭けてみたい」
「俺は、世界を取り戻してみせる」
茉佑は、ふわりと甘い香りを残して微笑み、こちらを見る。
「燃えてきちゃうわね。こういう展開、嫌いじゃないわよ」
「姉さんが応援してるんだし、私も手を貸してあげるんだから、頑張んなさいよ」
侑里が、俺の背中を骨に響くくらい軽くポンと叩く。その手のひらの温かさが、妙に背中に残った。
「いいね~、この王道な熱い戦い!!うちもワクワクしてきちゃう!!」
弥来は皮膚が上気するほど目を輝かせる。
「はぁ……無茶はほどほどにしてくださいよ~」
乃豊は首筋を赤く染め、呆れながらも照れくさそうな顔でこちらを見る。
「早七姉、みんなのことは頼んだ」
俺は真剣なまなざしで早七を見る。
「分かったわ」
そう言うと早七は、今にも涙の膜が弾けそうな、潤んだ眼で俺を見た。一行は出発しようと、冷たい床板の感触が足の裏に伝わる玄関に集まった。
「時間はあまり無い。すぐにでも行くぞ」
俺は晶子さんが用意してくれた、機械油の臭いが漂うハイエースに乗り込もうとした。
「由記」
窓の向こうから姉の声がする。俺は冷えたガラスを押し下げて窓を開けた。
「どんな結末でも、しっかり頑張んなさいよ」
「…おう、任せとけ」
俺は胸の奥の不安を押し殺しながら、早七の柔らかく、ひんやりとした頬に唇を寄せた。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺がキーを回すと、座席の底から内臓を揺らすようなエンジンの振動が伝わり、一行は『バベルの塔』に向かって走り出した。
「気を付けなさいよね、バカ弟」
早七は、ハイエースの排気ガスの匂いと車体が完全に見えなくなるまで、冷たい風が吹き付ける玄関先に立ち尽くし、見守り続けた。
赤い空、黒い太陽
その目下、俺たちは突風が容赦なく肌を叩く『バベルの塔』頂上にいた。
「それじゃあ始めるわよ」
茉佑は、大気がビリビリと震える真紅の天に向かって叫ぶ。
「『グランド ワープ』」
上空の、妖しく蠢く巨大な目玉から、肌がチリチリと焼けるような一筋の光が『バベルの塔』頂上に向かって照射された。
「私が発動している間だけは通れるわ。戻る時は『精霊』デバイスに連絡してちょうだい」
俺たちは次々とその光の渦の中に入ると、まるで無重力の穴に吸い込まれるように、強烈なGが全身の血液を脳へ押し上げ、空中へ勢いよく引き上げられた。
「うぇえぁあぁぇあぁぇあぁぁあああああ!!??」
驚いた様子で叫び声をあげながら、弥来はスカートを押さえる。
「準備はいい?侵入したらすぐに行動開始よ」
俺たちを落ち着けようと、侑里が風圧に声をかき消されまいと喉を震わせた。
俺は振り返って茉佑の姿を見る。冷たい雲の層を突き抜けようとしたその時
ふと、茉佑が優しく微笑んだ。そんな気がした。
——— 『ユグドラシル』内
「はぇ~ここの中って、衛星みたいなのね」
弥来は、寒々しい金属の壁を、物珍しそうに見渡していた。俺たちは、どこか血の臭いとオゾンの臭いが混ざった通路の隙間から侵入した。宇宙衛星らしく円形のドーナッツ型がいくつかあり、それは樹木のように有機的な粘膜と、脈打つ機械が融合した、生温かい器官で縦長に繋がれていた。
「私もここの実験体だったから、道は分かるの。こっちについて来なさい」
侑里が先導して行く。俺たちも、滑りやすい床に足元を警戒しながら続いてついて行った。
「このエレベーターで上に行く必要があるわ」
侑里がそう言うと、冷たいタッチパネルの最上階のボタンを押した。
「どうして分かるんだ?」
「最も月に近い場所があるの。やつらが月までのデータベースに最もアクセスしやすく、そこから太陽に向けてカプセルを射出するの」
「それが……あのSCP-001、太陽による地球浄化っていう筋書きか」
「そう、この『ユグドラシル』も巻き込まれるわね」
「『ゲマトレイヤー』はどこにいるんだ?」
「あいつらは意識だけをここに残して、身体は地上に残しているわ。アノマリーと同化してしまった以上、もう人間とは呼べないけどね」
俺たちは、脳天が沈みそうな勢いで急上昇するエレベーターの中で、張り詰めた空気を肌に感じながら最上階に辿り着いた。
「この上に立ち入り禁止区域があるの。そこを制圧しなきゃいけない」
次々と、ふくらはぎの筋肉をきしませながら階段を登っていく。一歩ごとに、肺が冷たい空気を求めて激しく上下した。
侑里が固く閉ざされた鉄の扉をこじ開けると、部屋の中は、カビと古いビロードの匂いが漂う、暗いゴシック趣味の紫基調で彩られた部屋に入った。その不気味な静寂の奥で、キリキリとネジの巻かれるオルゴールが、哀しくも綺麗な音色を奏でていた。
俺たちは肌の毛穴を逆立たせ、いつでも動けるよう全身の神経を研ぎ澄ましながら進む。部屋の明かりが徐々に失われ、完全な闇が包み込もうとしたその時、スポットライトのように一点だけが眩しく浮かび上がった。そこには、ロッキングチェアに座り、カサカサとした不気味なレースの感触をまとった、ゴシック衣装のウェディングドレスに包まれたオートマタが腰掛けていた。瞳を覗くが生気を感じられない。
チリン、と最後の音を遺して、オルゴールの音がピタリと鳴り止む。鼓膜に、心臓のドクンという歪んだ鼓動だけが直に響く、重苦しい静寂。
足の裏の感覚がふっと消え、大気そのものが牙を剥くような、そんな最悪の予感が脳髄を突き抜けたその時
──── バキバキバキバキバキバキッッッッッッッッ!!!!!!!!!
耳を塞ぎたくなるような摩擦音のする金属と、内臓を揺らすガラスの砕ける爆風が肌を襲い、俺たちの身体は完全に宙に投げ出された。
「くっ……!」
天地が高速で回転する。各々が、手のひらが擦り切れて血が滲むのも構わず、必死に近くの金属フレームや物にしがみつく。下を見れば、大きく円状に広がる、壮大で荘厳な模様が描かれたオーケストラ会場のような、底冷えのする広大な大空間が口を開けていた。
「降りるわよ!!」
重力を置き去りにするように、侑里に続いて俺たちは地面に向かって飛び降りる。
「『|天のゆりかご《Heavens Lounge》』!!」
侑里が極限の集中で唱えた能力によって、全身をふんわりとした温かい空気のクッションが包み込み、墜落の衝撃をすべて吸収して安全に降り立った。だが、安堵する暇など一瞬も与えられない。頭上の巨大な影を見上げると、そこにはK1452の形をした、重油の焦げた臭いと冷徹な鉄の圧迫感を凄まじく放つ巨大な機械が立ちはだかっていた。
「あれが本体ね」
侑里がそう呟くと同時に呼吸を止め、瞬時に『フォローウィング ランス』を構える。風を切る鋭い音と共に、その巨体に向けて槍が放たれた。
──── ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッッッッッ!!!
胸にドスンと響く爆裂音が大空間に響き渡り、機械は金属同士を強引に削り合うような耳障りな金切り声をあげながら、巨大な両手を狂ったように振り回す。押し寄せる激しい風圧に歯を食いしばって耐えながら、俺は奴の片手に飛び乗った。冷たく激しく振動する装甲に右手を叩きつけ、すかさず能力を発動する。
「『カオス インバーテッド』!!!」
機械の駆動が強引に逆回転を始め、内部の複雑な歯車がギチギチと悲鳴を上げ蒸気を発する振動が、俺の腕の骨を伝って脳まで響く。K1452の巨体がガタガタと震え、思うように動かなくなる。
「今だっ!!!」
その声を合図に、乃豊が喉を千切れんばかりに震わせて能力を発動させる。
「『ワードスペル』!!」
「乃豊ちゃんの想いを乗せたぁ!うちの必殺技をくらいなぁ!!『エクス、カリバァーーーー』!!!」
弥来が全身から溢れんばかりの熱量を放ちながら、限界まで巨大化させた光の剣を振り下ろす。その巨体を、光の刃が斜めに深く切り裂いた。
機械は内側から火花を派手に散らして爆発し、周囲に生温かく煙たい黒煙が視界を奪うほどに充満する。激しい呼吸の音だけが響く中、弥来が声を絞り出した。
「やったか!?」
「いや、まだだ」
侑里が警戒を一切緩めないよう、汗ばんだ左手でみんなの胸元を力強く制する。その肌は微かに震えていた。
機械の残骸から、ドロリとした不気味な黒い何かが地面に飛び出した。宇宙の星空のように、底なしで暗く蠢く混沌の中から、天秤を携え、不吉な鴉の翼をもつ、あのオートマタが音もなく現れた。
「……ここまでは、お前たちの筋書き通りだったかもしれない。だが…」
K1452の冷徹な瞳から、全身の血液を一遍に凍り付かせるような鋭い視線が突き刺さる。空気が一気に数度下がった気がした。
「ここでお前らの物語は、終わりだ!!!」
次の瞬間、ヌルヌルとした血の色をした、生温かい触手が地面から一斉に這い出て、俺たちの手足を肉がひずむほどの強さでキツく縛り上げた。
「ぐっ、くそぅ……こんなところでっ!!!」
弥来が必死に抵抗するが、触手から流れ込む悍ましい波動によって、全身の血液、そして生命力そのものを吸い上げられる脱力感が襲い、活力を奪われていく。
「ぐっ…『ロード インバーテッド』!!!」
俺は締め付けられる肺から空気を絞り出し、擦れる喉で詠唱を紡ぐが——火花すら起きない。効果が完全に無効化されている。
「ふっ、私本人に触らなければ、意味が無い」
「そこまでっ…分析してたというのか…!!!」
「えぇ、お前はあの『救世主』なのだから。まぁ少し身体が小さくなったようだがな?」
K1452は金属が擦れるような歪んだ声で嘲笑うと、俺を挑発するように、ヒヤリとした硬い金属の手で、俺の顎を骨が軋むほど強く掴んだ。
「見てみろ、お前の味方の無様な姿を」
侑里はヌルリとした触手が口の中に滑り込み、ぐったりとした様子で完全に無抵抗になっていた。
「これは精神と心を搾取するものだ。もうじき、終末のための養分の残滓となるだろう」
心臓が警鐘を鳴らすように速くなる。俺は全身の筋肉を千切れるほどきしませて必死に抵抗したが、絡みつく束縛を解くことはどうしても出来なかった。
「弥来、乃豊……侑里…すまん…みんなッッア…」
脳への酸素が完全に途絶えかけ、意識の限界で両眼が自重に負けて閉じていく。
ついに視界が深い真っ暗闇に染まった。




