Echo 22 『 歓獄の檻 』
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対応番号 : 35 / 36
──ぐらり
突如、足元の鋼鉄の地面が、大きく傾くような強烈な地響きが襲った。
「な、なんだこれは……!?」
「……!!! 早く!! 私にしがみついて!!」
佑果の身体が一瞬で巨大な龍の姿へと変化し、その硬い鱗で俺たちを包み込むと、そのままドームの天井を力任せに突き破った。
「待て、まだ人がいる!!」
俺は叫び、床にへたり込んでいる彩八の腕を掴もうと手を伸ばした。
「おい!!早く来い!!お前までどうにかなるんだぞ!!」
しかし、彼女の身体は岩のように重く、びくともしなかった。マスクの奥から、静かな声が聞こえた。
「お前ってやつは…昔と変わらないんだな」
「えっ…?」
「由記、早く!! 急いで!!」
ミシ、ミシ、バリバリバリッ! と、強固だったはずの鋼鉄の壁と地面に巨大な亀裂が走り出す。彩八は何の前触れもなく、その両手で俺の身体を力強く持ち上げた。
「何をしている!?」
「──っ!」
彩八は、上空にいる佑果の元へ向かって、俺の身体を思い切り放り投げた。それと同時に、引き裂かれた地面の底から、ドブドブと煮えたぎる真っ赤なマグマが激しく隆起し、骨をも溶かす熱気がドーム内を包み込んだ。
「……!! あぁ……っ!!!」
俺は必死に手を伸ばしたが、その手が彼女に届くことはなかった。
「さらばだ、我が主。私の負けだ」
彼女は静かにそう言い残すと、一瞬で衣服を焼き焦がすほどに煮えたぎるマグマの底へと、静かに落ちて消えていった。
「…っくっ!!!」
「彼女は、自分の生き方を最期まで貫いたんだわ……悲しいけれど、どうしようもなかったのよ」
佑果はそう俺に言い聞かせたが、俺は目元を濡らす熱い涙をこらえることができなかった。
「どうして、だよ……」
俺の中で何かが蠢き、記憶が逆流する。
鳴り止まぬ歓声
世界の変革
血の海
ロンギヌスの槍
聖なる墓石
十字架
ウロボロス
血眼の光
注射針
仕組まれた裁判
無限の眼
陰陽封印の儀
直後、背後から世界が崩壊するようなとてつもない大轟音が響き渡り、火柱が天を貫く勢いで吹き出した。吹き荒れる赤い光と熱波は、上空にいる俺たちの肌をジリジリと焼くほどに熱く、周囲の広大な森は、一瞬にして大規模な山火事の海へと変貌していった。
「もうここはダメ、早く次の一手を考えないと」
佑果がそう呟くと同時に、俺のポケットの中で『精霊』デバイスが激しくバイブレーションを鳴らし、着信を告げた。画面を開くと、早七からの緊急メッセージが響く。
「早七よ、急ぎのところ悪いけど、あなたたちに急行してもらう必要があるの」
「佑果は東宮に行って頂戴、一榎が協力者を乗せて、由記君と合流しなきゃいけない」
「他の人たちは、安全な場所で避難するように。私からは以上よ」
「次から次へと…なんなのよもう!!!」
麻椰は冷や汗の滲む頭を抱えて喚き散らす。
「きっとおそらく同時攻撃でしょうね...ここまで大規模に仕掛けてくるなんて……」
佑果は空中で大きく身を翻し、東宮へと向かって急行した。
「由記、あなただけを現地で降ろすわよ。他のみんなは、新原神社で避難させておくから」
「あぁ、分かった」
「連戦続きで本当に悪いけれど……今はみんな、あんたの力に頼るしかないの」
佑果の言葉を胸に、皮膚にこびりつくような熱気と緊張感を全身で感じながら、俺たち一行は、東宮へと向かって突き進んでいった。
——— 東宮にて
「雲行きが怪しくなってきたか…」
ロードノイズと重低音のエンジン音がシートを通じて尻を揺らす中、一榎の翔ける車は高速道路を猛烈な速度で走り抜けていた。
「握手会を途中で抜けてきちゃったけど…大丈夫かしら?」
|ブルーベリーズ《Blueberries》所属の谷津 杏佳が、不安で冷たくなった自分の指先をせわしなく弄びながら口を漏らす。
「話は付けてきたんだ。生徒会長様様だな」
「あぁ~折角明日、羽を伸ばせると思ったのに~」
同じく子犬系アイドルとして活動している谷津 希果が、不満げにシートへ背中を預け、靴の先を小刻みに揺らして口を尖らせた。
「あら、そんなんじゃ芸能活動は上手くいかないわよ」
杏佳の同級生であり、長年女優として活動する大西 来弥が、指先で器用にサングラスを少し下げ、涼しげな目で二人を見遣った。
「レッスンやダンスなんて序の口、自分の家でも美容やマッサージをして初めてプロになれるんだから」
自慢とも取れるその自信満々なセリフに、谷津姉妹は少し困った顔をして、互いの肩を軽くすぼめながら苦笑した。
「ベテランの仰ることは違いますね!」
「まぁ可愛い妹みたいなものだし、お節介かけるのは当然でしょ」
得意満面な顔で言う来弥とは対照的に、常に冷静沈着なのが妹の大西 亜実だった。
「今この国はどうなっているんでしょう…」
「あの『バベルの塔』の連中が、あちこちで暗躍してるって話には聞いていたが、まさか実行するなんてな…世界中で反抗勢力や国家がもめているのも『バベルの塔』が仕掛けたことらしいな」
「えぇ…噂ではそのように聞いております」
亜実は一榎の言葉を、背筋を微かに正し、じっと静かに待っていた。
「だが残念ながら何度も失敗してきた。そこで彼らはアノマリー事件に乗じて国家を乗っ取り、自分たちを神だと言い張り、従わないやつらは処刑されていった。なぜだか分かるか?」
「…なぜなんでしょう?」
「僕たちが見えていないあの空に、全てを見渡すように監視できる『無限の眼』を完成させるためなのさ」
一榎は苦々しく唇を歪め、皮肉を吐き捨てるように言葉を続けた。
「今は大掛かりな攻撃でリソースを割くのは難しいだろう。移動するなら今のうちだ」
希果が退屈そうに来弥の話を聞き流していると、ふと、後方の窓ガラス越しに走った強烈な赤い閃光が、その網膜を刺した。
「なに…あれ?」
「ちょっと。私の話を最後まで…って」
希果が指を差した方向を一同が振り返った瞬間、遥か彼方の富士山が、天を真っ二つに引き裂くような巨大な火柱を噴き上げているのが見えた。ここからでも大気が地鳴りのように細かく震え、肌がピリピリと粟立つのが分かる。
「とうとうやりやがったか!!!」
目つきの鋭くなった一榎が狂ったようにアクセルペダルを床まで踏み込んだ。強烈なGが全員の背中にのしかかり、鼓膜を圧迫するような加速音が車内に充満する。
「うわぁぁあああ!?ちょっと!?急にスピード出し過ぎ!!?」
「ちょ!!前!!前!!?」
エンジンの音にかき消された谷津姉妹の声は、誰の耳にも届かない。
前方の検問所には、すでに複数の『警察』デバイスが赤いランプを明滅させて立ち塞がっていた。
「スピード違反は法律に違反します。ただちに停車してください」
スピーカーから、鼓膜をザラつかせるような機械的なアナウンスが響く。
「こんな時に規則規則規則、うっせぇんっだよっっ!!!」
一榎はさらに強く、右足に力を込めた。
「このままだと衝突しちゃいますよぉ!?」
「あ、あなた正気!?!?」
谷津姉妹は恐怖で目元に熱い涙を潤ませながら、ガタガタと激しく震える互いの身体を強く抱きしめ合う。来弥はシートベルトが肩に食い込むのも忘れて大きく口を開けていた。
「へっ…今だ。『クラスター爆弾』発射!!」
一榎がコンソールのボタンを激しく叩いた。シュゴォォオオッ! と鼻を突く硝煙の匂いと共に車前方からミサイルが射出され、それらは空中で散弾状に分裂しながら、検問所を木っ端微塵に吹き飛ばした。凄まじい爆風の余波がフロントガラスをベキベキと叩くが、車はそのまま瓦礫の散らばる道を颯爽と駆け抜けていく。
「あんた…警察に捕まりたいわけ!?」
来弥が冷や汗の滲むしかめっ面で一榎を責めると、一榎はただ声を上げて笑った。
「な、何がおかしいのよ?」
「こんな時にまでそんなこと考えてたら、埒が明かねぇよ。僕は早七の言ったとおりに、君たちを『バベルの塔』に届けるのが任務だ。ただそれだけさ」
青い空に立ち上る赤い閃光が、網膜を焼き焦がすほどの光量を増しながら、段々と近づいてくる。
マグマによって熱された大気が車体を包み込み、閉め切った窓ガラスに触れるだけで火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「窓を開けても熱いよ~!」
サウナに入ったかのような灼熱の風に、希果は苦しそうに口で呼吸していた。
耐えかねた一榎が車のルーフを開放する。眼下では、ドブドブと音を立てる火砕流が、建物や道路を無慈悲に飲み込んでいく地獄のような熱波が吹き荒れていた。
「あ、あれ見て!!」
杏佳が上空を指さした。見上げれば、嵐のように吹き荒れる風圧を切り裂きながら、由記を抱えた佑果の巨躯が車に追いつこうと猛烈なスピードで下降してくる。佑果は由記の身体をその鋭い爪で鷲掴みにした。
「ちょ!?ちょっと!?」
「悪いけど、今はこうするしかないの、よっ!!」
佑果はその強靭な腕の筋肉を爆発させ、車の向かう進行方向へと由記を全力で投げつけた。
「頼んだわよー!!」
上空から響く佑果の叫び。
「はっ、そっちがその気なら…杏佳、希果。あんたらの出番だ」
谷津姉妹はお互いに視線を合わせ、深く息を吸い込んで呼吸を同期させると、せーので叫んだ。
「『天界創造』!!」
フワリと、綿菓子のように柔らかく温かい雲の塊が由記の身体を受け止めた。不思議と衝撃や痛みはなく、由記はそのまま勢いよく一榎の助手席へと滑り込んだ。
「やっと来たか。そんじゃ、しっかり掴まっとけ!!」
一榎がルーフを叩き閉めると同時に唱える。
「『エニグマ ブースト - ヒート』 !!」
ヒュォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ…
ッッッッッッッブォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!
エンジンが限界を超えて咆哮し、内臓が背骨に張り付くような凄まじい加速Gと衝撃波が車内を襲う。あまりの速度に周囲の景色がグニャリと歪んだ。
「「こ、こんなの初めてぇぇえええ!!??」」
谷津姉妹は強烈なGに耐えきれず、互いに抱き合ったまま意識を失ってシートへ深く沈み込んだ。
「あちゃー…まだお子さんには早かったかぁ…」
来弥は、首をぐったりと傾げた姉妹をよそ目に、由記に向かって挨拶した。
「はじめましてね。私は来弥、こっちは妹の亜実よ。よろしくね」「よろしくお願いします」
由記は、風圧で硬直した身体をどうにか動かし、出された彼女の少し細く、手入れの行き届いた手のひらを握り返した。
「ここまで来れば火山灰も来ないだろ」
一榎がスピードを緩めルーフを再び開けると、それまで車内に籠もっていた暑苦しい熱気が一気に吐き出され、涼しい平温の風が吹き込んできた。
「あ"ぁ"!!あづぐるしかったぁ"!!もうダメ…」
「ダンスのレッスンよりもしんどいよぉ…」
ガタガタと震えながら意識を取り戻した谷津姉妹が、ぐったりとシートに身を預けている。
「さっきは助けてくれて本当にありがとう。俺は在原 由記だ。よろしく」
俺が後ろに向かって手を伸ばすと、杏佳が柔らかく、少し湿り気のある両手で包み込むように握手をしてきた。
「一榎から聞いてます!とんでもなく凄いヒーローなんですって!!」
爛々と輝く彼女の瞳を間近で見つめられ、俺は少し胸が痛むような罪悪感を覚えた。
「別にヒーローじゃなくて、ただ大切な人を救いたくて…」
「わぁ!!それじゃあ彼女さん!?いいなぁ~、いやいや良くない!!その彼女さんってどうしたんですか?」
「話せば長くなるんだが…」
俺が口を濁すと、杏佳はその強張った表情から察して、慌てて手を振った。
「えぇっと、アノマリー事件のこともあったし、世の中何が起きるか分からないからね!…ホントごめんなさい!!」
小さな両手を合わせて必死に謝罪する姿を見て、俺の張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。
「そんなに謝らなくていいよ…というか、学年が上だったりします?」
「え?あぁ!!今更そんなこと気にしなくていいよ!ファンともこのくらい近くで接してるくらいだし~」
「えっと…今更で申し訳ないけど、しばらくの間みんなよろしく」
一同が会話を交わす中、一榎は『精霊』デバイスを耳に押し当て、渋い顔で通信していた。
「あぁ、早七か。どうした。…そうか、あいつらが合流するってことは、相手はかなり強者なんだな?」
一榎は通信を切ると、バックミラー越しに全員を見据えた。
「みんな聞いてくれ。今回の敵はかなり厄介かもしれない。どんな敵でも戦えるように万全を期せとの事だ」
谷津姉妹は「ラジャー!」とお腹から弾けるような朗らかな声で答える。
「『バベルの塔』がなんだか知らないけど、乗り込んで叩くまでよ」
来弥が自信たっぷりに拳を小さく握りしめた。
「そしてこれはかなり有力情報なんだが…由記、心して聞いてくれ」
一榎のトーンが落ちる。由記は思わずツバを飲み込み、奥歯を噛み締めた。
「『バベルの塔』頂上に、甘奈が囚われているのを確認できたみたいだ」
ドクン、と心臓が大きく跳ね上がった。
頭のてっぺんから爪先まで冷たい悪寒が駆け抜けると同時に、胸の奥がカッと熱くなり、感情の回路がめちゃくちゃにかき乱される。
「…無事だといいけれど」
俺は自分の膝を見つめ、拳を血がにじむほど強く握り込みながらそう呟いた。
「ここまでやれたんだ、きっと大丈夫さ」
一榎はその無骨なレザーグローブで俺の肩をぽんと叩き、慰めの言葉をかける。その時、空を仰ぎ見る亜実の瞳は、火山で赤く染まる空を映し出していた。




