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23/31

Echo 22 『 歓獄の檻 』


https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 35 / 36






 ──ぐらり


 突如(とつじょ)、足元の鋼鉄の地面が、大きく(かたむ)くような強烈(きょうれつ)な地響きが(おそ)った。


「な、なんだこれは……!?」

「……!!! 早く!! 私にしがみついて!!」


 佑果(ゆうか)の身体が一瞬で巨大な龍の姿へと変化し、その硬い(うろこ)で俺たちを包み込むと、そのままドームの天井を力任せに突き破った。


「待て、まだ人がいる!!」

 俺は(さけ)び、床にへたり込んでいる彩八(あや)の腕を(つか)もうと手を伸ばした。


「おい!!早く来い!!お前までどうにかなるんだぞ!!」

 しかし、彼女の身体は岩のように重く、びくともしなかった。マスクの奥から、静かな声が聞こえた。


「お前ってやつは…昔と変わらないんだな」


「えっ…?」


由記(ゆうき)、早く!! 急いで!!」

 ミシ、ミシ、バリバリバリッ! と、強固だったはずの鋼鉄の壁と地面に巨大な亀裂(きれつ)が走り出す。彩八(あや)は何の前触れもなく、その両手で俺の身体を力強く持ち上げた。


「何をしている!?」


「──っ!」

 彩八(あや)は、上空にいる佑果(ゆうか)の元へ向かって、俺の身体を思い切り放り投げた。それと同時に、引き裂かれた地面の底から、ドブドブと()えたぎる真っ赤なマグマが激しく隆起し、骨をも()かす熱気がドーム内を包み込んだ。


「……!! あぁ……っ!!!」

 俺は必死に手を伸ばしたが、その手が彼女に届くことはなかった。



「さらばだ、我が(あるじ)。私の負けだ」



 彼女は静かにそう言い残すと、一瞬で衣服を焼き焦がすほどに煮えたぎるマグマの底へと、静かに落ちて消えていった。


「…っくっ!!!」


「彼女は、自分の生き方を最期まで(つらぬ)いたんだわ……悲しいけれど、どうしようもなかったのよ」

 佑果(ゆうか)はそう俺に言い聞かせたが、俺は目元を()らす熱い涙をこらえることができなかった。


「どうして、だよ……」

 俺の中で何かが(うごめ)き、記憶が逆流する。


 鳴り止まぬ歓声

 世界の変革

 血の海

 ロンギヌスの槍

 聖なる墓石

 十字架

 ウロボロス

 血眼の光

 注射針

 仕組まれた裁判

 無限の眼

 陰陽封印の儀






 直後、背後から世界が崩壊するようなとてつもない大轟音が響き渡り、火柱が天を貫く勢いで吹き出した。吹き荒れる赤い光と熱波は、上空にいる俺たちの肌をジリジリと焼くほどに熱く、周囲の広大な森は、一瞬にして大規模な山火事の海へと変貌(へんぼう)していった。


「もうここはダメ、早く次の一手を考えないと」

 佑果(ゆうか)がそう(つぶや)くと同時に、俺のポケットの中で『精霊』デバイスが激しくバイブレーションを鳴らし、着信を告げた。画面を開くと、早七(さな)からの緊急メッセージが響く。



早七(さな)よ、急ぎのところ悪いけど、あなたたちに急行してもらう必要があるの」

佑果(ゆうか)東宮(ひがしのみや)に行って頂戴(ちょうだい)一榎(いちか)が協力者を乗せて、由記(ゆうき)君と合流しなきゃいけない」

「他の人たちは、安全な場所で避難(ひなん)するように。私からは以上よ」



「次から次へと…なんなのよもう!!!」

 麻椰(まや)は冷や汗の(にじ)む頭を(かか)えて(わめ)き散らす。


「きっとおそらく同時攻撃でしょうね...ここまで大規模に仕掛けてくるなんて……」

 佑果(ゆうか)は空中で大きく身を(ひるがえ)し、東宮(ひがしのみや)へと向かって急行した。


由記(ゆうき)、あなただけを現地で降ろすわよ。他のみんなは、新原(にいばる)神社で避難(ひなん)させておくから」


「あぁ、分かった」


「連戦続きで本当に悪いけれど……今はみんな、あんたの力に頼るしかないの」

 佑果(ゆうか)の言葉を胸に、皮膚(ひふ)にこびりつくような熱気と緊張感を全身で感じながら、俺たち一行は、東宮(ひがしのみや)へと向かって突き進んでいった。






 ——— 東宮(ひがしのみや)にて


「雲行きが怪しくなってきたか…」

 ロードノイズと重低音のエンジン音がシートを通じて尻を揺らす中、一榎(いちか)()ける車は高速道路を猛烈(もうれつ)な速度で走り抜けていた。


「握手会を途中で抜けてきちゃったけど…大丈夫かしら?」

 |ブルーベリーズ《Blueberries》所属の谷津(たにつ) 杏佳(きょうか)が、不安で冷たくなった自分の指先をせわしなく(もてあそ)びながら口を()らす。


「話は付けてきたんだ。生徒会長様様だな」


「あぁ~折角明日、羽を伸ばせると思ったのに~」

 同じく子犬系アイドルとして活動している谷津(たにつ) 希果(ののか)が、不満げにシートへ背中を(あず)け、(くつ)の先を小刻みに揺らして口を(とが)らせた。


「あら、そんなんじゃ芸能活動は上手くいかないわよ」

 杏佳(きょうか)の同級生であり、長年女優として活動する大西(おおにし) 来弥(くるみ)が、指先で器用にサングラスを少し下げ、(すず)しげな目で二人を見遣(みや)った。


「レッスンやダンスなんて序の口、自分の家でも美容やマッサージをして初めてプロになれるんだから」

 自慢とも取れるその自信満々なセリフに、谷津(たにつ)姉妹は少し困った顔をして、互いの肩を軽くすぼめながら苦笑した。


「ベテランの(おっしゃ)ることは違いますね!」


「まぁ可愛い妹みたいなものだし、お節介(せっかい)かけるのは当然でしょ」

 得意満面な顔で言う来弥(くるみ)とは対照的に、常に冷静沈着なのが妹の大西(おおにし) 亜実(つぐみ)だった。



「今この国はどうなっているんでしょう…」


「あの『バベルの塔』の連中が、あちこちで暗躍(あんやく)してるって話には聞いていたが、まさか実行するなんてな…世界中で反抗勢力や国家がもめているのも『バベルの塔』が仕掛けたことらしいな」


「えぇ…(うわさ)ではそのように聞いております」

 亜実(つぐみ)一榎(いちか)の言葉を、背筋を(かす)かに正し、じっと静かに待っていた。


「だが残念ながら何度も失敗してきた。そこで彼らはアノマリー事件に乗じて国家を乗っ取り、自分たちを神だと言い張り、従わないやつらは処刑されていった。なぜだか分かるか?」


「…なぜなんでしょう?」


「僕たちが見えていないあの空に、全てを見渡すように監視できる『無限の眼』を完成させるためなのさ」

 一榎(いちか)は苦々しく(くちびる)(ゆが)め、皮肉を吐き捨てるように言葉を続けた。


「今は大掛かりな攻撃でリソースを割くのは難しいだろう。移動するなら今のうちだ」

 希果(ののか)が退屈そうに来弥(くるみ)の話を聞き流していると、ふと、後方の窓ガラス越しに走った強烈な赤い閃光が、その網膜(もうまく)を刺した。


「なに…あれ?」


「ちょっと。私の話を最後まで…って」

 希果(ののか)が指を差した方向を一同が振り返った瞬間、(はる)か彼方の富士山が、天を真っ二つに引き裂くような巨大な火柱を噴き上げているのが見えた。ここからでも大気が地鳴りのように細かく震え、肌がピリピリと(あわ)立つのが分かる。



「とうとうやりやがったか!!!」



 目つきの(するど)くなった一榎(いちか)が狂ったようにアクセルペダルを床まで踏み込んだ。強烈なGが全員の背中にのしかかり、鼓膜(こまく)圧迫(あっぱく)するような加速音が車内に充満する。


「うわぁぁあああ!?ちょっと!?急にスピード出し過ぎ!!?」

「ちょ!!前!!前!!?」

 エンジンの音にかき消された谷津(たにつ)姉妹の声は、誰の耳にも届かない。


 前方の検問所には、すでに複数の『警察』デバイスが赤いランプを明滅させて立ち塞がっていた。

「スピード違反は法律に違反します。ただちに停車してください」


 スピーカーから、鼓膜(こまく)をザラつかせるような機械的なアナウンスが響く。


「こんな時に規則規則規則(きそく)、うっせぇんっだよっっ!!!」


 一榎(いちか)はさらに強く、右足に力を込めた。

「このままだと衝突(しょうとつ)しちゃいますよぉ!?」

「あ、あなた正気!?!?」


 谷津(たにつ)姉妹は恐怖で目元に熱い涙を(うる)ませながら、ガタガタと(はげ)しく震える互いの身体を強く抱きしめ合う。来弥(くるみ)はシートベルトが肩に食い込むのも忘れて大きく口を開けていた。



「へっ…今だ。『クラスター爆弾』発射!!」



 一榎(いちか)がコンソールのボタンを激しく叩いた。シュゴォォオオッ! と鼻を突く硝煙(しょうえん)(にお)いと共に車前方からミサイルが射出され、それらは空中で散弾(さんだん)状に分裂しながら、検問所を()()()(じん)に吹き飛ばした。(すさ)まじい爆風の余波がフロントガラスをベキベキと叩くが、車はそのまま瓦礫(がれき)の散らばる道を颯爽(さっそう)と駆け抜けていく。


「あんた…警察に捕まりたいわけ!?」

 来弥(くるみ)が冷や汗の(にじ)むしかめっ面で一榎(いちか)を責めると、一榎(いちか)はただ声を上げて笑った。


「な、何がおかしいのよ?」


「こんな時にまでそんなこと考えてたら、(らち)が明かねぇよ。僕は早七(さな)の言ったとおりに、君たちを『バベルの塔』に届けるのが任務だ。ただそれだけさ」

 青い空に立ち上る赤い閃光が、網膜(もうまく)を焼き焦がすほどの光量を増しながら、段々と近づいてくる。




 マグマによって熱された大気が車体を包み込み、閉め切った窓ガラスに触れるだけで火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。


「窓を開けても熱いよ~!」

 サウナに入ったかのような灼熱(しゃくねつ)の風に、希果(ののか)は苦しそうに口で呼吸していた。

 耐えかねた一榎(いちか)が車のルーフを開放する。眼下では、ドブドブと音を立てる火砕流(かさいりゅう)が、建物や道路を無慈悲(むじひ)に飲み込んでいく地獄のような熱波が吹き荒れていた。


「あ、あれ見て!!」

 杏佳(きょうか)が上空を指さした。見上げれば、嵐のように吹き荒れる風圧を切り裂きながら、由記(ゆうき)を抱えた佑果(ゆうか)巨躯(きょく)が車に追いつこうと猛烈(もうれつ)なスピードで下降してくる。佑果(ゆうか)由記(ゆうき)の身体をその鋭い爪で鷲掴(わしづか)みにした。


「ちょ!?ちょっと!?」


「悪いけど、今はこうするしかないの、よっ!!」

 佑果(ゆうか)はその強靭(きょうじん)な腕の筋肉を爆発させ、車の向かう進行方向へと由記(ゆうき)を全力で投げつけた。


「頼んだわよー!!」




 上空から響く佑果(ゆうか)の叫び。


「はっ、そっちがその気なら…杏佳(きょうか)希果(ののか)。あんたらの出番だ」

 谷津(たにつ)姉妹はお互いに視線を合わせ、深く息を吸い込んで呼吸を同期させると、せーので叫んだ。


「『天界創造』!!」


 フワリと、綿菓子(わたがし)のように柔らかく温かい雲の(かたまり)由記(ゆうき)の身体を受け止めた。不思議と衝撃や痛みはなく、由記(ゆうき)はそのまま勢いよく一榎(いちか)の助手席へと(すべ)り込んだ。


「やっと来たか。そんじゃ、しっかり(つか)まっとけ!!」

 一榎(いちか)がルーフを叩き閉めると同時に唱える。



「『エニグマ(Enigma) ブースト(Boost) - ヒート(Heat)』 !!」



 ヒュォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ…

 ッッッッッッッブォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 エンジンが限界を超えて咆哮(ほうこう)し、内臓が背骨に張り付くような(すさ)まじい加速Gと衝撃波が車内を(おそ)う。あまりの速度に周囲の景色(けしき)がグニャリと歪んだ。


「「こ、こんなの初めてぇぇえええ!!??」」

 谷津(たにつ)姉妹は強烈なGに耐えきれず、互いに抱き合ったまま意識を失ってシートへ深く沈み込んだ。


「あちゃー…まだお子さんには早かったかぁ…」

 来弥(くるみ)は、首をぐったりと(かし)げた姉妹をよそ目に、由記(ゆうき)に向かって挨拶(あいさつ)した。


「はじめましてね。私は来弥(くるみ)、こっちは妹の亜実(つぐみ)よ。よろしくね」「よろしくお願いします」

 由記(ゆうき)は、風圧で硬直(こうちょく)した身体をどうにか動かし、出された彼女の少し細く、手入れの行き届いた手のひらを握り返した。




「ここまで来れば火山灰も来ないだろ」

 一榎(いちか)がスピードを(ゆる)めルーフを再び開けると、それまで車内に()もっていた暑苦しい熱気が一気に吐き出され、(すず)しい平温の風が吹き込んできた。


「あ"ぁ"!!あづぐるしかったぁ"!!もうダメ…」

「ダンスのレッスンよりもしんどいよぉ…」


 ガタガタと(ふる)えながら意識を取り戻した谷津(たにつ)姉妹が、ぐったりとシートに身を(あず)けている。


「さっきは助けてくれて本当にありがとう。俺は在原(ありわら) 由記(ゆうき)だ。よろしく」

 俺が後ろに向かって手を伸ばすと、杏佳(きょうか)が柔らかく、少し湿り気のある両手で包み込むように握手をしてきた。


一榎(いちか)から聞いてます!とんでもなく(すご)いヒーローなんですって!!」

 爛々(らんらん)(かがや)く彼女の(ひとみ)間近(まぢか)で見つめられ、俺は少し胸が痛むような罪悪感を覚えた。


「別にヒーローじゃなくて、ただ大切な人を救いたくて…」


「わぁ!!それじゃあ彼女さん!?いいなぁ~、いやいや良くない!!その彼女さんってどうしたんですか?」


「話せば長くなるんだが…」

 俺が口を(にご)すと、杏佳(きょうか)はその強張(こわば)った表情から察して、慌てて手を振った。


「えぇっと、アノマリー事件のこともあったし、世の中何が起きるか分からないからね!…ホントごめんなさい!!」

 小さな両手を合わせて必死に謝罪する姿を見て、俺の張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。


「そんなに謝らなくていいよ…というか、学年が上だったりします?」


「え?あぁ!!今更そんなこと気にしなくていいよ!ファンともこのくらい近くで接してるくらいだし~」


「えっと…今更で申し訳ないけど、しばらくの間みんなよろしく」

 一同が会話を()わす中、一榎(いちか)は『精霊』デバイスを耳に押し当て、(しぶ)い顔で通信していた。


「あぁ、早七(さな)か。どうした。…そうか、あいつらが合流するってことは、相手はかなり強者(つわもの)なんだな?」

 一榎(いちか)は通信を切ると、バックミラー越しに全員を見据(みす)えた。


「みんな聞いてくれ。今回の敵はかなり厄介(やっかい)かもしれない。どんな敵でも戦えるように万全を期せとの事だ」

 谷津(たにつ)姉妹は「ラジャー!」とお腹から(はじ)けるような(ほが)らかな声で答える。


「『バベルの塔』がなんだか知らないけど、乗り込んで叩くまでよ」

 来弥(くるみ)が自信たっぷりに(こぶし)を小さく握りしめた。


「そしてこれはかなり有力情報なんだが…由記(ゆうき)、心して聞いてくれ」

 一榎(いちか)のトーンが落ちる。由記(ゆうき)は思わずツバを飲み込み、奥歯を噛み締めた。



「『バベルの塔』頂上に、甘奈(あまな)(とら)われているのを確認できたみたいだ」



 ドクン、と心臓が大きく()ね上がった。

 頭のてっぺんから爪先まで冷たい悪寒(おかん)が駆け抜けると同時に、胸の奥がカッと熱くなり、感情の回路がめちゃくちゃにかき乱される。


「…無事だといいけれど」

 俺は自分の(ひざ)を見つめ、(こぶし)を血がにじむほど強く握り込みながらそう(つぶや)いた。


「ここまでやれたんだ、きっと大丈夫さ」

 一榎(いちか)はその無骨(ぶこつ)なレザーグローブで俺の肩をぽんと叩き、(なぐさ)めの言葉をかける。その時、空を(あお)ぎ見る亜実(つぐみ)(ひとみ)は、火山で赤く染まる空を映し出していた。


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