Echo 21 『 天獄胎動 』
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対応番号 : 33 / 34
——— その頃 富士山洞窟
ひんやりとした湿気が立ち込める洞窟の中を、俺たちはなおも進んでいった。
「ま、まだなの? 寒さで耳の感覚がなくなってきたんだけど……」
「少し静かにして!!」
佑果が後ろを振り返り、麻椰の口をその冷たい手で素早くふさいだ。耳を澄ますと、奥の方から反響する、人間の言い争うような声が聞こえてきた。
「もう、あんたのせいで迷子になったじゃない!? 寒くて死にそうよ!」
「私のせいじゃないでしょ!? 大体あんたが先に走って、転がってた人骨に怯えて大騒ぎして逃げたりするからでしょ!!」
なんだか聞き覚えのある声だ。
「あんの~泥棒猫ども……ここにいたのね!!!」
佑果の額に青筋が浮かぶ。彼女は細い腕をまくり上げると、大気をビリビリと怒気で震わせながら、もの凄い勢いで奥へと進んで行った。
「姉さん!? あ、あの、待ってください!!」
杏奈の声は届かなかった。直後、洞窟の奥から響いたのは、地を這うような怒声だった。
「あんたたちの盗んだものを、今すぐ返しなさいっ!!!」
──ヒュオッッッッッ!!ドゥオオオオオオオオオオオオンンン!!!!
二人の短い悲鳴と同時に、佑果が放った風を切る矢の凄まじい風圧と衝撃音が、洞窟の壁をバシバシと激しく叩き、壁からパラパラと砂と石が崩れ落ちる。
「佑果さんだけは、ぜっっっったいに敵に回したくない……」
麻椰は顔を真っ白にしてガタガタと震えながら、杏奈の身体にしがみついていた。
奥へ進むと、そこには壁に背中を打ち付けられ、すっかり青ざめた『Black Moon』の二人が、佑果の前にへたり込んでいた。
「さぁ白状しなさい。『御神体』はどこにあるの?」
二人は、床の冷たさも忘れて激しく床に額を擦り付けながら、矢継ぎ早に捲し立てた。
「豊田姉妹のところに持っていったんです!! うちら命令されて、生活がかかってたので!!」「そうそう!! 成功しなかったら今月はずっっっっともやし生活だったんで、ここはどうか勘弁してくれないですか!?」
土下座をしてガタガタと身体を震わせる二人を見下ろし、佑果は深くため息をついた。
「その場所は、ここから分かるの?」
「指定された場所に置いてきただけなので、本当に分からないんです!!」
「本当です!! 何にもない場所の突き当りに、看板が立てかけられていただけだったんです!!」
「はぁ、もう分かったわ。いいわよ、あとは自由になさい」
「しゃ、釈放ってことでいいんです……?」
「もう二度と、私の前に姿を現さないことね!!」
「「ひっ!?!?」」
二人は弾かれたように飛び起き、俺たちの横を風のようにすり抜けて、来た道を猛ダッシュで逆走していく。麻椰は唖然としながらその様子を目で追いかけた。
「大丈夫なのかな、あいつら……」
「あれくらい能天気なら、どこに行ってもきっと大丈夫でしょ」
佑果は乱れた髪を乱暴に手で払うと、再び前へと歩き出した。
俺たちは佑果と甘娜の先導で、ようやく洞窟の先に、眩い人工的な光が見える場所へと辿り着いた。
「きっとここね!」
麻椰は疲労で足がパンパンに張っていたにもかかわらず、ようやくゴールを見つけた子供のようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「あらあら、精神年齢までもが幼稚だなんてね」
「う、うるさい!この低能サキュバスビッチ!!」
その言葉に、甘娜の耳がピクリと動いた。
「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど? あとであなたのその可愛い身体から、精気をしっかり搾り取ってあげようかしら?」
口角を怪しく上げて微笑む甘娜の表情には、ゾッとするような冷たい威圧感があった。
「ひっ!!か、勘弁してください…」
麻椰は完全に腰が引け、足をガクガクと震わせながら杏奈の後ろに隠れた。
「さぁ、とっとと『御神体』を取り戻して帰るわよ」
佑果が先んじて光の中へと足を踏み入れる。
「ま、取り返すだけで済むのなら、いいのだけれどねぇっ」
甘娜が、ぽつりと意味深な言葉を口にした。
「それはどういう意味なんだ?」
「どうしてここまで、空気が異常に冷え切っているって思わないのかな、と思って」
甘娜は俺の顔を覗き込んできた。彼女の吐き出す息だけが、妙に白く冷たい。
「洞窟のかなり深いところまで来たからではないのか?」
「それは、見てからのお楽しみってことで~」
甘娜は不敵な笑みを浮かべると、光の向こうへと軽やかに走っていった。
「俺たちも行くぞ」
麻椰と杏奈に声をかけ、俺たちはその開けた場所へと足を踏み入れた。
「何よこれ…」
光の先に広がっていたのは、何かの実験場のように、冷たく鈍い光を放つ鋼鉄の床がびっしりと敷き詰められた巨大な空間だった。
「うーん、まるでこれは闘技場のような…」
麻椰が恐る恐る下を見下ろす。
「にしても、かなり高さがあるじゃない!? ムリムリ!!飛び降りるなんて無理よ!?」
「飛び降りるわよ」
佑果が真っ先に、風を切って飛び降りた。麻椰は高所の恐怖と寒さで膝をガクガクと震わせ、涙目になっている。
「杏奈、麻椰を頼んだぞ」
「は、はいぃ!! 執行者様の頼みなら、喜んで!!!」
杏奈は力強く地面を蹴ると、麻椰を背中にしっかりと背負い、そのまま暗闇の下へと飛び降りた。
「甘娜、頼めるか?」
俺が声をかけると、彼女はこちらに視線を向け、にやりと笑った。
「何でもやってくれるってさっき言ったお話、ちゃんと覚えていてよね?」
「あぁ、この件が終わったら、何でも言うことを聞いてやる」
「それじゃあ、私も頑張らないとね~!」
甘娜は俺の背中に自身の柔らかい胸と身体を隙間なく密着させると、そのまま前方へ身体を押し出した。
「しっかり脇で両腕を挟んでなさい!!」
凄まじい速度で下降していく。強烈な浮遊感で内臓がせり上がるような感覚の中、俺は甘娜の腕を必死に握りしめた。
「うぐぐぐ…重いったらありゃしない!!」
甘娜は細い腕の筋肉を限界まできしませながら、魔力の障壁を足元に展開し、落下の衝撃を相殺した。
一同がようやく鋼鉄の床に着地すると、その広い空間の中央に、ポツンと立つ一つの人影が見えた。
「あんた、ここにある『御神体』はどこにやったの?」
佑果の鋭い声に対し、その影──彩八は、冷たい金属音をギシギシと軋ませながら振り返った。
「あぁ、あのボロい箱に入っていたやつのことか。もう既に沈めたよ」
彩八は親指で、自身の足元を指し示した。
「どういうこと?」
「言葉通りの意味さ。もう跡形もなく消えているだろうがな」
彩八は俺に冷酷な視線を一瞥だけ向けると、再び佑果に向き直った。
「ここに来たということはどういう意味かは、分かっているだろうな?」
彼女が静かにその能力を唱えた。
「『アブソリュート ゼロ』」
──パリパリパリパリパリパリパリパリパリッッッッッッッッ!!!!!
一瞬にして、周囲の鋼鉄の壁や床が、肌が触れれば即座に壊死するほどの極低温の氷で覆い尽くされていく。吸い込む空気が凍りつき、肺が痛い。
「ここは私の…独擅場だっっ!!!」
彩八の足元のギアから火花が散り、キィィィンと耳を劈くような凄まじい回転音が響き渡る。
「気を付けて!! 必ず避けるのよ!!」
「ドラゴンなんだから、火を吐いて氷を溶かせないの!?!?」
「ばかっ!! 飛ぶことは出来ても、その辺の機能は退化してしまったんだから、無茶言わないでっ!!」
悪魔のフレームを纏った彩八が壁を蹴り、弾丸のような速度で佑果の場所に突っ込んできた。地面の氷が簡単に抉れ、水蒸気で霧がかり視界がぼやけてしまう。
「っ!!! なんて無茶苦茶な戦闘をしてくるの!?」
爆発的な氷の蒸気の中から、彩八が突如姿を現す。
「この外骨格はどんな攻撃にも耐えうる…あんたらは袋の鼠だ」
スケートのように滑らかな、だが凶悪な猛突進。彩八は佑果の腹部へ、容赦のないタックルを叩き込んだ。
──ドゴゥォッッッッッッ!!!「クハッッッッッッッッッッッ!!!」
鈍い衝撃音と共に、佑果の口から鮮血が飛び散る。彼女はそのまま床の氷の上を激しく滑り、ぐったりと倒れ込んだ。
「ね、姉さんっっ!!」
「おんどれぇぇええ!!うちをなめんなよぉおお!!!」
麻椰が怒鳴り声を上げると、その身体がミシミシと肉の擦れ合う音を立てて急激に膨れ上がった。
「な、何をして!?」
麻椰の身体が人ではない形へと変化し、巨大な翼を持つドラゴンへと変貌を遂げる。地響きのような低い唸り声を荒げると、その巨大な口から激しい炎を吹き出し、彩八を焼き尽くそうとした。
「…!!!」
彩八は一瞬で展開した分厚い氷の盾で、その猛火を正面からがっちり受け止める。
「大した技だな…だが」
足元のギアを最高速度で回転させ、炎を切り裂きながらドラゴンへと一気に距離を詰める。
「ハッタリは見事だが、それで勝てると思うなよ」
「しまっ!?!?」
彩八が作り出した巨大な氷の剣が、ドラゴンの巨体を深く引き裂いた。ボンッ! と煙を上げて変身が解け、中から生身の麻椰が放り出される。
「う、うわぁあああああ!?」
「堕ちろ」
彩八が片足を鋭く振り上げ、硬質な外骨格の塊のような回し蹴りを麻椰の腹部に叩き込んだ。ドカッッアアアンンンッッッッッ!!!と凄まじい音を立てて、麻椰の身体が氷の壁へと激しく叩きつけられる。
「くっ……杏奈!! 俺がひきつけるから、二人の回復を!!」
俺がそう指示を出した、まさにその瞬間だった。視界が完全に真っ暗になった。一瞬の出来事だった。彩八が音速を超える膝蹴りで、俺の顔面へと肉薄していたのだ。
「遅い」
──ドゴォォーーーーン!!!
強烈な衝撃が脳髄を揺さぶり、壁に激突した勢いで、周囲の氷が粉々に砕け散って背後の壁が露出した。顔に滴るほど冷気の蒸気が立ち込め、周囲が一面真っ白な煙に包まれる。
「執行者様ぁ!!!」
「ふんっ…大したやつだと思っていたが、この程度だとは失望した」
彩八は冷たく言い放つと、興味を失ったように背を向けて歩き出した。
「私を忘れているのではなくって?」
背後から、巨大な氷の塊が彩八に向かって投擲された。
「……?」彩八は振り返りもせず、迫る氷塊を素手でガシッと掴み、握力だけで頭一つ分の大きさのを粉々に砕いた。
「その声は…」
煙が晴れたそこには、倒れた俺の姿ではなかった。肉塊を血で染め、傷だらけになりながらも、俺の前に立ちはだかって庇ってくれた甘娜の姿があった。
「約束したんだからね……ちゃんと、私に『おねだり』をくれるって、約束したんだから……っ」
「ほぅ…あの攻撃を身を挺して受け止めるとは。甘娜、私はお前を見くびっていたようだ」
彩八が再び、地を這うようなスタートダッシュの姿勢をとる。全身の金属フレームがガチガチと鳴動を始めた。
「次からは、容赦しないぞ」
ドーム全体に、肌の細胞が一つ一つ凍りつくような狂気的な殺気が満ちていく。
「甘娜、いけるか?」
「えぇ、お安い御用よっ!!」
俺は甘娜と共に、彩八に向かって限界を超えた速度で突っ込んだ。
「ハッ…命知らずどもが…」
彩八は両拳に巨大な氷の質量を纏わせ、足元のギアの回転数を限界値まで上昇させた。
「生きて帰れると思うなよ」
この一発にかけるしかなかった。俺は甘娜と視線を交わし、彼女が全魔力で展開した肉塊の強固な障壁を盾にして、正面から全力で突き進んだ。
「うぉぉおおおおおおお!!!!」
「うぁああああああああ!!!!」
彩八もまた、正面から迫る肉塊を粉砕せんと、一直線に突っ込んでくる。
「お前たちは終わりだ…『ダブル インパクト!!!』」
彩八の両手から繰り出された、音速を超えた氷の突進が、俺たちの盾を、そして肉体をみるみるうちに凍結させていく。骨がパキパキと凍りつく恐怖の中、俺たちは叫んだ。
「「届──けぇぇえええええ!!!!!」」
ドームの中央で、両者の全力が激突した。凄まじい衝撃波と、視界を完全に遮断する真っ白な氷の蒸気が周囲を包み込む。
「由記!!甘娜!!!」「執行者様ぁ!!!」
麻椰と杏奈がどれだけ声を枯らして叫んでも、爆煙の奥からは何の反応も返ってこなかった。
衝撃波の直撃を受け、俺の右腕は肉を、骨を真っ二つに両断されていた。周囲の鋼鉄の床に飛び散った鮮血が、一瞬でカチカチに凍りついて樹状に連なる惨状が、その一撃の威力を物語っていた。
「あぁ……あぁ……執行者様ぁ!!!!!」
体温が急速に奪われ、全身がガタガタと激しく震える。なんとか、僅かな肉と皮だけで辛うじて繋がっている右腕を、俺はただ見つめることしかできなかった。
「その勇気だけは誉めてやろう…お前たちは無謀だった」
彩八はそう言うと、俺の身体に突き立てていた、氷で覆われた両手を静かに離そうとした。
「…いつ終わったって言った?」
俺は意識が飛びそうになりながらも、わずかに触れていた右手の指先を見逃さなかった。
「…なに?」
「「『『ロード」』『ブラッド』インバーテッド !!!!!』」」
その瞬間、周囲に飛び散り、凍りついていた俺の血が、生き物のように一斉に逆流を始めた。彼女の身体に触れた指先から、猛烈な勢いで彩八のエネルギーを吸い取っていく。
「こ、これは…貴様っっっ!!!!」
彩八の顔が、初めて驚愕と恐怖に歪んだ。ドクドクと熱い脈動が全身を駆け巡る。俺の引きちぎれかけていた右腕の肉が、骨が、凄まじい熱を持って一瞬で再生し、結合していく。それと同時に、倒れていた佑果と麻椰の身体にも活力が戻り、右半身を凍結されかけていた甘娜の身体も、優しく包み込むような熱によって解放されていった。
「よくやったわ、由記。おかげで助かったわ」
佑果は立ち上がり、俺を見て誇らしげに、そして嬉しそうに微笑んだ。
「うぅ……どうなることかと思いましたよぉ……! 腕は大丈夫なの!? 怪我は!?」
麻椰は涙目で駆け寄ると、俺の再生したばかりの腕に思い切り抱きついてきた。
「みなさん……無事で、本当によかったです……」
杏奈もほっと胸をなでおろした。




