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Echo 21 『 天獄胎動 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 33 / 34



 

 ——— その頃 富士山洞窟


 ひんやりとした湿気(しっけ)が立ち込める洞窟の中を、俺たちはなおも進んでいった。

「ま、まだなの? 寒さで耳の感覚がなくなってきたんだけど……」


「少し静かにして!!」

 佑果(ゆうか)が後ろを振り返り、麻椰(まや)の口をその冷たい手で素早くふさいだ。耳を()ますと、奥の方から反響する、人間の言い争うような声が聞こえてきた。


「もう、あんたのせいで迷子になったじゃない!? 寒くて死にそうよ!」

「私のせいじゃないでしょ!? 大体あんたが先に走って、転がってた人骨に(おび)えて大騒ぎして逃げたりするからでしょ!!」


 なんだか聞き覚えのある声だ。


「あんの~泥棒(どろぼう)猫ども……ここにいたのね!!!」

 佑果(ゆうか)の額に青筋が浮かぶ。彼女は細い腕をまくり上げると、大気をビリビリと怒気(どき)(ふる)わせながら、もの(すご)い勢いで奥へと進んで行った。


「姉さん!? あ、あの、待ってください!!」

 杏奈(あんな)の声は届かなかった。直後、洞窟の奥から響いたのは、地を()うような怒声(どせい)だった。


「あんたたちの盗んだものを、今すぐ返しなさいっ!!!」

 ──ヒュオッッッッッ!!ドゥオオオオオオオオオオオオンンン!!!!


 二人の短い悲鳴と同時に、佑果(ゆうか)が放った風を切る矢の(すさ)まじい風圧と衝撃音が、洞窟の壁をバシバシと激しく叩き、壁からパラパラと砂と石が崩れ落ちる。


佑果(ゆうか)さんだけは、ぜっっっったいに敵に回したくない……」

 麻椰(まや)は顔を真っ白にしてガタガタと震えながら、杏奈(あんな)の身体にしがみついていた。


 奥へ進むと、そこには壁に背中を打ち付けられ、すっかり青ざめた『Black Moon』の二人が、佑果(ゆうか)の前にへたり込んでいた。


「さぁ白状しなさい。『御神体(ごしんたい)』はどこにあるの?」

 二人は、床の冷たさも忘れて激しく床に(ひたい)(こす)り付けながら、矢継(やつ)ぎ早に(まく)し立てた。


豊田(とよた)姉妹のところに持っていったんです!! うちら命令されて、生活がかかってたので!!」「そうそう!! 成功しなかったら今月はずっっっっともやし生活だったんで、ここはどうか勘弁(かんべん)してくれないですか!?」

 土下座をしてガタガタと身体を震わせる二人を見下ろし、佑果(ゆうか)は深くため息をついた。


「その場所は、ここから分かるの?」


「指定された場所に置いてきただけなので、本当に分からないんです!!」

「本当です!! 何にもない場所の突き当りに、看板(かんばん)が立てかけられていただけだったんです!!」


「はぁ、もう分かったわ。いいわよ、あとは自由になさい」


「しゃ、釈放(しゃくほう)ってことでいいんです……?」

「もう二度と、私の前に姿を(あらわ)さないことね!!」


「「ひっ!?!?」」


 二人は(はじ)かれたように飛び起き、俺たちの横を風のようにすり抜けて、来た道を(もう)ダッシュで逆走していく。麻椰(まや)唖然(あぜん)としながらその様子を目で追いかけた。


「大丈夫なのかな、あいつら……」


「あれくらい能天気なら、どこに行ってもきっと大丈夫でしょ」

 佑果(ゆうか)は乱れた(かみ)を乱暴に手で払うと、再び前へと歩き出した。






 俺たちは佑果(ゆうか)甘娜(かんな)の先導で、ようやく洞窟の先に、(まばゆ)い人工的な光が見える場所へと辿(たど)り着いた。


「きっとここね!」

 麻椰(まや)は疲労で足がパンパンに張っていたにもかかわらず、ようやくゴールを見つけた子供のようにその場でぴょんぴょんと飛び()ねた。


「あらあら、精神年齢までもが幼稚(ようち)だなんてね」


「う、うるさい!この低能サキュバスビッチ!!」


 その言葉に、甘娜(かんな)の耳がピクリと動いた。


「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど? あとであなたのその可愛い身体から、精気をしっかり(しぼ)り取ってあげようかしら?」

 口角を(あや)しく上げて微笑(ほほえ)甘娜(かんな)の表情には、ゾッとするような(つめ)たい威圧感(いあつかん)があった。


「ひっ!!か、勘弁(かんべん)してください…」

 麻椰(まや)は完全に腰が引け、足をガクガクと震わせながら杏奈(あんな)の後ろに隠れた。


「さぁ、とっとと『御神体(ごしんたい)』を取り戻して帰るわよ」

 佑果(ゆうか)が先んじて光の中へと足を踏み入れる。


「ま、取り返すだけで済むのなら、いいのだけれどねぇっ」

 甘娜(かんな)が、ぽつりと意味深な言葉を口にした。


「それはどういう意味なんだ?」


「どうしてここまで、空気が異常に冷え切っているって思わないのかな、と思って」

 甘娜(かんな)は俺の顔を(のぞ)き込んできた。彼女の吐き出す息だけが、妙に白く冷たい。


「洞窟のかなり深いところまで来たからではないのか?」


「それは、見てからのお楽しみってことで~」

 甘娜(かんな)不敵(ふてき)な笑みを浮かべると、光の向こうへと軽やかに走っていった。


「俺たちも行くぞ」

 麻椰(まや)杏奈(あんな)に声をかけ、俺たちはその開けた場所へと足を踏み入れた。






「何よこれ…」

 光の先に広がっていたのは、何かの実験場のように、冷たく(にぶ)い光を放つ鋼鉄(こうてつ)の床がびっしりと敷き詰められた巨大な空間だった。


「うーん、まるでこれは闘技場(とうぎじょう)のような…」

 麻椰(まや)が恐る恐る下を見下ろす。


「にしても、かなり高さがあるじゃない!? ムリムリ!!飛び降りるなんて無理よ!?」


「飛び降りるわよ」

 佑果(ゆうか)が真っ先に、風を切って飛び降りた。麻椰(まや)は高所の恐怖と寒さで(ひざ)をガクガクと震わせ、涙目になっている。


杏奈(あんな)麻椰(まや)を頼んだぞ」


「は、はいぃ!! 執行者様の頼みなら、喜んで!!!」

 杏奈(あんな)は力強く地面を蹴ると、麻椰(まや)を背中にしっかりと背負い、そのまま暗闇の下へと飛び降りた。


甘娜(かんな)、頼めるか?」

 俺が声をかけると、彼女はこちらに視線を向け、にやりと笑った。


「何でもやってくれるってさっき言ったお話、ちゃんと覚えていてよね?」


「あぁ、この件が終わったら、何でも言うことを聞いてやる」


「それじゃあ、私も頑張らないとね~!」

 甘娜(かんな)は俺の背中に自身の柔らかい胸と身体を隙間(すきま)なく密着(みっちゃく)させると、そのまま前方へ身体を押し出した。


「しっかり脇で両腕を(はさ)んでなさい!!」

 (すさ)まじい速度で下降していく。強烈な浮遊感で内臓がせり上がるような感覚の中、俺は甘娜(かんな)の腕を必死に(にぎ)りしめた。


「うぐぐぐ…重いったらありゃしない!!」

 甘娜(かんな)は細い腕の筋肉を限界まできしませながら、魔力の障壁を足元に展開し、落下の衝撃を相殺(そうさい)した。




 一同がようやく鋼鉄(こうてつ)の床に着地すると、その広い空間の中央に、ポツンと立つ一つの人影が見えた。


「あんた、ここにある『御神体(ごしんたい)』はどこにやったの?」

 佑果(ゆうか)(するど)い声に対し、その影──彩八(あや)は、冷たい金属音をギシギシと(きし)ませながら振り返った。


「あぁ、あのボロい箱に入っていたやつのことか。もう既に沈めたよ」

 彩八(あや)は親指で、自身の足元を指し示した。


「どういうこと?」


「言葉通りの意味さ。もう跡形(あとかた)もなく消えているだろうがな」

 彩八(あや)は俺に冷酷(れいこく)な視線を一瞥(いちべつ)だけ向けると、再び佑果(ゆうか)に向き直った。


「ここに来たということはどういう意味かは、()()()()()()()()()()?」

 彼女が静かにその能力を唱えた。




「『アブソリュート(Absolute) ゼロ(Zero)』」




 ──パリパリパリパリパリパリパリパリパリッッッッッッッッ!!!!!

 一瞬にして、周囲の鋼鉄(こうてつ)の壁や床が、肌が触れれば即座に壊死(えし)するほどの極低温の氷で(おお)()くされていく。吸い込む空気が(こお)りつき、肺が痛い。


「ここは私の…独擅場(どくせんじょう)だっっ!!!」


 彩八(あや)の足元のギアから火花が散り、キィィィンと耳を(つんざ)くような(すさ)まじい回転音が響き渡る。


「気を付けて!! 必ず避けるのよ!!」


「ドラゴンなんだから、火を吐いて氷を溶かせないの!?!?」


「ばかっ!! 飛ぶことは出来ても、その(へん)の機能は退化してしまったんだから、無茶言わないでっ!!」


 悪魔のフレームを(まと)った彩八(あや)が壁を()り、弾丸のような速度で佑果(ゆうか)の場所に突っ込んできた。地面の氷が簡単に(えぐ)れ、水蒸気で(きり)がかり視界がぼやけてしまう。


「っ!!! なんて無茶苦茶な戦闘をしてくるの!?」


 爆発的な氷の蒸気の中から、彩八(あや)突如(とつじょ)姿を現す。

「この外骨格はどんな攻撃にも耐えうる…あんたらは袋の(ねずみ)だ」


 スケートのように(なめ)らかな、だが凶悪な猛突進。彩八(あや)佑果(ゆうか)の腹部へ、容赦(ようしゃ)のないタックルを叩き込んだ。


 ──ドゴゥォッッッッッッ!!!「クハッッッッッッッッッッッ!!!」



 (にぶ)い衝撃音と共に、佑果(ゆうか)の口から鮮血(せんけつ)が飛び散る。彼女はそのまま床の氷の上を激しく(すべ)り、ぐったりと倒れ込んだ。


「ね、姉さんっっ!!」

「おんどれぇぇええ!!うちをなめんなよぉおお!!!」

 麻椰(まや)怒鳴(どな)り声を上げると、その身体がミシミシと肉の(こす)れ合う音を立てて急激(きゅうげき)(ふく)れ上がった。


「な、何をして!?」


 麻椰(まや)の身体が人ではない形へと変化し、巨大な翼を持つドラゴンへと変貌(へんぼう)()げる。地響きのような低い(うな)り声を荒げると、その巨大な口から激しい炎を吹き出し、彩八(あや)を焼き尽くそうとした。


「…!!!」

 彩八(あや)は一瞬で展開した分厚い氷の盾で、その猛火を正面からがっちり受け止める。


「大した技だな…だが」

 足元のギアを最高速度で回転させ、炎を切り裂きながらドラゴンへと一気に距離を詰める。


「ハッタリは見事だが、それで勝てると思うなよ」


「しまっ!?!?」

 彩八(あや)が作り出した巨大な氷の剣が、ドラゴンの巨体を深く引き裂いた。ボンッ! と煙を上げて変身が()け、中から生身(なまみ)麻椰(まや)が放り出される。


「う、うわぁあああああ!?」


「堕ちろ」

 彩八(あや)が片足を鋭く振り上げ、硬質な外骨格の(かたまり)のような回し()りを麻椰(まや)の腹部に叩き込んだ。ドカッッアアアンンンッッッッッ!!!と凄まじい音を立てて、麻椰(まや)の身体が氷の壁へと激しく叩きつけられる。


「くっ……杏奈(あんな)!! 俺がひきつけるから、二人の回復を!!」

 俺がそう指示を出した、まさにその瞬間だった。視界が完全に真っ暗になった。一瞬の出来事だった。彩八(あや)が音速を()える(ひざ)()りで、俺の顔面へと肉薄(にくはく)していたのだ。



「遅い」



 ──ドゴォォーーーーン!!!

 強烈な衝撃が脳髄(のうずい)を揺さぶり、壁に激突(げきとつ)した勢いで、周囲の氷が粉々(こなごな)(くだ)け散って背後の壁が露出(ろしゅつ)した。顔に(したた)るほど冷気の蒸気が立ち込め、周囲が一面真っ白な煙に包まれる。


「執行者様ぁ!!!」


「ふんっ…大したやつだと思っていたが、この程度だとは失望した」

 彩八(あや)は冷たく言い放つと、興味を失ったように背を向けて歩き出した。




「私を忘れているのではなくって?」




 背後から、巨大な氷の(かたまり)彩八(あや)に向かって投擲(とうてき)された。

「……?」彩八(あや)は振り返りもせず、迫る氷塊(ひょうかい)素手(すで)でガシッと(つか)み、握力だけで頭一つ分の大きさのを粉々(こなごな)(くだ)いた。


「その声は…」

 煙が晴れたそこには、倒れた俺の姿ではなかった。肉塊(にくかい)を血で染め、傷だらけになりながらも、俺の前に立ちはだかって(かば)ってくれた甘娜(かんな)の姿があった。


「約束したんだからね……ちゃんと、私に『おねだり』をくれるって、約束したんだから……っ」


「ほぅ…あの攻撃を身を(てい)して受け止めるとは。甘娜(かんな)、私はお前を見くびっていたようだ」

 彩八(あや)が再び、地を()うようなスタートダッシュの姿勢をとる。全身の金属フレームがガチガチと鳴動(めいどう)を始めた。



「次からは、容赦(ようしゃ)しないぞ」



 ドーム全体に、肌の細胞が一つ一つ(こお)りつくような狂気的な殺気(さっき)が満ちていく。


甘娜(かんな)、いけるか?」

「えぇ、お安い御用(ごよう)よっ!!」


 俺は甘娜(かんな)と共に、彩八(あや)に向かって限界を超えた速度で突っ込んだ。


「ハッ…命知らずどもが…」

 彩八(あや)は両拳に巨大な氷の質量を(まと)わせ、足元のギアの回転数を限界値まで上昇させた。


「生きて帰れると思うなよ」


 この一発にかけるしかなかった。俺は甘娜(かんな)と視線を()わし、彼女が全魔力で展開した肉塊(にくかい)強固(きょうこ)障壁(しょうへき)(たて)にして、正面から全力で突き進んだ。


「うぉぉおおおおおおお!!!!」

「うぁああああああああ!!!!」



 彩八(あや)もまた、正面から迫る肉塊(にくかい)粉砕(ふんさい)せんと、一直線に突っ込んでくる。

「お前たちは終わりだ…『ダブル インパクト!!!』」



 彩八(あや)の両手から繰り出された、音速を超えた氷の突進が、俺たちの盾を、そして肉体をみるみるうちに凍結(とうけつ)させていく。骨がパキパキと(こお)りつく恐怖の中、俺たちは叫んだ。




「「届──けぇぇえええええ!!!!!」」






 ドームの中央で、両者の全力が激突(げきとつ)した。(すさ)まじい衝撃波と、視界を完全に遮断(しゃだん)する真っ白な氷の蒸気が周囲を包み込む。


由記(ゆうき)!!甘娜(かんな)!!!」「執行者様ぁ!!!」

 麻椰(まや)杏奈(あんな)がどれだけ声を()らして(さけ)んでも、爆煙(ばくえん)の奥からは何の反応も返ってこなかった。






 衝撃(しょうげき)()の直撃を受け、俺の右腕は肉を、骨を真っ二つに両断されていた。周囲の鋼鉄(こうてつ)の床に飛び散った鮮血(せんけつ)が、一瞬でカチカチに凍りついて樹状(じゅじょう)(つら)なる惨状(さんじょう)が、その一撃の威力を物語っていた。


「あぁ……あぁ……執行者様ぁ!!!!!」


 体温が急速に(うば)われ、全身がガタガタと激しく震える。なんとか、(わず)かな肉と皮だけで(かろ)うじて(つな)がっている右腕を、俺はただ見つめることしかできなかった。



「その勇気だけは()めてやろう…お前たちは無謀(むぼう)だった」

 彩八(あや)はそう言うと、俺の身体に突き立てていた、氷で(おお)われた両手を静かに離そうとした。



「…いつ終わったって言った?」

 俺は意識が飛びそうになりながらも、わずかに触れていた右手の指先を見逃さなかった。


「…なに?」

「「『『ロード(Lord)」』『ブラッド(Blood)インバーテッド(Inverted) !!!!!』」」


 その瞬間、周囲に飛び散り、凍りついていた俺の血が、生き物のように一斉(いっせい)に逆流を始めた。彼女の身体に触れた指先から、猛烈(もうれつ)な勢いで彩八(あや)のエネルギーを吸い取っていく。


「こ、これは…貴様(きさま)っっっ!!!!」


 彩八(あや)の顔が、初めて驚愕(きょうがく)と恐怖に(ゆが)んだ。ドクドクと熱い脈動が全身を駆け巡る。俺の引きちぎれかけていた右腕の肉が、骨が、凄まじい熱を持って一瞬で再生し、結合していく。それと同時に、倒れていた佑果(ゆうか)麻椰(まや)の身体にも活力が戻り、右半身を凍結されかけていた甘娜(かんな)の身体も、優しく包み込むような熱によって解放(かいほう)されていった。


「よくやったわ、由記(ゆうき)。おかげで助かったわ」

 佑果(ゆうか)は立ち上がり、俺を見て(ほこ)らしげに、そして(うれ)しそうに微笑(ほほえ)んだ。


「うぅ……どうなることかと思いましたよぉ……! 腕は大丈夫なの!? 怪我は!?」

 麻椰(まや)は涙目で駆け寄ると、俺の再生したばかりの腕に思い切り抱きついてきた。


「みなさん……無事で、本当によかったです……」

 杏奈(あんな)もほっと胸をなでおろした。


挿絵(By みてみん)

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