Echo 20 『 氷上のバレエダンス 』
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対応番号 : 31 / 32
——— その頃の明雲神社 綾華視点
あの怪物の背中から、先ほどの禍々しい鉄羽が再び生え揃うまでには、まだ少し時間がかかりそうだ。
「私たちが隙を突く、弥来は未夏を援護しろ!」
「分かった!」
乃豊の異能によって、体中の血流がドクドクと沸き立ち、底知れぬ力が四肢に満ちていく。私たちはその全力を、目の前の怪物へとぶつけていった。
「|三連続巨大火炎玉《fire fire fire》をくらいなさーい!!!」
ゴオォォッ! と肌をジリジリと焦がす圧倒的な熱風を巻き起こし、巨大な炎の球が怪物の巨体を捉えた。先ほどとは打って変わって、確実に手応えがある。
「よし、今だ!!未夏!!」
未夏は乃豊の『ワードスペル』を全身に浴び、ビリビリとした魔力の波動に髪を揺らしながら、自身の能力を叫んだ。
『スペル ブレイカー!!!』
──キィンッッッ!
鼓膜の奥を鋭く刺すような高音と共に、視界を真っ白に染める閃光が境内に炸裂した。怪物は狼狽え、自身が受けているダメージに体力が削られるように、硬質な巨体をギチギチと軋ませて悶え苦しんでいる。
「効果覿面だ!!全員、全力を尽くせ!!」
苦し紛れに放たれた怪物の反撃が未夏へと向かう。すかさず弥来が飛び出し、金属が激しくぶつかり合う重い衝撃を両腕で受け止め、それを力任せに押し返した。
「なめんじゃないわよーーーーー!!!」
『 ディバイド ゲルク』
『 フェイタル デストロイ』
幾重にも重なる刃の嵐。怪物は激痛でのたうち回り、そのペストマスクの照準を、後方で支援する乃豊へと定めた。
「うわっ、やっべっっっ!!」
乃豊が叫んだ瞬間、彼女のいた崖に向かって怪物の凶悪な光線が解き放たれた。
ズゴォォォオオオオオン! と大気を激しく震わせ、崖が土砂崩れを起こす。
「乃豊!!!」
「…!!ありがとう乃豊ちゃん!!」
乃豊が身を挺して作った一瞬の隙。弥来の剣が頭上に掲げられ、その刃に眩いばかりの光が集束していく。周囲の空気が強烈な圧力で引き絞られるのが肌に伝わってきた。
「うちの必殺技をくらいなぁ!!『エクス、カリバーーーーー!!!!!!』」
空をもつんざく光の柱が、鼓膜を切り裂くような轟音を立てて怪物に襲い掛かった。濁流のような光に飲み込まれた怪物は、巨体を自身の黒翼で支えるのがやっとという、完全に瀕死の状態へと追い込まれていた。
「ふぅ…これでとどめだ!!!」
私は、握る手のひらがじりじりと熱くなるほどに燃え滾る刃を強く構え、その怪物に向かって一気に突進した。
「うぉおおおおおおおお!!!!!」
──ヒュッ。
手応えはなかった。空を斬る冷たい風の音だけが道場跡に虚しく響く。怪物は最後に不敵な笑みを見せると、ねっとりとした液体のように地面に広がる闇の中へと沈み、蒸発する煙のように消え去っていた。
「ひ、卑怯者!!!」
弥来が悔しさに足の裏を激しく地面に叩きつけ、地団駄を踏む。素榛も奥歯を噛み締め、悔しげな表情を浮かべた。
「惜しかったですね…」
「うぅ…乃豊ちゃん…私頑張ったよね…?空の上から見てくれてるのかな?」
弥来がボロボロと大粒の涙を流しながら呟く。華緋はそんな弥来の震える肩にそっと手を置き、優しく慰めた。
「大丈夫ですよ…きっと頑張ってくれたと思っていますよ」
「死んだことにするなぁ!!」
後ろから響いた大きな声。振り返ると、泥と煤に汚れ、痛々しく足を引きずりながら歩いてくる乃豊の姿があった。
「わぁ!!生きてたぁ!!良かったよぉ…」
弥来が勢いよく飛びつき、その身体をきつく抱きしめる。
「い、今はそんなに抱きしめないで…うっぐる"じい"…」
「今回は引き分けということか…私らしくないな。剣聖にはまだまだ先ということか」
綾華は張り詰めていた全身の筋肉をようやく緩め、乾ききった地面の上に泥まみれのままドサリと座り込んだ。
「と、とりあえず難を逃れったことで良いんすよね?」
陽大は、まだ恐怖で指先を少し震わせながら、不安そうに周囲を見回した。
「あぁ、今のところは大丈夫だ」
私はそう言うと、肺いっぱいに冷たい空気を吸い込み、大きく息を吐き出して空を見上げた。
しかし、私はあの怪物が最後に浮かべた不敵な笑みの本当の意味を、その時までは理解していなかった。昼間であるにもかかわらず、そこには禍々しく波打つ緑と紫のカーテン ── オーロラが空を覆い尽くしていたのだ。
「なんだこれは…」
「あなたたち、すぐに避難するわよ!!」
聞き慣れた早七の声が境内に響き渡る。
「弥来さん、未夏さん、陽大さんは私の車に乗ってください!!」
晶子が声を張り上げ、驚く一同を次々と車内へ誘導していく。
「な、なにが起きているの?」
乃豊が早七の車に乗り込もうとした時、その隣には、恐怖のあまり膝をガクガクと激しく震わせている彩福の姿があった。
「急いでください。詳しい事情は後でお話します」
車内にはすでに大量の非常食や水が詰め込まれており、密閉された空間を包む独特の緊張感から、事の重大さがヒシヒシと肌に伝わってきた。
「実李!!いたんだね!!」
晶子の車の後部座席には、弥来の妹の姿もあった。
「学園に避難していたけど、もうじきここも危ないからって言われて…」
私は、ガタガタと小刻みに震える綺栞と、怪我を負って身体を強張らせている父上の隣に滑り込んだ。
「早七の車がこんなに大きくて助かったよ」
「えぇ…晶子ちゃんのハイエースもあって助かったわ」
運転席と助手席に素榛と華緋が滑り込み、ドアが重い音を立てて閉まる。一同を乗せた車は、半壊した明雲神社から砂煙を上げ、一斉に発進した。
「お兄ちゃん……無事だといいけれど」
未夏は不安そうに、冷たい窓ガラスに額を押し付けるようにして、空に妖しく光を放つオーロラを見つめていた。
——— その頃富士山中腹部の洞窟 由記視点
中に入る前はマグマの煮えたぎるような猛烈な熱さを想像していたが、その予想に反して、洞窟内はひんやりとした冷気が肌を刺すほど涼しかった。
「うぅ…ちょっと寒くない?へくしっ!!」
麻椰は鳥肌の立った自分の両腕をさすりながら、小さく身を震わせている。
「こんなに寒いとは思わなかったですね…」
杏奈は涼しげな、さらりとした肌のままそう言った。
「てかなんだあんたたちはそんなに平気なの?」
「私は龍巫女だから、これくらい当たり前よ」
「わ、私も…あはは…」
「じゃ、じゃあなんで由記は大丈夫なのよ!?」
「えっとまぁそれは…」
言えない。先ほど麻椰から突っ込まれた反発からか、甘娜がこれでもかと俺の右腕に自分の柔らかい身体をべったりと密着させているからだ。密着した部分から、彼女の熱がじんわりと伝わってきて、むしろ少し暑いくらいだった。
「甘娜、その…歩きずらいから離れてもらってもいいか?」
「うーん…どうしよっかなぁ?さっきみたいに不意打ちされるのも嫌だしぃ?」
甘娜はわざとらしく後ろを振り返ると、寒さに震える麻椰に向かってべーっと舌を出した。
「こ、このぉ!!メスガキビッチ!!!」
「あら?ご主人を盗られてキャンキャン鳴く負け犬には、言われたくないですねぇ?」
「うぅ…杏奈ちゃん助けて…」
「えっと…私でよければなんなりと…」
麻椰が泣きついて杏奈に抱きつくと、衣服越しに湯たんぽのような杏奈の温もりが伝わったようで、麻椰はふにゃりと表情を緩めた。
「あはぁ…温かい…」
「それにしてもおかしいわね…普通はこんなに冷えることは無いと思うのだけれど」
「それはどうしてなんだ?」
俺は前を歩く佑果に疑問を投げかけた。
「昔は確かに観光名所として1年を通して3°で氷柱が出来るほどだったのだけれど、噴火に伴うマグマ溜まりが流れこんで、一度閉鎖されたはずなのよ」
「それってつまり、マグマが近くにあるなら、普通は周囲の温度が上がるはずってことか?」
「そう。ここに来るまでの斜面、山肌から噴き出す熱気でかなり蒸し暑かったでしょ?」
確かに、外の斜面を下っている時は雪などひとかけらも見なかった。
「昔の富士山は雪が残っている時期もあったからな…」
「温暖と寒冷の周期が昔ほど当てにならなくなって、夏でも雪が残っている時期があったのよ。でもまた噴火の予兆が出始めてからは見なくなった。それなのに、この洞窟の内部だけが異常に冷え切っている……」
佑果は立ち止まり、ゾクっとした緊張を孕んだ真剣な目で俺を見つめた。
「この奥には、私たちの知らない『何か』があるのかもしれないわ」
薄暗い洞窟の奥へと進んでいくと、突如として目の前が行き止まりになった。
「えっと…ここって」
「またお得意の透明な扉なの?」
麻椰が寒さで少し紫がかった唇をとがらせて文句を言う。
「うーんと…ここは…」
甘娜がひんやりとした岩肌に手のひらを滑らせ、何かを探し始める。
「また当てずっぽう?」
「そこの犬、少し黙ってて」
「うぅ…乙女心が傷付いちゃったよ…杏奈ちゃん慰めてよ…」
「えっと…よしよし、大丈夫ですよ~」
甘娜が何度か周囲の空間を指先でなぞるように探ると、そこには肉眼では見えない、だが触れると確かに存在する冷たく透き通った壁が二つ、並んでいるのが確認できた。
「うーん、どっちだったかなぁ?」
「また嵌めようとしているんじゃないでしょうね?」
麻椰がさらに食ってかかると、ついにしびれを切らした甘娜が、射すような冷たい視線で麻椰を睨みつけた。
「案内してやってるんだから、怖いならさっさと逃げたら?」
「こ、怖くないに決まってんじゃん!!」
「へぇ、あんなに真っ暗で凍えそうな洞窟を、たった一人で帰れるんだ?」
「…着いて行きます」
麻椰は完全に観念したように小さく縮こまり、甘娜をぷいっと睨みつけてそっぽを向いた。
「甘娜、本当にどっちか覚えてないか?」
「うーん……私、記憶力にはあまり自信がないから、その時の雰囲気とか感覚でしか覚えてないんだよねぇ」
すると、佑果がその二つの見えない壁の前に立ち、そっと両手のひらをかざした。
「多分、こっちよ」
「どうして分かるんだ?」
「こっちの壁からだけ、微かに肌を刺すような、異常な冷気が伝わってくるの。今の状況を考えると、答えはこっちしかないわ」
佑果は躊躇うことなく、そのすり抜ける壁の向こうへと身体を沈めていった。
「ま、待ってってばぁ!!」
「姉さんも行ったことですし、私たちも行きましょうか...」
俺の右腕にさらにぎゅっと身体を押し付けてくる甘娜の柔らかさを感じながら、俺たちは迷路のように入り組んだ、足元から冷えが這い上がってくる洞窟をひたすら進んで行った。
——— その頃、富士山内部
「あの二人、ほんっとうにおっそいの、今頃ようやく『御神体』を持ってくるだなんて」
彼女は隣に立つ彩八に向かって退屈そうに愚痴をこぼしていた。
「章乃姉さん、それでも実験は順調だから安心して」
「そう?それならいいけど」
章乃は冷たい金属製の『精霊』デバイスを指先で弄びながら、彩八に話題を振った。
「そういえば、生徒会長から送られてきた情報、あなたも見た?」
「えぇ…私たちが除籍になったって話でしょ?」
「まぁ、今更あの場所に未練なんてないし、どうでもいいんだけどね」
章乃はそう言うと、ふっと彩八の顔を覗き込んだ。
「何が言いたいの?姉さん」
「添付されていたファイル、気にならなかった? さっきから暇でしょうがなかったから、暇つぶしに解析して読んでいたんだけど」
「それで、何か面白い話でもあったの?」
「ええ。私たちは『壊れた神の教会』に属しているけれど、そのさらに上の指揮系統は、すべて『バベルの塔』が握っていたわ」
彩八は表情を変えず、静かに章乃の言葉に耳を澄ませていた。周囲の機械が発する駆動音が、微動で床を震わせている。
「けど、ファイル内の動画に映っていた姿……これを見て」
章乃が画面を差し出し、彩八に見せた。
「これは…男の人?」
「そうよ、あの一榎の車に同乗していた、あの男」
「……あの裏切り者と、その協力者なら、私の手で潰すまで」
彩八の周囲の大気が一瞬にして凍りつき、足元の火山灰がピシ、と微かな音を立てて爆ぜる音が何度か聞こえた。その瞳には一切の光が灯っていない。
「彩八、あなたの忠誠心が凄く強いのは理解しているわ。ただ、これはお姉ちゃんからの頼みだと思って聞いて」
章乃は妹に向き合うと、その冷たい金属の手を優しく握り、真剣な表情で語りかけた。
「もし私たちの力の源が…あの男に繋がっているとしたら?」
その言葉を聞いた瞬間、彩八の顔を覆う悪魔のようなマスクの奥で、ほんの少しだけ動揺したように、その身体が強張ったのを章乃は見逃さなかった。
「…それでも私の主人である『ゲマトレイル』の意志に従うだけ」
「そう…あなたがそう言うなら、仕方ないわね」
章乃はどこか寂しげに微笑むと、颯爽とその場を去ろうとした。
「姉さん」
「なぁに?」
「…後のことは、頼んだ」
「分かったわ」
それが、姉妹としての最後の別れになると本能で悟ったかのように、二人は静かに視線を交わし、章乃は足音を響かせて離れていった。




