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Echo 20 『 氷上のバレエダンス 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 31 / 32




 ——— その頃の明雲(めいうん)神社 綾華(あやか)視点


 あの怪物の背中から、先ほどの禍々(まがまが)しい鉄羽(てつは)が再び()(そろ)うまでには、まだ少し時間がかかりそうだ。


「私たちが(すき)()く、弥来(みく)未夏(みか)援護(えんご)しろ!」


「分かった!」

 乃豊(のとよ)異能(いのう)によって、体中の血流がドクドクと()き立ち、底知れぬ力が四肢(しし)に満ちていく。私たちはその全力を、目の前の怪物へとぶつけていった。


「|三連続巨大火炎玉《fire fire fire》をくらいなさーい!!!」

 ゴオォォッ! と肌をジリジリと()がす圧倒的な熱風(ねっぷう)を巻き起こし、巨大な炎の(たま)が怪物の巨体を(とら)えた。先ほどとは打って変わって、確実に手応(てごた)えがある。


「よし、今だ!!未夏(みか)!!」


 未夏(みか)乃豊(のとよ)の『ワードスペル(Word Spell)』を全身に()び、ビリビリとした魔力の波動に(かみ)を揺らしながら、自身の能力を(さけ)んだ。

スペル(Spell) ブレイカー(Breaker)!!!』


 ──キィンッッッ!

 鼓膜(こまく)の奥を(するど)く刺すような高音と共に、視界を真っ白に染める閃光が境内(けいだい)炸裂(さくれつ)した。怪物は狼狽(うろた)え、自身が受けているダメージに体力が(けず)られるように、硬質(こうしつ)な巨体をギチギチと(きし)ませて(もだ)え苦しんでいる。


「効果覿面(てきめん)だ!!全員、全力を尽くせ!!」

 苦し(まぎ)れに放たれた怪物の反撃が未夏(みか)へと向かう。すかさず弥来(みく)が飛び出し、金属が(はげ)しくぶつかり合う重い衝撃を両腕で受け止め、それを力任せに押し返した。

「なめんじゃないわよーーーーー!!!」


ディバイド(Divide) ゲルク(Dgelugsp)

フェイタル(Fatal) デストロイ(Destroy)


 幾重(いくえ)にも(かさ)なる(やいば)の嵐。怪物は激痛(げきつう)でのたうち回り、そのペストマスクの照準を、後方で支援する乃豊(のとよ)へと(さだ)めた。


「うわっ、やっべっっっ!!」

 乃豊(のとよ)(さけ)んだ瞬間、彼女のいた崖に向かって怪物の凶悪な光線が()き放たれた。

 ズゴォォォオオオオオン! と大気を(はげ)しく(ふる)わせ、崖が土砂(どしゃ)(くず)れを起こす。


乃豊(のとよ)!!!」


「…!!ありがとう乃豊(のとよ)ちゃん!!」

 乃豊(のとよ)が身を(てい)して作った一瞬の(すき)弥来(みく)の剣が頭上(ずじょう)(かか)げられ、その(やいば)(まばゆ)いばかりの光が集束していく。周囲の空気が強烈な圧力で引き絞られるのが肌に伝わってきた。


「うちの必殺技をくらいなぁ!!『エクス、カリバーーーーー!!!!!!』」

 空をもつんざく光の柱が、鼓膜(こまく)を切り裂くような轟音(ごうおん)を立てて怪物に(おそ)い掛かった。濁流(だくりゅう)のような光に飲み込まれた怪物は、巨体を自身の黒翼(こくよく)で支えるのがやっとという、完全に瀕死(ひんし)の状態へと追い込まれていた。


「ふぅ…これでとどめだ!!!」

 私は、握る手のひらがじりじりと熱くなるほどに燃え(たぎ)る刃を強く構え、その怪物に向かって一気に突進した。


「うぉおおおおおおおお!!!!!」






 ──ヒュッ。


 手応えはなかった。空を()る冷たい風の音だけが道場跡に(むな)しく響く。怪物は最後に不敵な笑みを見せると、ねっとりとした液体のように地面に広がる闇の中へと沈み、蒸発する煙のように消え去っていた。


「ひ、卑怯者!!!」

 弥来(みく)(くや)しさに足の裏を激しく地面に叩きつけ、地団駄(じたんだ)を踏む。素榛(すばる)も奥歯を噛み締め、悔しげな表情を浮かべた。


「惜しかったですね…」


「うぅ…乃豊(のとよ)ちゃん…私頑張ったよね…?空の上から見てくれてるのかな?」

 弥来(みく)がボロボロと大粒の涙を流しながら呟く。華緋(はるひ)はそんな弥来(みく)(ふる)える肩にそっと手を置き、優しく(なぐさ)めた。

「大丈夫ですよ…きっと頑張ってくれたと思っていますよ」


「死んだことにするなぁ!!」

 後ろから響いた大きな声。振り返ると、泥と(すす)に汚れ、痛々しく足を引きずりながら歩いてくる乃豊(のとよ)の姿があった。


「わぁ!!生きてたぁ!!良かったよぉ…」

 弥来(みく)が勢いよく飛びつき、その身体をきつく抱きしめる。


「い、今はそんなに抱きしめないで…うっぐる"じい"…」


「今回は引き分けということか…私らしくないな。剣聖にはまだまだ先ということか」

 綾華(あやか)は張り詰めていた全身の筋肉をようやく(ゆる)め、(かわ)ききった地面の上に泥まみれのままドサリと座り込んだ。


「と、とりあえず(なん)を逃れったことで良いんすよね?」

 陽大(ひなた)は、まだ恐怖で指先を少し(ふる)わせながら、不安そうに周囲を見回した。


「あぁ、今のところは大丈夫だ」

 私はそう言うと、肺いっぱいに冷たい空気を吸い込み、大きく息を吐き出して空を見上げた。


 しかし、私はあの怪物が最後に浮かべた不敵な笑みの本当の意味を、その時までは理解していなかった。昼間であるにもかかわらず、そこには禍々(まがまが)しく波打つ緑と紫のカーテン ── オーロラが空を(おお)い尽くしていたのだ。


「なんだこれは…」


「あなたたち、すぐに避難するわよ!!」

 聞き慣れた早七(さな)の声が境内(けいだい)に響き渡る。


弥来(みく)さん、未夏(みか)さん、陽大(ひなた)さんは私の車に乗ってください!!」

 晶子(しょうこ)が声を張り上げ、(おどろ)く一同を次々と車内へ誘導(ゆうどう)していく。


「な、なにが起きているの?」

 乃豊(のとよ)早七(さな)の車に乗り込もうとした時、その(となり)には、恐怖のあまり(ひざ)をガクガクと激しく震わせている彩福(あやね)の姿があった。


「急いでください。詳しい事情は後でお話します」

 車内にはすでに大量の非常食や水が詰め込まれており、密閉された空間を包む独特の緊張感から、事の重大さがヒシヒシと肌に伝わってきた。


実李(みのり)!!いたんだね!!」

 晶子(しょうこ)の車の後部座席には、弥来(みく)の妹の姿もあった。


「学園に避難していたけど、もうじきここも危ないからって言われて…」


 私は、ガタガタと小刻みに震える綺栞(あやか)と、怪我を負って身体を強張らせている父上の(となり)(すべ)り込んだ。

早七(さな)の車がこんなに大きくて助かったよ」


「えぇ…晶子(しょうこ)ちゃんのハイエースもあって助かったわ」

 運転席と助手席に素榛(すばる)華緋(はるひ)(すべ)り込み、ドアが重い音を立てて閉まる。一同を乗せた車は、半壊した明雲(めいうん)神社から砂煙を上げ、一斉(いっせい)に発進した。


「お兄ちゃん……無事だといいけれど」

 未夏(みか)は不安そうに、冷たい窓ガラスに(ひたい)を押し付けるようにして、空に(あや)しく光を放つオーロラを見つめていた。




 ——— その頃富士山中腹部の洞窟 由記(ゆうき)視点


 中に入る前はマグマの()えたぎるような猛烈(もうれつ)な熱さを想像していたが、その予想に反して、洞窟内はひんやりとした冷気が肌を刺すほど(すず)しかった。


「うぅ…ちょっと寒くない?へくしっ!!」

 麻椰(まや)は鳥肌の立った自分の両腕をさすりながら、小さく身を震わせている。


「こんなに寒いとは思わなかったですね…」

 杏奈(あんな)は涼しげな、さらりとした肌のままそう言った。


「てかなんだあんたたちはそんなに平気なの?」


「私は龍巫女だから、これくらい当たり前よ」


「わ、私も…あはは…」


「じゃ、じゃあなんで由記(ゆうき)は大丈夫なのよ!?」


「えっとまぁそれは…」

 言えない。先ほど麻椰(まや)から突っ込まれた反発からか、甘娜(かんな)がこれでもかと俺の右腕に自分の柔らかい身体をべったりと密着させているからだ。密着した部分から、彼女の熱がじんわりと伝わってきて、むしろ少し暑いくらいだった。


甘娜(かんな)、その…歩きずらいから離れてもらってもいいか?」


「うーん…どうしよっかなぁ?さっきみたいに不意打ちされるのも嫌だしぃ?」

 甘娜(かんな)はわざとらしく後ろを振り返ると、寒さに震える麻椰(まや)に向かってべーっと舌を出した。


「こ、このぉ!!メスガキビッチ!!!」


「あら?ご主人を()られてキャンキャン鳴く負け犬には、言われたくないですねぇ?」


「うぅ…杏奈(あんな)ちゃん助けて…」


「えっと…私でよければなんなりと…」

 麻椰(まや)が泣きついて杏奈(あんな)に抱きつくと、衣服越しに湯たんぽのような杏奈(あんな)(ぬく)もりが伝わったようで、麻椰(まや)はふにゃりと表情を(ゆる)めた。


「あはぁ…(あたた)かい…」


「それにしてもおかしいわね…普通はこんなに冷えることは無いと思うのだけれど」


「それはどうしてなんだ?」

 俺は前を歩く佑果(ゆうか)に疑問を投げかけた。


「昔は確かに観光名所として1年を通して3°で氷柱(つらら)が出来るほどだったのだけれど、噴火に(ともな)うマグマ溜まりが流れこんで、一度閉鎖されたはずなのよ」


「それってつまり、マグマが近くにあるなら、普通は周囲の温度が上がるはずってことか?」


「そう。ここに来るまでの斜面、山肌から()き出す熱気でかなり蒸し暑かったでしょ?」

 確かに、外の斜面を下っている時は雪などひとかけらも見なかった。


「昔の富士山は雪が残っている時期もあったからな…」


「温暖と寒冷の周期が昔ほど当てにならなくなって、夏でも雪が残っている時期があったのよ。でもまた噴火の予兆が出始めてからは見なくなった。それなのに、この洞窟の内部だけが異常に冷え切っている……」


 佑果(ゆうか)は立ち止まり、ゾクっとした緊張を(はら)んだ真剣な目で俺を見つめた。

「この奥には、私たちの知らない『何か』があるのかもしれないわ」


 薄暗い洞窟の奥へと進んでいくと、突如(とつじょ)として目の前が行き止まりになった。

「えっと…ここって」


「またお得意の透明な扉なの?」

 麻椰(まや)が寒さで少し紫がかった唇をとがらせて文句を言う。


「うーんと…ここは…」

 甘娜(かんな)がひんやりとした岩肌に手のひらを(すべ)らせ、何かを探し始める。


「また当てずっぽう?」


「そこの犬、少し黙ってて」


「うぅ…乙女心が傷付いちゃったよ…杏奈(あんな)ちゃん(なぐさ)めてよ…」


「えっと…よしよし、大丈夫ですよ~」


 甘娜(かんな)が何度か周囲の空間を指先でなぞるように探ると、そこには肉眼では見えない、だが触れると確かに存在する(つめ)たく()き通った壁が二つ、並んでいるのが確認できた。


「うーん、どっちだったかなぁ?」


「また()めようとしているんじゃないでしょうね?」

 麻椰(まや)がさらに食ってかかると、ついにしびれを切らした甘娜(かんな)が、()すような冷たい視線で麻椰(まや)(にら)みつけた。


「案内してやってるんだから、怖いならさっさと逃げたら?」


「こ、怖くないに決まってんじゃん!!」


「へぇ、あんなに真っ暗で(こご)えそうな洞窟を、たった一人で帰れるんだ?」


「…着いて行きます」

 麻椰(まや)は完全に観念したように小さく(ちぢ)こまり、甘娜(かんな)をぷいっと(にら)みつけてそっぽを向いた。


甘娜(かんな)、本当にどっちか覚えてないか?」


「うーん……私、記憶力にはあまり自信がないから、その時の雰囲気(ふんいき)とか感覚でしか覚えてないんだよねぇ」


 すると、佑果(ゆうか)がその二つの見えない壁の前に立ち、そっと両手のひらをかざした。

「多分、こっちよ」


「どうして分かるんだ?」


「こっちの壁からだけ、(かす)かに肌を刺すような、異常な冷気が伝わってくるの。今の状況を考えると、答えはこっちしかないわ」

 佑果(ゆうか)躊躇(ためら)うことなく、そのすり抜ける壁の向こうへと身体を沈めていった。


「ま、待ってってばぁ!!」


「姉さんも行ったことですし、私たちも行きましょうか...」

 俺の右腕にさらにぎゅっと身体を押し付けてくる甘娜(かんな)の柔らかさを感じながら、俺たちは迷路のように入り組んだ、足元から冷えが()い上がってくる洞窟をひたすら進んで行った。




 ——— その頃、富士山内部


「あの二人、ほんっとうにおっそいの、今頃ようやく『御神体(ごしんたい)』を持ってくるだなんて」

 彼女は(となり)に立つ彩八(あや)に向かって退屈そうに愚痴(ぐち)をこぼしていた。


章乃(あやの)姉さん、それでも実験は順調だから安心して」


「そう?それならいいけど」

 章乃(あやの)は冷たい金属製の『精霊』デバイスを指先で弄びながら、彩八(あや)に話題を振った。


「そういえば、生徒会長から送られてきた情報、あなたも見た?」


「えぇ…私たちが除籍(じょせき)になったって話でしょ?」


「まぁ、今更あの場所に未練(みれん)なんてないし、どうでもいいんだけどね」

 章乃(あやの)はそう言うと、ふっと彩八(あや)の顔を(のぞ)き込んだ。


「何が言いたいの?姉さん」


添付(てんぷ)されていたファイル、気にならなかった? さっきから(ひま)でしょうがなかったから、暇つぶしに解析(かいせき)して読んでいたんだけど」


「それで、何か面白い話でもあったの?」


「ええ。私たちは『壊れた神の教会(CBG)』に属しているけれど、そのさらに上の指揮系統は、すべて『バベルの塔』が握っていたわ」

 彩八(あや)は表情を変えず、静かに章乃(あやの)の言葉に耳を()ませていた。周囲の機械が発する駆動(くどう)音が、微動で床を(ふる)わせている。


「けど、ファイル内の動画に(うつ)っていた姿……これを見て」

 章乃(あやの)が画面を差し出し、彩八(あや)に見せた。


「これは…男の人?」


「そうよ、あの一榎(いちか)の車に同乗していた、あの男」


「……あの裏切り者と、その協力者なら、私の手で潰すまで」

 彩八(あや)の周囲の大気が一瞬にして(こお)りつき、足元の火山灰がピシ、と(かす)かな音を立てて()ぜる音が何度か聞こえた。その(ひとみ)には一切の光が(とも)っていない。


彩八(あや)、あなたの忠誠心が(すご)く強いのは理解しているわ。ただ、これはお姉ちゃんからの頼みだと思って聞いて」

 章乃(あやの)は妹に向き合うと、その冷たい金属の手を優しく握り、真剣な表情で語りかけた。


「もし私たちの力の(みなもと)が…あの男に(つな)がっているとしたら?」

 その言葉を聞いた瞬間、彩八(あや)の顔を(おお)う悪魔のようなマスクの奥で、ほんの少しだけ動揺(どうよう)したように、その身体が強張(こわば)ったのを章乃(あやの)は見逃さなかった。


「…それでも私の主人である『ゲマトレイル』の意志に従うだけ」


「そう…あなたがそう言うなら、仕方ないわね」

 章乃(あやの)はどこか(さび)しげに微笑(ほほえ)むと、颯爽(さっそう)とその場を去ろうとした。




(ねえ)さん」

「なぁに?」


「…後のことは、頼んだ」

「分かったわ」



 それが、姉妹としての最後の別れになると本能で(さと)ったかのように、二人は静かに視線を()わし、章乃(あやの)は足音を響かせて離れていった。


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