Echo 19 『 隠された入り口 』
——— 早七邸にて
「…それで、こちらに連絡してきたのは、どのような要件ですの?」
晶子が受話器を耳に押し当て、冷ややかな声で問いかける。
「昔共闘した好として聞いてくれない?晶子ちゃん」
「…あなた方が『バベルの塔』に関わっていることは、既に調査済みですよ」
「ふむ…では1つ。良い知らせと、悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
「…お好きにどうぞ」
「『 壊れた神の教会 』はこれから起こす大災害で一時的に撤退する。つまりそれまで耐えればいい」
「…悪い知らせは?」
「被害は甚大で、避けられそうにない。大災害が次々と来る。そんな嫌な予感が見えたのよ」
晶子はゾク、と背筋を這い上がる冷たい寒気を感じた。
「あなたの『スピリチュアル サイト』のおかげで、今まで危機を乗り越えてきたのは事実ですが…どうしてこのタイミングに?」
「彼女らは新原高等学校から除籍になったことを確認したわ」
「まさか」
「そう、そのまさかよ。だからあなたたちに力を貸すことにしたの」
「…今までのと帳消しってことにしといてあげますわ」
「えぇ、では終末の日まで末永く。明雲高等学校の生徒会長さん」
ガチャリと通話が切れる。晶子はじっとりと手汗ばんだ受話器を置き、すぐにこのことを早七に伝えた。
「早七先輩…これから世界はどうなるんでしょう?」
「過去の文献を調べましょう」
二人はカビと古い紙の匂いが立ち込める薄暗い書庫に入り、埃っぽい資料を片端から捲っていった。指先が紙擦れでカサカサと乾いていく。
「…これじゃないかしら」
晶子が指し示した古い記述。そこには漢数字や記号が並んでいる書物を翻訳した内容が書かれており、自分たちの置かれている状況と一致した。
「これがもし本当だとしたら、かなりヤバいわね…」
「撤退したら、すぐにここから離れるように言わないと…必要な物資を積んでおきます!!」
「一榎にも連絡しておかなきゃね…」
彼女たちは重い段ボールや缶詰を抱え、腕の筋肉をきしませながら、車へと物資を急いで詰め込んでいった。
——— その頃 由記視点
「はぇ~すんごーい!!」
龍の背の上で、麻椰が身を乗り出す。
「あわわ、お、落ちないでください!」
杏奈が慌ててその服を引っ張った。吹き付ける暴力的な風が、容赦なく俺たちの体温を奪っていく。
「富士山に行くってことは...つまり『バベルの塔』が動き出したってことですもんね…」
「杏奈、敵なんて躊躇せずに、自分の身を守ることに徹しなさいよ」
「えぇ…分かってます姉さん…」
杏奈の暗い横顔を見て、麻椰は冷え切った自分の頬を両手で叩き、明るい話題を無理やり捻り出そうとした。
「えぇとさ…こんな体験なんてほとんどないだろうし、記念撮影しちゃおうか!」
「…観光じゃないんだから、少しは緊張感を持ってよね」
佑果が口を尖らせると、麻椰は困り顔で頭を掻いた。
「わ、分かってるよ~。ちょっとだけなんだからさ、少しはいいじゃん」
「そういえば杏奈は龍の姿にならないのか?」
「えっと…それは…」
杏奈は耳の先まで一瞬で真っ赤になり、俯いて自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「…?どうしたんだ?」
「あぁ…なんでそんなこと聞いちゃうのかなぁ…」
麻椰の顔が段々と口角を下げ、明らかに不快な態度を見せた。
「え、えっと違うんです!違わないですけど違うんです!!」
「由記、あまり杏奈を困らせるようなことは言わないの」
妹のことがよく分かっているからか、佑果は釘を刺してくる。
「うぅ…すみません…」
「どうして杏奈が謝るんだ?」
「さいてーな男よね」
麻椰が氷のように冷たい軽蔑の眼差しをこちらに向けてくる。
「俺は何もしてないんだが!?」
「うぅ、杏奈ちゃん泣かないでね…麻椰がしっかりあとで慰めてあげるから…」
「はわわ…どうしましょう…」
杏奈は涙目の潤んだ瞳で、助けを求めるように俺を見てくる。
「なんか…ごめんな…」
「もうそろそろ着くわよ」
佑果の声に前方を向くと、そこには重苦しい灰色の雲に包まれ、冷気と妖気を放つ富士山がそびえ立っていた。
「いよいよか」
俺たちは富士山の頂上に降り立った。佑果もポンッと煙の中から無事に着地すると、龍の気配からいつもの可憐な姿に戻る。
すると、そこにはすでに先客がいた。
「あらぁ?こんなところに登山者がいるなんてねぇ?」
鈴を転がすような甘い声。俺は背筋をピシッと緊張させて身構えた。
「…!!甘娜!?何しに来たんだ?」
「もぅ、そんなに警戒しないでよ~。今回は手伝いに来たんだから」
俺は自分の耳を疑った。冷たい山風が通り抜ける中、呆然とする。
「今なんて?」
「えぇ、乙女の心が傷付いちゃうなぁ。あ、もしかして私と組むのが恥ずかしいって思ってない?」
「思ってないっ!!」
「へぇ?そんなに顔を赤らめてるのにぃ?」
甘娜は不意に距離を詰めると、俺の腕に自身の柔らかい胸の膨らみを、むにゅりと押し付けてきた。衣服越しでもはっきりと伝わる、高めの体温と圧倒的な柔らかさ。
「もしかして、図星だったり?」
「ほら甘娜、からかうのはやめて一緒に行くわよ」
佑果の冷徹で鋭い声が割って入る。
「はーい、せ・ん・ぱ・い?」
「はぁ、もう私は卒業したのよ」
ため息交じりに佑果は呆れたような目つきで、甘娜を一瞥した。
「ふーんまだそんなに硬い態度なんですねぇ?」
「悪ふざけはやめて、さっさと手がかりを探すわよ」
「つれないの、もし私がその入り口を知ってるって言ったら?」
その言葉を耳にした途端、佑果の耳がピクリと動く。
「私が知らない間に、相当気に入られていたみたいねぇ?」
「あら、たまたまですよ?た・ま・た・ま」
このままじゃ埒が明かない雰囲気だった。そう思い俺は割って入ることにした。
「甘娜、その場所に連れて行ってもらえるか?」
「いいわよ~、あ~でもぉ」
甘娜はさらに身体をくねらせ、俺の腕に自分の細い両腕を絡ませてきた。二つの柔らかな球体が、腕の皮膚にべったりと密着して離れない。
「あとでご褒美があると嬉しいなぁ?」
「甘娜」
「え?なぁに~?」
俺は真剣な目で甘娜を見つめ、彼女の少し冷たい両肩をガシッと力強く掴んだ。
「今は緊急事態なんだ。君の期待には応えられないかもしれない。でも味方になってくれて凄く心強いんだ」
俺は一歩も引かずに言葉を紡ぐ。
「俺のが欲しいなら全然構わない。いくらでもくれてやる。だから今は全力でサポートして欲しい。今は甘娜が重要なんだ」
「へ、へぇ~。そ、そこまで言われたら~やぶさかではないっていうかぁ…」
甘娜はパチクリと目をまん丸くし、みるみるうちに顔を火照らせて、大慌てで平気を装おうとした。甘娜は熱くなった俺の手をハタと振りほどき、くるりと背を向けて歩き出した。
「わ、私について来なさい!!遅れても知らないんだからね」
俺たちは足早に歩いていく甘娜の後を、見失わないようにとついて行った。
(キャー!!!何でもしてくれるの!?あんなことやこんなことまで!?)
前を歩く甘娜は、妄想でニヤけそうになる頬の筋肉を必死に手で押さえながら、恥ずかしさを隠すようにさらに急ぎ足で進んでいく。
「なんかあの子、スキップしてるように見えるんだけど?」
「あぁ~…また女たらししたんですか?」
「人聞きの悪いこと言うな!!」
俺たちはゴツゴツとした岩肌が足裏を刺激する富士山の斜面を下りながら、甘娜の背中を見失わないよう懸命に目を凝らした。
「はぁ…はぁ…にしても足が速いわよあの子」
「ぜぇ……ぜぇ……もう、無理ぃ……足が棒みたい……」
佑果と麻椰が早くも音を上げ、膝に手を置いて肩で激しく息を刻んでいる。
「はい、みなさんどうぞ。お水ですよ~」
杏奈がきょとんとした様子で、結露してひんやりとした水筒をみんなに配った。
「助かるわ…ありがとう杏奈」
「ぷはぁー!!生き返るぅ!!」
俺もそれを受け取り、冷たい液体を渇ききった喉奥へ一気に流し込んだ。
「ありがとう杏奈、助かるよ」
「いえ、私が出来るのはみなさんのサポートですから…」
恥ずかしそうに彼女が水筒を回収した時、ふとみんなの顔を見てハッとしたらしい。
「佑果さんが飲んで…麻椰さん…そして執行者様が飲んだってことは…二人と間接キス…」
杏奈の顔が火山のように一気に沸騰し、目をくるくると回転させ始めた。
「た、体調が悪いのか?大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…プシュー」
今にも卒倒しそうな杏奈を、俺はその柔らかく軽い身体を背中に背負い、甘娜が立ち止まった入り口へと辿り着いた。
「ここって…何にもないけど?」
「さては陥れるために罠に嵌めたのね!?」
「まぁまぁ落ち着いて、こういうのはお決まりで隠してあるに決まってるでしょ」
そう言うと、甘娜は自信満々に目の前の岩肌に向かって思い切り歩いていった。
…何にも起こらなかったようだ。
ゴンッ!!! という、鈍く痛々しい衝撃音。彼女は岩肌に盛大に正面衝突し、額を押さえて涙目でウジウジと呻いていた。
「あ、あれぇ?ここだったはずなんだけどなぁ?」
「さっさと本当の場所を教えるのよ!!」
しびれを切らした麻椰が甘娜の背中をぐいっと押した、その瞬間だった。ずるん、と手応えが消え、二人の身体がそのまま岩の向こう側へと吸い込まれるように消えてしまった。
「…どうやらここのようね」
「そうみたいだな…」
俺たちは中に飛び込み、地面にしこたま体を打ち付けて痛がっている二人を引っ張り起こした。ひんやりとした湿気と、未知の闇が放つピリピリとした緊張感が肌を刺す中、俺たちは薄暗い洞窟の奥へと、一歩ずつ足を踏み進めていった。




