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Echo 01 『 春の陽光 』

異世界転生ナシ x 学園日常ハーレム x 異能ファンタジーバトル x SF怪異ホラー

平成の黄金期に毒された読者大歓迎


毎日19:00に更新、ラストまで予約投稿しているためご安心ください。

 * * *

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 3



「ゆうき~! 早く起きないと遅刻するわよ!」


 耳元で響(ひび)いた母さんの怒声(どせい)に、浅い眠りが無理やり引き剥(は)がされた。

 重たい瞼(まぶた)を開くと、カーテンの隙間(すきま)から差し込む朝日が白く滲(にじ)んでいる。喉(のど)が少し乾(かわ)いていた。


 俺の名前は、在原(ありわら) 由記(ゆうき)。

 事故で記憶を失い、今日から明雲(めいうん)高校の二年生として編入(へんにゅう)することになっている。


 洗面所で顔を洗う。冷たい水が頬(ほほ)を伝い落ちる感触(かんしょく)に、ようやく頭が覚醒(かくせい)していく。鏡の横では、小さな光の粒みたいな立体映像が浮かび、今日の天気や登校時間を機械音声で読み上げていた。


 この学校ではAIによる最先端の授業が行われ、生徒には「精霊(せいれい)」というパーソナルデバイスが支給(しきゅう)されるらしい。便利な時代——なのだろう。だが記憶のない俺には、そのどれもが少し現実感の薄(うす)い未来の景色に見えた。


 母さんとは似ても似つかない。それでも母さんは、妙(みょう)なくらい献身的に俺の世話を焼いてくれる。寝癖(ねぐせ)を軽く整え、玄関の扉を開ける。途端に、春の柔らかな空気が頬(ほほ)を撫(な)でた。


 そこには幼馴染(おさななじみ)の甘奈(あまな)が立っていた。


 朝日に透(す)けた桜(さくら)の花びらが、彼女の足元でふわりと舞(ま)う。

 風が吹(ふ)くたび、細い髪(かみ)が揺(ゆ)れ、制服のスカートが小さく波打った。

 始業式の朝独特の、少し浮ついた空気が通学路に満ちている。


「あ、おはよう」

 彼女は俺の姿を見つけると、小さく手を振った。


「待たせちゃってごめん」

 俺は足を早めて彼女に近づく。一歩前に踏(ふ)み出すと、甘奈(あまな)はまるでそれが当然みたいな顔で笑った。


 記憶を失(うしな)った直後は、彼女が隣(となり)に立つたびに、無意識に一歩身を引いてしまっていた。

 近すぎた。肩が触れそうなほどの距離(きょり)が、あまりにも自然だったからだ 。けれど最近は、ふと肩が触(ふ)れ合っても、自然とそのままの歩調(ほちょう)を保って歩けるようになっている。


「今日は始業式だからって、夜更(よふ)かししてたんでしょ?」

 甘奈(あまな)が顔を覗(のぞ)き込んできた。


「……っ」

 俺はあからさまに視線を泳がせ、喉(のど)を鳴らした。


「何してたか、当ててみようか?」

 悪戯(いたづら)っぽく微笑(ほほえ)む彼女から、慌(あわ)てて顔を背(そむ)ける。


「う、うるせぇ……」

 通学路を並んで歩く。川沿(かわぞ)いに差しかかった瞬間、湿(しめ)った風が頬(ほほ)を撫(な)で、微(かす)かな潮(しお)の匂いが鼻をくすぐった。


 シダレヤナギの若緑(わかみどり)が陽光(ようこう)を透(す)かし、水面に細い影(かげ)を落としている。流れる水音を聞いていると、ふと、入院中の記憶が脳裏(のうり)を掠(かす)めた。


 耳の奥で、かつての言葉が静かに蘇(よみがえ)る。

 ——「私は昔の貴方(あなた)を知っています」

 切(せつ)なげに響(ひび)いた彼女の声を、俺は今も忘れていない。


 何もわからなかった俺に居場所を与え、身の回りの世話をしてくれたのは甘奈(あまな)だった。家族が過去の話題を避ける中で、彼女だけが俺を「昔」と繋(つな)ぎ止めていた。


 まるで、海に沈みかけた人間へ投げられた錨(いかり)みたいに。


「ねぇ、今エッチなこと考えてたでしょ」


「んなっ!? んなわけあるか!」

 俺はあからさまに動揺(どうよう)して声を裏返した。


「えーその慌(あわ)てぶり怪(あや)しいなぁ」


 見透(みす)かすような瞳(ひとみ)から、慌(あわ)てて顔を背(そむ)ける。実際、風に揺(ゆ)れる薄(うす)い生地(きじ)が描(えが)く柔(やわ)らかな曲線に目を奪(うば)われていたのは否定できない。必死に誤魔化(ごまか)そうとした、その瞬間だった。


「……っっっ止まってぇぇ!!」

 鋭(するど)い悲鳴が春の空を切り裂(さ)く。

 背後から、凄(すさ)まじい勢いの気配(けはい)が迫(せま)っていた。


「うおおおぉぉ!?」


 俺は甘奈(あまな)の腕を引いて横へと跳(と)んだ。


 次の瞬間、ガシャーン!! と派手な金属音が響(ひび)く。猛烈(もうれつ)な勢いで自転車ごと突っ込んできたのは、甘奈(あまな)の妹、由依(ゆい)だった。


「ごっめーん甘姉(あまね)ぇ! 今度からちゃんと遅刻しないように寝坊(ねぼう)しないからさぁ!」

 由依(ゆい)は派手(はで)に転びながらも、すぐに顔を上げる。


「もう、何度起こそうとしたって枕(まくら)を投げつけたりするからでしょ」

 甘奈(あまな)が呆(あき)れたようにため息をついた。


「あ、あれはわざとじゃなくてぇ...」

 春の風に乱れた髪を押さえながら、由依(ゆい)がむくれた顔で唇(くちびる)を尖(とが)らせる。


「いつも言ってるけど、朝食を抜かさないようにって言ったら今度はパンを咥(くわ)えて登校するだなんて...」

 甘奈(あまな)が腰に手を当てて説教(せっきょう)を始める。


「だって間に合わないんだもん」

 由依(ゆい)は不満そうに頬(ほほ)を膨(ふく)らませた。


「だってじゃありません」

 甘奈(あまな)の厳(きび)しい視線が妹を射抜(いぬ)く。


「うぅ...」

 そんなむっとした顔で妹をしかりつける甘奈(あまな)を見て、俺の口元は自然と緩(ゆる)んでいた。胸の奥に灯(とも)った小さな灯火(ともしび)が、強張(こわば)っていた肩の力をじんわりと抜(ぬ)いていく。


 だが、俺を見る目だけはやたらと冷たい。


「また鼻の下伸ばして変なこと想像してるんでしょ。……うわっ、ドン引きー」

 由依(ゆい)が冷(ひ)ややかな視線をこちらに向ける。


「いや、俺は別に……」

 俺は慌てて両手を振って否定した。


「お姉ちゃんにセクハラしてるんでしょ、この浮気魔(うわきま)」


 なぜか俺への当たりだけが強い。怪我をして記憶を失ったのは俺の方なんだが。


「だいたいさぁ、美少女のお姉ちゃんが、記憶もないバカに付き合ってるってほうがおかしいんだよ。…下のお世話までされなきゃ気が済まない変態(ヘンタイ)のくせに!」

 罵声(ばせい)を浴びせられ、俺は言葉を失う。


「……っ、由依(ゆい)……!」

 甘奈(あまな)は両手で顔を覆(おお)い、指の隙間(すきま)から覗(のぞ)く耳までを真っ赤に染(そ)め上げた。


 ……下のお世話?

 その言葉だけが、湿(しめ)ったアスファルトにへばりつくように耳の奥へ残る。


 由依(ゆい)はペダルを強く踏(ふ)み込(こ)み、振(ふ)り返ることもなく自転車の濁音(だくおん)を残して走り去っていった。残された沈黙(ちんもく)の中、甘奈(あまな)は小さく肩をすくめ、自身の爪先(つまさき)を見つめるように深く俯(うつむ)いた。


「あとで妹をきつくしかっておきますから……迷惑(めいわく)かけてごめんなさい……」

 甘奈(あまな)は消え入りそうな声で頭を下げた。


「なんで甘奈(あまな)が謝(あやま)らなきゃいけないんだ、そりゃあ痛かったけどさ」

 けれど、俺の意識は別のところへ引っ張られていた。


 ———


 入院中。

 目覚めた直後に感じた、妙(みょう)な身体の重さ。

 誰かに触れられていたような、曖昧(あいまい)な感触(かんしょく)が残る。

 白いシーツが脳裏(のうり)に浮かんだ。

 漂(ただよ)うのは強烈(きょうれつ)な消毒液(しょうどくえき)の匂(にお)い。

 熱を持った柔(やわ)らかな感覚。


 ———


 あれは、本当に夢だったのか?


「……ねぇ、由記(ゆうき)君」

 気(き)まずい沈黙(ちんもく)を破(やぶ)るように、甘奈(あまな)が上目遣(うわめづか)いで制服の袖(そで)を掴(つか)みながら囁(ささや)いた。


「……そういうの、興味あるの?」


 喉(のど)の奥が、カチリと鳴る。

「……ある、よ」

 掠(かす)れた声が、自分のものとは思えないほど熱を帯(お)びていた。


 指先が微(かす)かに震(ふる)える。その困ったような笑顔も、何もかもから、視線がどうしても離せなくなる。数秒の沈黙(ちんもく)。自分でも何を言ったのかわからないまま、無意識に本音が口から漏(も)れた。


 次の瞬間。


 パァンッ——と、乾(かわ)いた衝撃音(しょうげきおん)が空に響(ひび)く。


 右頬(みぎほほ)が熱い。


「……っ、このバカッ!!」


 甘奈(あまな)は真っ赤な顔のまま走り去っていった。舞(ま)い上がった桜(さくら)の花びらだけが、その後ろ姿を追いかけていた。

 取り残された俺は、じんじん痺(しび)れる頬(ほほ)を押さえながら立ち尽くす。


「……昼飯(ひるメシ)、抜(ぬ)き確定かな……」


 ズキズキと痛む頬(ほほ)。その熱と一緒に、胸の奥でも説明のつかない何かがじわじわと膨(ふく)らんでいく。その正体がわからないまま、俺は春の匂(にお)いが残る通学路を小走(こばし)りで駆(か)け出した。


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