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Echo 15 『 ゲマトレイヤー 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 25



「起きてる?」

 肩を優(やさ)しく揺(ゆ)さぶられ、鼻先を花の蜜(みつ)のような香りがかすめた。目を開けると、そこには佑果(ゆうか)がいた。


「どうした?」


「ちょっと話しておきたいことがあるの。ついてきて」

 彼女に導(みちび)かれ、別の部屋へ通される。そこには二つの布団があり、一つには杏奈(あんな)が抱き枕を抱(だ)いて背を向けて寝ていた。


「少し薄(うす)暗い気がするけど、これでもいいよね?」

 机の上の蝋燭(ろうそく)がチリチリと燃え、その淡(あわ)い炎が部屋を仄(ほの)暗く揺らしている。


「あぁ、それで話ってのは?」


 佑果(ゆうか)は座布団に正坐(せいざ)をして、背筋をピンと立てる。その姿は、長年神社を守り抜いてきた静かな威厳(いげん)と、研ぎ澄まされた皮膚感覚のような鋭敏(えいびん)さが伝わってくる。




「あなた、記憶損失だって聞いたけど本当なの?」


 佑果(ゆうか)は単刀直入に聞いてきた。俺はありのままに話し、そうだと答えた。


「はぁ…それならあんたの過去について、しっかり共有しておかないといけないわね」

 佑果(ゆうか)はそう言うと、重(おも)そうな過去を語(かた)るかのように、ゆっくりと口を開いた。


「あなたは『正義の執行者』って言われていたのは聞いたと思うのだけれど、それはあなたのもう1つの影に過ぎないの」


「というと?」


「あなたの本当の名前は『明宮(あけみや) 由記(ゆうき)』。かつて反体制とレッテルを貼(は)られた、救世主よ」


「…信じられないな」


「えぇ、この記憶を保持しているのはこの新原(にいばる)神社の私たちと、明雲(めいうん)神社の辻ノ(つじの)姉妹しかいないもの」


「それはどういう?」


「昔、アノマリー事件で沢山の人たちが犠牲(ぎせい)になったわ。その時、あなたがその超能力を発揮(はっき)して、この世界を救ったの」


「えっと、それは八咫烏(やたがらす)財団(ざいだん)とエリュシオン財閥(ざいばつ)によって、安寧(あんねい)をもたらしたって聞いたのだけれど」


「えぇ、表向きの話はそうよ。でもその中心人物として指揮していたのは、あなただったの」


「…もしそんなことを表で言ってしまえば魔女(まじょ)狩りの対象になるってことか」


「そういうこと、あまり下手(へた)に表に出すべき話でもないの。それに、知ってる人たち以外は、昔のあなたのことを忘れているのよ」

 俺の中で、今までの日常が虚構(きょこう)に満ちた世界でしかなかったのか。どこか心の中にぽっかりと開いた虚無感(きょむかん)が押し寄せる。


「あなたは見たんでしょうけど、あの赤い空、そして血のように赤い海。あれはあなたの流した血で出来ているのよ」


 胸の奥に、冷たい氷を置かれたような衝撃(しょうげき)が走る。

「それも俺の超能力と関係があるのか?」


「えぇおそらくはね。そしてこの世界を欺瞞(ぎまん)と虚構(きょこう)で塗(ぬ)り潰(つぶ)し、嘘の歴史でたぶらかし続けている存在。それが『バベルの塔』」

「彼らは自分たちが神になる存在と驕(おご)り高ぶっているわ。計画はもう最終段階に来ている。空に広がっている『無数の眼』も、天を貫く『ユグドラシル』も、あなたから抽出(ちゅうしゅつ)され応用された結果なの」

「それを彼らは『自分たちは神に選ばれた人間だから、神の偉業(いぎょう)を成し遂げたのだ』と流布(るふ)しているわ。実際はあなたのおかげなのにね」

 彼女の言葉からは、その端々(はしばし)に悔(くや)しさをにじませていた。


「相手の勢力はどれくらいなのか?」


「正確な数は把握(はあく)できていないの。でも噂(うわさ)では、私たちの通っている新原(にいばる)高等学校の生徒会も関わっているって話で…」

「エリュシオン財閥(ざいばつ)は、最初は志を同じくして立ち上がった人たちだったの。でもそれがお金になるってことを知ると『バベルの塔』に飲み込まれていった…」

「エリュシオン財閥(ざいばつ)には「ヴァルハラ プロジェクト」ってのが存在していたの。ヴァルキリーを結成(けっせい)し、アノマリーによる世界終末を防ぐために。ただ…」

 彼女はそう言うと、涙をのみ込もうとするかのように一呼吸置くと静かに話した。


「それがいつしか『バベルの塔』にとって都合が良いように置き換えられてしまったわ。その中心にいる機動部隊とされているのが『壊れた女神の教会(CBG)』。あなたちが道中で出会った、あの黒い存在も、機械化されたアノマリーなの」


「どおりであいつらは、全身が金属でできていたのか」


「そう、そして彼らは選ばれた存在としてこう自称しているの。『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』って」


 全くもって信じられない話ばかりだが、現実に起きている以上信じる他なかった。

「『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』はみんなあんな金属で出来ているのか?」


「そうとも限らないの。最も特徴的なものと言われたら、彼らはGのマークをあつらえた三角頭巾(ずきん)を被(かぶ)って、両手で三角のポーズを取ることで有名ね。その素顔(すがお)は誰も見ることはできないの」

「もし、もしもだけど、そういう人を見かけたら絶対に関わらないこと。あなたは特に狙われているんだから」


「…なんとなく、綾華(あやか)先輩の言っていたことが理解できるようになったよ」

 記憶喪失とはいえ、一度は俺を亡(な)き者にした『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』のことは許せるはずもない。しかしどうしてもあの『ユグドラシル』に入らないと、甘奈(あまな)を救い出せないのなら行くしかない。


「あなたがまだ『明宮(あけみや) 由記(ゆうき)』だった頃、覚えていないでしょうけど22人に能力を継承(けいしょう)したの。あの時自分の身に危険が迫(せま)っているって分かってたから、あとで力を取り戻せるようにってね」


「それがこの『エクソダス(EXODUS) コイン(coin)』ってやつで、これを元にあなたが他の超能力を持っている人に接触(せっしょく)して、能力を奪取(だっしゅ)するの。それで本来のあなたに復号化(ふくごうか)できるはずよ」


「このコインはたった1つしかないのか?」


「…元々は22個用意してたんだけど、みんなバラバラになっちゃって…今私が持っているのはこれだけ」

 俺はそのコインを受け取ると、蠟燭(ろうそく)の光に照らした。四つ葉のクローバーマークが刻印(こくいん)されており金色に光っていた。指先でその刻印をなぞれば、硬い金属の冷たさが現実を突きつけてくる。


「これを儀式に使って道標(みちしるべ)を見つけるってことで良いんだな?」


「その通りよ。もしその能力の持ち主に出会ったら、あなたの力もきっとそれに惹(ひ)かれるはずよ」


 …最近なんだが疲れ気味のような気がする。

(せっかくの機会だし、この際聞いてみるか…)

「そういえばさ、最近疲れやすくなって服が少し大きくなったような気がするんだが気のせいか?」


「…!!ちょっと待って!!」

 佑果(ゆうか)が急に俺を引き寄せ、その温かな手で俺の身体を隅々(すみずみ)まで確認し始めた。


「お、おい、いきなりなにすんだよ」


「…やっぱり『血の契約(けいやく)』の影響かしらね」


「『血の契約(けいやく)』?何それ」


「…きぃー!!もうっっっ!!なんでっ先にそんな大事なこと教えてくれなかったの!?」


「ただ何となくでやってたから、それ以上は何にもわかんなくて」


「あぁ、もう分かったわよ!いい?この世界には物理法則と同じくらい、基本的な法則性があるの」


「は、はぁ」


「今のあなたには直接体液を通じてバランスをとらなくちゃいけないの!!」


「えっと、じゃあなんで今までは…」

 思い当たる節(ふし)があり、俺はしばらく考えた。入院中のこと、夢の中のこと、未夏(みか)のこと、彩福(あやね)のこと、麻椰(まや)のこと。彼女の言葉に、これまでの不可解な出来事が繋(つな)がっていく。


「…どおりで昔の記憶が曖昧(あいまい)で、なんでみんなが若い見た目なのかも分かった気がする」


「はぁ、分かってくれればいいのよ。それで、するの?」


「え?」


「ここで断(ことわ)るなんて選択肢は無いんだからね!!あ、あんたのことを想(おも)ってのことだし!!」

 彼女の頬(ほほ)は赤く染まり、呼吸はわずかに荒(あら)くなっている。


「俺は無理(むり)強(じ)いさせたくないよ。嫌じゃないんだけどさ…好意は素直(すなお)に嬉(うれ)しいというか」


「うちはいつでもウェルカムなのに、なーに2人でいちゃいちゃしてるんすか?」


「ひゃい!?」

 佑果(ゆうか)の肩が飛び跳(は)ねた。襖(ふすま)の隙間(すきま)から不満そうな顔でこちらを見ている麻椰(まや)の姿があった。


「い、いつから聞いてたの!?」


「うーん、『血の契約(けいやく)』がどうたらのところからかな?」


「う、うぅ…なんでよりによって…」


「あ、うちは3人でも4人でも全然いいっすよ」


「そんな問題じゃなーい!!!」


「あ、あの…私も忘れないでください…」


 寝ていたはずの杏奈(あんな)までもが布団から這(は)い出し、熱っぽい視線を送ってくる。

 肌を刺すような熱い視線と、部屋に充満(じゅうまん)する濃密(のうみつ)な空気。これはかなり色んな意味で大変な夜になりそうだ…新原(にいばる)神社の夜は、まだ始まったばかりだった。


挿絵(By みてみん)

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