Echo 15 『 ゲマトレイヤー 』
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対応番号 : 25
「起きてる?」
肩を優しく揺さぶられ、鼻先を花の蜜のような香りがかすめた。目を開けると、そこには佑果がいた。
「どうした?」
「ちょっと話しておきたいことがあるの。ついてきて」
彼女に導かれ、別の部屋へ通される。そこには二つの布団があり、一つには杏奈が抱き枕を抱いて背を向けて寝ていた。
「少し薄暗い気がするけど、これでもいいよね?」
机の上の蝋燭がチリチリと燃え、その淡い炎が部屋を仄暗く揺らしている。
「あぁ、それで話ってのは?」
佑果は座布団に正坐をして、背筋をピンと立てる。その姿は、長年神社を守り抜いてきた静かな威厳と、研ぎ澄まされた皮膚感覚のような鋭敏さが伝わってくる。
「あなた、記憶損失だって聞いたけど本当なの?」
佑果は単刀直入に聞いてきた。俺はありのままに話し、そうだと答えた。
「はぁ…それならあんたの過去について、しっかり共有しておかないといけないわね」
佑果はそう言うと、重そうな過去を語るかのように、ゆっくりと口を開いた。
「あなたは『正義の執行者』って言われていたのは聞いたと思うのだけれど、それはあなたのもう1つの影に過ぎないの」
「というと?」
「あなたの本当の名前は『明宮 由記』。かつて反体制とレッテルを貼られた、救世主よ」
「…信じられないな」
「えぇ、この記憶を保持しているのはこの新原神社の私たちと、明雲神社の辻ノ姉妹しかいないもの」
「それはどういう?」
「昔、アノマリー事件で沢山の人たちが犠牲になったわ。その時、あなたがその超能力を発揮して、この世界を救ったの」
「えっと、それは八咫烏財団とエリュシオン財閥によって、安寧をもたらしたって聞いたのだけれど」
「えぇ、表向きの話はそうよ。でもその中心人物として指揮していたのは、あなただったの」
「…もしそんなことを表で言ってしまえば魔女狩りの対象になるってことか」
「そういうこと、あまり下手に表に出すべき話でもないの。それに、知ってる人たち以外は、昔のあなたのことを忘れているのよ」
俺の中で、今までの日常が虚構に満ちた世界でしかなかったのか。どこか心の中にぽっかりと開いた虚無感が押し寄せる。
「あなたは見たんでしょうけど、あの赤い空、そして血のように赤い海。あれはあなたの流した血で出来ているのよ」
胸の奥に、冷たい氷を置かれたような衝撃が走る。
「それも俺の超能力と関係があるのか?」
「えぇおそらくはね。そしてこの世界を欺瞞と虚構で塗り潰し、嘘の歴史でたぶらかし続けている存在。それが『バベルの塔』」
「彼らは自分たちが神になる存在と驕り高ぶっているわ。計画はもう最終段階に来ている。空に広がっている『無数の眼』も、天を貫く『ユグドラシル』も、あなたから抽出され応用された結果なの」
「それを彼らは『自分たちは神に選ばれた人間だから、神の偉業を成し遂げたのだ』と流布しているわ。実際はあなたのおかげなのにね」
彼女の言葉からは、その端々に悔しさをにじませていた。
「相手の勢力はどれくらいなのか?」
「正確な数は把握できていないの。でも噂では、私たちの通っている新原高等学校の生徒会も関わっているって話で…」
「エリュシオン財閥は、最初は志を同じくして立ち上がった人たちだったの。でもそれがお金になるってことを知ると『バベルの塔』に飲み込まれていった…」
「エリュシオン財閥には「ヴァルハラ プロジェクト」ってのが存在していたの。ヴァルキリーを結成し、アノマリーによる世界終末を防ぐために。ただ…」
彼女はそう言うと、涙をのみ込もうとするかのように一呼吸置くと静かに話した。
「それがいつしか『バベルの塔』にとって都合が良いように置き換えられてしまったわ。その中心にいる機動部隊とされているのが『壊れた女神の教会』。あなたちが道中で出会った、あの黒い存在も、機械化されたアノマリーなの」
「どおりであいつらは、全身が金属でできていたのか」
「そう、そして彼らは選ばれた存在としてこう自称しているの。『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』って」
全くもって信じられない話ばかりだが、現実に起きている以上信じる他なかった。
「『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』はみんなあんな金属で出来ているのか?」
「そうとも限らないの。最も特徴的なものと言われたら、彼らはGのマークをあつらえた三角頭巾を被って、両手で三角のポーズを取ることで有名ね。その素顔は誰も見ることはできないの」
「もし、もしもだけど、そういう人を見かけたら絶対に関わらないこと。あなたは特に狙われているんだから」
「…なんとなく、綾華先輩の言っていたことが理解できるようになったよ」
記憶喪失とはいえ、一度は俺を亡き者にした『|ゲマトレイヤー《Gematraiyer》』のことは許せるはずもない。しかしどうしてもあの『ユグドラシル』に入らないと、甘奈を救い出せないのなら行くしかない。
「あなたがまだ『明宮 由記』だった頃、覚えていないでしょうけど22人に能力を継承したの。あの時自分の身に危険が迫っているって分かってたから、あとで力を取り戻せるようにってね」
「それがこの『エクソダス コイン』ってやつで、これを元にあなたが他の超能力を持っている人に接触して、能力を奪取するの。それで本来のあなたに復号化できるはずよ」
「このコインはたった1つしかないのか?」
「…元々は22個用意してたんだけど、みんなバラバラになっちゃって…今私が持っているのはこれだけ」
俺はそのコインを受け取ると、蠟燭の光に照らした。四つ葉のクローバーマークが刻印されており金色に光っていた。指先でその刻印をなぞれば、硬い金属の冷たさが現実を突きつけてくる。
「これを儀式に使って道標を見つけるってことで良いんだな?」
「その通りよ。もしその能力の持ち主に出会ったら、あなたの力もきっとそれに惹かれるはずよ」
…最近なんだが疲れ気味のような気がする。
(せっかくの機会だし、この際聞いてみるか…)
「そういえばさ、最近疲れやすくなって服が少し大きくなったような気がするんだが気のせいか?」
「…!!ちょっと待って!!」
佑果が急に俺を引き寄せ、その温かな手で俺の身体を隅々まで確認し始めた。
「お、おい、いきなりなにすんだよ」
「…やっぱり『血の契約』の影響かしらね」
「『血の契約』?何それ」
「…きぃー!!もうっっっ!!なんでっ先にそんな大事なこと教えてくれなかったの!?」
「ただ何となくでやってたから、それ以上は何にもわかんなくて」
「あぁ、もう分かったわよ!いい?この世界には物理法則と同じくらい、基本的な法則性があるの」
「は、はぁ」
「今のあなたには直接体液を通じてバランスをとらなくちゃいけないの!!」
「えっと、じゃあなんで今までは…」
思い当たる節があり、俺はしばらく考えた。入院中のこと、夢の中のこと、未夏のこと、彩福のこと、麻椰のこと。彼女の言葉に、これまでの不可解な出来事が繋がっていく。
「…どおりで昔の記憶が曖昧で、なんでみんなが若い見た目なのかも分かった気がする」
「はぁ、分かってくれればいいのよ。それで、するの?」
「え?」
「ここで断るなんて選択肢は無いんだからね!!あ、あんたのことを想ってのことだし!!」
彼女の頬は赤く染まり、呼吸はわずかに荒くなっている。
「俺は無理強いさせたくないよ。嫌じゃないんだけどさ…好意は素直に嬉しいというか」
「うちはいつでもウェルカムなのに、なーに2人でいちゃいちゃしてるんすか?」
「ひゃい!?」
佑果の肩が飛び跳ねた。襖の隙間から不満そうな顔でこちらを見ている麻椰の姿があった。
「い、いつから聞いてたの!?」
「うーん、『血の契約』がどうたらのところからかな?」
「う、うぅ…なんでよりによって…」
「あ、うちは3人でも4人でも全然いいっすよ」
「そんな問題じゃなーい!!!」
「あ、あの…私も忘れないでください…」
寝ていたはずの杏奈までもが布団から這い出し、熱っぽい視線を送ってくる。
肌を刺すような熱い視線と、部屋に充満する濃密な空気。これはかなり色んな意味で大変な夜になりそうだ…新原神社の夜は、まだ始まったばかりだった。




