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Echo 12 『 黄金の弾痕 』

サントラ イメージソングはこちらからどうぞ

https://open.spotify.com/playlist/6bFZdpvxKZC0kdREsooTmc?si=a1feec7479d64356


対応番号 : 19 / 20



 意識がまだ完全には覚醒(かくせい)していないまどろみの中、妙(みょう)に熱(あつ)っぽく、まとわりつくような湿度(しつど)を感じた。肌(はだ)に触(ふ)れる柔(やわ)らかな感触(かんしょく)は、吸(す)い付(つ)くように艶(つや)やかで、密着(みっちゃく)した部分(ぶぶん)からドクドクと他人の鼓動(こどう)が直接伝(つた)わってくる。風呂(ふろ)上がり特有(とくゆう)の、湿(しめ)り気(け)を帯(お)びた爽(さわ)やかな石鹸(せっけん)の香(かお)りが鼻(はな)をくすぐった。


「お兄(にい)ちゃん…好き…大好き…」


 その火照(ほて)った身体(からだ)の主(あるじ)が誰なのか、重(おも)い瞼(まぶた)をこじ開(あ)け、朧(おぼろ)げな視界で捉(とら)えたその姿は――。

「…未夏(みか)…?」


「…んぁ」

 彼女は上半身(じょうはんしん)を起こすと、はだけた衣服(いふく)から覗(のぞ)く白い肌(はだ)を露(あら)わにし、寝(ね)ぼけ眼(め)でこちらを見つめてきた。


「えへへ…起きた?お兄ちゃん?」


「い、いや、これなんだよ」


「え?分かるでしょ。我慢(がまん)できなくなったの」

 そう言うと彼女は俺の両肩(りょうかた)を布団(ふとん)に押(お)しつけた。細(おそ)い腕(うで)からは想像(そうぞう)もつかない、万力(まんりき)のような力(ちから)で圧(あっ)し折(お)られそうな衝撃(しょうげき)に、背中(せなか)の骨(ほね)が布団(ふとん)越(ご)しで畳(たたみ)に打(う)ち付(つ)けられる。


(…それにしても、なんか酒臭(さけくさ)いな)


「お兄(にい)ちゃん、私と続きしよ?」

 俺は全身に力を込(こ)め、彼女の熱い両肩(りょうかた)を跳(は)ね返(かえ)すように押(お)し返(かえ)す。彼女は抵抗(ていこう)されると思わなかったのか、呆気(あっけ)にとられ俺の力に驚(おどろ)いた。反抗(はんこう)する意思(いし)が無(な)いことを見せつけるかのように、か弱(よわ)い女性のように身体(からだ)をくねらせ、露(あら)わになった部分を制服(せいふく)のシャツで隠(かく)していた。


「……誰だ、お前」

  息を吸(す)う音(おと)さえころし、一歩(いっぽ)だけ後(うし)ろへ足を引(ひ)いた。どうやら敵意(てきい)はないようだが…


「え?お兄(にい)ちゃん寝(ね)ぼけてるの?私だよ」

 俺の本能(ほんのう)が囁(ささや)く。


「違(ちが)う、未夏(みか)はそんな妹じゃない」


 喉(のど)の奥(おく)がカラカラに干(ひ)からび、心臓(しんぞう)が肋骨(ろっこつ)を激(はげ)しく叩(たた)く。自然(しぜん)と、吐(は)き出(だ)す声が鋭(するど)く尖(とが)った。

「未夏(みか)はどこだ?」


「おっはよー!!」

 空気を読まない明るい声が、張(は)り詰(つ)めた空気の和室(わしつ)を物理的に割(わ)るように響(ひび)いた。襖(ふすま)の向こうに立っていたのは彩福(あやね)だった。


「あれ?…お愉(たの)しみの最中(さいちゅう)でしたか~…これは失礼(シツレイ)」

 彼女は素早(すばや)く襖(ふすま)を閉(し)めようとする。


「いや、ちょっと待てよ!俺困ってるんだけど!?」


「何よ~そうなら早く言ってくれればいいじゃない…ん?」

 彼女が襖(ふすま)を開(あ)け直(なお)して中(なか)に入(はい)った瞬間(しゅんかん)、氷水(こおりみず)を浴(あ)びせられたかのようにその身体(からだ)が硬直(こうちょく)した。


「えっと、ちょっと…えぇ!?お姉(ねえ)ちゃん!?」


「えぇぇえええ!!??」

 姉(あね)がいたのか!?


「あちゃぁ…バレちゃ仕方(しかた)ないかぁ」

 そう言うと彼女は虹色(にじいろ)に輝(かがや)いたかと思うと、彩福(あやね)にそっくりさんな人が現(あらわ)れた。


「どうも~、彩福(あやね)の姉(あね)の麻椰(まや)でーす。まやちんって呼(よ)んでくれてもいいよ!」

 麻椰(まや)のむにっとした豊満(ほうまん)な肢体(したい)が、シャツ越(ご)しにくっきりとその形が分かるくらい、俺の胸に覆(おお)いかぶさる。


「えっと…これはどういう…。と、とにかく俺からどいてくれないか!?」

 密着(みっちゃく)した部分(ぶぶん)から伝(つた)わる彼女の熱(ねつ)と、ボタンの外(はず)れた服の擦(こす)れる音が、俺の理性(りせい)の限界(げんかい)をガリガリと削(けず)っていく。彼女は残念(ざんねん)そうな顔で退(ど)くと、乱(みだ)れた衣服(いふく)を整(ととの)えた。


「そういや麻椰(まや)ねぇ、いつからここに来たの?」


「うーん?気付(きづ)いたら布団(ふとん)の中(なか)にいたから、お酒(さけ)を探(さが)して飲(の)んでから記憶(きおく)が無(な)くなって…んで、ここにいるわけ!」

 麻椰(まや)は歯(は)が浮(う)くような調子(ちょうし)で猫撫(ねこな)で声(ごえ)をまくし立(た)てながら、両手の指差(ゆびさ)しポーズで和室(わしつ)を指(さ)す。


「いやいや、なんでそうなる」

(ん?昨日(きのう)までは未夏(みか)たちと一緒(いっしょ)にいたから、麻椰(まや)はいなかったはずだけど)


 そう思っていると俺はふと気(き)づいた。

「彩福(あやね)は俺の中(なか)から出(で)てきたんだよね?」


「うんそうだよ」


「それだと麻椰(まや)も、誰かの中(なか)にいたってことにならないか?」


「あー…その線(せん)有(あ)り得(え)るかも」


「ちょ…うちを不審者(ふしんしゃ)みたいな目で見るなし!」


「じゃあ麻椰(まや)ねぇは誰の身体(からだ)から出てきたの?」


「えぇと…」

 彼女は戸惑(とまど)いながら咄嗟(とっさ)に何かを思いつくと、両手を広(ひろ)げて空間を切(き)り取(と)るような手(て)つきで見せた。


「このくらいの大きさの女の子だったと思う!!!」


「「いや分かるかい!!!」」


「おはようございます…あら?」

 現(あらわ)れた早七(さな)は、糊(のり)のきいた清潔(せいけつ)な温泉(おんせん)浴衣(ゆかた)に身を包(つつ)み、さっぱりとした石鹸(せっけん)の残(のこ)り香(が)を漂(ただよ)わせていた。


「…うーん困(こま)りましたわね。侵入(しんにゅう)を許(ゆる)してしまうだなんて…」


「だから!!うちは不法(ふほう)侵入(しんにゅう)なんかじゃないってば!!」


「あら、ではどなたか招(まね)き入(い)れたとでも?」

 早七(さな)との間(あいだ)で、不穏(ふおん)な雰囲気(ふんいき)になるのが分かる。早七(さな)はニコニコしているが、あれは喜(よろこ)んでいる顔ではない。淑(しと)やかな発言(はつげん)とは裏腹(うらはら)に、声からは想像(そうぞう)もつかない圧迫感(あっぱくかん)が麻椰(まや)をジリジリと追(お)い詰(つ)めていく。


「えっと…これにはかくかくしかじかでして…」

 圧倒(あっとう)された彩福(あやね)が必死(ひっし)に擁護(ようご)するも、早七(さな)の笑(え)みは一層(いっそう)怪(あや)しい雰囲気(ふんいき)を放(はな)っていた。


「では華緋(はるひ)に鑑定(かんてい)してもらいましょうか」


「えっと…なんか、うちとりあえずOKっぽい?」


「それは鑑定(かんてい)結果、次第(しだい)かしらね」


「ふわぁ…おはようございますみなさん」

 後(うし)ろから未夏(みか)が、眠気(ねむけ)を帯(お)びた潤(うる)んだ瞳(ひとみ)で出(で)てきた。


「うわぁああ!!未夏(みか)ちゃん!もう少し寝(ね)ていいから!!」

 未夏(みか)の前(まえ)を遮(さえぎ)るように彩福(あやね)が両手を広(ひろ)げ、未夏(みか)の肩(かた)を持(も)ち回れ右で回転(かいてん)させる。


「…?何かあったんですか?」


「いいのいいの!!ささ!彩福(あやね)と一緒(いっしょ)に二度寝(にどね)しよう!」

 彩福(あやね)はそう言うと妹を部屋に連(つ)れて行(い)った。…よくやった。俺は心の中(なか)でサムズアップした。


「準備(じゅんび)が出来ましたお嬢様(じょうさま)」


「それじゃあ、お願いするわね」

 華緋(はるひ)がクリスタルスカルを麻椰(まや)に向(む)けた。水晶(すいしょう)の内部でマリンボトルのように煮(に)え立(た)つ泡(あわ)が七色(なないろ)に輝(かがや)き、球体の形(かたち)に集(あつ)まり白い光を放(はな)ったかと思うと、一直線(いっちょくせん)の鋭(するど)い光が麻椰(まや)の額(ひたい)を射抜(いぬ)く。


「う、うぅん?なにやってんのこれ?」


「あなたのナンバリングを検出(けんしゅつ)しているところです」

 華緋(はるひ)は光を掴(つか)み取(と)るように、幾何学(きかがく)の模様(もよう)が描(えが)かれた左手の本(ほん)に叩(たた)きつける。目にも止(と)まらぬ速(はや)さでページが高速(こうそく)でめくれ、次の瞬間ピタリと風が止(や)んだかのように静寂(せいじゃく)を携(たずさ)えていた。


「…S744、特に大きな害はなさそうです」

 麻椰(まや)は肺(はい)の底(そこ)から安堵(あんど)のため息を漏(も)らし、肩(かた)の力を抜(ぬ)いた。


「妹の彩福(あやね)と似(に)た性格(せいかく)をしていますね」

(うーん、二人とも見た目もギャルだしな!!)


「…もしかするとですが、未夏(みか)さん。何か能力が発現(はつげん)したのかもしれません」


 俺はその言葉(ことば)に驚(おどろ)き、目を見開(みひら)いた。

「ど、どういうことだ?」


「これを見てください。」


 彼女の本をのぞき込(こ)むと、そこには未夏(みか)の情報(じょうほう)が載(の)っていた。

「いつの間(ま)にこんなことを…」


「みなさんの安全(あんぜん)を管理(かんり)するのも、メイドの務(つと)めですので」

 ここをご覧(らん)下(くだ)さいと言われ、指で示(しめ)された箇所(かしょ)を見ると、そこには赤い文字で『|スペル ブレイカー《Spell Breaker》』と書かれてあった。


「これは能力(のうりょく)が後天的(こうてんてき)に発現(はつげん)した時に現(あらわ)れるものです。理由(りゆう)は定(さだ)かではありませんが、未夏(みか)さんの異変(いへん)と麻椰(まや)さんの出現。この事象(じしょう)は何らかの因果(いんが)関係があるはずです」


「えぇっと!そうそう!さっきの女の子みたいな感じの大きさから、うちが出てきたから、きっとそう!」


 一件(いっけん)落着(らくちゃく)だと思った、そう思ったのも束(つか)の間(ま)。華緋(はるひ)は俺を憐(あわ)れむような顔で見た。

「えぇと…他に何かあるのか?」


「いえ、特別(とくべつ)なことではありませんが」


「…なんか余計(よけい)に気になるのだけど」


「では単刀直入(たんとうちょくにゅう)に。これをご覧ください」

 そこには麻椰(まや)の情報(じょうほう)が色々書かれてあった。


「えーとなになに…色情魔(ビッチ)?」


「誰がビッチよ!!」

 麻椰(まや)の手が俺の頬(ほほ)を叩(たた)き、乾(かわ)いた音(おと)と熱(あつ)い痺(しび)れが走(はし)る。朝から跨(またが)っておいて何を言うのか。とにかく俺はこの喧騒(けんそう)から離(はな)れたいと願(ねが)った。


「ちょっとお手洗いに…」

 そう言うと後ろから麻椰(まや)の声が、これでもかと大きく聞こえてきた。


「私が魅力的(みりょくてき)だからって、こっそりしないでよね~」


「んなするか!!」

 はぁ、朝から気(き)が疲(つか)れる。わざと言ったのだというのが、ありありと分かるように麻椰(まや)がニヤニヤしているのを見て、俺は苛立(いらだ)ちを募(つの)らせた。


 喧騒(けんそう)を逃(のが)れ、廊下(ろうか)へ出(で)る。ひんやりとした板張(いたば)りの感触(かんしょく)が足裏(あしうら)に心地(ここち)いい。

 トイレのドアを開(あ)けた瞬間(しゅんかん) ――。

「…は?」


「んなななな!!!!!」

 そこには、気(き)まずさに顔を強張(こわば)らせた彩福(あやね)の姿(すがた)が。彩福(あやね)は顔を真(ま)っ赤(か)にして、着ていた浴衣(ゆかた)の帯(おび)やスリッパを投(な)げつけてきた。


「この変態(ヘンタイ)!!!スケベ!!!エッチ!!」


「か、鍵(かぎ)くらいしとけよな!?」


「普通(ふつう)ノックくらいするもんでしょ!!」

 扉(とびら)が叩(たた)きつけられるように閉(し)まり、激(はげ)しい衝撃音(しょうげきおん)が鼓膜(こまく)を震(ふる)わせた。俺は仕方(しかた)なく彼女が済(す)むまで部屋(へや)で待(ま)つことにした。


「はぁ…いや俺が悪(わる)かったかもしれないけどさ…あーもう!!」

 ここは穏便(おんびん)に済(す)ませるために謝(あやま)っておこう。俺は扉(とびら)が開(ひら)くのを聞(き)いて立(た)ち上がり、廊下(ろうか)で彩福(あやね)とすれ違(ちが)う時に開口(かいこう)一番(いちばん)に頭(あたま)を下(さ)げた。


「すまん!!俺が悪かった!!」

 俺は誠意(せいい)を示(しめ)すためにスッと手を差(さ)し出(だ)す。しばらくの間(あいだ)、返事(へんじ)が無かった。


「あのさ…その、わ、うちもよく無かったって思ってたし…分かったから」

 俺が顔をあげると、彩福(あやね)は両手を突(つ)き出(だ)すジェスチャーをしてみせた。


 俺は数秒遅(おく)れでそれを察(さっ)する。

「あ、すまん!!手を洗(あら)ってないんだよな…」


「あはは…」

 微妙(びみょう)な空気が廊下(ろうか)に流(なが)れる。


 その時、後ろから麻椰(まや)の声がした。

「朝から盛(さか)ってるねぇ~」

「「やってませんっっ!!!」」


「みなさん、朝食(ちょうしょく)の準備(じゅんび)は出来てますよ」

 素榛(すばる)の声で、ようやく平穏(へいおん)を取(と)り戻(もど)す。


 俺たちは素榛(すばる)に着いて行き、昨日訪(おとず)れた部屋の廊下(ろうか)にと、華緋(はるひ)が襖(ふすま)を開(あ)けて待っていた。部屋の中からパンのいい匂(にお)いがする。


「おはようございます、ご主人様」

 慣(な)れない言葉(ことば)に俺は少しだけ反応が遅(おく)れて返事(へんじ)をする。席に着(つ)いて焼(や)きたてのパンにジャムを塗(ぬ)って食べ始めた。


「このジャムすごく美味(おい)しい!」

 未夏(みか)はそう言うと目を輝(かがや)かせながら、美味(おい)しそうに頬張(ほおば)った。


「最高級(さいこうきゅう)のアプリコットジャムですのよ」

 焼(や)きたてのパンの香(こう)ばしい匂(にお)いが食欲(しょくよく)を刺激(しげき)する。アプリコットジャムを塗(ぬ)って一口(ひとくち)運(はこ)べば、滑(なめ)らかな舌(した)触(ざわ)りと濃厚(のうこう)な甘(あま)みが舌の上で踊(おど)り、鼻から芳醇(ほうじゅん)な香(かお)りが抜(ぬ)けていく。華緋(はるひ)が入れてくれたコーンポタージュの温(あたた)かさが喉(のど)を通(とお)るたび、強張(こわば)っていた身体(からだ)が内側から解(ほど)けていくような幸福感(こうふくかん)に包(つつ)まれた。


「では出立(しゅったつ)についてなのだけれど、万が一のことを考慮(こうりょ)して由記(ゆうき)くんと麻椰(まや)さんでお願いしてもいいかしら」


「え?ってことは毎日ゲーム三昧(ざんまい)お菓子(かし)食べ放題(ほうだい)でいいんすか?!」


「えぇ、約束(やくそく)した通(とお)り既(すで)に用意いたしましたわ」


 彩福(あやね)がガッツポーズを取った。その隣(となり)で麻椰(まや)がしょぼくれている。何も言わないところを見ると、かなりショックだったのだろう…


「えっと…私も残(のこ)ってていいんですよね?」


 未夏(みか)は早七(さな)に聞(き)くと笑顔(えがお)で答(こた)えた。

「もちろんよ、大切な弟君の妹ですもの。それにあなたまで行方(ゆくえ)不明(ふめい)になってしまったら支障(ししょう)が出てしまうわ」


「そ、それもそうですよね…」


「学校の登校(とうこう)も支障(ししょう)が無いように華緋(はるひ)を同行(どうこう)させるわ。実力(じつりょく)もあるし心配しなくていいわよ」


「ありがとうございます…」

 未夏(みか)は借(か)りてきた猫(ねこ)のように、所在なげに指先をいじりながら答えた。


「ねぇねぇ未夏(みか)ちゃん、時間(じかん)があったら一緒(いっしょ)にゲームしようよ!!」


「えぇと…夏休みの課題(かだい)が終(お)わってからですかね…ははは…」


「優等生(ゆうとうせい)ぶってやんのー、まぁでもとことん付き合ってもらうからね!!」「妹ばかりずる~い~」


 そうだ、もうそろそろ1学期が終わろうとしてる。

 勉強(べんきょう)についていけるだろうかと少しだけ不安になったりしたがそうも言ってられない。なぜ俺は毎日一緒に登校(とうこう)してたはずの甘奈(あまな)を忘(わす)れてしまっていたのか。


 彼女がどこにいるのか、探し出して救(すく)わないといけない。

 あんなに親切(しんせつ)にしてくれていたのに、感謝(かんしゃ)も出来ずにお別(わか)れなんてごめんだ。


「華緋(はるひ)が集合場所まで、ご案内(あんない)いたします。ではご主人様、ついていらしてください」

 俺と麻椰(まや)は玄関先(げんかんさき)で靴(くつ)を履(は)くと、未夏(みか)が廊下(ろうか)から走ってくる。


「どうしたんだ?未夏(みか)?」


 未夏(みか)は何も言わず俺に抱(だ)きつくと、キスをしてきた。

「…!?」


 絡(から)みつく余韻(よいん)が続(つづ)く間(ま)もなく、未夏(みか)は耳まで赤くし部屋に戻って行った。


「へぇ~あんた、なかなか幸せ者じゃーん」

 麻椰(まや)が肘(ひじ)で俺の脇腹(わきばら)を小突(こづ)き、ニヤニヤとからかってくる。


「か、からかうのも大概(たいがい)にしろよ」


「へぇ、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」


「う、うるせぇ」


「あははは!怒(おこ)った!」

 そう言うと彼女は腰(こし)をかがめて俺を見た。


「ずっと顔が暗(くら)そうだったからさ、もうちょっと気楽(きらく)にいこうよ~。きっと妹さんも心配(しんぱい)だったんだろうしさ」


「…麻椰(まや)がいれば、少しは気(き)が紛(まぎ)れそうかな」

 俺は気恥(きは)ずかしい想(おも)いを隠(かく)すかのように、足早(あしばや)に歩(ある)き出し日差(ひざ)しの下に出る。


「むぅ、なんだよその言い方。うちってそんな扱(あつか)い?」


「感謝してるって言ったんだよ」


「ふーん…素直(すなお)じゃないんだから」

 彼女は口をすぼめたが、その瞳(ひとみ)はどこか柔(やわ)らかかった。

(こうして見ると癖(くせ)が未夏(みか)とそっくりなんだよな…調子が狂(くる)いそうだ)

 俺は頭の中で思い出した過去の記憶を振(ふ)り払(はら)い、華緋(はるひ)とともに集合場所へ向かった。






「ここで間違いないですね」

 そう言うと華緋(はるひ)は周囲を見渡した。


「はぁ…はぁ…うちもう疲(つか)れたぁ。どんだけ歩(ある)かせるのよ~」

 麻椰(まや)が汗(あせ)ばんだ額(ひたい)を拭(ぬぐ)い、地面にヘナヘナと座(すわ)り込(こ)む。風があまり吹(ふ)かず太陽がカンカンに照(て)らす道路の上では、余計(よけい)に湿(しめ)った暑(あつ)さで汗(あせ)が噴(ふ)き出てくる。


「普段(ふだん)から歩(ある)いてないからだろ」


「み、水~!」


「どうぞ」

 華緋(はるひ)は麻椰(まや)に水の入った水筒(すいとう)を渡(わた)した。いやどこに格納(かくのう)しているんだそれは??


「いやぁ助かるぅ~…ングッ、ングッ…ぷはぁ!」

 麻椰(まや)は俺を見ると、水筒(すいとう)を一瞥(いちべつ)したかと思うとニヤニヤし始めた。


「な、なんだよ」


「喉(のど)乾(か)いてないのかなぁって」


「別に…そんなことねぇし」


「つよがんなって~…それとも間接(かんせつ)キスを気にしちゃってる?」


「し、してねぇよ」


「あ、もしかして図星(ずぼし)?図星(ずぼし)なんでしょ?」

 そう言ってからかっていた麻椰(まや)だったが、華緋(はるひ)はそれを見て一言言った。


「それだと私が麻椰(まや)さんと間接(かんせつ)キスしたことになりますね」


「へ?」

 彼女はしばらくフリーズしたかのように固(かた)まった。


「な、なんで言ってくれなかったのさ!?」

 すると華緋(はるひ)は顔を赤(あか)らめて恥(は)ずかしそうに言った。


「元々はご主人様のために用意したものですので…」


「はぁ!?間接(かんせつ)キスしようって魂胆(こんたん)だったわけ!?」


「そうですが何か?」

 さも当たり前のように答える。


「こ…このぉ…このビッチメイドめ!!!」


「ご主人様のことを想(おも)う故(ゆえ)、万が一のことを考えて毒見(どくみ)をするのもメイドの務(つと)めです」


「うぅ…由記(ゆうき)くんにビッチって言われ…メイドにもビッチ認定(にんてい)された…うちもうお嫁(よめ)にいけない…」


「ま、まぁそこまで落ち込むことないだろ!?な?」

 どこかで見たような場面に俺は苦笑(くしょう)しながら、麻椰(まや)の背中(せなか)を擦(さす)った。

 その時、遠くから火花を散らし、空気を引き裂(さ)くような爆音(ばくおん)が近(ちか)づいてきた。


「なんかめっちゃすごい勢(いきお)いで来てるんですけどー!?!?」

 麻椰(まや)は俺の後(うし)ろに隠(かく)れてワナワナと足を震(ふる)わせていた。猛(もう)スピードの車がスライドしながらアスファルトを削(けず)り、鼻を突(つ)くタイヤの焦(こ)げた匂(にお)いと共(とも)に目の前で静止(せいし)した。


「やぁ、あんたたちが茉佑(まゆ)の言ってた大事(だいじ)なお客さんかい?」

 太陽に照(て)らされたブラックダイヤモンドが散りばめられた金色の車はかなり目立つ。サングラスを外すと、スタイリッシュな髪(かみ)にかかった鋭(するど)い眼光(がんこう)で、思わず見惚(みほ)れてしまう。


「あれ?以前に見てた人気(にんき)インフルエンサーじゃないっすか!!」


「おや、僕のことを知っていたんだね」

 彼女の放(はな)つ自信溢(あふ)れるオーラが肌(はだ)を圧(あっ)し、握手(あくしゅ)を交(か)わしたその手はとても力強かった。


「入徳(いりとく) 一榎(いちか)だ。今日はよろしくな」


 俺たちは一榎(いちか)の車に乗り、姿が遠くなっていく華緋(はるひ)に手を振(ふ)りながら、心に新たな決意(けつい)を抱く。


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