Echo 11 『 正義の執行者 』
「アノマリー事件によって世界中が混乱に陥った時、世界は暗闇に覆われ太陽が見えず、経済活動も何もかもが崩れてしまった」
「そんな中、世界統一政府が樹立されて、我々八咫烏財団とエリュシオン財閥によって混乱を鎮めることに成功したの」
彩福は助けてと言わんばかりに、こちらを見る。早七を怒らせるのはマズい。俺がそう合図すると、観念したように心を無にしていた。
「でも彼らは恐れるようになった。自分たちを超える存在によって、書き換えられてしまうことに、恐怖心を覚えたの」
「だから彼らは魔女狩りを行った。『我々に従わない者たちは、テロリストであり、世界人民に対する反逆者』ってレッテルを貼り付けてね」
「教育改革も実行したわ。これまで通りの聖書に基づく人類の進化を流布して、終末が訪れるから信仰しなさいと言って恐怖心を煽った」
俺は彩福が欠伸するのを黙って見ていたが、流石に彩福は眠そうだ。こちらに寄り掛かる頭を肩に乗せるが、くっつく度に眼を醒ましバツが悪そうに視線を逸らす。
「『時の振り子』ってのもSCPの一種で、人間の恐怖心を燃料に『運命のオートマタ』を動かそうと躍起になってる」
「あの人たちは聖書に書かれている終末を実現しようとする原理主義者たちなの。そのために私たちを生き永らえさせているというのもある」
「でもそれなら戦争だったり、混乱でかき乱している状態を維持する方が彼らにとって都合が良いんじゃないか?」
「確かにそれも一理あるわ。でもね、その中であなたが立ち上がって『|正義の執行者《Justice Served》』になったの」
「俺が…『|正義の執行者《Justice Served》』に…?」
さっきまでの眠気はどこへやら、彩福が驚いた目でこちらを見る。
「だから世界政府は二度目の出現を恐れているの。もう二度と現れないように封印したつもりだったのでしょうけど」
「じゃあ、なんで弾圧をしないんだ?」
「そんなことをしたら、奴らからしたら大義名分を信者たちに与えてしまうじゃない。だから二度と立ち上がれないように過去のあなたを死んだことにして、人々の共通認識からあなたを消そうとした」
「人間ってね、トラウマの恐怖や欲望が一定量貯まるとそれが現実化してしまうのよ。彼らが恐れているのは自分たちにとって不都合な異分子を記憶から排除できなかった時」
彩福の頭がパンクしそうだ。そんな素振りをして見せたが早七の話は止まらない。俺はもう既に諦めている。
「だから彼らは核兵器を未だに持っているけど、あれは単に脅すためだけに使われている。核兵器なんて使用しても、私たち人間はアノマリーと融合してしまって生死の境が曖昧になってしまった。死んでも誰かの恐怖心によって喚起されると再び蘇るの」
「いつだって無意識の中の恐怖心は彼らの敵。恐怖が敵であり続ける限り、私たちは死なない」
「そいつらはなんて言うんだ?」
「彼らはこう自称してるわ。『バベルの塔』正式名称はSCP-K2747」
「彼ら自身もアノマリー化しているわ。彼らは自分たちを『ユーバーメンシュ』と呼んでる」
「そして彼らが目指している『運命のオートマタ』が導く結末、それは『アビゲイル ソドム』計画」
「うーん…うちにはさっぱり分からないよ…」
彩福はとうとうショートしてしまった。俺には話に着いて行くので精一杯だ。そんな彩福を置いてけぼりにしたまま、早七は話を続けた。
「…太陽の劫火で地上を焼き尽くし、生き残った者たちが神人『ゴットメンシュ』に成る儀式よ」
「そうして恐怖が存在しない地上が実現し楽園が訪れるって筋書き…恐怖なんて自分の中にしか存在しないってのに馬鹿げた話よね」
「早七はそれをどこで聞いたんだ?」
俺はそんな話を信じられなかった。まるでどっかの黙示録かのような話だ。
「情報は確かよ。『バベルの塔』にスパイとして侵入しているメンバーがいるのよ。誰とまでは言えないけど、きっとあなたたちはすぐに出会えるはずよ」
俺の頭は情報過多で、こめかみがズキズキと痛んだ。隣に座っていた彩福はすでに、赤ベコのように頭を上下にしてうたた寝していた。
「そしてその『バベルの塔』の中に、甘奈の反応が微かにあったの」
自分の耳を疑った。どうして?
俺は困惑した表情を見せると、彼女は落ち着いた様子で答えた。
「あなたの『精霊』デバイス、そして天を貫く『ユグドラシル』。それが答えよ」
そういえば…俺は綾華と戦闘した時に、我を忘れて力が暴走したんだった。
(あの時より前から、ずっと俺を監視していたとでもいうのか...)
「…つまり甘奈を取り戻すには『バベルの塔』に侵入しなきゃいけないって話か」
「そう、それが彼らの『運命のオートマタ』を止める鍵になるかもしれない」
早七は決意の眼差しで、俺をしっかり見据える。
「そうと決まればどうにかしなきゃいけないな…」
しかし俺たちで何とかなる話なのか?俺が悩んでいるのを見た早七は、少し柔らかな目に戻ったと思うとゆっくりと立ち上がり、後ろの戸棚から何かを取り出した。
「あなたちだけでは難しいでしょうから、人員は手配します。伝手はありましてよ」
早七は、脈動する生々しい「目玉」を掌に出す。
「聞いてたでしょ。案内してちょうだい」
目玉がぱちくりと瞬き、湿った声で喋り出した。
「なぁに?ようやく出番ってわけ?ま、いいんだけど」
「それはそうと、あなたの弟かなりモテてるじゃないの。私にも貸しなさいよ」
「あなた、妹さんの方ではなくて?」
「いっけなーい、ごめんね?早七ちゃん、妹がせっかちなばかりに」
「今度奢ってくれたら、許すのもやぶさかではなくてよ?」
どうやらかなり親密な仲らしい、そんな印象を受けた。
「さすが早七ちゃん!弟君を迎えに行くから待っててね~☆」
「ちょっと、私の話も聞きなさいよ」
早七がその目玉を指先でぐいと押すと、電源が切れたように瞼が閉じた。
「…かなり騒がしい方たちのようですね」
「彼女たち、顔は広いから沢山の人脈を持っているのよ」
早七は俺に力の見せ所を披露したかのように、得意げにウィンクしてみせた。
「今回はあくまで情報収集だから、気を楽にしていいわよ」
俺は先ほどの甘娜との戦闘を思い出していた。
(あんなのを毎回相手にしていたら、こっちが疲弊してしまうぞ…)
あんな戦闘をこれからも遭遇しなきゃいけないのかと思うと、高校生の自分にはかなり重荷のように思えて仕方なかった。
「迎えは明日だから、今日は早く寝なさいな」
俺はぐったりしている彩福の肩を回して背負い、寝室に向かった。
「寝室はこちらです」
素榛に案内された部屋は、いかにも百貨店であつらえた木綿の匂いがする布団が敷かれていた。自然と奥の盛り上がっている布団に視線が止まり、何かが中でモゴモゴ動いている。
「既に妹さんは寝ていますよ」
「あぁそうか…まぁ泣いたり気分が滅入ったりで体力使いますからね…ははは」
そう思って俺は少しだけ顔を覗こうとしたら
「あ、いけません」
布団の中から華緋の声が聞こえた。
そこには未夏と華緋が重なって寝ている姿があった。未夏は困惑した顔でこちらを見上げ、華緋は顔を赤らめ待ってましたとばかりに立ち上がる。
「えぇと…これはどういう?」
「…あなたは命の恩人です。ですので今日から私のご主人様です」
華緋が俺の手を、両手で縋りつくように握りしめてきた。
「どうかあなたの逞しい身体で、私を好きなようにしてくださいませ」
暴力的なまでに整った肢体を前に、理性が激しく火花を散らす。
(いけない、さっきの長い話で眠くなって、脳の処理が追い付かない!!)
俺の視線が、重力を持ったような柔らかい膨らみに釘付けになったその時、素榛が華緋の頭をパシリと叩いた。
「こら華緋、それ以上ご主人様を困らせたらいけません」
「うぅ…姉さまがそう言うのなら」
彼女はしぶしぶと立ち去った。
華緋が部屋から退散すると、素榛は冷ややかながら誘うような眼差しで俺を見た。
「つきましてはご主人様、まずはあなたがどれだけ精神的に強いかを確かめるために私と"つき合って"くださいませんか」
「えっと…」
姉妹揃って放たれる、熟れた果実のような香りと圧迫感に俺は頭がクラクラしそうになった。
俺の理性が焼き切れそうなところを、後ろから彩福が羽交い締めにし、マシュマロのような胸を背中に押し付けてくる。
「ダメだよ~、私と毎日寝てたんだから私と寝ないと~」
(さっきまで寝てたじゃないかっ!?り、理性が飛びそうだ...)
「お兄ちゃん」
その声で俺はハッとした。
妹の前でなんて破廉恥な真似を...俺は土下座して深々と頭を下げた。
「スマンっ!!悪かった!!できることなら何でもするから!!」
「んーん、お兄ちゃんが元気でいてくれるなら別にいいかなって」
先ほどとは打って変わって、やけに静かになった。俺の心の中では、焦りから安堵感に変わると同時に、ざわつく不安が増幅し心配にならざるをえなかった。
「お兄ちゃん色んな所で人気者だし、私の知らないところであんなことやこんなことしてるんでしょ?」
…事実ではあるけども。俺はその言葉に何も言い返せなかった。
「お兄ちゃんのことは好き…でもそれでお兄ちゃんを縛り付けたくないっていうか」
「私、応援することしかできないけど、見守ってるから…」
未夏は背中を向け、小さく丸まった。その震えるような気配が、胸にチクリと刺さる。
「あ~、ちゃんと慰めた方がいいよ~?お兄ちゃんなんだから」
「い、言われなくったって分かってるよ」
「ご主人様、そういうのは言う前から行動で示すものですよ」
うぅ、正論でしかない。
俺は上着を布団の上から被せ、耳元でおやすみと言った。
「俺は一人で寝るから大丈夫だよ…その…女性が多いとあまり落ち着かないし」
「ではもう一室用意いたしますね」
素榛と華緋が、手際よく冷たいシーツを広げ、布団を整えてくれた。
「えー…うちの子と嫌いになったん?」
何を期待してるのか知らないが、彩福は襖から顔を半分こちらを覗き込んで様子を窺っている。
「いいからほっといてくれ!! 俺はそんなにビビリでもお化けが怖いわけでもねぇよ!!」
「は~ん…さては思春期だな?」
彩福は眉毛を動かし、ニヤニヤが止まらない。
「華緋!! こいつを連れて行ってくれ!!」
「ご主人様のご命令とあらばなんなりと」
華緋はバタバタと暴れて逃れようとピーチクパーチク文句を言う彩福を、早業で布団に包んで引き摺って行った。
(これでようやく一人で落ち着いて寝れる…)
「それじゃあおやすみ」
「「おやすみなさいませ、ご主人様」」
素榛と華緋が俺の安全を確認し、溢れ出る期待を嚙みころすかのように襖を閉める。
俺は明日への不安を抱えながら、天井を見つめた。静寂が耳に染み込み、意識が重い闇の底へと溶けていく。深い、深い眠りが俺を包み込んだ。




