第19話会い
天の声から「川渕」と呼ばれる男は、元第八課天変突破隊の隊長、そして茨の師匠である、黒川玄斎だった。
「なんでっ……師匠が天律院……」
茨は突然の再会と、受け止めきれない事実に言葉を失う。
茨、師匠のことずっと探していたのにこんなのって……
「黒川…天の声の、『こちらの世界では』とはどういう事だ。お前は、一体どうして、、、」
部長にとってもかつての同僚。流石の部長でも、取り乱しているのが隠しきれていない。
『川渕っていうのは、生きていた時の名前だよ。表でね』
「表……?」
『そう。裏の舞台で生きる君達人間は一度、表の舞台で死んでいるんだよ。……表の舞台で、みんながそうあって欲しい、そうあれば良かったと願った、想い、夢、魂が……君達「人間」として生まれる。…逆に、誰にも願われなかった、救われなかった想い、夢、魂は…「零徒」として生まれる。だから、虚楽で人間が死ぬと、零徒になるんだよ。願いが死んじゃうから。』
「我々天律院は、表の舞台で生きた記憶を持って、裏の舞台に生まれた同志の集まりだ。……私もその一人。」
天の声と黒川の説明に困惑する一同。
そりゃそうよね。急にそんな事言われてもピンと来ない。たぶん、理解できたのはあたしだけ。
「つまり簡単に言うと、あんた達天律院は、前世の記憶を持つ転生者同好倶楽部っていう事ね?表の世界で願われた魂は人間に、願われなかった魂は零徒になる。」
『あはは、そうそう。わかりやすい!私達はそんな、願われなかった運命の残骸である零徒、そして行き場を失った願いの吹き溜まりである虚楽……それらを否定しない。肯定する。在るべき姿を許したい。』
うわ。
「冗談じゃないわよ。あんたたちの好き勝手なその許しで、こちとら大量虐殺されかけてんのよ。前の人生なんて知ったこっちゃないわ。知らない人達の新しい人生に水差さないで。」
でも、そうか……だからあたしはーー。
「……お喋りはここまでだ。今日は琴吹、お前に用があった訳ではない。今日の本命はお前だ、」
黒川はその刃の向かう先を、部長から変えた。
その変えた先は、あたし。
「っ!!」
素早く刀を抜いてその一撃を受け止める。
「ボスに傷一つくらいは付けてこいと、煽られてな。」
「へぇ、それはそれは、さぞご迷惑なことで。でも大人しく帰った方がいいかと。弟子に負けたくなかったらね。」
黒川は先程まで茨がいた場所に目線をやる。だが、いない。
「師匠!!!」
背後から茨が容赦なく己の師匠に銃口を向けて肩を撃ち抜く。
「茨!武士の真剣勝負に横槍とはっ!何度も教えただろう!礼儀を大切にしろと!」
「んなもん知るか!槍じゃねぇからいいんだよ!礼儀?勝手に幼い弟子放ってトンズラこいたお前が言うか!」
黒川は肩を抑えてよろめく。
それでも茨は銃を下ろさない。一発二発と、脚、腕に当てていく。
流石に茨をなだめる。
「茨、落ち着いて、師匠死んじゃうって。」
「いーよ。急所は外してるし。死なない程度に殺さないとあのジジイは反省なんてしないだろ。腕は照の分、脚は空の分。次は眉間か?俺の分追加で。」
「眉間は急所だって。クリティカルヒットだって。師匠、血ぃ結構流してますけど、お弟子さんに一旦謝罪した方がいいんじゃない!?このままじゃ人生退場ですよ!?」
何も言わない黒川。真顔で眉間を狙う茨。
謝れ言ってるじゃーん!!
『まったく……強情な男だなぁ。素直に謝れば良いものを……ごめんねー茨くん、こいつを死なせる訳には行かないから、撤退させて貰うね〜!』
サッと目の前の黒川が消え、天の声も聞こえなくなる。それと同時に虚楽も消滅し、何事も無かったかのように、頭上には青空が広がった。
「チッ、今度会ったら眉間にぶちこんでやる……。」
そんな乱暴な言葉とは裏腹に、その目には涙が溜まっている。
「茨……」
背中をさすってあげる。強がってても、やっぱりずっと会いたかった人だもんね。
「い、良いって。平気だって…。あんまりジロジロ見んなって……。」
照れている。茨はヒロインだもん。泣いていいのよ。
「でも師匠…生きていてくれて良かったっ……」
小さな声が風に飛ばされていく。その言葉は、あたしたちだけにしか聞こえなかっただろう。
「茨くんが黒川の弟子だとは知らなかった。こんな良い弟子を置いていくなんて、あいつは本当に罪深い奴だ。」
部長が申し訳なさそうに話しかけてきた。部長、他人のこと言えないわよ。娘から有罪判決受けてんだから。
「師匠は、天壊事件の時に何があったんですか……。教えて欲しいです。」
「ああ、そうだな。……天壊事件、あの前日、あいつの様子がおかしかった。いつもなら必ず行く見回りをやらない、と言い出して、休んだんだ。そして事件当日…虚楽大規模拡大で、共に駆けつけたは良いものの、〈零徒はもう斬れない〉と、突然戦闘を放棄した。その後、虚楽はエネルギーが暴発。……仲間達は零徒になっていった。それを見た黒川は、吹っ切れたように零徒となった仲間達を斬っていった。その表情は……なんというか、黒川じゃないようだった……。全て斬った後、黒川は俺に、〈お前は妻と娘を救いにいけ。俺は、もうお前の仲間ではない。〉そう言って、虚楽の奥へ去っていった。茨君、天変突破隊一刃頭として、あいつを止めることが出来かった事を詫びよう。すまなかった……。俺はあいつの一番傍で戦ってきたのに、何一つ分かってやれていなかったようだ……」
部長も、かつての仲間を止められなかった事が悔しいのだろう。ただ、こちら側から黒川を見れば、噂通り裏切られた、と感じてもおかしくはない。
「……ありがとうございます。部長は悪くありません。俺も、何も知らなかったから……師匠が抱えている過去を。」
やはり黒川が変わるきっかけは天律院だったのだろうか。それとも、前世?
「…………それはそれとして、部長。娘さんと何があったか知りませんが、部長もギルティです。それだけは伝えておきます。」
「お、おう。き、急だな……」
照のお父さんは事の重大さに気づいていないようだ。
その後、犠牲者、被害の把握の調査が始まる。
あたしと茨は「うさぎのぬいぐるみ」の家に戻ってきた。
「ゆきー!ゆきー!どこにいるの!おねがいだからっ…返事してぇっ!!!お侍さん、私の娘、見ませんでしたか!?」
そこには、娘の名前を必死に呼ぶ母親と、照がいた。
「えっと……その、子、は……」
「こんにちは。あたしは虚楽制圧部第八課てっぺん組隊長、天道空と言います。このうさぎのぬいぐるみは娘さんのものですか?」
「そうです!!娘はどこにいますか!?どうか、無事だと言って、ください。」
母親の声が震えている。こういうのは、何度も経験してきた。落ち着いた声で告げる。
「娘さんは、あたし達が到着した時にはもう、息を引き取っていました。零徒になった娘さんの介錯を務めたのは、あたしです。」
「なんでっ……!どうしてっ……助けてくれなかったのっ!!!」
「……このうさぎのぬいぐるみは、娘さんが最期の瞬間まで、その手に握っていた物です。零徒になってもずっと。大切なものだったのでしょう、お母様の元へ、この子を残してくれたのだと思い、」
「だったら、娘も一緒に返してよ!!!あなたに何がわかるのよ!ゆきっ!ゆきぃ……」
泣き崩れる母親。うさぎを受け取ってくれない。
零徒になった人間が身につけていたものは、基本的に残らない。それでもこのうさぎは残った。あの子が遺してくれた。
「では、このうさぎ殿は八課で一旦お預かりしますね。いつか、迎えに来てくれるまで。お待ちしていますから。」
その母親は、遅れてきた父親に連れられて避難所に向かって行った。
その背中を3人で見送っている時に、照が口を開く。
「私のおかーさんは、天壊事件の時に、亡くなったの。最期まで、小さかった私を守ってくれた。零徒になったおかーさんを斬ったのは、遅れて駆けつけてきたおとーさん。おとーさんはいつも遅れて来るの。しかも……おかーさんが最後に買ってくれたお菓子、そのゴミをずっと大切に取っておいたのに……おとーさんが……勝手に捨てたのっ……!」
照はボロボロと泣き出してしまう。
部長、ギルティどころじゃなかった。あなたはもはや裁きを受ける資格さえ無いかもしれない。
『黒川〜、弟子にやられるなんてダサいね〜』
「ボス、あいつは何者なのだ。なぜそこまで執着する?まさかあいつも……」
『川渕、君は知ってるはずだよ。だって空は、君がーー』




