第11話水月
水月
水面に映る月のこと。
見慣れた天井…。
全く動かない身体…。
何度も刀に貫かれた腹から流れ続ける己の血。
痛みに苦しむ声すら、もう出ない。
この景色を見るのはもう何度目だろうか。
でもまだ…死ぬ訳には行かないーーー。
「……はぁっ……はぁ、はぁ……ぅぐうぅっ……」
目が覚めて、残されたのは腹の強烈な痛み。明日は会議だってのに……。
「……ぅう……虚楽に行こう」
「おい、空。なんか臭うぞ、血生臭い。」
本日は隊長会議。各部署の隊長、副隊長、そして虚楽制圧部上官が全員参加する。しかし、もう定刻なのに上官たちが来ない。痺れ切らしたのか、隣から竜義副隊長が失礼な事を平気で抜かしてくる。
「レディになんてことを。虚楽から直で来たから、身体を洗う時間が無かったんですよ。夢中になってたら、いつの間にか日が昇ってて。危うく遅刻しかけました。」
それを聞いた一勝隊長は、心配そうな顔をして口を挟む。
「また一晩中狩りに行ってたのか?何度も言ってるだろう?一日に少しは寝る時間を作れって……。」
「昨日は寝ましたよ。ただちょっと夢見が悪かったんです、その気晴らしにね。それくらいは許してくださいよ。」
気づかれないように、小さく息を吐き出す。
正直あんまり今は喋りたくない。喋ると呼吸が乱れてる事に気が付かれるから。
(この腹の痛みを紛らわす為に、朝まで虚楽に行ってたけど……はぁ、まだちょっとキツイわ……。いつもは治まるのに。)
心配性の兄と、龍の観察眼は舐めてはいけない。いつもより口数が少ないと思ったのか、ジロジロ見てくる。
「空、お前……」
ガチャっ
一勝隊長が何か言う前に、上官たちが会議室に入ってきた。あたしは元気だと伝える為に、誰よりも早く、勢いよく立ち上がる。
(えぇい!痛みなんて忘れろぃ!!)
「諸君、本日集まって貰ったのは、聞いての通り、市街地での零徒発生の件についてだ。制圧部、部長。詳しく説明を。」
何事も無かったように、遅れてやってきた上官たち。開口一番、言うべき言葉はそれではないだろ。と、きっとその場にいる全員が思っただろう。ていうか、風雲会の長老が司会進行かよ。
「ごほん。あー、まず最初に、遅れて来たことを謝罪しよう。少々、こちらの話し合いが長引いてしまってだな。……さて、この件について説明しよう。」
虚楽制圧部の部長は、その場の空気を読んでくれたようだ。早口で謝罪した。この人も大変だ。
「……と、いったところだ。既に情報収集してもらっているが、天律院の実態はまだまだ掴めていない。だが先程、此度現れた零徒の骸から、体液の成分を詳しく分析した結果が出た。それがこちらだ。」
スクリーンに映し出される零徒と、比較されてるのは人間。その成分表は、誰が見ても一目瞭然だった。
「……驚くべきことに、我々人間とほとんど変わらない、という結果だった。」
驚愕の情報に、一同がざわつく。一部がこちらをチラチラ見てきて、声をあげた。
「八課がただ誤って人間を斬った、という可能性は無いのですか?現場には八課しかいなかったのですよね?」
「それはありえない。成分を採取した骸は完全に人間のそれではなかった。零徒の咆哮を聞いた、という民衆の証言もある。」
すかさず否定してくれる部長。とてもありがたい。
「しかし……八課の隊長は…そういう小細工もできてしまうのでは…?誠刃隊が駆けつけるまで時間がありましたし。詐欺集団が襲いかかってきたと聞きましたが、その時勢い余ってそのまま殺害、隠蔽。可能ではないでしょうか?」
正気かこの人。無理がある。まあ……みんな「未知」というのは恐ろしいもので、逃避したくなる気持ちはわかるけど。
「ふぅ……。もし仮に、今ここで皆さんがその腰に引っさげてるもの構えて、襲いかかってきたら、あたしは零徒だろうと、人間だろうと切り捨てますよ。あたしだって、怪我して痛い思いすんのは嫌なのでね。躊躇って負けたら死ぬし。だけど、もしそれで相手を殺ったとしても、別に隠したりなんかしませんよ。コソコソしてどうするっていうんですか。」
シーーン、、、。
「奪った命が零徒だろうが、人間だろうが、それくらいの責任は取って当然でしょう。ここに居るのは皆、侍。違いますか。」
それが刀を持つという責任。殺し、殺される覚悟。
ただーー。
それが怖くない訳じゃないけれど。
『じゃあ、その覚悟、本気かどうか見せてもらおうかな。』
前触れもなく、突然声が聞こえる。その場にいた全員に一気に緊張が走った。
「誰だ!!」
『初めまして。天律院……の、天の声だよ。こんなに偉い人達が集まってる機会なんて早々無いから、挨拶しに来ちゃった。それに、しばらく聞いてたけど、感心しちゃったよ!侍の覚悟ってやつ。だから、見せつけて見てよ。』
フワリと、何も無かった場所にローブを纏った者が現れる。数は……7人。
『彼らは我が天律院の人間。本当は君たちが会議してる時に、街に繰り出して貰うつもりだったけど、予定変更!ここで真剣勝負ってことで。ああ、安心して。彼らもまた、覚悟ができてる人間だから。』
天律院の使者たちは、次々に抜刀していく。
こちらの陣営はというと……、やはり躊躇していた。人間を斬るということに。
そうよね、怖いのは当然。
だからこそ、あたしは前に出る。
「あたしはてっぺん組隊長、天道空。その命、頂戴する。」
手が震えてるのを、認めながら。
そうやって、自分だって怖くても。
みんなの前に立って、先陣切ってた人達の背中を知ってるから。
今でも、ずっと、その背中を追いかけ続けているから。
ねぇ……少しは近づけたかな?てっぺんにいる、『仲間達』に……。
「空、怖くねぇのか?」
隣で刀を構えながら一勝隊長が聞いてきた。落ち着いた、穏やかな声。でも、迷いの色は一切感じない、真っ直ぐな声。
「怖いに決まってますよ。あーあ、こんな会議なんて出るんじゃなかった。」
「チッ面倒な事起こしやがって。ったく、元はと言えば、おめぇが生意気言った結果だろ……言い出しっぺが負けたら本気で切腹させるからな…?」
続いて竜義副隊長が文句言いながらも、隣で抜刀する。ぶっきらぼうで、荒々しくも、温もりのある声。……いやこれは本気で怒ってるやつ。でも、この声に何度も前を向かされた。(強制的に)
「う"すみません。生きる覚悟しかありません。勘弁してください。」
この2人だって、人間を斬ったことはない。けれど、こうして隣に立ってくれた。……まさかこの2人の隣に立てる日が来ようとは。
ほかの隊長陣はまだ尻込みしているみたいだ。副隊長がカッと睨みつける。
「おいっ!てめぇらも一丁前の侍なら、さっさと腹括りやがれぃ!いつまでもその腑抜けたツラが、胴体と繋がってると思うなよぉ?」
「ちょっとタツ、言い過ぎだって。あいつらがビビってんなら、俺たちが先陣切るまでだ。……行くぞ!」
一勝隊長の掛け声で、天律院、制圧部の面々が互いに一斉に交わる。
先程あたしに容疑をかけていた隊長が、背後から襲われようとしてる。
咄嗟に駆け寄って、敵の背中をすばやく斬り捨てる。
「な、なぜ……」
「お礼は不要ですよ。」
敵に背中を向ける奴に、時間を割いてる場合では無い。
それを見た他の隊長陣も、どうやら決心がついたご様子。
だが、片方は普段から化け物を相手しているトップクラスの面々。案外、呆気なくバタバタと倒れていく。零徒とは違って、人間というのは儚く、脆いものだ。
最後のひとりが倒れて、静かになる。荒れ果てた会議室。ゴロゴロと転がる亡骸。己の行いに吐き気を催す者、震えが止まらない者……。
一勝隊長が部長に進言している。
「各課の一刃頭だけこの場に来させて、隊長陣を連れ帰るように伝えていただきたい。できるだけ内密に。これが広まると士気が落ちかねませぬ。あ、一課の一刃頭は呼ばなくて良いんで。」
皆がこの場の処理に動き出す前に、やらなきゃいけないことがある。
「天の声、まだ聞こえてる?」
『もちろん。さすが、強いね。君たちは。』
「そりゃどうも。じゃあ、この倒れてるあんたのお仲間、ちゃんと連れ帰ってくれないかしら。というか、この人達が生きてても、死んでても、結局零徒にするつもりだったんじゃない?」
少し考えたように間を置いて、思いついたように返事が返ってくる。
『うーん、そうだよ。でも、今は彼らにそんな価値なんて残ってないや。連れ帰る価値さえもね。』
「はぁ?あんた飛んだブラック上司ね。」
『空、彼らは負けたんだよ。さっき言ってたでしょ?「負けたら死ぬ」って。君はそうやって生きてきた。言い換えれば、「負けた方が悪い」ってね。なんにも間違ってないよ、空。君はちゃんと、身をもって知ってるはず。』
『勝てば官軍、負ければ賊軍ってね。』
ドンッ、
と、胸の奥に重い何かが、のしかかる。
そしてソレは、パラパラと音を立てて、めくれていく。
「そうね、その通り。……あたしはそれを否定できない。」
血にどっぷり染まったページが、とめどなく、めくれていく。
戦死。
切腹。
斬首。
病死。
くだらない冗談で笑う顔……
美味しそうにおにぎり頬張ったお昼……
内緒でお菓子買った罰の便所掃除……
「だけど、逆賊と言われようが、これまでも、今も、この先もずっと変わらない。胸を張って言うわ。」
ーーあんたと一緒にしないでよ。
「『あたし』は、『あの人達』の仲間だって。」
耳がおかしいのか、周りの音が聞こえない。
あれ、ここにいるのはあたしだけなの?
『……ふふ、君ならそう言ってくれると思ったよ。さすが、私の理想。』
天の声を皮切りに、自分がどこにいるのかを思い出す。随分と穏やかな声だった。
『さて、今日はいいものを見せてくれてありがとう!お礼に良い事教えてあげるよ。……そうだなぁ。あっ!さっきこの前の零徒と人間が同じ体液成分で驚いてたでしょ?そりゃ当たり前だよ。だって……』
『君達人間も、零徒も、同じ「願い」から作られた存在だから。』
それ以降、天の声は聞こえなくなった。多くの疑問が残りつつも、まずは隊長陣のケアを優先に動き始めた。
そんな様子を見つつ、あたしはひとりで立ち尽くす。
(茨は……負けた方が悪い、なんて言ったら絶対怒るだろうなぁ。)
「……痛いなぁ……。」
誰にも聞かれないように、小さな声で。
腹の痛みは……とっくに消えてる。
なのにーー。
胸の奥が、ずっと痛い。
水月
武道で言うところの、「みぞおち」のこと。




