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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第86話 消耗の加速

 精霊機関車の試験線では、午後になると日差しが鉄軌道を温め、足元から熱が来る。作業する技師たちが腕まくりをしている横で、ユミナはいつも日陰のある側に立った。


 三日前から、それが変わっていた。


 日陰を選ばなくなったわけではない。ただ、立っている場所を変えるのが遅くなった。太陽が西に傾くと、陰が短くなって足元まで光が来る——以前なら一歩退いていたタイミングに、今日は気づいていなかった。技師の一人が「暑くないですか」と声をかけて初めて、一歩下がった。


 問いに答える速度は落ちていない。精度も落ちていない。「この継ぎ目は次の運転で圧がかかります。補修は明日ではなく今日のうちに」と言い切るその口調に、迷いはなかった。問われたことに対して、正確に答える。ただ——それを言ったのは、技師が問いかけた後だった。一ヶ月前のユミナなら、技師が口を開く前に継ぎ目を指していた。


 ただ、問われていないことには気づかなくなった。


 今日も首席技師が区間の変更を検討していた。ユミナはその決定に意見を求められなかった——だから意見を言わなかった。しかし先週なら、求められる前に「その区間は優先順位を上げた方が効率的です」と言いかけていたはずだった。今日は技師たちが協議している間、ユミナは別の書き付けを読んでいた。会話の内容が聞こえていたかどうかも分からなかった。


 それを恒一が確認できたのは、石の行動を見ていたからだった。


 朝の現場に来た時、ユミナはポーチから魔力石を一つ取り出して手のひらに収めた。いつもの動作だった。しかし今日は昼前に二度目が来た。一度目の石を小布に包んでポーチに戻し、別の石を取り出した。最初の石がもう冷えた、ということだった。一度の消費で石は冷えていく。それが昼前に来るようになったのは、この二日間だった。


 恒一は報告書の整理を続けながら、正面には立たなかった。ユミナが何かを確認するたびに、記録を読んでいるふりをした。数えた。午後の途中で三度目が来た。


 技師の一人——今日は動力核の調整担当だった若い方——が、ユミナの手元を一度だけ見た。石を取り出して包む動作を見たはずだったが、何も言わなかった。作業に戻った。この世界の人間にとって魔力石は珍しいものではない。回復薬程度の扱いだった。


 しかし恒一には意味が違った。


 先週、ユミナは石を一日に一度使っていた。恒一が数え始めたのはその頃からで、最初は別に意識していなかった。ただ——二日前から回数が変わった。きっかけが分からなかった。図書館での調査が関係しているのか、あの干渉が変質したからなのか、あるいは両方なのか。「体に来ます」という言葉が、三日前の夜にユミナの口から出ていた。あの時恒一は「今日は特に悪い」と受け取った。しかし今日の様子を見ると、あの夜以来ずっと続いているということになる。一時的ではなかった。


 ---


 技師たちが撤収の準備を始めた頃、ユミナは今日の補修結果を書き付けにまとめていた。手の動きは正確だった。ただ、筆致が少し細くなっていた——昨日までと比べると。恒一は今日の分の台帳を取りまとめながら、その細さを直接指摘しなかった。


 試験線から戻る道に小さな水場があった。用水路の引き込みらしく、流れは細かったが音はあった。ユミナがそこで立ち止まった。石畳の継ぎ目に水が染みて、その縁だけが暗くなっていた。


「一度待ってください」


 ユミナが言ってポーチに手を入れた。石を出した。四度目だった。手のひらに収めてから、水の音の方を少しのあいだ向いていた。目を細めているように見えた。光のせいかもしれなかった。


 恒一は隣に立ったまま待った。急かさなかった。水の音が細く続いていた。石畳の縫い目から青い苔が伸びている。城内の整備が行き届いている場所と、こういう隙間のある場所が混在していた。


「行けるか」と恒一は聞いた。


「はい」ユミナはポーチに石を戻した。「行けます」


 そのまま歩き始めた。遅れずについていける速さだった。顔色が悪いのかどうかは、この光の中では判断できなかった。


 ---


 夜、部屋で二人になった。


 ユミナは今日の調査まとめを書いていた。恒一は書き付けを一度閉じた。


「全部話してくれ」


 声は低かった。責める調子ではなかった。


 ユミナのペンが止まった。すぐに動き始めたが、一拍の間があった。


「どの範囲の話ですか」


「石を今日四回使った。先週は一回で足りていた」


「……はい」


「あの干渉が悪化しているのか」


「頻度は変わっていません」ユミナは言った。「ただ——今受けている干渉の種類が、処理に費用のかかるものに変わっています。一回あたりの負荷が大きい」


「石で補えているか」


 少し間があった。「補えない日が増えています」


 恒一は黙った。続きを待った。


 ユミナはペンをいったん置いた。「研究の方でも——図書館の文書で、意図的に削られた形跡があって、調査の方向を変える必要が出てきました。それで頭の処理が増えていることも、消耗の一因になっているかもしれません」


「それだけか」


 ユミナが一度だけ目を上げた。「……何を聞いていますか」


「今俺に言えないことがある。それを聞いている」


 短い沈黙が来た。部屋の外で誰かが廊下を歩いていく足音が、一度聞こえて遠ざかった。


「まだ確認が足りていない部分があります」ユミナは言った。「断言するべきではないと判断しています。——それは、隠しているのとは少し違います」


 恒一はその言葉を聞いていた。「まだ」という言葉が入っていた。「まだ」は「いつか話す」という意味でもあり、「今は話せない」という意味でもあった。どちらとも取れる言い方を選んでいた。


 嘘じゃない、という感触があった。確認が足りていないのも本当だろう。断言を避けるのも、この女の一貫した判断基準だ。しかし同時に——今自分に渡せる最適な答えを選んでいる、という感触もあった。真実ではなく、自分が壊れない範囲の言葉を選んでいる。消耗の理由を問われて、消耗の理由の「一部分」を答えた——その差が、まだここにある。


 45歳のおっさんが9ヶ月かけて学んだことがある。この人間は情報を整理して、相手が受け取れる形にしてから渡す。善意でやっている。だから問われていないことも、相手が混乱しないように選別してから渡す。その習慣が——渡せないと判断したものについては形にしない、という方向にも働く。自分を守っているのか相手を守っているのか、あるいは両方なのかは、本人にも区別がついていないかもしれない。


「今はまだ言えないんだな」と恒一は言った。


 ユミナがわずかに止まった。「……はい」


「分かった」


 返書の草稿に戻った。ユミナも書き付けに目を戻した。


 しばらくしてから、恒一はまた一言だけ言った。「悪化したら言ってくれ」


「……善処します」


 善処、という言葉が返ってきた。「はい」でも「分かりました」でもなく——「善処します」は「できる限り努力する」であって、「必ずそうする」ではない。意図的に選んだ言葉だと思った。


 それ以上は言わなかった。


 書き付けの文字を続けた。燭台の明かりが、二人の机の端まで届いていた。ユミナのペンが動く音が、規則的に聞こえた。その音が続いている間は、今日のところはまだ動けている、ということだった。


 部屋の外は夜の石造りの静けさだった。城のどこかで扉が一度開いて閉まった。それだけだった。


 聞くのをやめた。今はまだ、この沈黙の中に問いを置いておくことが正しい気がした。まだ言っていない真実がある——その感触だけが、ここに残った。




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