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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第82話 審問の影

 昼過ぎにカルスが来た。「研究者が集まっています。コイチ様もお呼びでございます」


 精霊機関車の試験線から戻ったばかりで、靴底に草地の湿りがまだ残っていた。洗い落とす間もなく廊下を進んだ。石壁が午後の光を受けていた。昨日より冷えていた。


 書庫棟の横の小さな応接室に、ヴァリスと見知らぬ男が待っていた。三十代半ば、書き付けを膝の上に重ねていた。アルヴェリア魔導学院から派遣された研究者ですとカルスが添えた。窓が一つ、燭台が二本。外の光が入らない部屋だった。数分後にミリアが扉を押した。「やっほー、遅れた?」と言って椅子を引いた。誰も答えなかった。ヴァリスが「始めましょう」と言った。


 研究者が報告を始めた。


「エルセアで収集された資料、ゴーレムの制御言語の外部に刻まれていた記号体系の分析結果を申し上げます」


 声が固かった。内容が固いからか、部屋が固いからか、判別できなかった。


 概要は三点だった。一点目、当該記号体系は文献魔法(アーカイブアーツ)精霊魔法(スピリットアーツ)神聖魔法(ディヴァインアーツ)のいずれとも一致しない。二点目、しかし痕跡の構造的特徴が異端魔法(ヴァルコード)の残滓と類似した性質を持つ。三点目、「当該記号体系が異端魔法(ヴァルコード)であると断言することはできません。ただし——同じ起源を持つ体系である可能性は、否定できません」。


 最後の一点を、研究者は一拍置いてから出した。


「以上です」


 しばらく沈黙があった。ヴァリスが続けた。「この分析が開始されてから、エルセア周辺で瘴気の強まりが観測されています。中央ダンジョンからの遺物持ち出しの増加が要因として疑われています。この傾向はここ半年で加速している」


「ザイラントが動いているのは、その数字です」とミリアが言った。声は軽かったが、目が軽くなかった。「あたしが止めてきたのは、二段階あって。まず——教国が「活動中の異端案件」と判定した段階で、審問の手続きが走る。聖戦よりずっと手前。その段階で対象者は保護じゃなく隔離になる。本人の意向とは関係なく。あたしはその手前も止めてきたんだけど、でも今は……あたしが全部を止めきれなくなってきてる」


「具体的には」と恒一は聞いた。


「向こうも数字を持ってる。瘴気の分布、ゴーレムの目撃報告、遺物の成分分析。「これは危機じゃない」って言い続けるには、無視できない量になってきた」ミリアが短く間を置く。「間違いとは言いにくくなってきてる——それが正直なところ」


 研究者が一礼して退席した。


 部屋に三人が残った。


「楔の話をしていいですか」とミリアがヴァリスに言った。「はい」


「あたしの観察、まだ仮説の段階だけど。楔の劣化が一番進んでいる区画と、深層の古いゴーレムが集中している区画が地図の上で重なってる。偶然にしては精度が高い。何かが深層で楔に作用している可能性がある」


「その「何か」が、今日の記号の体系と関係している、ということか」とヴァリスが言った。


「分からない」ミリアは即答した。「でも——同じ場所を向いてる気がする」


 恒一は黙って聞いていた。ヴァリスとミリアの言葉を並べ直しながら、今日ユミナが図書館で何を調べていたかを思った。帰ってきたら聞く必要があった。


 会議が終わった後、廊下でミリアが恒一の隣に並んだ。「少しいい?」


 二人で城の内廊下を歩いた。窓から斜めの光が差し込んでいた。ミリアが前を向いたまま話した。


「正式な場所では言いにくかったやつ」


「聞く」


「聖戦より先に来るものがある。教国が「活動中の異端案件」と見なした段階で、審問の手続きが走る。保護じゃなくて隔離になる——本人の意向とは関係なく。教国の監察官は今も城下に残ってる。あたしが止めてるのは聖戦の宣言だけじゃなくて、その手前の判定からでもあって。でも今は——その手前の部分が、もう動きかけてるかもしれない」


「ユミナのことか」


 ミリアが一拍おいた。「コイチがそう思うなら、たぶんそういうこと」と言った。「あたしは名前を出してない。でも——異端案件として動き始めたら、守りたいものとの間に壁ができる。聖戦が来る前に。それだけ」


 少し間があった。ミリアは前を向いたまま言った。


「異端ってね、倒すより先に、隔てられるんだよ。それが最初の段階」


「それを今日僕に言ったのは」


「今日の会議の後なら分かると思ったから」


 廊下の突き当たりで光の色が変わった。夕方が近かった。ミリアはそこで別の方向に折れていった。「ありがとう」と恒一は背中に向けて言った。「うん」と短く返ってきた。


 石畳の廊下を一人で戻りながら、恒一は順番に並べた。


 ゴーレムの記号に異端魔法(ヴァルコード)と起源が近いものがある。深層のゴーレムが集中する区画と楔の劣化区画が重なっている。瘴気の強まりが加速している。ミリアが止めきれなくなっている。


 そしてヴァリスたちが言っていた——ネヴァンはマハの封印解放を画策している。マハの封印は中央ダンジョンの深層に在る。


 ユミナの消耗は——異端の影と、どこかで繋がっている。ヴァリスたちはそう見ている。証拠ではない。しかし方向が合う。


 方向が同じだ。ゴーレムの記号、楔の劣化、ユミナの消耗——全部が同じ場所を向いている。証拠ではなかった。点と点の間を繋いでいるのは事実ではなく、距離が急に縮まったという感触だ。


 夢のことを思った。夢の中で、何かが来た。図形の均等な手触りがあった。あの時は「この手触りを知っている」というだけで止まった。今日の報告を聞いて、その止まり方が変わった気がした。まだ繋げられない。だが向きが同じだ。


 これはユミナが抱えているものと、同じ場所から来ている。


 扉の前まで来て、引き返したことを思った。今夜は話す必要があった。全部ではなくても、少なくとも——今日ユミナが図書館で何を読んだかを、聞かなければならなかった。


 足を速めた。廊下の先、夕方の光が石壁を橙に染めていた。




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