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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第80話 アルヴェリアの開発事業

 朝食の間、ユミナとの会話は少なかった。


 卓の上に麦粒のスープと薄い焼きパン、岩塩と植物油の小皿。城の朝食は質素だったが、毎日安定していた。恒一はスープを飲みながら、向かいのユミナを見ていた。彼女は古文書の写しを一枚、卓の端に広げていた。食事中も視線が文字の上を動いていた。恒一が水差しに手を伸ばした時、ユミナが顔を上げた。何か言いかける間があった。言わなかった。


 恒一も言わなかった。夜明け前に扉の前まで来て、引き返した。あの判断は今も変わっていなかった——話した後の先が、まだ見えなかった。


 食後、カルスが来て告げた。精霊機関車の技術相談が今日から始まります、と。


 城の南門を出て、外縁の石畳を過ぎると草地に出た。昨日雨が降ったらしく、石畳の端に水が溜まっていた。道の途中で、石で固めた護岸に魔法石の管が通った水路が見えた。城下で見たものと同じ構造だった。護岸の石の色が均一で、継ぎ目が綺麗に揃っていた。術式の管理がなければ維持できない細かさだった。


 その先に鉄軌が見えた。二本の帯が南に向かって伸び、枕木が規則的に並んでいた。遠くで緩くカーブして林の向こうへ消えていた。枕木の色が均一ではなかった。新しく補修されたものの白い木肌と、古くなって灰色がかったものが交互に並び、その間隔がやや一定ではなかった。計画的な補修ではなく、必要になった箇所から手をつけている感じだった。


 匂いがした。石炭の煙ではなく——精霊魔石を焼いた時の、脂に鉱物粉が混じった独特の臭気だった。前世の記憶にある機関車の排煙とは質が違う。しかし何かが重なった。大きなものが動いている——その感触だけが同じだった。


 試験線の端に木造の小屋が数棟並んでいた。その前に六人が立っていた。三人は術師のローブ、試験線の術式担当だという。二人は革エプロンの工具持ち。一人が首席技師と名乗った。年は五十に近い、目の細い男で、こちらを見た時の視線が何かを計量するような動きをした。


文献魔法(アーカイブアーツ)の方には、動力核の解析をお願いしたい」と首席技師が言った。「精霊機関車がこの半月で二十三回の停止を繰り返している。術式側の問題か、機構側の問題かの判断がつかない。陛下から、ユミナ導師に診ていただくよう指示を受けた」


 ユミナは頷いて、「見せてください」と言った。


 車両は小屋の裏に据えられていた。七歩ほどの長さ、人の背よりやや高い鉄の胴体。側面と底部に精霊魔石が埋め込まれた動力核が配置され、表面に術式の線刻が縦横に走っていた。一部が赤茶に錆び、金属の冷えた臭気が周囲に漂っていた。恒一は手を触れなかったが、近づくだけで鉄の冷えが手の甲に届いた。


 ユミナが車両の側面に片手を当てた。数える間のうちに、離れた。


「動力核の起動補助術式と、軌道の接地術式の位相がずれています。精霊魔石の劣化ではなく、設計の段階から入れ違いが生じています。再同期は一日でできます。ただし、軌道の第三区間の枕木の術式刻みが相当摩耗しています。そちらを先に補修しないと、停止が再発します」


 沈黙があった。首席技師が術式担当の三人を見た。一人が言いかけて、止まった。もう一人が視線を動力核に向けた。三人目は表情を動かさなかった。


「……一週間かかっていた判断を」と首席技師が言った。「どれほどの間で」


 ユミナは短く間を置いた。「見れば分かります」とだけ答えた。


 首席技師が術式担当に目配せを送り、作業の準備が動き出した。恒一は一歩退いて、小屋の陰に場所を移した。


 壁板が薄かった。中から二人の声が通ってきた。


「あの判断の速さは本物だ。術式の経験だけじゃ出てこない。文書を読み込んできた人間の目をしている」


「陛下がエリンからわざわざ呼ばれた理由が分かった。あの方がいれば、試験線の問題は半年前には片づいていた」


 声を出さずに聞いた。二人の姿は見えなかった。驚いた口調ではなかった——同じ現場にいた者が、事実を確かめ合うような話し方だった。


 否定するつもりもなかった。一週間かかっていた判断が、触れた数える間で出てきた。首席技師が「どれほどの間で」と問い返した時の沈黙が、それを証明していた——驚きではなく、受け取るための間だったと、今になって分かった。


 午後に入る前、技師の一人が外装板の仮固定作業をしていた。使っていたのは細い金属棒で、先端に小さな魔石が埋まっていた。鉄の継ぎ目に当て、そこから低い雷撃を一瞬だけ流す——刹那、金属が強く食いついた。外装板がぴたりと固定された。


「なんだそれは」と恒一は聞いた。


「雷釘です」と技師は答えた。板の位置を指先で確認しながら、手を離した。「低出力の雷撃を鉄へ通すと、一瞬だけ強く食いつく。仮固定に使います」


「人間がやったら」


「肩が抜ける」と技師は短く言った。「人がやると危ない。だから普通はやらない」


 恒一はその工程を、もう一度見た。棒を当て、雷が走り、食いつく——その一連の動きを、理屈ではなく目と身体で追った。


 午後、軌道の補修が始まった。恒一はユミナの近くで作業の進行を見ていた。傍らの作業台に保守台帳が置かれていた。恒一は一度それを手に取った。日付と補修区間の記録が並んでいた。作業の記述欄は埋まっているが、担当者の署名欄が数行、空白のままになっていた。一ページめくると、別の書式の一枚があった。


 設置者:――

 調整者:――

 系統先:三番補助核

 状態:継続


 空白の幅が、さっきの署名欄と同じすぎる、とだけ思った。後で記入するのかもしれない。閉じて台の上に戻した。術式担当の一人が、ユミナの指摘した区間を確認して戻ってきた。「仰る通りでした」と短く言って、また作業に戻った。


 ユミナは作業に手を出さなかった。ただ、問われた時だけ答えた。「この刻みは再利用できるか」と技師の一人に聞かれ、「三回目の研磨で限界が来ます」と答えた。技師は書き付けに写し取り、また作業に戻った。「どうして分かるのか」は誰も聞かなかった。午後の日差しが鉄軌を温め、枕木の細い影が規則的に地へ並んでいた。


 三区間の補修が順に進む中で、夕方近くに首席技師が最も奥の区間を見て「今日は手が回らない」と言った。「明日に回す」という判断だった。


 恒一は黙った。


 後回しにされた区間は、ユミナが「先に補修しないと停止が再発する」と言った場所だった。人員が足りないのなら仕方がない。だが——首席技師がその区間を見た時の目が、一瞬だけ止まった感じがあった。見ていたのではなく、見ないと決めたような目だった。問題があると知っていて、今日は向き合わないと決めた、という意志のある停止。そのことが、気のせいではない気がした。


 ---


 城に戻る道で、草地に夕方の影が長く伸びていた。


 ユミナは写しの束を片手に持ち、前を向いて歩いていた。恒一はその隣を歩いた。城壁の影が二人の足元を追い越していた。草の乾いた匂いが風に運ばれてきた。夕暮れ近くの空気は昼より明確に冷えていた。靴底に湿った草の感触があった。


「最後の区間を後回しにした件」と恒一は言った。「理由の見当はあるか」


「人員の問題ではないと思います」とユミナが答えた。「あの人数で、一人を回すことはできた。そうしなかった」


「理由は」


「——あります。ただ、まだ確認が足りません。今は断言するべきではないと思います」


 恒一は続きを待ったが、ユミナはそれ以上言わなかった。問い返さなかった。


 城門が見えてきた。衛士が二人立っていた。石壁からの冷えが夕暮れの空気の中に漂っていた。ユミナは古文書の写しを手に持ったまま、目を前に向けていた。


 最後の区間は、まだ補修されていない。




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