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AI少女の転生特典~119番を呼べなかったAIが異世界で俺を再構築する。代償は利き手、甘味、そして彼女の命~  作者: 鳴島悠希


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第100話 仲間との再会

 ヴェルダが来たのは、夕刻前だった。


 助手の若い男と一緒に現れた。両手に資料の束を抱えた助手が扉の前で立ち往生しているところを、ヴェルダが何も言わずに扉を引いてやった。それだけの動作だった。部屋の中に入ってきたヴェルダは一度室内を見渡した。ヘルマ、ノル、ベック、ユミナ、恒一——その順に視線を動かした。それから恒一のところで止まった。


「……帰ってきた」


 感嘆でも確認でもなかった。ただ事実を出力した声だった。


「帰ってきた」と恒一は言った。


 ヴェルダは資料の束を机の端に置いた。助手が荷物を下ろした。部屋に人が増えて、炒った豆の匂いに紙の乾いた匂いが混ざった。


「座りますか」とユミナが言った。


「……ええ」とヴェルダは言った。椅子を引いた。助手は部屋の隅に立った。ヴェルダが一度だけ振り返り、目線で「壁に寄れ」と示した。助手が壁際に寄った。声は出ていなかった。


 六人——ユミナを含めれば七人になった——が机の周りに集まった。


「状況の整理から始める」と恒一は言った。「ヘルマが今朝の資料を持っている。ヴェルダに見せる前に、変更点だけ確認したい」


「二点ある」とヘルマが言った。「一つ、四層の南区画で新たに骨棘獣が三体確認された。侵入経路はまだ不明。もう一つ、五層の整流点が一箇所、今朝の観測で不安定になった。俺が直接確認していないが、報告は確かなものだ」


「整流点の位置は」


「ちょうど中継路の中間だ。迂回は可能だが、距離が伸びる」


 ヴェルダが机の上の地図の写しに目を落とした。「……この区画」と指を置いた。


「そこです」とヘルマが言った。


「……ゴーレム活動域と重なっている。偶然か、それとも整流の乱れがゴーレムを引き寄せているか。どちらかによって対処が変わる」


「確認する方法はあるか」と恒一は言った。


「……データが必要です。三日分あれば傾向が出る」とヴェルダは言った。「ただし、時間があれば。今は今の判断を優先してもいい」


「三日は使えない」とヘルマが言った。「瘴気の加速を考えると、今週中には降り始める必要がある」


「分かった。迂回路で行く」と恒一は言った。


 議論が続いた。南区画の回避経路、五層以深の分担、消耗の配分——一つずつ確認していった。ノルが時おり質問を挟んだ。ベックは何も言わなかった。地図の上に視線を落としたまま、指が一度だけ経路の上をなぞった。それで答えは出ていた。


「先輩、この経路だと六層出口まで、前よりどれくらいかかるっすか」


「一日半は見てほしい。以前は一日だった」と恒一は言った。


「それって……今の俺たちに余裕あるっすかね」


「体力より消耗の話だ」とヘルマが言った。「ノル、お前の神聖魔法(ディヴァインアーツ)の回復頻度はどのくらいだ」


「四半日に一回、くらいっすね。普段は」


「深層では詰める。二回に増やせるか」


「……やってみるっす」


「やってみる、じゃない。できるかどうか今ここで考えろ」


 ノルが少し黙った。「……できるっす。ただし、もし大きいのが来た時は一回分削られる」


「それで計算する」とヘルマが言った。


 確認が終わると、机の上に資料が残った。ヴェルダが自分の荷物の中から別の書類を出した。「……こちらを。アルヴェリアから持ってきた分析記録です。ゴーレム制御核の傾向——それと、もう一つ」


「もう一つ」


「……恒一さんへ」とヴェルダは言った。「個別に、少し時間をもらえますか」


 ---


 他のメンバーが部屋を出た後、ヴェルダは助手にも席を外すよう目線で示した。


 部屋に残ったのはヴェルダと恒一とユミナの三人になった。


 ヴェルダは机の上に一枚の紙を置いた。


「……見てほしいものがあります」


 恒一は紙を手に取った。文字列だった。きれいに整理された記録だった。


「補助核の観測記録ですか」


「……ええ。三度目の再構築(リライト)以降のものです。ただし、これはゴーレムの記録ではない。私が、恒一さんを観察した記録です」


 少し間があった。恒一は紙を見たまま、視線だけをわずかに上げてヴェルダを見た。


「俺を」


「……リライトの後、身体の構造に変化があることは知っていた。今回はそれだけではない、という仮説を立てました。立てたというより——」ヴェルダは言葉を区切った。「気づいてしまった」


 ユミナが小さく息を吐いた。それだけだった。


「何に気づいた」


「……恒一さんの視線の止まり方が変わりました」とヴェルダは言った。「以前は一点を見てから次に動く。今は——一点に止まった後、止まっている間に情報を広げる。面積が増えた、という感じです。物を見る時の処理量が増えている」


 それはノルが今朝言ったことと近かった。「止まる場所が増えた」——ノルはもう少し感覚的な言い方をしていたが、指しているものは同じだと恒一は思った。


「ノルも同じことを言っていた」と恒一は言った。


「……ノルは感覚で見た。私は記録で確認した。どちらも正しいと思います」


「それが問題になるか」


 ヴェルダが少し間を置いた。「……問題になる、という意味ではない。ただ、あなたが自分の身体の変化を把握しているかどうか確認したかった」


「把握している、かどうかは、まだ分からない」と恒一は言った。「何が変わっているかは感じている。変わったことの意味は、まだ整理できていない」


「……それで、十分です」とヴェルダは言った。「把握しているなら、問題ない。把握していないなら、教えたかった」


 ヴェルダが紙を回収した。それで話は終わりだった、という空気があった。


「……もう一つあります」とヴェルダは言った。「こちらはユミナさんにも聞いてほしい」


 ユミナが顔を上げた。


「深層に入る前に確認したいことがある。ゴーレムの制御核、その構造の一部に——以前とは異なるパターンが出ています。それが何を意味するかは、まだ断言できない。ただし、今回の探索で判明することがあると思います」


「断言できないけど、気になっている、ということか」


「……ええ」


 恒一は少し考えた。「分かった。降りた先で一緒に確認する。それでいいか」


「……はい。それで構いません」


 ヴェルダが立ち上がった。「では、皆さんを呼んでもいいですか」


「呼んでくれ」


 ヴェルダが扉を開けた。廊下にいたノルが「あ、終わりましたか」と言いながら顔を出した。ヘルマとベックが後ろに続いた。


 部屋に人が戻ってくる音がした。足音、椅子を引く音、ノルが「飯はどうするっすか先輩」と言う声。


 ---


 食事は近くの食堂で取ることになった。


 テーブルに七人が並んだ。ヴェルダの助手も含めた。食堂の匂いは焼いた肉と、パンと、何か甘い何かが混じっていた。蝋燭の煙も少しあった。


「前に来た時より客が少ないっすね」とノルが言った。


「商人が減った」とヘルマが言った。「グレンが言っていただろう」


「……あの港の感じ、なんかこう——重いっすよね」とノルは言った。「空気が、っていうか」


「瘴気だ」とヘルマが言った。「上層にまで出ている。今は薄いが、長くいれば慣れてしまう。それが一番危ない」


「慣れるもんっすか」


「慣れる」とヘルマは言った。短く、確信のある声だった。「気づいた時には侵されている。だから俺たちは定期的に外に出る。浄化線を張る。それが鉄則だ」


 ノルが小さく頷いた。「……俺、毎日祈ってますよ。それ、効いてますかね」


「効いてる」とヘルマは言った。「お前の祈りはちゃんと役に立っている」


 短い言葉だった。ヘルマが「ちゃんと」と付けたのは珍しかった。ノルは少し目を丸くしてから、「……すっす」と言った。何を言いたいのかよく分からない返答だったが、それで伝わった、という雰囲気があった。


 ベックが椅子に深く座ったまま、黙って肉を切っていた。一度だけ顔を上げて恒一を見た。視線があった。ベックは何も言わなかった。すぐに皿に目を戻した。


 それで十分だった。生きて帰った、ということの確認は、そのくらいの量でいいと恒一は思った。


「ヘルマさん」とユミナが言った。


「ん」


「最近、報告書を書く量が増えていると聞きました」


「……誰から聞いた」


「グレンさんから。少し前に手紙をもらいました。ヘルマ班が記録の精度を上げている、と書いてありました」


 ヘルマがわずかに目を細めた。「グレンが手紙に書くとは思わなかった。余計なことを」


「余計ではないと思います」


「……俺が書いているんじゃない」とヘルマは言った。「最近、記録の書き方を変えた。書く量が増えたのは、粒度を上げたからだ」


「どうして粒度を上げたんすか」とノルが訊いた。


 ヘルマはしばらく黙った。「……前に、報告書の書き方を誰かに聞かれたことがある。どうやって書くか。何を残すか」


「誰すか、その人」


「古い話だ」とヘルマは言った。「まあ、それを思い出して書き方を変えた。それだけだ」


 言葉を置くような間があった。恒一には、ヘルマが誰かのことを思って書いた記録があるということが伝わった。誰かというのは、おそらくここにいる誰かではなかった。


 食事が終わり、皿が片付いた。蝋燭が半分ほど減っていた。外の音が少し静かになっていた。夜が深くなってきていた。


「明日の朝、もう一度集まる」と恒一は言った。「詳細な降下計画を出す。ヴェルダ、夜のうちに確認しておきたい資料はあるか」


「……一つあります。後で渡します」


「ノル、体調は」


「全然平気っすよ」とノルは言った。「——全然、平気です。今日は」


 訂正した。軽口を引っ込めた。その変化が小さかったので、気づいたのは恒一だけかもしれなかった。


「ヘルマ」


「問題ない」


「ベック」


 ベックが少し顔を上げた。「……歩ける」


 それで全員の確認が終わった。


 食堂を出ると、外の空気が冷えていた。港の方向から風が来た。底の重さのある匂いだった。慣れてしまわないうちに、ここを越えなければならない。恒一はそれだけを考えながら、事務所への道を歩いた。



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