さよなら世界
学校はいつも同じ顔を見せる。
教室に入ると、愛沢さんが声をかけてくれた。少し気恥ずかしそうにしている愛沢さんに、私は放課後屋上に来てくれるように頼んだ。
「いいわよ」
とあっさり頷いてくれる。
私は、それを千春と早川くんにも伝えた。
二人ともすぐに頷いてくれた。
授業中、私は窓の外を見ていた。外の向こうに広がるのは、今日私がお別れする世界。
教室の中にあるのは、私がお別れしたくない世界。
だけど、もう答えは出ている。
そして、放課後になった……。
私は屋上へと続く階段を一歩一歩、今までの人生を踏みしめるように上っていく。
私は、変わった。
なら、その証を残さなきゃ。
屋上にはみんな集まっていた。私がつくと談笑が止んで、みんなが私の言葉を待った。
「あのね、みんな。伝えたいことがあるの」
「なに?」
愛沢さんが優しい声で続きを促した。千春も頷いた。
「私ね。みんなが嫌いだった。そして何より自分が嫌いだった。辛いのは、自分だけだって思い込んでた。だけど、千春と約束して、早川君の気持ちを知って、愛沢さんの苦しみを聞いて、みんなが好きになったの。そして、私を、みんなが見てくれる私を、好きになった」
みんなが私を見ていた。静かに私の話を聞いてくれる。今私がどんな顔をしているのかは分からない。できれば、笑っていたいな。
「早川君。私ね、早川君の告白を聞いて、本当に嬉しかったの。ずっと、私は生きる価値なんてない人間で、誰からも見られていないと思ってたから。ありがとう……大好きだよ」
「あぁ。俺も、好きだ」
早川君は悲しい顔で、無理に笑おうとしていた。
「愛沢さん。ううん、さくらちゃん。ごめんね思い出せなくて、たくさん話したいことあったのにね。私鈍感だから、言われないとわからないの。私、さくらちゃんがどれだけ優しいか知ってるよ。だから、もう苦しまないで。私は、勝気なさくらちゃんが、大好き」
「ごめんね……ありがと。大好きな私の、友達……」
愛沢さんは仕方ないなって笑った。柔らかくて、優しい笑顔。また、愛沢さんの、さくらちゃんのいいところを見つけた。
「千春。ずっと一緒にいてくれてありがとう。私、あなたがいなかったらとっくの昔にダメになってた。千春……私、千春の親友だったことを誇りに思う。大好きなんかじゃ、足りないくらい」
「……大好き。最初で、最後の親友よ。幸栄に思ってよね!」
千春はずっと笑っていた。約束を、ずっと守ってくれている。
だから私も、とびっきりの笑顔を作った。
私は一人一人の顔をもう一度見た。
伝えたい。私が私であることを。消えてもいい、消えたっていい……。
「あのね、私……実はね」
深雪なんだ、って言おうとしたら三人に抱きしめられた。みんなのぬくもりが伝わる。
「言うな」
「言わなくていいわよ」
「わかってるから」
みんな……?
「わ、私ね、帰らないといけないの」
「うん」
「みんなと、もう……会えない」
「……うん」
会えない、と言った瞬間、涙があふれてきた。あんなに泣くものかと思っていたのに。
最後は、笑って別れたかったのに。
みんなの腕に力がこもった。思いが伝わってくる。
みんな、もう分かっている。
もう、堪え切れなかった。
「う、うぅ……帰りたく、ないよぅ……もっと、みんなといたい。いたいのに」
涙で声がかすれて、とぎれとぎれになる。
「行くなよ」
「一緒に、いよ?」
「やっと、友達に……なれたじゃない」
みんな、わかってる。でも、甘えてもいい? もうちょっと、みんなの優しさに甘えても、いい?
私は、言いわけの聞かない子どものように泣きじゃくった。よしよしって、頭を撫でてくれる手が嬉しくて、握ってくれる手が暖かくて、どんどん別れるのが辛くなる。
聞こえる鼓動が、生きてることを教えてくれる。
「大好き、大好き」
涙でぐずぐずになりながら、私は何度も何度も繰り返した。
どれくらい、そうやってたか分からない。
気づいたら、私の目は屋上のドアを見ていた。なぜか、引きこまれる。
帰りたくない。でも、帰らなくっちゃいけない。
「帰る……の?」
千春が、私の視線に気づいたのか不安げに瞳を揺らした。
帰る? そう言われて気がつく。
帰るんじゃないんだ。だって、私の居場所はここだから。
「私、待ってる。帰るんじゃないよ……私、ここにいるもの。ずっと、ずっと……」
誰かが、そっと私の背中を押してくれた。
きっと、私の揺れる心はばれてた。だからみんな、こうやって送り出してくれる……。
私はゆっくり、ゆっくり、ドアへと向かった。私の手を握っていた手がそっと離れた。
私は戸口で一度振り返る。
「絶対、待ってなさいよ? 待ってないと、私怒るからね」
目尻をぬぐう愛沢さん。
「う~んと、おばあちゃんになって、行くから。間違えないでね」
大好きな笑顔をくれる千春。
「忘れない。必ず会いに行く」
初めての恋人、早川君。
「またね。みんな」
さよならじゃない。私たちはまた会える。
「またね」
「またな」
三人の声は、一つになった。
「ありがとう……深雪」
私はくしゃりと笑って、一歩を踏み出した。
奥から光が射し込んできて、私は真っ白な世界に包まれた。
「ばか……最後まで手がかかるんだから」
ドアの陰では、白い耳が動いていた……。
私は白い世界を歩いた。
「遅いのよん」
急におばあちゃんが私の前に現れた。おばあちゃんはうんざりした顔をしている。だけど怒ってはいない。
「で? 用事は済んだのん?」
「うん。終わった」
不思議ともう悲しくなかった。心はいつになく穏やかだ。
「愛里。あんたも今までごくろうさん」
後を向くと、うさぎの人形が立っていた。瞬き一つで人の姿に戻る。
「私の役目はこれでおしまいね」
愛里は私に手を差し出した。
「行こ。私が連れて行ってあげるわ」
私はその手を取った。
「じゃ、行くわよん?」
私の体は急浮上した。高く、高く、新しい場所へ。
私はそっと目を閉じた。
さよなら、私の大好きな世界。
こんにちは、私が大好きな人たちを待つ世界。
「ちょっとそこの君! そう、あなたよ。ねぇあなた、記憶無くしちゃったみたいね。お姉さんについておいで」
私はあの後、おばあさんの役目を引きついだ。おばあさんの家についた私は、記憶を無くした本当の意味を知った。
「……試験?」
「そうよん。私の後任の選抜。死んだ子の中からこの世界の管理を手伝ってくれる子を選ぶのよん」
おばあさんはあっけらかんと笑って、私も年なのよん、と付け加えた。
「ちなみに愛里もその一人」
指さされた愛里は気恥かしそうに笑った。
「えぇぇっ! よってたかって私を騙してたの?」
「いいじゃない。ここで働けばみんなを待つこともできるでしょ?」
「な、何でそれを?」
「ん? ひ、み、つ」
愛里は私の質問を笑顔でごまかすと、すっと手を差し出した。
「まぁ、そんなわけで。これからもよろしくね。深雪」
私は少し唇をとんがらせて、その手を取った。力をこめて握り合う。
「よろしく。愛里」
みんなを待つ間に、ここの手伝いをするのも悪くない。ただ待ってるより、何倍も楽しそうだ。
私はあの世とこの世の間の世界で働いてる。
家族を想い、みんなを想いながら。
「記憶を取り戻しに元の世界に戻ってもらいます。怖い? まさか、とても楽しいものになりますよ。保証します。ほら、道は開かれてる。大丈夫、全てを取り戻したら、あなたは素晴らしい物をもらってる」
この、私みたいにね。
ということで終了しました。
自分で読んでても批判きそうだな、とか思いつつ。
これがハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかは読んでくださった方々の判断にお任せいたします。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
稚拙ではございますが、何か一かけらでも伝わるものがあればと思います。
では、またどこかで。ありがとうございました。