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常夏の夜の夢 二 旦那の不倫相手が予想の斜め上だった話(2)

 まるでどこかの撮影スタジオみたいに広い部屋。そのど真ん中に白くておしゃれな椅子があり、小綺麗な服を着た美女が座っている。さらにその次の画像では同じ美女がなんだかよくわからない白い木枠のオブジェにもたれ掛かって謎のポージング。

 誰かのプライベート写真とは思えないプロっぽい……というか、雑誌から切り抜いてきたみたいな画像でした。

 さらに、写真をレイアウトして誌面にしたような画像もありました。まるでファッション誌みたいな……というかファッション誌そのもの。

 ただ綺麗な服を着てポーズを取っている写真だけではなく、五分でできるヘアアレンジとかメイク講座とかもありました。

 紙に印刷したものをカメラで撮ったようですが、雑誌を広げたものではない。丁寧に切り取ってスクラップブックにしたものを撮ったようです。ページを抑える女性の手が写り込んでいました。ベージュのネイルをした手でした。

 なんでこんなものが、と首を捻ったのは一瞬。すぐに、圭介とユミのトークアプリでの会話を思い出しました。

 職業を聞き出そうとする圭介に、ユミはこう返していたではありませんか。

『じゃあヒントね。モデル、編集者、スタイリストのどれかだよ』

 これを見て、私は真っ先にモデルに×を付けました。だって出会い系で知り合ってるんですよ。そんなの自称かサクラか美人局に決まってるじゃないですか。

 しかしこの画像フォルダの中身は、その予想を覆してしまったわけです。

 いや、でもまだ、そうと決まったわけじゃない。雑誌に関わるなら編集者の可能性も濃厚なわけで。

 すべてを決定づけるものは、インターネットブラウザを立ち上げた直後に見つかりました。

 ブックマークバーの左端に燦然と輝く、『Yumi Style』というページ。

 開いてみるとそれは、新山優美(にいやま ゆみ)というモデルのブログでした。プロフィール画像の美女は先ほどフォルダの中で見つけた美女とまったく同じ人。というか、軽く過去ログを辿ると同一の写真が出てきた。

 まさかまさかの、モデル。

 信じがたい思いで凝視してしまいましたが今は精査している暇はありません。タイムリミットがあります。彼が帰ってくる前に引き上げねば。

 まずは画像フォルダをUSBメモリにコピー。ブログのURLはメモ代わりに撮影し、ついでに通販サイトの購入履歴をチェックしてこれも撮影。

 最後にすべてを元に戻して家捜しの痕跡を消し、退散しました。

 さて、ユミは本当に新山優美なのか問題の結果ですが。

 それまでに得た情報と照らし合わせ、ほぼ間違いないと確信しました。

 ブログのプロフィールによると新山優美は私より二つ年下。某有名私大卒で清楚な才女キャラが売り。神奈川県在住。所属モデル事務所は東京都港区。しかしトークアプリで圭介とユミが逢い引きしていたと判明している日に、新山優美は撮影などで関西に来ていたとブログに書いている。しかもその一致は一度ではなく複数回。

 もはや疑う余地もなく同一人物でありましょう。

 ついでに、放り出していたトークアプリのチェックも進めてみました。頭悪い内容に耐えつつ確認してみると、SNSのアカウントを互いに教え合っているのを発見。圭介は長崎圭介から『ながちぃ』、ユミ――新山優美は『ペギー』というアカウント名を使い、モデルという身分は伏せている……いわゆる裏アカウントというやつでした。圭介との交流のために新しく作ったアカウントのようでしたが、なんと鍵なしの公開。当然、これも監視体制に入ります。

 SNSは友人の目があるためか、あからさまにイチャつくようなことはありませんでしたが、優美の「デート楽しかったぁ」という発言に圭介がいいねを付けるなどしていたため粛々とスクリーンショットを撮り続けました。しかも、先の誤爆データは約二ヶ月分しかありませんが、こちらはリアルタイムですからね。貴重な情報源です。そして圭介は私を追い出した直後に友人とゲームの話で盛り上がっており、やはりあの号泣は演技であったと判明しました。

 他にも得られた情報はたくさんあります。

 トークアプリのデータによると、彼は独身と偽って優美と付き合っているようでした。そして女にがっついてないアピールなのか「今まで女性との交際経験がほとんどなくて、女性が好むものはよく知らない」などとほざいてやがりましたよ。かと思えば直後にファッションの話になり、「『ミラクルアリス』は縫製が雑だよね」なんて言ってる。『ミラクルアリス』は私が二十歳くらいの頃に愛用していたプチプラブランドで、フリルなどのフェミニンなデザインが多いお店です。元々は私の趣味とはかけ離れていましたが、デート中に彼が「こういうの着てよ」と言ったのでよく買うようになったのです。ところが安かろう悪かろうで縫製が甘く、買ってすぐ縫い目が解れることが多かったので、すぐに買わなくなったのでした。

 それを彼も知っていたのでそんなことを言ったのでしょうが、私から得た情報でドヤってるのも腹立たしいし、女性と付き合った経験が少ないと言いつつ女性向けブランドについて詳しく語ったりしていて、なんかもう、赤ペンで線引いて「キャラ設定がブレています」って校正入れたくて仕方なかった。鎮まれ私の(赤ペン持った)右手……! ってなってました。

 それだけでなく、私のお気に入りで彼に教えてあげたカフェやレストランに優美を連れて行って「素敵なお店だったね」なんて言われて喜んでるし、呆れます。

 一方、優美はというと、モデルであるということは間違いないようですが頭に『落ち目の』が付くようでした。かつては超有名ファッション誌PIRICAの専属モデルで表紙を飾ったこともあったようですが、二十代前半でPIRICAを卒業した後はいろんなファッション誌にちょいちょい出つつ通販カタログや新聞の折り込み広告などをメインに活動。最近、人気イケメン俳優と衣料用洗剤のCMで共演したのが自慢のようでした。

 カタログや広告の仕事は地味ながら雑誌より実入りが良いらしく、落ち目の元人気モデルがそこに落ち着くことが多いそうです。中には誇りを持ってやっている人もいるのでしょうが、優美は現状に不服であると圭介に漏らしていました。モデルの中でも、それだけで食っていけるのはごく一握りで、プロデュース商品などを出せるくらい自身をブランド化できた者だけ。女優やタレントに転身することもできなかったら、歳を重ねる毎に仕事がなくなるのだとか。

 そして通販カタログの会社は関西にあり、やたら関西出張が多いのも納得がいきます。

 わかりますか。私の気持ちが。

 テレビを見ていたら夫の不倫相手が急に画面に現れる、こんな経験なかなかないですよ。CMなんて避けようがないですからね。どんな罰ゲームだ。

 テレビを消しても衣料品量販店の広告がポストに入ってくるし、ちょっと外出すれば店先の大きなポスターから見下ろしてくる。おかげで普通の生活もままならない。本当になんで、どういう運でモデルなんか掴まえたのかと。モデルのくせに出会い系で男漁りなんかしてんのかと。こんなの小説の企画書で出したらリアリティがないって一蹴されますよ。

 更に、優美は二股をかけていました。しかもそれを圭介に対して告げている図太さ。どうやら本命は他にいて、そちらと上手くいっていないから寂しさを埋めるために出会い系に手を出したようです。圭介は圭介で「二番手でも良い」と宣言。現役モデルを手放してなるものかという意気込みが窺えます。高級ホテルに高級レストラン、会うたびに何かしらプレゼントを買い与えている様子でした。

 貯金が消えた謎もすべて解けた。

 めっちゃ貢いでるね、これ。

 そういや追い出される直前に次の印税いつ入ってくんのって聞かれたなぁ。私の収入があればそれをぶん盗ってから追い出す気だったんだろうなぁ。

 そして、私の顔が気にくわないと言い出した理由もわかりました。

 現役モデルと比べられたら、そりゃゴミを見る目にもなりますわ。

 いろいろと合点がいきました。と同時に、背筋が凍ります。

 もしあのまま、出て行きたくないと粘って居座っていたとしたら、今ごろ私は毛布にくるまれてどこかの山の土の下だったんだろうな、と。

 大げさとは思いません。彼の私への態度と、トークアプリでの会話から垣間見える、優美を手に入れるためにギラギラしている様は殺気立っていると言っても良いほどでしたから。

 一日でも早く私の存在をなかったことにしてモデルである優美との結婚に持ち込みたい。そんな彼の腐った本音が手に取るようにわかりました。

 なぜなら、そのほうが自慢できるから。

 彼は元々そういう人でした。私が作家としてデビューした時も、余計なトラブルになるから言いふらさないでと釘を刺しておいたのに友人知人にふれ回り、案の定「私も作家になって楽して稼ぎたい。編集部に紹介して」だの面識のない有名作家や漫画家の名を挙げて「会いたい」「サインもらってきて」と、彼を通して要求してくる輩が湧いてきたのです。

 さすがにその時は彼もまずいと感じたのか謝ってきましたが、入籍直後に彼の職場の飲み会に連れて行かれた際、また事件が起きました。

「奥さんは何の仕事してんの?」と訊かれ、私がはぐらかそうとしているのを遮って「こいつ小説家なんですよー」とやらかしてくれたのです。

 ただ、以前と違ったのは同僚や上司の反応。それまでは「奥さん働いとるんか? 若いんやし、ちゃんと働かなあかんぞー、ガハハ」なんて言っていたのに、一瞬で場が静まりかえりました。さーっと波が引くように。そして誰かがつぶやいた「……ふーん、頭良いんや」という言葉を皮切りに、「子供はいつ産むんや? え、まだ結婚式もしてない? そんなんせんでいいからすぐ作れ。五人、いや十人産め」だの「嫁さんにはやっぱ家で家事育児してもらわんとなー」だのハラスメント上等なセリフのオンパレード。

 作家イコール高学歴の秀才という、思い込みと偏見でしょうか。

 私に関して言えばまったくの見当違いなんですが。それにしたってインテリ女への嫌悪をここまで剥き出しにする人々がいることに、ただただ面食らうばかりでした。

 これだけなら単に不愉快で済む話ではありますが、その後、扶養家族として彼の会社の社会保険に入ろうとしたところ「奥さん自分で稼ぐんやろ? じゃあ入らなくてもいいよな」と突っぱねられましたからね。扶養の範囲内だから申請したのに。

 そして彼は己の発言が原因だというのに「会社に文句なんか言ったら俺の立場が悪くなるって。っていうか、お前が稼げばいいだけだし」ときたもんだ。そりゃそうだけど、それとこれとは話が別だ。

 このように、長崎圭介という男は方々で私の職業をまるで自分の手柄みたいにふれ回っていました。人に見せびらかして自慢できる、ちょっと珍しい種類の犬。そんなところだったのでしょう。

 そして嫁を『売れない作家』から『落ち目だけど現役のファッションモデル』にグレードアップできるチャンスが巡ってきた。まったくなんの因果なんだか。

 そんなわけで圭介と優美、どちらに腹が立つかと言えば断然、圭介でした。優美は二股だのモラルに欠ける点があるものの、それは私とは関係ないし、圭介に騙されていることを考えれば彼女も私と同じく被害者。訴えることなく不問にするつもりだったのです。


「ざっとこんな感じですね」

 集めた証拠とデータから得た情報を持って法律事務所に赴き、ずらりと並べると石田先生は目を丸くしました。

「いやぁ、すばらしい。この短期間によくここまで」

 法テラスを訪れてから数日後のことでした。自分でも我ながらよくやったと思います。

 特に、事が起こる以前の出来事も含め、時系列順にまとめた資料は好評でした。

「圭介さんが女性と出会う一ヶ月前に、ご夫婦で京都散策に行かれてるんですね。その時の写真もある、と。では、圭介さんが何を言おうと『夫婦関係は破綻していた』という主張は通用しないでしょう。それは数年に渡って交流のない状態を証明できてはじめて通るものです。あなたには離婚理由となるような不法行為はありませんし、おそらく彼なりにいろいろ調べたんでしょうね。自身の不倫を隠して慰謝料なしで離婚する方法を。実に浅はかですが……。ともかく、彼には不貞行為があります。有責配偶者から申し立てて離婚することはできないんですよ。その点はご安心ください」

 その言葉に、私は心底ほっとしました。圭介は夫婦関係の破綻と性格の不一致をゴリ押しして離婚しようとしていましたから。

 私だって、こうなっては離婚したい。一刻も早く。でも、責任の所在ははっきりさせておきたかったのです。このまま彼の要求にまかせて離婚したら、彼が主張した私の罪――彼に服従しなかったこと――を認めることになる。それだけは嫌でした。

 だって、そんなのは罪じゃない。私は奴隷じゃない。

 別居して一ヶ月。離婚を決意して数日。私は徐々に自尊心を取り戻しはじめていました。

「ただ、これだけだと不貞行為の正確な回数はわかりませんね。現状、不貞行為が一回きりであれば、調停員はなかなか有責を認めてくれません。一度の過ちは誰にでもあり得る、という考えですね。なので、行為の回数が複数回であると証明できればいいのですが……」

 私が用意した資料をめくり、難しい顔になる石田先生。――しかし。

「いえ、わかりますよ」

 確信を持って私は答えた。

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