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常夏の夜の夢 二 旦那の不倫相手が予想の斜め上だった話(1)

 二日目の夜です。

 部屋に戻った私は薬を飲んでシャワーを浴びるとすぐ寝てしまったので、昨夜の続きを話そうと思います。

“元”夫が不倫していたという話でしたね。

 消された誤送信メール、復元してみるとそれはトークアプリの履歴データでした。

 ガラケー使いでありトークアプリを使ったことがなかった私には彼が何をしようとしてそんなデータを誤送信したのかわからなかったけれど、そういったことに詳しい友人によると機種変のためにバックアップデータを取ろうとしたのだろう、とのこと。

 その中身は、まぁ、ものの見事に真っ黒でした。会話の半分以上がエロトーク。いつ、どこで、ナニした。プレイの感想を事細かに、感情豊かに言い合ってるから出来の悪い官能小説を読んでるみたいでした。圭介もユミも完全に発情したアニマル。もう、うんざり。

 日付もばっちり入ってます。中には私の誕生日もありましたよ。九州に出張に行くとか言ってたけど大阪のお高めなホテルで二泊もしてやがりました。

 ごまかすためだか知らないけど翌日は予定より早めに帰ってきて近所のレストランに連れて行かれ、一番安いパスタおざなりに食わされたけどね。予約なしどころか、私にすら連絡なしだったから、部屋着ノーメイクのままで。店内にはどこかで結婚式の披露宴に参加してきたらしき着飾ったお嬢さんたちが三次会をしていて、それはそれはみじめな気分でした。

 別に、店や食事内容に文句はないのです。おいしい店だったし。

 くたくたの部屋着で、すっぴんで、着飾った人たちと同じ空間にいるのがつらかった。誰も私のことなんか見ていないのはわかっているけれど、彼女たちがくすくす笑うたびに自分が笑われているような気がしてならなかったのです。

 小綺麗な服くらい持ってる。化粧だって、せめて五分あればどうにかなった。そう心の中で何度も言い訳していました。

 結婚記念日にも彼は堂々とやってくれました。その日は予約しておいた店に行ったのですが、履歴によると食事をしていたまさにその時間、彼はせっせとエロトークのメッセージを送っていました。

 やたらスマホ弄るなぁとは思ってたけれど。まさか目の前で。なめられたもんです。

 それにしたって、やりとりの間隔が短い。まさに四六時中。書き込み時間を見ると、朝、私にいってらっしゃいと見送られ玄関を出ると同時に「おはよ!」だし、夜は布団の中でエロトーク。私、隣で寝てましたよねぇ?

 中には「営業先に行くから運転中だよ」「えー、やばくない?」「いいのいいの、俺、運転上手いから」などというクズすぎる内容まで。他人様に迷惑かける前に捕まってしまえ。

 こんなやりとりを、私は黙々と読み進めました。“ユミ”の正体を探るためです。

 二人は出会い系アプリで知り合ったようでした。圭介も当初、ユミのスペックを知りたがっており、職業を訊ねていたのですが、彼女は「じゃあヒントね。モデル、編集者、スタイリストのどれかだよ」とはぐらかしていました。

 それ以上の情報は、その日は見つけられず。というか、六分の一ほど読んで「これ以上こんなもん読んでたら私の頭まで悪くなる!」と叫んでぶん投げてしまったのでした。

 というわけで、その日のうちに両親と話し合い、弁護士をつけることを決意。

 ここまで淡々とこなしているように思えるかもしれませんが、それはもう苦しみましたよ。

 たとえば、こんな夢を見ました。

 アパートのリビングで、彼が俯いて座っている。

 私はその横に立って、何か大声で怒鳴っている。

 なんと言っているのか自分でもわからない。言葉にならない怒りの声、だったのでしょうか。しかし彼は微動だにしない。今にも泣き出しそうな顔で、俯いたまま。そんな彼に、私は手に持っていたペットボトルの水をドボドボとふりかけ――悲鳴をあげ、飛び起きました。私は泣いていました。

 うなされて飛び起きるなんて、その時が生まれて初めてです。

 何がそこまでショックだったのか。

 私は、私が夢の中でしていた行為と己の姿が、恐ろしかったのです。現実の私は人に対してそんな暴力的に振る舞ったことは一度もありません。誓って本当です。

 だからこそ怖かった。自分の中にこんな鬼が潜んでいるのかと知って。

 けれどそれよりショックだったのは、夢の中での圭介の姿でした。俯いて、泣いて、とても哀れで。私がぶちまけた水に濡れた情けない姿がかわいそうで、涙を流したのです。

 そう、この期に及んでも私はまだ彼への情を捨て切れていなかった。とんだ阿呆ですね。

 とはいえ離婚の決心はしました。というわけで向かった先は日本司法支援センター。通称、法テラス。

 法テラスとは、平たく言うと法律の総合案内所です。まず電話で解決したい案件と住所を伝えると、その案件に強い弁護士がいる最寄りの法テラス事務所に相談の予約をすることができます。相談時間は三十分で無料。事務所は全都道府県にあります。

「まぁ、なんていうか、こんな感じなんですよ」

 そう言って私が弁護士に差し出したのは誤爆データ――を印刷した紙の束。なんせ相談時間三十分しかないからね。見たほうが早いと思ってね。コピー用紙に印刷して分厚さ約十センチ。こんな紙の束、原稿のゲラ刷りでも見たことない。めっちゃ重い。興味本位でこれテキスト量どんくらいかなって文字数カウントにかけてみたら七十二万五千七百二十四文字あったからね。四百字詰め原稿用紙換算で一千八百十五枚分だからね。たった二ヶ月という期間でこれって、ほんとに四六時中チャット状態ですよ。

 私と同年代の男性弁護士は明らかにドン引きしてました。そりゃそうだ。

「あー、はいはい。はいはいはい」

 紙束をぺらぺらめくって、頷きながら苦笑い。

「ここまでがっつり証拠が残っているなら相手有責で離婚できますね。念のために確認しますが、あなたに後ろ暗いところはありませんか?」

「ないですねー。ケータイ放置して丸一日そのままでも平気なくらい何もないです」

「じゃあ大丈夫でしょう。ただ……」

「ただ?」

「これだけでも、通常なら証拠としては使えます。けれど、もし相手が知恵の回る人であれば『二人で妄想を楽しんでいただけで実際には会っていない』なんて言い訳されて、それが通ってしまう可能性もあります。離婚調停となった場合、調停員を間に挟むことになるんですが、調停員にも当たり外れがありまして……。確実にクロという証拠がないとだめだ、なんていう融通の利かない調停員もたまにいるんですよ。なので、ホテルに出入りしている写真でもあれば完璧、それが難しいなら少しでも多くの証拠を集めて相手に自白させることです。あとは、ユミという女性の素性を知りたいところですね。探偵を雇うという手もありますが、それなりに費用もかかりますから、これは最終手段でしょう」

 ふむ、と私は考え込みました。

「一度、アパートに戻って彼のいない間に家捜ししてみます」

 その日はそこで終了。担当してくださった弁護士――石田隆也(いしだ たかや)先生に、そのまま離婚案件として依頼することになりました。


 そして翌日、さっそく家捜しを実行。平日の昼、彼のいない間を狙って、です。

 私がいない一ヶ月ほどの間に、部屋はひどい荒れ様でした。ゴミも捨てていない、シンクにはいつから放置してんだかわからない食器。トイレには吐き気がするほどの黒ずみ。これでよく、私の生活態度が云々と言えたもんです。

 これらの様子をまずは写真撮影。自分のことを棚に上げて私の主婦としての能力にいちゃもんをつけられた場合、この光景を突きつけるためです。そしていよいよ証拠探しに取りかかります。

 するとまぁ、出るわ出るわ。というか、目に付くところにいろいろ置きすぎ。

 真っ先に気づいたのは通販の箱の多さ。納品書もそのままで、スーツケースからおしゃれ着、高価な靴など遊び回るためと思しき品々でした。

 どんだけ散財してんだ。っていうか通帳残高五千円は? まさか残りの貯金全部どっかに隠して騙した? 返せよ私の印税このやろう。

 ぎりぎり歯噛みしながら家捜しと写真撮影を続けます。しかし、これでは足りない。もっと決定的な何かがないと。

 こんな時だというのに、私は少しだけわくわくしていました。気分はスパイです。圭介は仕事に行っているとはいえ職場はすぐ近く。いつ帰ってくるかわからない。実際、保温弁当箱を導入する前は昼食時に帰ってきて、原稿中の私に昼飯作れと言ってきたことが何度もありました。それに、彼の実家もすぐ近く。彼の母が来るかもしれない危険も考えられます。

 なので玄関にはしっかり鍵とチェーンをかけ、カーテンは閉め切っておきつつも窓の鍵は開けておきました。もし誰かが来たらそこからすぐ逃げられるようにです。いや、普通に「ちょっと私物を取りに来ただけですが、何か?」とでも言えばいいのはわかっていたのですが、顔を合わせたくないし、何より気分はスパイだったので。謎のハイテンションが私をそうさせたのです。そして――

「いいもん見っけたー!」

 圭介がプライベートで使っていた鞄からそれを見つけ、思わず小声で叫んでガッツポーズ。プレゼントに添えるような、かわいらしいメッセージカードでした。

 同じサイズの封筒から中身を取り出し――当たり。

『これからも圭介さんと一緒にいられますように……。ユミより』

 初めて発見したユミの物的痕跡にテンション爆あげ。角度を変えて何枚も激写し、そっと元の場所に戻します。ここからは怒濤の勢いでした。

 ゴミ箱の中から出てきたレシート数枚。女性物の服やアクセサリーを買ったようでした。もちろん私には身に覚えがないものばかり。そして、それらしきものは部屋の中に見当たらない。ということはユミへのプレゼントと考えて間違いないでしょう。レシート類は持ち帰ってもバレないと踏んで、回収。

 次に見つけたのは、いよいよ生々しくなってまいりましたが、避妊具です。メッセージカードと同じ鞄に入っていました。

 実を言うと別居する少し前から、いわゆるレスというやつでした。誤爆データにより判明している、彼がユミと出会った頃と一致しています。体調が悪いだのなんだの言われ、真に受けてお粥を作ったり、口から出任せであったろう症状について必死で調べたりしていた私の間抜けっぷりよ。

 ともかく、これも中身を出して並べて撮影。三個消費していました。

 そして最後に手を着けたのは、パンドラの箱、パソコン。

 私を追い出したことで安心しきっていたのか、パスワード入力の必要もなくすんなり起動しました。メールはさすがにパスなしでは見られませんでしたが、画像フォルダに『yumi』を発見。

 さっそく開いてみて――きょとん。

 正直、裸でベッドインな画像が出てくることも覚悟していましたし、そういうものがあれば証拠ゲットで小躍りしていたでしょうが、出てきたのはどう反応していいか困る画像ばかりでした。

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