89話
『俺はビッグな男になる』
海賊王を目指す少年漫画の主人公にでもなったつもりだったのか。かつてそう豪語していた男の末路が、韓流ドラマの真似事に収まっている。その姿がおかしくないわけではない。けれど笑えば笑うほど、高校を卒業してから今までの時間が惨めに思えて仕方なかった。
人の外見は思っているよりもずっと容易く移ろう。変わったというよりは、その時々で誰かの姿を借りながら、何とか今日まで生きてきたという方が近い。
「そういえば、丸ちゃんも高校卒業してから、髪伸ばしてたよね? キムタク意識して。その次は、Dragon Ashか。いつもキャップ被ってカラオケで歌ってたの懐かしいわ」
おどけるように笑ってテーブルへ目線を落としたソリーは、「俺たち、変わり身の早さだけは昔から大したもんだったよな」と呟き、通りかかった店員へ灰皿を頼んだ。
否定できなかった。テレビの中の誰かになれれば、何かになれると思っていた。悪ぶった格好をして、強い人間になれたと勘違いをしていた。ひと通りイキがってから、ようやく思い知る。ヒップホップのB系ファッションは、本気でラップを刻んでいる奴じゃないとダサいだけなんだということを。
「え? もしかして煙草もやめたの?」
煙草も右に同じだ。ダサい自分を大きく見せたかっただけ。そうすることでしか自尊心を保てなかった。弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものだ。
「やめた。ただの反抗期だったんだって」
幼馴染と別れた反動、とまでは口に出さなかった。
ソリーは「あっそ」とだけ返すと、煙草を一本くわえ、ライターを鳴らし、紫煙をゆっくり吐き出す。実に不快な匂いだ。
「ていうか丸ちゃんって、相変わらず童顔なのね。この店に入る時も年齢確認されてたしさ」
「コンビニでも未だに止められるしな。高校の時はカラオケのフリータイムで、朝まで酒を飲み放題とか当たり前だったのにな」
強がるのをやめたのは、行く先々で証明を求められる煩わしさに嫌気がさしたという側面もあった。
「高三の冬だっけ。急に未成年の飲酒と喫煙の法律が改正されたの」
かつての戦友のように語りかけると「いやいや丸ちゃんは全然、誘っても来なかったじゃん」と、ソリーにあっさりと乗っていた船を降ろされる。
「そもそも卒業式の打ち上げすら来ないとか、相当ノリ悪かったよ。彼女だっけ?」
「あの時は悪かったって、何回も謝ったろ」
当時の仲間たちには、矢刃という男との間に起きた本当の出来事を何一つ話していなかった。
矢刃の悪名が一丸の通う学校にまで広がったのもその冬頃だ。矢刃を中学の時に倒したという話だけが独り歩きしていった。良からぬ連中がこぞって集まり、勝手に英雄扱いをしたのだった。
もし卒業式のあの日、素直に頼っていたなら、誰かが手を差し伸べてくれたのだろうか。
そんなことを昨日のことのように思う。
改めて今考えると、不良グループに混ざっていたのも、そういった下心もあったのかもしれない。いずれにしても、あの日は本当に最悪だった。卒業式で浮き立つ仲間たちを背に、一人で校門を抜け、家まで自転車を漕いだ帰り道。あれほど孤独を感じた日は、後にも先にもなかった。
そんな思いなど意にも介さず、ソリーの武勇伝はまだ終わらない。聞くたびに尾ひれを増やしていく昔話の果てには、「本物の銃まで触らせてもらった」と、本人だけがすっかり上機嫌だった。
空いたジョッキの数だけ、時間が過ぎていく。
頬を赤く染め呂律まで怪しくなったソリーを、一丸は仄暗い灯りの中でぼんやり眺めていた。
--こいつはどんな思いで、今になって連絡をよこしたのだろうか。




