80話
会ってからずっと、互いに他愛もない言葉を交わし続けている。今日見かけた犬の話や、朝の寝癖の苦労話。昨夜の番組の感想。丸ちゃんもきっと、笑える話題だけを掻い摘んでいる。
一度だけ、「これから」という声が、丸ちゃんの唇から零れた。
けれど「おれたち――」と、言いかけてその先は途切れる。「あ、見てみろよ」あまりにわざとらしいほどに話が逸れていく。
そのまま歩を進めた先で、丸ちゃんがぽつりと呟いた。
「--春だな」
その一言に、記憶がふっと引き戻される。中学生の頃の卒業式の日だった。
制服のまま二人で帰った、いつもの道。丸ちゃんは今と同じように、ぼんやりと桜を見上げ、同じ台詞を口にしていた。
あまりに鮮明で、その記憶の再現度の高さに自分でも驚いた。あの頃は桜が散るたびに、来年もまた二人でいられるのだと疑いもしなかった。それは幼少の、舞い落ちる花びらを追いかけて、一緒になって飛び跳ねていたあの日から、ずっと続いている。
もう、あの頃には戻れないのかもしれない。
そう思うと、急に足が重くなった。
これから失うものの大きさ。そして、この想いをこれから先も、一生抱えて生きていくこと。ほんの少し想像しただけで、ぞっとする。
俯いたまま足を進めていると、街路樹の根元の花壇へ、鳥の群れが舞い降りてくる。地面をついばみながら、忙しなく動き回っている。
その中の二羽だけが、寄り添うように、同じ野花を代わる代わるついばんでいた。
その姿が愛らしくて、思わず丸ちゃんの袖をつつき、二人で足を止める。けれど、その小さな物音に驚いたのか、群れは一斉に羽ばたいた。
「あ……」
小さく声を漏らした頃には、もう空だった。
ただ、ついばんでいた二羽だけは、その場に残っていた。何となく、好きや愛しているよりも大きな言葉が、今わかった気がした。
足元の二輪の野花は、決して離れまいとするように仲睦まじく咲いている。この花もきっと、ずっとこうして隣にいたかったのだろう。
やがて片割れの一羽が心許なげに、遅れて群れを追うように羽ばたいていく。もう一羽は、その場を二度、三度と迷うように旋回した。
追いかけていくのだと思った。でも、その鳥は仲間たちとは、まるで違う方角へ飛んでいってしまう。
「あー。あいつ、一羽でどこ行っちゃうのかなー」
棒読みのような丸ちゃんの声に、感情を少しだけ揺さぶられた。その横顔を見つめながら思った。
丸ちゃんも、あの鳥と同じなのだと。
いつの間にか桜の色も見えなくなっていた。
結局、いつものファミレスで夜ご飯を食べた。確信めいた話題に触れられないまま。そして今は、公園のベンチに並んで腰を下ろしている。
終電の時刻は迫っているのにまだ肝心なことだけが、二人の間に取り残されたままだった。




